第七十四話:邂逅
『ちょっと横から口出し失礼』
声を掛けられるなどとは夢にも思っていなかったのだろう黒コートの男たちが息を飲む気配が伝わる。
男たちの表情までは見えない、暗いからではなく相手もこちらと同じように隠してあるからだ。
物こそ面などという中途半端な物ではなく、目出し帽という実用的かつ不審的なものではあったが。
『どうにもあなた方、そこの女性に御用があるご様子。しかし彼女が男四人も誑かすような悪女にはどうしても見えない』
挑発とも取られかねない発言にも男たちは動かない。動じていない、と言うよりは困惑が勝っている様子。こちらの様相は時期はずれのコートに身を包み変な面を付けた二人組だ、無理もない。
横の軽口に紛れて思考を加速、記憶の本棚から貸出数急上昇中の刑罰全集(なお、未完)を取り出す。
『そうなると、どうにも君たちを疑わしく思わざるを得ない、そこでどうだろう? ここは一旦冷静になって……』
よくもまぁここまでペラペラと喋るな……ともかく今は"追放刑"の付箋が張られたページに指を差し入れ素早く本を開く。
項の目次を流し読み、今の状況に合わせて選考選考、やがて一つの刑罰が口の中に転がり出る。
『……"面前払い"執行』
<音声認証:追放刑ディレクトリ内、面前払い(ブルームマスク)発動準備>
ボソリとつぶやき、コート中の左手をスナップ。木と木が打ち合う抜けるような音が僕の中だけで響く。
そんな小気味いい音に浸る間も無く、視線でレウスさんに刑がなったことを伝える。
途端、気が逸れたと見た男たちが二人ずつに別れ、坂上に見える魔操車へと、片や路地奥の女性の確保へと軽いみのこなしで駆け出す。
『こっちを頼む』
指示の言葉を置き去りに黒の影が坂へと飛びゆく、影が視界から消え去るか否かの刹那言葉を聞いた体が勝手に前へと動き出す。
男との距離は駆け出しに遅れたこともあり、ちょっとやそっとでは追いつかないだろう。しかし、僕が慌てることも、全力を出すことすらもない。
『い、いやァァ!』
ハッキリと聞こえる悲鳴、男の一人が向きを変えこちらを妨げる姿勢に、その後ろではためく黒がこの場で唯一夜を退ける服へと手を伸ばした瞬間、突然爆風にでも巻き込まれかのように背中からこちらへと突っ込んでくる。
運良くもこちらを向いた男を巻き込み、もつれ合うようにして地面を転がる。
『おっと、随分と力が強い淑女だったご様子。良かれと思って駆けつけたけどお節介だったかな』
素知らぬ態度を装ってずれた事を言う。女性に対しての言動としては些か配慮に欠けるなとすこし後悔。
袖から木製小槌を取り出し無造作に構える。正直、けん玉を握ってたほうがまだましな気がする。
『い、今のは違うんです、助けてください!』
『こちらに恥をかかせぬために見せ場を譲ってくれる、まさに淑女だありがたい』
変に不安がらせてごめんと内心では頭を下げつつ、先程からこちらの一挙一動を観ていた男に顔を向ける。
『淑女もこう言ってくれてる、少し相手をしてくれないか』
安い挑発だったが幸い、男たちは女性が動けぬと考えたのか、二人で僕を叩きのめしたほうが早いと踏んだのか二人してこちらを睨んできた。
視線に篭る殺気に小槌を握る左手に手汗が滲む。さっきのチンピラとはわけが違う、人さらいにしてもこうも武闘派とは思えない、一体何なんだこいつらは。
次々に浮かんでくる疑問を消すため滑らないよう左手に力を込めて呟いた。
『"焼印刑"執行』
<音声認証:身体刑ディレクトリ内、焼印刑発動準備>
内容は聞こえずとも音は聞こえたのだろう、こちらの声を聞いて男の一人が滑るような走りでこちらとの距離を一気に詰める。
あまりの速さにほう、とため息がこぼすだけで動けず、我に返った時には銀の光が目を焼いていた。
情けなくも恐れから反射的に引いた腰に合わせるように後ろへ不恰好に飛び退き、恐れを振り払うように小槌で虚空を払う。
妙な動きに男の目に怪訝そうな色が浮かび――遅れて口から悲鳴というには汚い何かが放たれる。
さもありなん、男も右脇――短剣を振るった腕の所為で死角となる部分――には手のひら大の印を持つ焼きごてが押し付けられていた。
夜闇の中、唯一眩い赤熱は夜より黒々しい印を男の体に刻んでいた。
『印は付けたものの……家畜としての需要はないかなっ!』
痛みに怯む男へと一足飛びに距離を詰め、下を向いた隙に後頭部を小槌で打ち付ける。
されど所詮は木の小槌、腕を後ろに足を前後に開き男がすんでのところで転倒を回避する。
前足は右、後ろ足は左、前後の間は咄嗟のことで余りにも開きすぎている。
であれば、前へと進む動きの軸を僅かに敵の左側にずらして抜け、大きく開いたその間に足を差し込めば。
『転倒は必至ッ!』
声にならぬ声を上げて男が地面へとゆっくりと倒れていく。
後ろ足を払った己が左足は当然衝撃を受けて前へと進む体を押し止めようとする。
そんな後ろ向きの力に逆らわず、むしろ利用して左足を軸に逆時計回りに向きを変え立ち上がろうとする男に向けて勧告しながら小槌を振るう。
『"禁錮刑"執行ッ……!』
<音声認証:自由刑ディレクトリ内、禁錮刑発動準備>
怒鳴りたい気持ちをなんとか抑え、男の背中を殴打する。打撃というには余りにも拙い一撃、だが刑の勧告には充分。
めくれた石畳を取り込み、バランスを崩した男を取り囲もうと地面がせり上がって来る。
――瞬間、背後より刃が近づく気配あり。
その気配に、にぃ――と、獰猛な笑みが浮かぶのが自分でも分かる。愉快な訳ではない、本当にこんな事になるとはと言う苦笑だ。
背を見て好機と踴ったか? ただの土塊を壁とでも見紛うたか? 今なら逃げ場はないとでも?
『阿呆が……』
目の前のこれは、囚人を閉ざす檻か? 否。
では死刑囚を隔てる壁? 否。
なれば意味を成さぬただの土塊なのか? 否、断じて否、どれも的外れ。
『これは、足場だ』
低く唸りながらまずは左、次は右と視界を覆おうとしていた土塊に足をかける。
膝を折り両腕を後ろに回す、その時の為に力を溜める、機をうかがう。
『――ッ!』
膝を逆に折る勢いで伸ばし、腕をちぎり飛ばすつもりで振り上げる――宙返る。
周囲が異様に遅くなったように感じる、何の支えもない宙にて僕は草むらに寝転んだように夜空を見上げ星を楽しむ。
やがてその時は終りを迎え、慣性にて頭が下がり目が女性の影を、暗い地を、鴉のコートを、目に映す。
先ほどと違い景色はどれも同時と思える程一瞬で視界を過ぎさり、気づけば男がこちらを振り返り際の一太刀にて斬り殺そうとしていた。
『"足縄刑"執行』
<音声認証:自由刑ディレクトリ内、"足縄刑"発動準備>
罰の名を告げ両足の間に打撃面を横に槌を差し込む。手首の揺らしで拗られた両足をそれぞれ右左に二度叩く。
一度目でほのかに明るい印が右くるぶしに現れ、二度目で印は左くるぶしにも出現、両の印を縄が繋ぐ。
小槌を手の中で回し、打撃面を縦に頭を縄に引っ掛け腕を引く。
ずしりとした手応えも一瞬のこと、反転途中という不安定な体勢だった男の体は呆気無く倒れていく。
わずかでも混乱している内に、と槌を外して腰を浮かせた。
『が、あっ?』
その瞬間、熱っぽい痛みが左の脇腹を中心にじわじわと広がり始める。
投げたのか、とマヌケな頭が遅れて気づく。倒れ間際、捻った腰を使いナイフを投擲したのかと。
『あぐうっ』
動きを止めていた僕の顎を揃えられた足が打ち上げる。
唯でさえ痛みに揺れていた頭が物理的にも揺らされる、辺りが暗闇が濃くなりかけるが地についた足をすかさず蹴りつけ、後方に飛び退き意識の安定を取り戻す。
『随分と、鋭い嘴を、お持ちのようで』
錆臭い液体をぽろぽろと口から垂らして薄く笑い、外から見えぬ奥歯を噛み締め血とともに抜けそうになる力を止める。
『ですが、害鳥駆除も紳士の嗜み。お忘れなきよう……!』
強ばる体を言葉でほぐして体を前へと傾ける。瞳孔の開きを意識しつつ、闇に転がる男を観る。
じたばたとあがく様子もの、何かを取り出す様子もない、不自然なほど男は身動きを取っていない。
ただ、頭を持ち上げギラついた目でこちらを睨んでいた。怒りもある戦意もある、だが何より勝利の確信が漲っていた。
左手の握りが自然と強くなる、この男は何かするという強い確信がある。
そしてそれは、間違っていなかった。
「*************」
訳のわからない音の羅列、言葉と受け取れない音――人界語を男が放つ。
概念を纏わない純粋な魔力が男の手で練り上げられ刃となり僕を斬り裂こうとしていた。
避けることは出来ないそれでは後ろの女性に当たる、受け止めることは出来ない死んだら復活に時間がかかり、死ななければ正体がバレる。
受け止めつつ避けるしかない、自然この場を凌ぐのに必要な選択肢が目の前に提示される。
『二番煎じあしからず、"禁錮刑"執行』
<音声認証:自由刑ディレクトリ内、禁錮刑発動準備>
槌で己を打つ。周囲に四辺の壁がせり上がって来る、が元より僕は前へと駆けている檻ができた時にはその場に僕はなく、ただただ空虚な箱が鎮座し女性の前へと立ちはだかるのみ。
これで受け止めるは完了、女性への憂いが消える。後は目の前の脅威を躱すだけだ。
足に力込め全身を浮かせ――しかし跳び上がらない。
相手は仰向けに倒れているのだ、飛び上がるれば容易に視界に入れられ、こちらは空中故に身動きがとれない。
つまり、こちらに理が一切ない。
ならば狙うは逆、自分の体が邪魔となり頭を大きく持ち上げねばならない下。
浮き上げた体を一息に沈み込ませ、そのまま足から地面を削る勢いで滑走。
「*、********!」
戸惑った声で男が刃を放ってくる、刃は地面と直角となる縦の構え。それはそうだろう、刃を地面と水平にすれば自分の足も切る付けることになる。
そして、たとえ刃が縦でも刃を放てるコースは決まっている。脚が邪魔とならず、両足の拘束を解くことが出来る股の間だけだ。
真ん中を真っ直ぐに逸れること無く放たれる刃。右か左、どちらかに少しでもずれていれば容易く避けれる。
『風は吹けども刃は成らず、と』
鋭い風音を聞きながら、格好つける。こうでもしなければ刃が側を通る恐怖に負けそうだ。
『誘拐未遂に傷害、殺人未遂にて……!』
罪を述べながら槌で地面を何度も叩く、その度に印が刻まれ数が増す度に光が強くなる。
『"拘束刑"執行』
<音声認証:自由刑ディレクトリ内、"拘束刑"発動準備>
摩擦に動きを止めつつある体をくの字に折り、なんとか男に小槌で打てる。
閉廷の音が脳裏に響き渡り、鎖が擦れる音が耳に障り、ガチャリと隣で鎖が繋がれる音を聞く。
「****************!」
悲鳴、そして地面を何かが引きづられる音。土を払いつつ、脇腹の痛みに呻きつつ、後ろを振り返る。
印からは幾つもの鉄鎖が射出され、男の手首足首はもちろん口や胴体にも絡みつき、男を地面に括りつけていた。
鎖は何重にもまかれ、男がわずかにでも抵抗を見せる度に締め付けは強くなり、どんどん体にめり込んでいっていている。
『自業自得だ』
呟いてみても男の酷い様に罪悪感が湧き上がる、そうして目線を落とせば脇腹から生えたそれが目に入る。
『丁度いい』
思い出した事で再び痛み出した脇腹に手を近づけ、原因であるナイフの柄を下手に動かさぬよう慎重に掴む。
『ぐぅぅぅ……!』
自分の体内から異物がずるりずるりと抜けていく感覚と、意識を前後に揺さぶる凄まじい痛みに唸りつつなんとか引きぬく。
抜いた端から蘇生される為、抜いた途端噴き出るようなこともなく、ダラダラと血を垂らした後何事もなかったかのように傷が塞がる。
傍から見ればさぞ不気味に映るのだろう、生まれてこの方こういう体質の身としては何の感慨もないが。
『しかし……なんで人間が?』
こんな所に、何の様で、女性一人誘拐して何のメリットが? 皇族の一人であるはずもないし……。
『大丈夫、ですか!』
そんな先のない議論は見えぬ女性の震え声に中断される。
『大丈夫です、今そちらに行きますからご安心を』
ふらつく足に活を入れ僕は見えぬ声の主の元へと急いだ。
『本当に、ありがとう、ございました……!』
『い、いやどうか顔を上げてください』
女性はこちらの顔を見るなり深々とお辞儀をして来る、しかも涙声で。
立っている時にはまだしもいま女性は座っている。まず間違いなく年頃の女性に土下座をさせているようにしか見えない。通りすがりの人に見られた時にはどう言い訳すれば良いのか分からない。
『しかし淑女、何でこんな夜遅くにこんな場所に?』
話を逸らす意図もあり窘めるように疑問を投げかける。ここいらは目立ったお店もない郊外スレスレの住宅地、街灯もまだ普及していないから犯罪も起きやすい、駆り出される僕としてはあまり出歩いて欲しくない。
『それは、その……』
心苦しそうに女性が口を濁す、思えばそれこそこんな時間に出歩いているのだろうから何か事情があるのだろう、その事情とやら次第では言い出しくい事もある、恩を傘に来た無配慮な疑問だったなと自省する。
『不躾な質問を申し訳ありませんでした、けどあまりこの時間帯には出歩かないようにしてください』
余計なお世話だと言われるかとも考えたが、逆にまた『すいません』と何度もお辞儀されてしまう。
出来る事なら早々に立ち去りたいところなのだが、レウスさんの安否がわからない以上下手に動くわけにも行かない。
『左手目隠し(リンクス)、男たるもの女性に対してはもっと優しくするべきだと私は思うよ』
そんな気持ちが通じたのか余裕綽々な声が肩を叩く。僕が振り返ろうとする前にレウスさんは隣に並んでいた。
『人聞きの悪い事を言わないでくださいよ、右手目隠し(レヒト)さん』
『彼女が勝手にやってるだけだと? なんという言い草だ、紳士にあるまじき言動だ』
『ともかく貴女も謝らなくても大丈夫ですから』
大仰な動作で嘆くレウスさんを軽く無視して女性に手を差し出す。
『……すいません』
まだ鼻をすすりつつもこちらの手を掴んで女性が立ち上がる。自分から差し出しておいてなんだが、こんな目にあったのに立ち上上がってくれるとは思った以上に芯が強いな。
『レヒトさん、そっちの二人組はどうしました?』
『すこしばかり前衛的な骨格にしてあげたからな、感謝にむせび泣いてまずしばらくは動けないだろう。そっちは?』
『もう見たでしょう? 地面に貼り付けに……』
『そっちは知ってる、二つのどっちかは知らないが閉じ込めたほうだよ』
『それこそそのま――』
自分の言葉でようやく気付く、あの男は閉じ込めた"だけ"だと。
あの檻は概念を持ってくることは封じる事ができる、が拘束した男は人界の魔術を使っていた概念を必要としない魔術を、だ。
地響きが足元から鳴る、地は安定を失い揺れ動く。何とか下に傾けた目に鋭利な牙のような岩が映る、路地に沿うように生えたそれの数はこの中の誰も避けることが出来ないと確信できる程。
自身の不覚にただただ歯ぎしりをする中、隣の影の動きは迅速。手を下にかざし、小さな声で地面で暴れる力を掻き消す何かを放つ。
『"見えざる善意"』
足元の唸り声が唐突に止み、常人離れした跳躍でレウスさんが檻の向こう側に消え、硬いものが壊れる様な音が鳴る。
続き悲鳴が耳に届き、すぐに何かに口を塞がれたようにこもった音になり、やがて無音。
『さて、またあんな輩にまた襲われる可能性もあるし、衛兵にこの事を連絡する必要もある事だ、女性を送り届けるとしよう。……所で彼女は何で私から隠れるようにしているのかな?』
レウスさんの言うとおり、いま女性は僕の腕にしがみつき体を僅かに震わせていた。
こうも密着されるとなんともこう湧き上がるものがある、出来れば守らなければ! という義務感とか使命感とかそういう高潔なものであって欲しい。
『……さぁ、強いているなら前衛芸術は何時だって忌避されるからじゃないですか』
にやけないようにか、怯えさせるなとの怒りを込めてかはともかく憮然とした声で僕はレウスさんに答えた。
一週間更新なんてほざいて申し訳ありませんでした……




