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人魔のはみ出し者  作者: 生意気ナポレオン
第三章:時は過ぎ去り別れ編
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第六十三話:咆哮

長らくお待たせして申し訳ない<(_ _)> ……待ってくれてる方はいらっしゃるのだろうか?

 肩を怒らせる巨躯――(オーガ)に、悲壮な表情を浮かべる痩躯――森人(エルフ)。対照的な二匹の魔族がゆっくりと地に伏せる侵入者――人間の傍を過ぎ去っていく。

 温もりのある魔力灯(トーチ)の光が去り、冷たい闇が包んでいく事への安らぎ……普通に生きてれば感じる事の無い安らぎだ。

 内心で苦笑しつつ膝立ちになり、地図をポーチから取り出す。魔力灯を付ける訳にもいかないので木々の間から微かに漏れる月明かりを頼りにそれを見る。

 現時点で残る楔は二本。間もなくその内の一本も無くなろうとしている。

 此処までかかった時数は二日とちょっとと言った所、概ね順調と言って良い――順調過ぎる、とも。

 穿った見方と言う訳では無い敵方に妙な点があるのは確かだ。

 見張りを屠ったのはもう二日以上も前の話だ、死体は間違いなく発見済みだろう。だと言うのに――"警戒"が強まった気配が無い。

 いや、こういうと語弊があるかもしれない。巡回の数自体は増えている、だがその編成は先程通り過ぎて行った巡回と同じく二匹――見張りの数以下なのだ。

 少なくとも人界ではこの編成はあり得ない。理由は簡単、巡回が殺される確率が高いからだ。三人同時に殺せる敵がいるのに、二人で見回らせる馬鹿はいない。出来うる限り一組の人員を多くするだろう、数を増やすという事は単純だが効果の高い防衛策だ、私達の様な姿を見られたくない隠密の敵に対しては特に。

 不安は残る、残るがかといって動かない訳にもいかない。

 そんな幾度も出した結論と共に先へ進もうとした――


 瞬間。耳を(つんざ)く様な雄叫びが誇張でも何でも無く、森を"震わせた"。

 物言わぬはずの森自体が声を放ち、侵入者の存在を、居場所を知らせた。

 原理は分からない、分かる必要も無い。今必要なのは、認めないといけないのは――私達の居場所がばれた、その事だけだ。

 そして、今やるべきことは考える事では無い

「迎撃――だ!」  

 声と共に振り向き様の一太刀。

 感触は今一つ、だが空を切った様では無い。

 遅れて視認する敵影は一つ、鬼でも妖精でも無く――獣だ。

 動揺は無い、先程の雄叫びも獣のそれだったからだ。そして、その声故に不意を打たれずに済んだ。

「ジャン、レオナルド!」

「了解!」

 先程巡回が立ち去った方向へ二人が駆けていく。奇襲じゃない以上、森人はともかく鬼の相手は二人には厳しいだろう。

 そう思っていても目の前の獣を二人のどちらにも任せる気にはならなかった、どころか自分の手にも余るとすら思う。

 ――この獣は危険だ。本能がそう訴えていた。

 獣から動く気配はない、動かなくても良いと分かって要るからだろう。

 ……動かなければ増援が来てやられるだけか、覚悟決めないとな。

 脈打つ心臓の音を聞き、深く息を吸い込み呪文を詠う。

[風よ、刃となりて駆け抜けよ"風刃(アーリア・ラーマ)"]

 詠唱の結びと共に、風の剣先が放たれる。

 獣は刃を難なく躱し再び見の体勢へ。飛び掛ってくる気配はない。

 恐らく近づけば離れられ、離れれば近づかれ、背中を見せれば刺される。

 そうやって付かず離れずの距離を保ち、私をここから動かさない気だ。

 状況は極めて悪いそれでも思考を放棄したらそこで終わりだ。 

 場を動かす手を無数に列挙し、次々に廃棄していく。

 思考自体は一瞬で終わり、残った手の中から選択するのに数瞬を要する。

 見かけによらず堅実で結構――後悔するなよ毛むくじゃら。

[轟け怒号、示せ威光! "否妻(フォルゴ・レジャーレ)"!]

 私の叫びに呼応するして、宵闇を掻き消す稲妻が放たれた。

 その光は目を瞑った私でさえ視界は白一色に染め、先程の雄叫びに勝るとも劣らない轟きは耳の機能を失わせる。

 ――ただ、それだけだ。

 この<否妻>は光と音だけのハリボテの稲妻を放つ魔術、演劇の演出として使われまた今の様に目くらましに使う魔術。

 常套は放った後の近接攻撃、だがしかし私は足を動かさない。

 視覚聴覚潰されて動けないのは人間相手の話し、今対峙するは獣、嗅覚がある獣だ。

 そして、私は剣士では無く魔創士だ。

 色と音が無くなった世界で一人極限まで集中を高めていく。

[理性の器に封ずは渇望。(おり)の根源にあって汚れ無き欲]

 声は無くとも口の動きで喉の振動で呪文は"聴こえる" 

 頭に刻まれた文言が呼び起こされ、儚い空想に魔力が注ぎ込まれていく。

[程無く器は揺り籠の中にて溶け落ちる"赤の衝動"]

 大きな脱力感を伴う現実への覚醒。

 ありったけの魔力を込めた"それ"を手元から放ち、自身は後方に飛び退く。

 姿勢を低く踵を土に(うず)め、やがて訪れる破壊に備える。

 そして、衝撃。

 弾き飛ばされた砂利が鎧を叩き、熱風が体を押し包む。

 力の奔流は一瞬にして過ぎ去り、一瞬にして辺りを薙ぎ払った。

 温い風が髪を撫で焦げ臭いにおいが鼻をつく中、ゆっくりと瞼を開けていく。

 未だ(ふち)に白が残る視界に凄惨な光景が映る。

 黒ずみ炭化した大地、半ばからへし折れた木々、燃えカスとなった枝葉。

「――――!」

 端々で残り火が映る中、毛を焦げ付かせながらも獣は怒りに燃える眼でこちらを睨み咆哮を上げた。

 

 咆哮によってか何か曖昧なものが召喚され獣に同化して行く。

 阻止しなければ、そうは思うものの足が凍り付いたように動いてくれない

 そうこうしている間に曖昧な何かは獣に溶け込む。

 と、その時突然獣の体が脈を打った。

 それを合図に筋肉が不自然に蠢き、骨格が不気味な音を立てて造り変えられていく。

 地に付く足は四つから二つとなり、二つの手が生まれ具合を確かめる様に二度三度空を掴む。

 やがて、優に二メッセを超える巨躯が――獣の頭を持つそいつが何もかもが生まれ変わった体で、唯一瞳に映る怒りだけを変えずこちらを再び睨む。

 その殺気に背筋を凍り付かせて思わずごくりと唾を飲む。

 場は動いた、敵もその気にさせた、けれどこれは……ちょっときついな。

「悪いな二人共、もう少し遅れそうだ」

 軽く笑い、それが引き攣ってるを感じながら再び鷹爪花を構える。

 獣が――否、獣頭が姿勢を前かがみに跳びかかる姿勢を見せ――跳びかかってきた。

 反射的に膝を折り、体をしゃがませる。

 頭の上を両の爪が通り過ぎ、後ろにあった木をひしゃげさせる。

 その音を背後に聞きながら、身を回す様にして剣を振るう。

「不味――」

 左腕目掛けて振るわれた剣は筋肉の壁に阻まれ、皮一枚と毛数本を空に散らせるだけ。

 見開く瞳、広がる視界、端で唸る毛でおおわれた拳。

 避けねば、そう思った時には既に体は吹き飛んでいた。

「――がぁっ……!」

 木に叩き付けられ体中に衝撃が走る。幸い距離が近かったお陰で思ったよりもダメージは少ない。

 という事は腕の力だけでこれって事か、ちょっと絶望するなぁ……!

 心中で乾いた笑いを浮かばせつつ、迫って来る獣頭を冷めた目で見る。

 軌道は先程と同じ、怒りで我を忘れてるのか舐めてるのか知らないが好都合だ。

 先程と同じ(てつ)を踏まぬ様、今度は左脇から抜けるようにして躱し斬る。

 獣頭が僅かに眉間にしわを寄せる、傷は浅いようだが少しはダメージが入ったらしい。

 だが同時に、痛みで我を取り戻したのか獣それからさらに動きが人に近くなる。

 互いに円を描く様にしてにらみ合い動き合い隙を探る。

 先に動いたのはまたも獣頭だった。

 飛び込みからの右貫手、風切り音を鳴らすそれを上半身を逸らす事で躱す。

 流れる様に振るわれる左爪、空を裂くそれを鷹爪花を縦に構えて受け止め刃でのカウンター。

 無論、それだけでは筋肉に阻まれたうえで首が飛ぶだけ。

 故に、勢いを受け止めつつ下に逃がし、上体を下に運び連動して振り上がる足を首に叩き込む。

 鈍い感触と共に獣頭が僅かによろける、がそれだけで地面に倒れる私を見てにやりと口を歪める。

 全く、人間なら今ので折れてたんだけどな首っ!

 声なき悲鳴を上げ、真下に突き下ろされる右手刀を寝返りを打つようにして回避、そして――隠した爪を突き立てる。

『――!?』

 獣頭が目を見開く、それもそうだ引いた手に敵が付いて来たのだから。

 獣頭の右手首には鷹爪花【錦】の爪が、本来なら刃を折る為の爪が手錠の様に食い込んでいた。

 未だ驚愕の渦中にいる獣頭に引き抜きついでに斬撃を浴びせる。

 獣頭が篭った声で唸り、胸にはうっすらと赤い血が浮かぶ。

「まだだっ!」

 熱気が冷めていく中、紅線が煌めく。左薙ぎから袈裟、袈裟から逆風。

 勢いに乗った動きに鷹爪花が応え、斬撃は徐々に一撃の威力を増していく。

 血が飛び散り獣頭が呻き両の爪で周囲を薙ぎ払う。

 だが動きは大振り、上に上がった刃を下に逆袈裟、そのまましゃがみ込み右爪を頭すれすれで躱す。

 逆袈裟の勢いを回転に変え、独楽のように膝下を左薙ぎ二連。

 叩き付ける様に振るわれた左手に刃を突き立て、自らは右に僅かにずれて回避する。

 引く左手、刺さった柄を掴んで立ち上がり、刃を引き抜き左肩から斜めに振り抜く。

 絶えず続く斬撃に耐えかねたのか、獣頭が大きく後ろへ飛び退く。

「逃がすか!」

 追って駆ける私の視線の先、獣頭は顔を屈辱に歪ませ同時に大きく息を吸った。

 咆哮の気配、仲間を呼ぶ気かこちらを怯ませる気か、どちらにしても突撃を止める理由にはならない。

 そう思う私を余所に、獣頭はこれで三度目となる咆哮を放つ。

「がぁ……?!」

 声は衝撃を伴っていた。訳も分からぬままに吹き飛ばされ再び木に叩き付けられる。

 咄嗟に受け身を取ろうとするも、不意の一撃だったお陰で間に合わずもろに衝撃が体に伝わる。

「かはっ……」

 吐血。何処か臓器を傷つけたのかもしれない、骨が折れてる様子が無いのが不幸中の幸いだ。

 涙でぼやける視界の中、獣頭の方向を向く。

 ……飛び掛ってくる様子は無い、さっきのあれは消耗が激しいのか……? なんにしろ今の内に……動かなければっ……!

 痛みに歯を食いしばりつつ、剣を杖代わりに立ち上がる――立ち上がろうとした。

「がほっ! げほっ!」

 ごぼりと喉をせり上がって来る不快な感触が一瞬、そしてびちゃびちゃと血が地面で撥ね、口元からだらしなく血が垂れる。

 二度目の吐血と共に体から力が一気に抜け、その場に膝から崩れ落ちてしまう。

 ゆらり、と獣頭が立ち上がる気配がする。

 体を必死に動かそうとするが思うように動いてくれない。

 そして、衝撃が来た。

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