第六十一話:送別の入口
落ちてしまいそうな闇の中、魔力灯の明かりだけがそれを退け,地が確かであると証明する。車輪が駆る大地は、完璧に整備されてるとは言えないもののそれでも凹凸が少ない、それはつまり道だという事だ。
普段ならまず意識しない事、道と言う交流の血管。道を血管に例えるとしたならば、私達はさながら細菌、血管を巡回する白血球(敵兵)に警戒しながら破壊を行う細菌だ。
人は常に体の中で戦争をしている、それならばこうも懲りずに戦争するのも当然なのかもしれない。
「なんてな」
自分の考えを鼻で笑い飛ばし、ぼやけていた視界を二、三度まばたきをして正常に戻す。レオナルドが首を傾げていたので、何でも無いと言う風に首を振る。と、その時、
「検問だ」
こちらに聞こえるギリギリの声量でルフトが言った。長い移動で多少ながらも緩みつつあった気配が、一気に張り詰めていく。そしてすぐに、車両の速度が段々と落ちていくのが体感で分かる。慌てずに左腰に差した鷹爪花に手を当て、何時でも抜剣出来る様にする。
ザッザッザ、と靴底が砂利を擦る足音が聞こえる。一歩、また一歩と大きくなっていく音はこちらにゆっくりと喉元に刃を近付けるそれに近い。
――止まった。
『************?』
魔界語だ。語尾を上げている……何か尋ねているのだろうか?
『*******、*********』
対してルフトは落ち着いた様子(声でしか把握できないが)で、受け答えをする。幾つかその問答が行われ、やがて助手席のドアが開く音がし、今度は車体が揺れるほど勢いよく閉じられる。再び足音、それは段々とカーゴの方へ近づいて来る。
ごくり、と無意識に唾を飲みこんだ事に飲み終えてから気付く、どうやら意識しないようにしていても大概緊張しているらしい。手が鞘からその柄付近に備え付けられたボタンへと指が添える。
『****************……』
『***************』
二つの声が耳に届き、冷たい風と共に幕が一気に開かれた。
『********……!』
興奮に血走る目を持った魔族が乗り込んで来る、足取りは緩慢だが乱雑、対照的に背後、影としか映らぬ者はおよそ動作と言ったもの感じさせる事無く――手から生えた牙を首筋に打ち込んだ。
魔族が声一つ無く、その場に崩れ落ちる。どんな毒を注入したのかはわからないが、この即効性は背筋が凍るものがある。
「イレーナ、縄を」
言われて荷物の中から縄と手ごろな布を投げて渡す。ルフトが片手で物を受け取り、適当に体を漁った後、手際よく拘束していき、最後に猿轡をする。
「こんなもんか……」
ルフトがそう呟き、拘束した魔族を外へ蹴り出す。
「イレーナ、近くにあるあの小屋、あそこには鬼と妖精合わせて、まだ五人残ってるらしい、俺と一緒に来てくれ。レオ、ジャンと一緒に車の見張りを頼む」
言って早々に車を降りるルフト、その背を追って外へ出る。足音を立てず駆けていくルフトに遅れて後をついて行く。
残り小屋まで二十メッセ。先行していたルフトが窓下へと張り付き、そっと中を伺う。クイクイ、と指を折る前進のジェスチャーに歩を速め――かといって呼吸に影響はしない程度で――死角となる部分へ滑り込む。
相棒印が、闇の中でうっすらとひかり"文字伝達"との表示が浮き上がる。
――テーブルを挟み、奥三人、手前二人。ノックで誘き出し、扉を吹き飛ばして征圧。
吹き飛ばす、との文字を見て眉をひそめる。そんな事をしたら、騒ぎに魔族が集まるのは必定だ。私はその旨を文面に打ち込み、送信する。
――問題無し。また、吹き飛ばぬよう、支えはする故、そこは心配せずとも良い。
どうやら、何か考えがあるらしい、毎度思うが考えがあるなら早めに言って欲しい物だ。
胸中で大きくため息を吐き、ゆっくりと扉の前に立つ、と蔦が腕や脚に巻きつき、牙を杭として体を地面にしっかり固定する。
一つ息を吐き、ノックする。椅子を立つような音、近づいて来る足音。それらの音を遮断するように目を瞑り、唱え始める。
[我が手に一瞬の煌きを……]
『**************?』
木が軋む音がし,室内の温かな空気の対流が肌を撫でる。瞬間。
「"火花手"]
突き出した右手からの破裂音。粉々に吹き飛ぶ扉、反作用で吹き飛びそうになった体は固定されていたおかげで何とか無事。が、何時までもこの支えに甘えている訳にはいかない。
[伝馬伝うは人の声、人が伝うわ何物ぞ"火脚"!]
音に負けぬよう張り上げた詠唱は、生じた熱を足裏に引き戻して行き、臨界に達した熱は再び爆発を引き起こした。
木片が混じる煙を突きぬけ纏っていく、先に見えるテーブルは吹き飛んだ魔族によって二つに割れており、それを四匹の魔族が囲んでいる。
手前の一匹は速度的に厳しい、ルフトに任せるとしよう。だが、奥三匹は動く前に私が殺す。
まずは跳躍してテーブルを回避、と同時に右手で鷹爪花を掴み、一つの口で声を放つ。
[生まれ出ろ、摂理外の火よ"点火"]
左手を外側に捻り、火を放つ。通常よりも多く魔力込めたそれは超小規模の爆発を生み、結果体は右回転、連動して左腰に差した鷹爪花が抜き放たれた。
紅い弧が描かれ、赤い飛沫が宙に舞った。
左から二匹、魔族が視界の端で崩れ落ちていく。三匹目は二つの屍のお陰か、咄嗟に引き、その胸に深い傷を残すだけに留まっている。
所詮は"点火"で生まれた勢い、地に足を付けると同時に回転は止み始め、三匹目が襲い掛かって来る時には重心を極端に左に傾け、完全に停止した。
避ける事は不可能、受け止めても体勢、性別、種族、あらゆる点から持ち堪えるとは考えにくい。
だから私は、剣を地に落とし両の手の平を前に向けた。
[集うは双の猿火、漏れ出る花弁の心央より、"猿火花手"]
手から放たれる、白色の炎壁。
手のひら大のそれは、振るわれた剣を半ばほどから溶け落とし、魔族の首から上を炭化、小屋の壁をも溶かし宙に消えた。
時間にしてわずか数秒で籠手に溜められた魔力が消し飛び、自身の魔力も三分の一程消費された。
「大丈夫か?」
背後から届くルフトの声に、ひらひらと手を振る。
「なんとか……だが、どうするんだこんな派手にやって」
「こっちの方が都合が良いんだ」
都合が良い……うっすらとどういう心づもりか分かってきた気がする。
イレーナ、悪いが少し下がってくれ」
ルフトの指示通り、ルフトの背後五メッセ程の位置に着く。と、ルフトの影がぐにゅぐにゅと蠢き始め、すぐに影ながら分かるぐらい異様なものとなる。
数多の眼光が闇の中でひかり、手の影は三ケタにも届こうと言う数、鋭い突起がそこら中から生えている、地に垂れているそれは例え味方と知っていようとも恐怖を感じずにはいられない。
ルフトはそれを、軽々と上に突き上げ、一直線に振り下ろした。
轟音と共に、レンガ造りの小屋が一撃で粉砕され、それを混ぜ返す様にルフトの腕がうねる。
ひとしきり混ぜ返した後、ルフトが急ぎ足でこちらへ向かってくる。
口を開こうとするルフトに先んじて、私は言った。
「ここは俺に任せてお前は……とでも?」
「あー……察しが良くて助かる、大方お前の思ってる通りだろう、説明と二人は任せる、と、これ、上手く使えよ」
そう言ってルフトが何かの紙を手渡して来る。その中身をちらりと見て、ため息を一つ吐く。
「……そうまでしないと厳しいか?」
「正直、俺もどうするもんか迷ってたが、それがある以上、恐らくこっちの方が良い」
「了解……二人とも、急いで森に行くぞ」
ルフトに背を向け、二人に声を掛けて車へと急ぐ。
運転席のジャンがアクセルを踏み、車がゆっくりと動き出す。まだ車内の揺れが少ないうちに、支給された荷物の中から迷彩用のシーツと光学結界装置を取り出す。
動き出してすぐ、車は森へと入り込む、木々が生い茂るその中、車がギリギリ入るほどの空間を運よく見つけ、車両を停める。
シーツを訓練を受けいる二人に任せ、光学結界装置をセットする。学生の時以来に手を取るそれに懐かしさを覚えている暇なく、手早く装置を組み立て、最後に動かす為の動物性魔力液を流し込み起動スイッチを押す。
計器はひとまず問題が無いという事を知らせているが、念には念を入れて結界外に出て、後ろを振り返ってみる。
……よし、見えない。衝撃に弱いと聞いていたから不安だったが、緩衝剤を敷き詰めた甲斐があったな。
ひとり頷き、結界内へと引き返すと、車は既に迷彩シーツに覆われはた目にはただの茂みとしか映らない。これが昼になった時にどうなるかまでは分からないが、そこは今心配してもどうしようもないだろう。
「よし、ご苦労。一先ず腰を下ろしてくれ」
私の一言に二人が音を鳴らさない様静かにその場に座る。
「組長はどうするんですか?」
潜む声で尋ねてくるジャンに、同調してレオナルドも頷く。
「ルフトは異変に気付いた魔族の部隊に"変化"を利用して妖精か鬼族、ともかくどちらか変化していない方――例えば妖精族に変化した場合は鬼族――に攻撃されたと嘘の報告をするつもりだ。得てしてこういう時はどちらが先にやった云々の水掛け論になる、加えてルフトが言った通り元々不仲と言うなら尚更な。最も、死体の検分などをされたらこちらの存在、正確には両方に対して悪意を持つ第三勢力の存在が浮き彫りになるだろうが、少なくない時間は稼げる筈だ」
四人だけで勢力なんて言えるかは疑問だが、まぁ数を多く見られることはあっても少なく見られることは無いだろう、と考えると利点は私の予想以上にありそうだ。
「成程、そして報告をした後、こちらに合流する、と。しかし、それなら魔族の無線機での連絡良かったのでは?」
ジャンの鋭い指摘に、私はため息を吐きつつ話を続ける。
「そう、それだけならな。だが、ルフトはそのまま敵の内部に入り込み、さらに混乱を生じさせるつもりらしい。……そう不安そうな顔をするな、"変化"がある以上、ルフトがその気になったら捕まえるのは不可能に近い。そして、私達には、ルフトからこんな物を受け取ってる」
そう言ってウエストポーチに手を伸ばし、先程貰った紙を取り出す。
「地図、ですか?」
「ああ、どうやら乗り込んできた魔族から奪い取ったらしい」
「何でしょうか、この書き込み……」
「これは恐らく、ルフトが言っていた妖精族の位置だ。と言っても、これだけだとどれがどれだか分らないが……あった」
地図の上端、乱暴な筆跡で人界文字で魔界文字の訳が書かれている。見ずらい事この上ないが、どうにか見えない事も無い。
「……これによると、この丸印が木妖精、四角印が土妖精、三角印と線で出来ているのが風妖精の巡回ルートはみたいだな。さすがに全部は網羅していないみたいだが、これで随分と動きやすくなった」
特に木妖精の位置が分かるのはありがたい、見た事の無い敵の擬態を見抜くなど私達には不可能だ。
「全員、この地図を頭に叩き込んでおくぞ。万が一不測の事態でこの地図が見れない状態になった時、ある程度模写できるようにな」
「了解。ですが、そうなると此処を出るのは何時に?」
「理想は二時間後だ。支給された固形食糧を食べつつ、順路を決めてから発つ。まだ腹は減っていないだろうが、食べれるときに食べておかないとな。では、各自行動開始だ」
「「了解」」