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人魔のはみ出し者  作者: 生意気ナポレオン
第四章:所変わって覚醒編
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第七十八話:夢うつつ、やがて覚醒めの時はやってくる

 チュチュン、チュチュン……そんな鳥同士の挨拶で目が覚める。

 いや、目を開けただけ、なのかもしれない。ただ、長く目を閉じていただけなのかも。

 実際はともかく、今の僕にはそれぐらい寝たと言う感覚が希薄で、体にこびりついた疲れは一欠片も落ちていない。

 まだ薄暗い部屋の中、ベッド身を起こし唯一の光源である窓の方へと向かう。

 座ったままの姿勢で寝てたせいで体のあちこちがギシギシと痛むが、何とか閉じたブラインドの前に立つ。

 ブラインドからわずかに漏れる明かりはまだ(ほの)暗い、目を凝らして傍らにある紐を掴みゆっくりとブラインドを引き上げていく。

 そろそろ汚れが目立ちはじめた大窓から見える空は、地平線から上に行くに連れ藍の色を濃くする、明け方特有のもの。

 となるとやはり、寝てたとしてもあまり長い時間では無いだろう。普段なら着替えてランニングをし始める時間だが、とても今日はそんなことは出来そうにもない、かと言って二度寝という気分でもない。

 そうして選択肢を削っていき、最終的にひとまず着替えて一階に降りるという消極的判断を下す。

 起きた時間帯もあり動きは自然となるべく音を立てないこそ泥めいたものになる。

 ノブをゆっくりと回してそっと引き、僅かに開いた隙間から滑るようにして部屋の外へと出る。

 明け方の寒さに身を震わせつつ一階の居間に続く階段を降りてキッチンに歩を進める。

 諸々手を抜きつつ紅茶を淹れ、湯気が立ち上るソレを火傷しないようチビチビと飲む。

 ほのかな香りと甘味に靄がかった思考が少しだけクリアに、それに伴い雑音混じりの音声が脳裏に流れる。

 ――彼と会ったのは二度目です。前に君と一緒に来て以来ですよ?

『っ……!』

 ズキズキと思い出したように頭が痛み始める。同時にここ三日ほどはここまでの過程をリピートしている事も思い出す。

 ここ最近再びレウスさんは夜毎に外出するようになった。

 曰くその理由は『ライエンハイト卿からの依頼』らしい。

 幾ばくか前、レウスさんは夜毎に外出していた。

 曰くその理由は『ライエンハイト卿から僕についての相談を持ちかけられていた』からだそうだ。

 義父(おじさん)とレウスさんの発言は明らかに矛盾していた。

 義父(おじさん)が嘘を付く理由はない、と思う。 レウスさんに嘘を付く理由はない、と信じたい。

 でも、どちらかは嘘をついている。どちらが? ――どう考えても、レウスさんのほうが怪しい。

 身元不詳、経歴不明、自称記憶喪失に見たことのない謎の武術。

 不審もここに極まれり、こんなの家に住まわせるのはよほどの馬鹿かどうしようもない間抜け、つまりは僕だ

 仮にレウスさんが嘘を付いていたとして、どうして嘘を付く必要が? ――何か疚しい事があるから、だろう普通に考えれば。

 では、疚しいこととは? ――この間、身の回りで何か目立った事件は無かったか? あったはずだ。

 月攫い。人間による鬼人族の連続拉致事件、鬼人族の領土全体で起きていた事件が彼が来てからこの都で起きた。

 ちょっと待て犯人は人間だったはずだ――そんなのドーランだの何だの道具を使えばどうとでも出来る、人と鬼人の見た目の違いなどその程度のものだ。

 確かにそうかもしれない、だけど事件自体はそれは彼が来てから数カ月後に起きた事だし、第一あの場で彼は月攫いによる犯行を食い止めたではないか。

 懸命に否定しようとするも一抹の疑念が拭い切れない。

 どうすればレウスさんの潔白を証明するのは簡単だ、聞いてしまえばいいのだ『本当は何をしてたんですか?』と。

 さすれば答えは刃か言葉かで返ってくる、こちらが生きてるか死んでるかで答えは決まる。

 博打、と言うにはいささか無謀が過ぎる。結局のところ僕に打てる手はなく、あの日から三日間こうして悶々としている。

 こういう時こそ平常心を保ち、いざという時に咄嗟に動けるようにするべきなのは分かってる。

 しかし、当たり前のことだが分かっていることと出来る事は別、小さい子供が夏休みの宿題を最後まで残しておくのと一緒だ。

『駄目だ、完全に頭がから回ってる』

 元より感じていたことを改めて言葉に出し、無理やり思考を断ち切る。

『ご飯を作ろう』

 少なくとも動いている間は考えずに済む、精々豪華な朝食にするとしよう。


『ふむ、これはまた……随分と豪勢なものだ』

 そう言うレウスさんの前にはいつもの朝食に加え、簡単なサラダとスープ、卵が被るが小さなオムレツも用意されている。

 ただし、どれも焦げていたり、調味料を間違えていたり、見た目汚いスクランブルエッグと成り果てていたり、うっかりミルクとコーヒーで一対一の逆黄金比を実現していたりとろくなものではない。

 三日間悩み続けてフラフラの状態で料理をすればこうもなる、そんなことに気付いたのは皿の代わりにフライパンを取り出した時だった。

『お気に召しのなら毎日作ってあげますよ』

『魅力的なお誘いだが、あいにく朝は小食でね』

 とは言え幸いにも、色々麻痺しているお陰か悩みの大本を前にしても変に動揺することも無く、何時もどおりに軽口を交わし合うことが出来る。

『それは残念、でも折角作ったんですから今日はしっかり食べてくださいよ』

『……作ってもらった身だから文句は言わないが、今日はどうしたのかね? 目に隈も出来ているようにもみえる』

『ここ最近ほとんど寝ずに仕上げたレポートがついさっき終わりまして、そんな僕の幸せを少しでもお届けできたらと』

『人生の先輩として言わせて貰うが、幸福というのはひけらかすといらないやっかみを受ける、ここぞという時以外はそっと胸に閉まっておきたまえ。そうだ今ならまだ間に合う、この幸せの結晶も胸と言わず胃にも収めたらどうだ』

『ご忠告ありがとうございます、でも安心して下さいちゃんとひけらかす相手は選んでますから。どうぞご遠慮無く』

 作り笑顔での攻防は一進一退、この間互いに一つも朝食に手を付けていない。

 つまるところ、この攻防の真の目的は現実逃避、嫌なものは後に後に、遊んでから宿題をすると言う勉強ができないタイプの子供達がここに二人居た。


 通学路、歩き慣れた坂を照りつける日差しとまだ胃で揺れるコンソメスープならぬシュガースープに辟易しながら下っていく。

 途中でロザリエとニアミスするが互いに一言も声を掛けず、ロザリエは友達に合流し、僕は黙々と一人で歩き続ける。

 頭痛に吐き気ふらつく足と気分は二日酔いだ。前に小父さんがこの世を呪いたくなると言っていた意味も今なら分かる。

 行きが下り坂で良かった、もしこれが上り坂だったら学校に辿りつけた自信がない。

『ふぁぁ~あ』

 人目も気にしない大きなあくび、その甘ったるい吐息に危うく人目を引く物体を撒き散らしかける。

 駄目だ、どうにもずっと気を張っていた反動に加え、もあの嘘を打ち明けた事もあり、緩みに緩みきっている。

 今日ばかりはボランティアも中止だな、そんなことを考えつつ坂を下りきり、喫茶店の横を抜けて、校門をくぐる。

 辺りでは仲がいい生徒同士がグループとなって膨らみつつある、狭い廊下を塞がれては叶わない。

 やむなく僕はグループの横をすり抜け、足早に教室へと向かう。

 靴紐に苦戦しながら靴箱に靴をしまい、階段を手すりにもたれかかりながら上がり、廊下をフラフラと人を避けながら教室に辿り着く。

 ガラガラと取っ手を引いて中に入り、一瞬だけ集まる視線を鬱陶しく思いながら、教室の窓際にある自分の机に崩れ落ちるよに座る。

 幸い、早めに家を出たおかげでまだ授業開始まで時間はある、少し仮眠をとることにしよう。

 カバンを枕にして瞼を閉じる、そうするとすぐに意識は遠のき、深い眠りが僕の体を支配していった。


 トントンと体を叩かれているのを感じる。普段なら跳ね起きそうなものだがだが、今日の僕はまぶたを開くことすら億劫で呻くだけに留まる。

 一応は起きたものの意識はまだ夢うつつとしたままで、おそらくこのまま放って置かれればもう一眠りしてしまうことだろう。

 そんな心配は無用だというように今度はゆさゆさと揺さぶられる。揺りかごみたいで気持ちいい、なんてほざける優しい揺さぶりではない。

 耐えかねてようやく重いまぶたをこじ開けると、女性がため息とともに身を翻しているところだった。

 洗髪料の残り香が風に運ばれ鼻孔をくすぐる、寝起きということもありなんだか妙な心地になる。

 そんなくすぐったい気持ちを味わったのもつかの間、シャーっとカーテンを開ける音がしたかと思えば、朱染めの光が容赦なく眼球を貫く。

『っあ、っ……!』

 起き抜けに浴びせられる陽光の威力や凄まじく、思うように言葉が出てこない。ひとしきり悶えていると、頭上から喜色を隠しきれていない声が掛かる。

『おはよう、テオドールくん』

『おはよう、ございます……ティアナ嬢』

『随分とお疲れのようね、夜遊びでもしていたの?』

 そう言って細めた目には咎めるような色を含んでいた、面倒をかけられたからと言うこともあるのだろうが、朝の授業から寝こけていた僕が気に触ったのだろう。

 ここまで真面目だと、反感も抱かれやすいだろう、当人はそんなこと意にも掛けないだろうけど。

『ちょっとうたた寝しちゃっただけで、人聞きの悪いこと言わないでください』

『うたた寝?』

 嬢が呆れた、と藍色の瞳を天井を向け、自分の背の方を親指で指さす。

 当然そこには先程僕の瞳に著しい健康的被害を与えた、俗に陽光と呼ばれる太陽を光源とする光がある。

 部屋の他のカーテンは締め切られているので、窓から指すその光だけが教室内を照らしていることになる。

 問題はここまでで二つ。朝からカーテンを締め切るというのはどうにも不健康な印象は拭えない、朝からだらけた雰囲気も与えるこの光景は軍人養成学校であるここにはあまり似つかわしく無い。

 もう一点はここまであえて言及しなかった、また、したくもなかったのだが光は――(あか)かった。

 これが手の平を太陽に透かしていれば僕の血潮などと言えるのだろうが、生憎僕の両腕は自身の頭の下。つまり、この光は途中に何を挟むでもなく、産地直送で送り届けられている事に他ならない。

 実に長々と語ってきたが、とどのつまりこれがどういう事かというと、

『まいった。どうやら、何時の間にか僕は時間超越者になってしまったらしい』

超越()んでるのは君の頭だけ! 分かったら、さっさと起きる!』

 怒鳴り声が耳を貫く。慌てて椅子を蹴っ飛ばして跳ね起き、夕日を背にした嬢へと向き直る。

 逆光でシルエットとしてしか映らない彼女だが険しい顔をしていること事だけは分かる。

 そんな彼女に僕はバツの悪さにぎこちない笑みをうかべながらながら頭を下げる。

『どうも、ご迷惑お掛けしました』

『まったく……』

 先ほどの事が嘘のように柔らかい笑顔を浮かべて、彼女がゆったりと影を薄めながらこちらに近づいて来る。

『それで?』

 手近な席に腰を下ろしながら、彼女が尋ねてくる。

『それで、とは?』

 と、僕が素知らぬ顔をしながらと惚けると、『何かあったんでしょう?』と優しい声でもう一度尋ねてくる。

『なんでそう思うんです』

 鼻で笑いながら首をすくめる。聞かれて楽しい話題でない事もあり、つい態度が悪くなる自分に自己嫌悪に苛まれる。

『だって、ただでさえひどい顔がより一層ひどくなってるから』

 こちらのつっけんどんな態度もどこ吹く風、嬢が悪びれる素振り無く微笑む。

『酷い言われようだ。大体、嬢を基準にしたら誰だって酷い顔でしょう』

『……お世辞が上手いのね』

 んん……? ちょっと意外な反応だなぁ……。胸中で人の悪い笑みが浮かぶのが分かる。

 やれやれ、僕もずいぶんと性格が悪くなったものだ。改善しようとする気はさらさら無いが、多少異能に縛られようがせめて喋る言葉ぐらいは自分のものでありたいからな。

『お世辞じゃありません、嘘を付けない異能(たち)なもので』

『はぁ、誰にでもそんなこと言ってるの?』

 額に手を当て頭を振る嬢に対して、僕は大げさな素振りで両手を上げ、心外だというふうに訴える。

『とんでもない! こんなこと言うのは嬢ぐらいのものですよ』

『そうね、貴方言う相手がいないもの』

『……よくご存知で』

 冷めた視線と切れた一言を組み合わせた見事なカウンターは僕の心に深い傷跡と敗北感を刻んだ。

『まだ短い付き合いだけど、貴方の人となりなんだか掴んできた気がするわ』

 勝ち誇った顔で彼女がフフンと笑う。

『気がするだけですよ、人の本当の姿なんて分かりっこない』

『それでも私、もっと貴方のこと知りたいわ』

 せめてもの抵抗と悪ぶって吐き捨てたものの、あっさりと冗談交じりにあしらわれる。

 何を契機にか互いに表情が緩み、心地良い沈黙が教室を流れる。

 そうして、僕が穏やかな沈黙に浸っていると嬢がおもむろに席を立ち、こちらに背を向けて話し始めた。

『何を今更と言われそうだけど、話したくないなら話さなくてもいいわ』

『何を今更』

『話してくれるのがベストではあるのだけどね』

 うっすらと笑ってオウム返しする僕をたしなめるように嬢が振り返って指をピ一つ立てる。

『それはともかく、話したくないのならせめて聞いて欲しいのよ』

『聞いて欲しい?』

『ええ。まぁ知ってて欲しいって言ったほうが正しいかしら』

『で、何をですか?』

『ロザリエのことよ、彼女ずいぶんと貴方のことを心配してた』

『またご冗談を……彼女には喜ばれこそすれ、心配される道理がない』

『道理、ね。でも、心配していたことは本当よ、彼女自身に聞いても否定はするでしょうけど。それに……』

『それに?』

『私もそれなりに心配してるわ。

 冗談抜きに貴方、ひどい顔をしてるわ。目は充血して真っ赤、頬もコケてる風に見えるし、何より顔色が鬼人族(わたしたち)みたいよ』

 最後だけ繕うようにおどけて、彼女が再び席につく。

『僕も種族は一応鬼人族(あなたたち)と一緒なんですけどね』

 はぁ、とわざとらしくため息を付いてうなだれる。

 ふと、目に付く自分の手の平には赤みが指している、対して嬢の手は見てるこちらが寒気を感じるほどに青白い。

『構造的には人間よ、管を通るのが(あか)(あお)か、鬼人(ドラキュラ)人間(ヒューマン)の違いはそれだけだもの。そして、魔臓がない貴方には心臓がある』

『今更言われなくても分かってますよ、運動する度バクバクバクバクと忙しなくてしょうが無い。

 しかし、それよりもティアナ嬢、顔色が悪いですよ、病院へ行ったほうがいいんじゃないでしょうか』

『ええ、そうした方が良さそう、なんだか頭が痛くなってたわ。まったく、心配してた私が馬鹿みたい』

 嬢が呆れた様子でコメカミを押さえる。そんな素振りと違い、手の隙間から見える瞳は優しげにこちらを見ていた。

 気遣ったつもり(半分は本気)で何時もに増して軽薄に振舞ったつもりだったが、逆に気を使われてしまったらしい。

 ここまで黙っておくのは簡単だが、同い年の女性にこうも甘えていては男の矜持(きょうじ)が廃る。

 ……いやむしろ、さらに甘えることになるのかもしれないな。苦いものを感じつつ、フーッと息を一つ吐いて話しだす。

『ちょっとした悩み事がありましてね、ここ三日ほどちゃんと眠れてないんですよ』

 どこか様子を(うかが)うような言い方に嬢は居住まいを立たすだけで何も言わず僕が話しだすのを待っている。

 その相槌のような沈黙に僕の口からするりと言葉が引き出される。

『相談しようにもちょっと身近な人には話しづらいところがありまして、さりとて僕に友達がいないのはご承知の通り。

 ……少し、話に付き合ってもらえるでしょうか?』

 目だけで頷く嬢に感謝を述べ、僕は滔々と大まかな事情を話しだした。


『……と言う訳なんですけど』

『完全無欠に疑う余地なく真っ黒ね』

『で、ですよねぇ……』

 言い終えてから即座に突きつけられる一言にタジタジとなりつつ頷く。

『記憶喪失で経歴不明、人目を忍んで深夜徘徊、素知らぬ顔で嘘をつき、そこらの不良なら一対多でも制圧できる武術。

 何はともあれひとまず通報するのが市民の義務ってレベルよ、その人』

『いや、全くその通り』

 改めて他の人から口に出されると、自分がどれほど補正をかけてレウスさんを見ていたのかが分かる、のだが――

『でも、通報する気はないのね?』

『……困ったことに』

 疑いきれず、信じきれず、どうにも中途半端――まぁ話している内考えは纏まっただけまだマシと思いたい。

『ハッキリ言って私が代わりに通報したいぐらいだわ、とは言えそんなことしたらこうして相談してくれた貴方の信頼を裏切ることと同意義。

 教会で懺悔を聞く神父の気持ちがわかったわ、もどかしい事この上ない』

 今度こそ本当に嬢が呆れた様子で額を押さえる。僕は何も言えず、ただヘヘヘと気色悪い笑みを浮かべていた。

『で、この後私はどうすればいいの?』

『どうすれば、とは?』

 半眼でこちらを睨む嬢に言葉の意味がわからずオウム返しする。

『何かアドバイスをすればいいのか、貴方の考えに頷いとけばいいのか、ただ聞いて欲しかっただけなのか』

『ああ、そういう……』

 勝手に自己完結していた所為で思い至らなかった。とは言え、厚意を無下にするのも気が咎める。

 ここは意見を聞いて参考にするとしよう。

『じゃあ、アドバイスを』

『通報』

『最高にタメになりました、ティアナ嬢』

『お役に立てたようで嬉しいわ、テオドール君』

 心にもない言葉を交わし合い、

『聞いてくださってありがとうございました。お陰で大分楽になりました』

 と簡潔かつ率直に礼を述べて席を立つ。嬢は何事か思案するようなガラリと戸を引き、廊下へ出ようとしたところで後ろから声が掛かる。

『尾行でもする気?』

『っと――!』

 考えていたことをズバリと言い当てられて足が止まる。だがまぁ、誰だってそう考えるよな、ここまで僕が思い至らなかったのがおかしいぐらいだ。

『まさか、こう見えて良い子なんで夜九時までには寝るようにしてるんですよ』

『良い子はそんなに目を真っ赤にしないわ。止めときなさい、最近この都も物騒になってるのは貴方も知ってるでしょう。

 ……被害者がこう言ってるんだから、説得力は充分でしょ』

『それこそ、嬢の時みたく目隠し男(ブラインドマン)が助けてくれますよ、きっと』

 何か言われる前にピシャリと戸を閉め、僕はその場から逃げ出した。


『なんだ、ついにヒーローごっこにも飽きたのか?』

 僕が巡回に行かないことを伝えると、レウスさんは意外そうな表情でそう言った。

『いいえ、子供心はまだ忘れちゃいませんよ、でも体が付いて来ないのも事実でして』

『ま、懸命だな、君が行くと入ってれば私が止めるところだった』

 不審がられると思ったんだけど……ティアナ嬢も言ってたけどよっぽどひどい顔してるんだな、僕。

『それじゃあ、留守番は頼んだぞ。知らない人から連絡があったら、ひとまず断っておくように』

『了解しました、お父様』

 軽口を叩きながらレウスさんは黒のコートに袖を通し、濃い夜闇が待つ外へと去っていた。

 あとに残るは涼やかな静寂と、見えず纏わりついてくる迷い。

 ここまで来て行くかどうかを迷ってる。さんざん信じるのか疑うのかで悩み、それを確かめるための行動すら迷う。

 煮え切らない自分にイライラする。度重なる夜更かしといい、僕は美容の敵と仲良しらしい、どうりで肌が荒れ気味だ。

 下らない軽口で時間をやり過ごす、まだだまだだ。坂を下っていったのは見届けた、まだ見失うことはない、むしろ見つかるリスクのほうが高い。

 そう言い聞かせ、これもまた尾行をしたくない気持ちの現れなのではないかと、自分を疑う。

 ジリジリとじっくりと身を焼かれる様な一時、焼かれるのが自分のなら焼くのも自分というから手に負えない。

『さて……行くか』

 そしてまた、いくら直前まで悩んでいようと焼かれていようと、その時になったら最初に考えてたとおりの事をする。

『だったら最初から悩むなよな……!』

 赤銅色のコートに袖を通し、内ポケットから取り出した手作り感満載の仮面を付ける。

 扉を静かに開き、寒さ渦巻く早春の夜へと一歩足を踏み出した。

ずいぶんとお待たせすることになって申し訳ありませんでしたm(_ _)m

今後は徐々にペースを上げれればと思っております。

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