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人魔のはみ出し者  作者: 生意気ナポレオン
第三章:時は過ぎ去り別れ編
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第五十九話:門、開く

「これが"門"……」

 口から吐息と共に零れる言葉は、呆然自失、と言う言葉良く似合っていた。

 アイゼルから車で移動する事数分、木が鬱蒼と茂り太陽からの恩恵を微々たるものにしている森。

 その奥底、幾重もの結界に守られた先の見上げる程の廃教会の中にそれはあった。

 訝しみつつ廃教会に入ると、中に入ると一転清潔に保たれており、様々な機器が組み立てられ、素人目にもここが只ならぬ施設という事が分かる。外から見えた廃教会は光魔術による光学的な結界の為せるものだろう、しかもこれほどの規模のものとなると、何かしらの"法具"を利用しているのは想像に難くない。

 学生時代以来久しぶりとなる未知の魔術に、魔術師としての(さが)か探究心が疼く。

 魔術師……か。

 自然と出て来た言葉がほろ苦い。今は車で眠っている、紅の鎧を思い出すとほろ苦さは薄れるが、胸が痛い。

 感傷に似た何かを振り払うように周囲へと目を配せると、幾つもの部隊が整列していくのが分かる。

 そんな中、私達はレオナルドとディーガンを含めた御馴染みの面子で固まっている。

 どことなく野心家染みた雰囲気を持つ大隊長らしき人物が演説を始めようとする中で、私達も最後のブリーフィングを行っていた。

「前に連絡があった通り、私達は主流部隊から離れ、独自に行動する。理由は分かっているな?」

「ラフィンド教の目を掻い潜る為……ですよね」

 言葉を選んで発言するレオナルドにルフトが苦笑する。

「まぁ、概ねそうなんだが、掻い潜るとは言い方が悪い。目に留まらぬようにする、と言っておこう」

「余り変わって無い気がするのですが」

「これ以上変えたら違う意味なってしまうからな。私達が持っている、その術具は汚らわしき魔族の品の流用品、ラフィンド教徒に見付かったら面倒な事になる」

 薄く笑いをつつ、ルフトは応急治療の品が入っているバックパックを軽く叩く、正式にはその中に紛らわせているおよそ五十セイン程の水晶に似た楔――汎用結界生成用術具をだ。


 五十年にも及ぶ「人魔大戦」これは言うまでも無く、歴史上最も長く続いてる戦争だ。なぜこうも決着が付かないと問われたならば、理由は二つ、人界と魔界を隔てる「境の大山脈」と、人界最大の宗教――ラチュリアと言う国家すら作り上げた大宗教の存在が大きい。 人界と魔界はそれぞれ、人界が"門"を、それを防ぐ"結界"は魔界の方が長けている(ラフィンド教徒は認めようとしないが)。お陰で、人界側は正確な座標に"門"を開けても"結界"が構築でき無い為に、陣営を整えることが出来ず。魔界側は、精巧な"結界"を展開できても、門の座標が乱れ物資の搬入が出来ない。その為、小競り合いが続くばかりで一向に戦争が進展しない。

 こう聞けば誰しもが、敵側の技術を盗めばいいだろうと言うのだが、それが出来ない理由が先程言った"ラフィンド教"だ。長々しくご高説を垂れているのを短くすると「魔界は汚れてて、移ると大変だから魔界について一切研究禁止、道具も使用禁止」という事だ。故に、今私達が持つ、この魔界製結界術具を持っているのがラフィンド教徒にばれたら不味いという事だ。ここアイゼルにもラフィンド教徒は幾らでもいる、一々信仰宗教について書類を取る訳でも無いので、下手な人物にこの話を持ちかける訳にはいかない。

 つまりはそう言う事情で――


「とまぁ、そう言う諸々の事情で、ギルド員の私とイレーナ達に任された訳だ。万が一の時に潰しが効く私達が、な」

「成程……」「…………」

 ジャンは得心した様子で頷き、レオナルドはどこか不満げ、申し訳なさそうな顔を浮かべる。

「そんな顔をするな――むしろ、君達は私達と一緒に憤るべきだ、分かっているのだろう? 新兵の自分たちがここに居る理由」

 それは問いでは無く確認。彼等がその戦力を期待されたわけでは無く、今作戦賛成派はこの任務が功績となった時、それを自国の手柄とする為、反対派からはレオナルドは上層部の繋がりの薄さ、ジャンは作戦立案者の一人、自分の父ホルンに対しての牽制と言う事が背景にあるという事を。

「……では、軽く自分達の立ち位置を振り返ったところで――"茨囲いし楽園(マルカ・アガルタ)"作戦の概要を改めて伝達する」

 場が引き締まる。ルフトがバックパックに手を伸ばして地図を取出し、私達の前に拡げる。

「まず、今回の遠征。門が開く場所は、鬼の国に南端にある大草原、主部隊はここから北へと中央部に遠い鬼の村々へと攻め込む。私はその逆、南進して妖精の国との境にある森へと進軍する」

 まぁ、たった四人だけどな。ルフトが皮肉げに笑う。

「しかし、今更な事ですけど四人と言うのは無謀じゃ……」

「確かに、そう思う気持ちもわかる。ただ、そこら辺は人界(こちら)側と一緒。国境にはあんまり大っぴらに兵隊を置くことは出来ない、人と魔、今は大きなくくりで分かれているものの、この大戦さえ終わったらまた元通り……国同士での戦争再開だ、それに元々鬼と妖精は仲が悪いからな」

「成程、こっちも国境に置いておけるのはシュリムを除いて精々一個師団まで、互いの牽制の為にも拠点を空にすることも出来ない、となると幾分ましではあるのは確かですね……しかし、組長は詳しいですね始めて知りましたよ、鬼と妖精が仲が悪いなんて」

「生まれはシュリムだからな」

 そらで嘘を吐きつつルフトが説明を続ける。

「今作戦は内容、状況の両方の事情から途中での補給はない、よってなるべく無駄な消耗を減らす為、敵部隊は必須でない限り迂回して回避。主目的は、森中心部にそれぞれが持つ結界生成用の楔を地面に打ち込み、五百メートル四方の結界を築く事。流れとしては、地図にある印の場所に反時計回りに打ち込み、"門"がある合流地まで撤退する、順調にいけば四日程で完了することが出来るだろうが、不測の事態に備え、今回の遠征は主要部隊を含め一週間を予定している。作戦予定時刻は午後十一時、それまでは補給部隊に混じり、上が用意した担当者の指示通りに行動、作戦時刻になった際に担当者が輸送と言う体で、私達四人に用意された支給品が積んである車に乗る様指示が来る――以上で説明は終了だ。何か質問がある者は?」

 ルフトが全員の顔をさっと眺めて一つ息を吐き、無いようだな、と僅かに安堵を感じさせる声を零す。

 そこで、タイミングを見計らったように演説が終わり、兵士の喚声(かんせい)が周囲を包む。激昂する声が支配する場でただ四人が取り残される、その孤立感に作戦の隠密性を確認させられる。

 怒号が止まぬ中、設置型の拡声器からノイズがかった声が響く。

「"門"を開きます。こちらで確認はしておりますがもし、まだ門の周囲百メッセ圏内に居られる方は即刻退避してください。では、"アイゼル国保有転移門――【抜山(ばつざん)】"起動シーケンスを開始します」

 ブツ――と接続が切れた同時、周囲の機器が私には理解できない古代言語を浮かべ、コードの先に繋がれた膨大な量の魔石が輝き始める。

 先程までは興奮状態にあった兵士たちも、今まで話しでしか聞いた事の無かった"門"の開く瞬間に息を呑む。緊張状態の中、機械音にとシュリムの魔学者達による確認作業の声だけが響く。

「魔石からの魔力充填問題なし、起動時の消費量に到達するまであと二十秒ほどです」「座標も今のところぶれなし、安定しています」

 計器に表示されるゲージが上昇していくのに合せ、"門"が淡く、神秘的な光を放ち始める。

「残り時間十秒ほど」「熱排気関連にも問題は見当たりません」

 "門"に歪んだ緑が映り始め、時間がたつにつれ歪みが整えられていく事で緑が草の密集体だという事が分かる。

「通門まであと五秒、四、三、二、一」

 一秒一秒のカウントが酷くゆったりと流れ、最後の一秒で全ての音が消えた。


「――"門"繋がりました」


 何の音も無く遮られた二つの世界は繋がった。これだけだと拍子抜けと思えるが、この光景を目に収めた者は誰一人としてそのような感想は抱かないだろう。

 狭小(きょうしょう)な人工物に、広大な自然が収まる壮絶な違和感とでも言えば良かろうか。

 空の上にある屋根、部屋の中に引かれる地平線。文字にしても大よそ想像が付かない魔境を私は見た。

「ぼさっとするな! 補給地点の確保、周囲の探査やる事は幾らでもあるんだ!」

 圧倒される兵士たちに、上官が活を入れる。私自身もルフトに肩を揺すられ、補給部隊の車に半ば手を引かれながら乗せられ、私は魔界へと進軍した。

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