第七話:あいぼう
逸る気に任せ、床、壁、天井、あらゆる場所を使って跳び進む!
惨めに逃げた時とは違い、全力を出せる解放感に体が打ち震え、顔が自然に笑みを浮かべる。
居た! 上下左右がころころ変わる中、緑の体躯のオーガを遠くに確認する。
どうせ今は顔も何も全然違うんだ、このまま……!
「どっせぇぇぇい!!」
『な、なんがぁ!』
「な…!」
勢いに任せ、オーガの顔面に飛び蹴りを放つ。惜しくも両手で防がれるが、片方の腕が折れる音が足に伝わる。
「まぁ成果は上々だな」
「お、おいお前は?」
イレーナに声を掛けられ少し頭が冷める。……どっせぇぇいって……どっせぇぇいって……!
「おい! 聞いているのか!?」
おっと悔んでる暇は無かったな、急いでオーガを倒さないと。
「大丈夫だ、聞いてる。答えても良いが取り敢えずはオーガが先決だ」
「……そうだな、とりあえず敵ではないみたいだし」
そう言い、イレーナがこちらへの警戒を解き、改めてオーガが吹き飛ばされた方を向く。やる気はあるのは良いのだが、顔色が悪く、肩で息をしている、こりゃ休ませるほうが無難だな。
「あんたは休んどきな、とてもあいつを相手に出来るとは思えない」
「いや、そういう訳に……は……」
「おい! 大丈夫か!?」
崩れ落ちたイレーナの頬を軽く平手打ちしてみるが目を覚ます気配はない、ちっ取り敢えず起きてくるオーガの方が先決か。
『殺してやる、殺してやるぞ人間がー!!』
『黙ってろ!』
『なっ俺達の言葉を゛!』
動揺している隙に重蹄脚で地面を蹴り、勢い任せの毒針エルボー。勿論このまま終わらせる気は無い、下がった頭に両手を組み合わせハンマーナックル、顔面から地面に叩き付けられた頭に踵落とし、どちらが折れてるか分らないから両方の腕に対して回し蹴り!
『ぐぅぅぅ……!』
これだけやっても体が頑丈なオーガは、立ち上がり睨みつけてる。
["火牛の突進"!]
『ちっ、"概念魔術"か』
概念魔術。人間の使う詠唱が必要な"詠唱魔術"と違い、詠唱を必要としない事が利点。欠点は詠唱魔術と違い、概念に縛られ魔力の消費に無駄が多い事だったな。避け続けて消費を待つのが定石だが、イレーナの事が気がかりだ、多少傷を負ってもいいから急ぎで決める。
["火牛の突進"!]
牛の概念に縛られた炎は真っ直ぐにこちらへと突進してくる、避けるのは容易いが如何せん一個一個が大きい為体勢が崩される、前に進むのはちょっと厳しいか。
["火牛の突進"!]
まぁいい俺の場合、地面はここだけじゃない。
溜めておいた左足の圧縮を解放。右の壁へ大きく跳躍、続けて右足の圧縮を解放壁から、オーガの真上の天井へと跳ぶ。最後に両腕を使って天井から床へと、跳躍る(おちる)
『おらよっ!』
『ぬぉっ!』
くそ、避けられた! が…まだ、撃つ手はある!
『"殺人者の刺突剣"!』
『くっ!』
ちっ……大柄なくせにやけに素早いな。だが、こっちが一本しか撃てないと思ったら、大間違いだ。
『お次は左の二本目!』
『痛っ!』
左腕から放たれたナイフは右腕をかすめ、地面に転がり虚しく金属音を響かせる。
[どうやら打ち止めの様だな! "火牛の……"]
『ナイフだけが弾じゃないんだよ!』
天井を跳んだ際に腕に埋まった小石を、両腕から交互に射出する。
『くっ! 鬱陶しっ痛!』
オーガの肌に殆どの小石が弾かれるが、先程の傷口を小石が抉り僅かにオーガ怯む――絶好の好機。
[火ぐえっ!]
一気に近付いき、まずは首絞め。さすがに声なしに魔術も放てまい。もがこうとするが両方の腕は既に折ってある、このまま一気に締め落とす!
オーガの目から涙が流れ始め、口からは泡を吹き始める、よし、ここまでなればいいだろう。
片手で喉を絞めつつ、右手を麻痺毒を持つ蛇に変化し、喉の大動脈に牙をたてる。注入した毒は俺が高密度に圧縮したしろものだ、体を動かすどころか息をするのも辛い筈だ、こいつには悪いが俺はまだオーガを"吸身"した事が無い。
『さて、行くか。"全身変化"……奇獣……基礎大狼』
ごきっばきっ体から不吉な音が鳴り、骨が体中から突き出される。骨をスライム状の組織がゆっくりと覆い始め、徐々に青だった組織が赤色に変わる。そうして、待つこと十数分、ようやく"大狼"は完成する。
基礎はそのまま大きな狼だが、体からはそれぞれ違う毒を持つ四匹の大蛇が胴体から生え、それぞれ別の脳を創る事である程度はそれぞれの意志で動いてくれる。
これから始まるのは俺が何よりも嫌悪する行為だ、許されるとは思ってない、許されようとも思って無い。
◇◆◇◆◇◆◇エネミーside◇◆◇◆◇◆◇
"それ"の到来は誰も予想しなかった。"それ"は今まで見たどんなものよりも恐ろしく、どんなものよりも異質だった。どんな優秀な学者でも"それ"の進化の過程を知ることは出来ないのではないか、いや疑問形にするまでもなく、出来ないだろう、そう、確信する。
"それ"は巨人族ほど大きく、見た目は一見すれば狼と思えるが、その身体からは四本の大蛇が生えていた。"それ"は我らを無慈悲に蹂躙した……と言うのも生ぬるい程に我らをただ只管に殺していった。
ある者は"それ"の爪に引き裂かれ、ある者はその脚に蹴散らされ、ある者は"それ"の持つ毒にやられた。
目の前にあるのは現実なのだろうか? 認めたくない、そう、これは悪夢なのだ。そう言い聞かせる事は容易い。
だって目の前にあるのはどう考えても悪夢そのものだ、たとえ現実であっても目の前にあるのは間違いなく悪夢、現実なのに夢、矛盾しているようだが間違いなく、今目の前にあるのは現実にある悪夢だ。
いかん、こんな事を考えてる暇では無い。呼吸がままならず度々朦朧とする意識を必死でつなぎ留め、刻々と死に繋ぐ体をずるずると動かす。
せめて私が見た悪夢を国に知らせなければ……全ての力を総動員し、生まれたての小鹿が歩くように、たどたどしい手つきで自分の瞳に手をかける。
二本の指にゆっくりと力を入れ、ずぶずぶと指を隙間の中に入れていく。痛みは感じない、血が流れているのだろうがそれも感じない。視認しなければ眼球が確かに手に載っているか分からない。ゆっくりと手を残っている目に近付け、しっかりと手のひらに載っているのを確認する。
残っている力を振り絞り、僅かに声帯を震わせる。
["渡り鳥の契約書"]
段々と意識が黒く塗りつぶされていく、だが恐れはない。最後に私が見た"それ"を国へと送ることが出来たのだ……心残り……あるとしたら……孫の顔を見れなかったことぐらいか……
ははっ……全く……早く結婚してくれないから……ああ……くそっ思い出してしまったなぁ、いやだなぁ死にたくないなぁ……
◇◆◇◆◇◆◇side out◇◆◇◆◇◆◇
虐殺が終わり、自身の体を元に戻す。必死で無感情になろうとしても、一切心は言うを聞かない。
間違いなくこいつらもどこかで俺達を迫害してきたはずなのだ、俺は正しくは無くとも悪くは無い……!
『……くそっ』
一族の境遇言い訳にを使っている自分に腹が立つ。割り切ったはずの殺すと言う行為の重さに改め愕然とする。
『だけど……こっちだってここで死ぬわけにも行かないんだ』
そんな事を呟いて、俺はその場から足早に逃げた。
体が重い……やっぱり"生命力"を使い過ぎたか。倒れ込んで寝そうになる体をふらふらと動かし、オーガの近くに崩れ落ちる。
『はぁーはぁー貴様……貴様ぁぁぁ!』
『……悪いな、こっちも、なりふり構っていられないんだよ……! "吸身"』
『な、なんだ、これは……意識が……』
『痛みを無くすコツは掴んでる、せめて痛みなしに死んでくれ…』
少しずつ名も知れぬオーガの体を、意思を、記憶を、そして…魂を吸収していく。
一時間ほど掛けて吸収し終え、瞼を開くと視界がぼやけている事に驚き、自分に怒りを覚える。
なんて、なんて勝手……! 狼や蛇、言葉が通じない動物を吸収したときは罪悪感を覚えず……ただ、自分の力が増えたことに喜んだのに……!
「少し言葉が通じるたらこれかよ…!」
どんどん瞳から雫があふれてくる、止めたい、が止められない。くそっくそっ!
「……泣いているのか?」
「起きたのか? ……ああ、泣いてるよ。だがこれは、俺の問題だ。なんていうと恰好を付けてるで嫌なんだけどな」
「ふん……まぁいい。泣いてもいいが……立ち上がれよ。泣いて動けない奴には……なるな、泣かずに動……ける奴にもなるな、泣いて動ける奴になれ」
「……小説からの引用は反則だ」
「ふふ……ばれた……か」
また気を失ったか……多分この症状は多分魔力欠乏症だろう、起き上がるのもきつかっただろうに……
「ふん、ありきたりだな。だがまぁ……たまにはいいか、さて、帰ろう」
ふと、人生寄り道も悪くないと言ってた長老の言葉を思い出す。
成り行きで組んだ相棒を担ぎながら、或いは此奴と会ったのは最高の寄り道だったのかかも知れない――そんな事を考えた。