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人魔のはみ出し者  作者: 生意気ナポレオン
第三章:時は過ぎ去り別れ編
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第六十二話:楔打ちの道中

 行軍……と呼ぶには小規模すぎるか。ともかく、私達は鬱蒼と木が茂る森の中を黙々と歩いていた。周囲を警戒しながらの歩みは遅く鈍重、歩幅を揃えた様は他から見たら行進にも見えるかもしれない。

 警戒はともかく、各人で歩幅を揃えているのは自分たちの居場所を地図で確認できるようにしているからである。間隔だけで歩き回り迷うだけならまだしも、ルフトが言う木妖精(レーシー)土妖精(ノーム)の管理範囲に踏み込んだら目も当てられない。

 だからこその等間隔での歩みだが、自分のペースで歩けないと言うのは予想以上に神経を使うな……

 内心で弱音を吐き、後ろに付く部下二人に止まるよう指示して鞘に挟み込んだ地図を抜き出す。

 そろそろ、第一関門か。

 私達の暫定位地から大よそ百メッセ程先、進路上に描かれた茶色の円を見て思う。この円は土妖精による<振動探知>の結界の範囲を示しており、今まではこれを避けてきたのだが、これ以降先に進むにはこの円かもしくは緑の円で描かれた、何処かに木妖精(レーシー)が紛れている場所に踏み込まなければならなかった。

 この事を三人で相談した結果、満場一致で振動探知の結界に踏み込む事が決定し、今その前に立っている。

 これ以降は今までより慎重に歩むだけでは無意味。何故か? 歩けば振動は起きるからだ、無論それは動物が歩こうと人間が歩こうと、山が動こうと起きる訳だが、動物のそれと人間のそれでは重みが違う。いや、厳密に言えば御感知はあり得るかもしれない、ただ人には他の動物で言う爪と牙に等しく知恵があり、知恵から物が生まれ、物には重みが伴う。つまりは、鎧を纏い、武器を手にする私達は他の動物にはあり得ない振動を生む。

 ならば、どうするか? ――こうするのだ。

 二人に目配せし、身に着けた武具を取り外していく。敵地という事もあり、かちゃかちゃと騒々しい、金属同士が触れ合う音を鳴らす事無く地面に一つ一つ慎重において行く。無論、酔狂や伊達などで行っている訳では無い、これが策と言うのもおこがましいいわば苦肉の行為。

 重り(武具)を外して忍び歩く事で、振動感知の監視から逃れようと言う、実に単純な行為。

 今やうす布一枚だけに覆われるだけの足が冷えた大地を掴む。痛みすら感じる冷気に顔を顰めつつ、鷹爪花【錦】を不安定な腰から背へと移動させ、二足歩行の利を捨て、四足歩行の獣へと戻る。

 他二人もそれは一緒、這うようにして地を進み、じりじりと結界の中心へと近づいて行く。

 

 手足の感触がおぼろげに、行動が半自動的になりかけようかと言う時、また一歩前へ動こうとした腕が、ビクッ! と反射的に動きを止めた。

 急に動作を止めた私に動揺する気配が背後が伝わるが、そんな事よりも気に掛ける、否、耳を傾けなければならないことがあった。

「……*****……*****……」

 ――魔界言語……! 慌てて、けれど音を立てぬ様に振り向くと二人も声が聞こえたのか、その顔は固くなっていた。手をゆっくりと、地面に下げ伏せるよう伝える。

 自分自身も地に伏せ耳を澄ませるが、音が近づいて来る気配はない、今のところは、だが。

 言語が分からない以上、もどかしいが得られる情報は限られている。どうやら、魔術を使う必要がありそうだ。

[未知求めるは人の性、既知振り返るは人の残念"望遠郷(カンノ・キアーレ)"]

 一瞬、ぐらっと視界が暗転する、多量の魔力の抽出による一瞬の眩暈だ。慣れない光魔術の行使の代償だ、そして暗転後の視界が行使による恩恵。

 視界は狭小となり、深奥まで見渡すものと化す。<望遠鏡>の効果は片目を覆う可変倍率の凸レンズの生成だ。これにより、遠くまで狭く見渡す事が可能となるため、戦場では今の様に索敵に使われる魔術。光魔術との相性はもとより、内蔵魔力量が小さい私にとって発動後もじりじりと魔力を消費するこの魔術はあまり使いたいものでは無い。

 そう言う事情はともかく、ある程度は自分の意識で自動的に焦点を合わせてくれるこの魔術はものの数秒で目的の者を視界に収める。

 くすんだ褐色――土色、と言いかえることも出来る表皮を持った、やや小柄な体躯の魔族。あれが土妖精なのだろう、その横を油断なく警戒するのは(オーガ)小鬼(ゴブリン)が各一匹づつ。

 鬼と小鬼はひとまず思考の外、想定していた中では最高の編成。此処まで来て待っていたのは十人を超える団体様でした、なんて言うオチは御免だ。鬼と小鬼は

 敵数を無言で伝え、二人は完全に這いつくばった状態でじりじりと前へ進み始める。


 そろそろか……。

 最早見る事は出来ないが、時間からして二人はもう二匹の鬼を射程圏内に入れて居る筈。

 自分の部下を信じ、その場に伏せゆっくりと目を閉じ、ともすればガチガチと歯を打ち合わせてしまいそうな口で、乾いた空気を吸い込む。

 一呼吸目で周囲の音が消えた。

 二呼吸目で標的以外の景色が消える。

 三回目の息を吸うときには、寒さも土の感触も消え、只々標的と自分の声だけが認識できる。

[暗雲の宵、下弦の月が纏うは雲、叫ぶは災厄"遠雷乃弓"]

 創成者の意を汲み、轟音を放つ弓はしかし圧倒的な静寂をもって両の手に顕現した。伝わる力は自然界本来のものとしても、魔術師のものとしても脆弱。

 だが、これでいい。

 人を慄かす鳴動も、

 裁きを知らしめる威光も、

 二射目すらも――不要。

 御身、ただ一度、敵の御魂を滅せる為だけのものなり。

 往け、遺骸を生む雷よ。

 手から滑る様にして放たれた――否、落ちた雷は正確に土妖精、その左胸に(あた)った。

 周囲を見張る鬼共は気付かない、もはや守る命などなく、背後には只の物体しか存在しない事を。そして、気付いていない

「「********……?!」」

 地に伏せ、血に飢えた獣が、その首元に押し迫っていた事を。

「"我流:窮鼠抜剣"」「"ソルダート流槍術:泥啜突"」

 二匹の獣が茂みから飛び出るのはほぼ同時。

 地面を半ば滑空し、レオナルドが剣を抜く。対してジャンは、地から喰らい付く様に槍を喉元へと突き出す。

 抜いた時には小鬼の腰から下は切り離され、突き出された瞬間には鬼の喉元には風穴が空く。

 穂先が立ち上がる勢いそのまま、顔の表面を斜めに抉り取り、鬼の体の向こうには地を削りながら身を返す獣が見える。

 鬼は声も上げれず、前も見えぬまま、腰の半ばまで剣を食い込ませる。

 それでも、痛みに喘ぎ不覚に嘆く事すらも出来ず虚しく喉からヒューヒューと息を漏れ出させるのみ。

 鬼に穂先が胸に当てられ、剣が首元に当てられた。

 ――殺った。



◇◆◇◆◇◆◇


 

 先の戦闘終了後から二時間、装備を見に付け直してから一時間三十分後、私達は第一の楔を打ち込もうとしていた。

「……この辺か」

 地図の印を確認し、腰に付けたウエストポーチから楔型結界法具の一つを取り出す。

 軽く地面に穴を空け法具を慎重に、ゆっくりと埋め込んでいく。と、五角形の上面に古代文字が浮き上がり、やがて消える。

「これで良い、見たいですね」

「副長、どうしますか? 日はもうかなり高く上っていますが……」

 レオナルドに聞かれ、空を軽く見上げる。確かに日はもう少しで私達の真上に昇りそうだ。そうなったら移動時の危険性は高まる、が

「先程の戦闘の事もある、休憩はもう少し進んでからだ」

「「了解」」

 それ以上に死体の近辺に居るのは不味い、帰ってこない事に気付き周辺を捜索でもされたら事、ましてや報告義務があるとしたら近くの見張りや巡回が見に来ないとも限らない。


 結局、休憩を取る事にしたのはそれから三時間後。全員最後に寝たのは一日以上前、良い加減心身ともに限界が来ていたのだ。

 私は靄がかった頭で金槌型の緊急用避難小屋生成術具――通称<岩掘奄(がんくつおう)>を取出し、地面に力任せに叩く。と、地面が数瞬微動し、人一人が通り抜けられるほどの穴が開く。

「ジャン、レオナルド、二人とも先に仮眠しててくれ、私は見張りに付く。先に言っておくが、貴様らがごねればその分私の寝る時間がなくなるからな」

 予想される抵抗を先回りして抑え込み、部下二人を穴へと押しやった。

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