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人魔のはみ出し者  作者: 生意気ナポレオン
第三章:時は過ぎ去り別れ編
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第五十七話:笑い合う夜

長らくお待たせいたしまして申し訳ない<(_ _)>

「一体なんなんだ? こんな時間に……」

 私は不機嫌なのを隠さず、満ちた月を背景にこちらに背を向ける男に声を掛ける。

 現在時刻は午後九時、場所は寒風吹きすさぶ修練場。遠くに見える兵舎の窓から見える灯りも今日は少ない。

「色々、話したくてな」

「……それだけなら帰るぞ、明日の事もあるからな」

「怒るなよ、実務的な意味もある。ほれ」

 ん、と男は背を向けたままこちらへ長方形の箱を向けてくる。無言で受け取り、月光に当ててみる。簡素な造りのその箱には、只一つ"鷹爪花【錦】"と彫られていた。

「これは……!」

 剣士の性か、新たに生まれ変わった剣が入った箱を見て、高揚を隠せない。苛立ちもどこ吹く風で、紐を解き、中の物を取り出す。

 鞘を軽く撫で、柄をしっかりと握る、違和感は微塵も感じない。

 流れる様に少し固くなった様に感じるボタンを押しこむ。すると――

 

 艶やかな刀身が月光の元に晒された。

 

 鷹爪花と名づけた剣は、その身に己が名を刻まれ、一層鋭さを増したようであった。その美しさに見惚れたまま、ほぅ、と無意識に息を吐きつつ、剣先から柄頭までゆっくりと眺める。

 妖しい光を放つその刀身は艶やかな紅色、およそこの世界の鉱物で出来た物とは思えない。

 刀身の根元。持って右には鷹爪花と言う名が、左には"錦"と書かれた新生の証、追銘が彫られており、根元から分かれる、特有の剣折刃は無骨なかぎ状ではなく、流麗な弧を描き、精巧な細工が刻まれていた。

 存分に眺めた後、一振り、二振り、と風を切る。紅い剣線は、酷く美麗で、恐ろしかった。

「明日渡しても良かったんだが……こんな綺麗な満月が出てるんだ、今日渡さずにはいられない」 

「……確かにな」

 ルフトの一声で夢から覚め、吹く寒風に身震いする。

「まっ座れよ」

 トントン、と男は私に対して軽く自らの隣へと着席を促す。

「いや、これだけじゃないのか?」

「おいおい、満月が出てるんだ。粋に月見酒といこうじゃない」

「肴は?」

「思い出話総集編」

「偶には過去に浸るのも悪くない、か」

「そう言う事」

 肩を竦めつつ私は男の隣に腰を下ろし、月光に照らされるその顔を見た。

 男は断じて世間一般で言う美男子と言われる顔では無かったし、英傑の片鱗を感じられる面構えでも無い。

 目はやや垂れて頼り無さげ、常に半眼の為優しそうにも見えない。髪は常に無造作で、よほどの場合ない限り寝癖を直さない、どころか髭すらも剃ろうとしないので常に顎に無精ひげが生えている。

 外見だけでは無い。器は、私に恋人が居た事が無いとなると有頂天で馬鹿にする程小さく、逆に尋ねられて自爆する、年下相手に真剣で勝負して始末書を書かされた上に減給など、思慮も浅い。

 勿論、金にはルーズで、借金もホイホイし、酒にも目が無く飲み過ぎて仕事予定日を延期する事も多々あり、整理整頓は苦手だし、物はすぐに失くすし見つけれないし、その失くし物も私が部屋に入った瞬間に見付けれるような場所に置いてある。

 大よそ、好きになる要素は皆無といって間違いない

 それでも、それでも、私はこの男が、


 ルフト=ゼーレが好きだ。


 そう気付くことが遅かったとは思わない、今夜だからこそ気付くべきだったと思う。

 そんな心ここに在らずの私を、ルフトの声が引き戻す。

「思えば、最初はなんで金借りたんだっけ?」

 はっとしてみてみると、予想以上にルフトとの距離が近い事に気付く、ふとしたら肩が触れてしまいそうなぐらいだ。

 でも、そんな事はどうでもよかった、今はただ一分一秒でも長くこの人の傍に居たかったから。

「さぁな、何時頃か分からないが、一回借りてからは殆ど毎月借りてたからな、お前は。何回この男は醜態を晒すのか、反省と言う言葉は辞書に載ってないのか、会って三か月ぐらいまではお前が借りに来るたびに思ってたな」

 それは何でも無い思い出話、だけど黄金の如く貴重な話。何時も通りに、軽快に言葉が飛び交わせる。

「すいませんねぇ、金遣いが荒くて」

「全くだ。けど、お陰で教えられたよ、ごますりからおべっか、土下座のタイミングまでな」

「けけけ、上手く使えよ生きる上では大事なんだからよ」 

「皮肉だ、真に受けるんじゃない」

 はぁ……、とわざとらしくため息を付き、なじる様にルフトを見る。

 堪える筈も無く、またけけけと喉を引くつかせて笑い、話を変える。 

「しっかし、ここに来るまではお前も俺も仕事には糸目を付けなかったよな」

 何かの光景を思い出しているのか、ルフトが目を細める。

「ああ、色々やったな……どぶさらいにウェイター、害獣退治、用心棒、殺人犯の逮捕まで」

 時には屋台を出した事もあったなぁ。

「そりゃ依頼達成数も一位になるよな」

「全く、がむしゃらに働いたもんだな、私は」

「おい、俺は」

「お前は私が声を掛けない限り働かなかっただろう……二日酔い時は部屋から出てこなかったし」

「うぐ……よくもまぁ覚えてらっしゃること。ま、用心棒の時はお前、護衛対象を伸したけどな」

 強引に話を逸らすルフト、体裁が悪くなったらすぐこうだ、全く仕方ない男である。

「あれはいきなり臀部を掴んできたあの男が悪い」

「臀部て……いやまぁ良いけどよ」

「治療費、お前が払ったんだってな。安心しろ、借金分から差っ引いてるからな、と言っても、直ぐに借金の額の方が大きくなったがな」

「げ、お前知ってたのかよ、相棒に何も言わず支払う俺格好いい! なんて思ってたのによ」

「私はそんなお前を見てほくそ笑んでたぞ」

「今になってなんだが案外性格悪いな、お前」

「相棒の性根がひん曲がってる所為だな」

「お前の主観で、だろ? そりゃあれだ、お前が曲がってるからそう見えるんだ、俺は常に真っ」

「はいはい。大体、治療費の件には、どう考えても私がやった以上の額になってたというオチが付くんだろ? ヴァッサーさんから聞いたぞ、お前があの店長を闇討ちしたって」

「……さて、何の事やら。俺は相棒が支払うべき金をこっそり肩代わ」

「それもうっかりライゼカード落として正体がばれると言う……お前、何やってるんだ」

「喧しい」

 誤魔化すのは無理と判断したのか、恍けるのを止めるルフト。その拗ねた様な顔を見て、目の前がぼやけるがすぐに取り繕う。

「しかも、気付いたのが医療費の請求の時で、慌てて引出差し止め手続きするも、当然全額下されてると」

「……あー聞こえない」

「言っててなんだが、治療費を払った事と矛盾するな。笑い話としては面白いが、そこまでお前も馬鹿じゃないよな」

「あ、あああ、当たり前だろ? そんな馬鹿な奴居るそうそういる筈無いだろ」

「まーこの話聞いた時はお前が次に受けた店長の不正証明の依頼、私はともかくお前があれだけやる気があった理由が分かったよ。あの時のお前は凄かったな……女の私でさえ、くらっと来たからなあの女装」

「止めろ、その話だけは止めろ。今でもトラウマものなんだから」

「ああ、そう言えばセクハラされて体を固くしてたな。あの時は差し入れに来たカッツェと二人、大いに笑わせてもらったよ」  

「俺を見る度含み笑いをしてたのはその所為か……!」

「くくく、お前は最後までカッツェが苦手だったな」

「口が達者なんだよなーあいつ。俺が何言っても、堪えないし」

「ん? 今ふと疑問に思ったんだが、お前あの店の制服に着替える時、何処で着替えたんだ?」

「そりゃお前、普通に……なぁ?」

「何が、なぁ? だお前は何をやってるんだ、何を」

「ちょ、ちょっと待って、もう時効だろ!」

 怯えるルフト、

「時効で何でも許されると思うなよ……?」

 無表情の私。

「怖い! 目が怖いから! 大体、俺の元々の性別が男だなんて誰が言ったんだ!?」

「女なのか?」

「いや、言って無いだけで男だよ」

「よし、死……私刑を執行する、お前は無宗教だから祈りの言葉は要らないな?」

「ま、待て! 確かに俺は男としてこの世に生誕した訳だが、それはその……魔族としてだ、人間の女性に興味は……」

「ベッド下」

「あります。すいませんでした、もうしないとも言い切れません」

「……はぁ、お前は本当に人をおちょくるの好きだな」

 あくまでも反省する素振りの無いルフトに呆れてため息をつく。

「けけけ、子供の頃からの性分でね」

 そしてルフトがまた笑う。

「ふん、子どもと言えば、お前はすぐに迷子になるよな」

「うぐ、地理はこれまた子供の頃から苦手で……」

 などと、ぐだぐだと実の無い話を続け、楽しい時間はどんどん過ぎ去っていく。


「私達は何をやってるんだろうな、こんな夜に」

 話し疲れ出来てしまった間に、思わず、ぽつり、と呟く。

「こんな夜だからこそ、さ。下手にしんみりなるより、俺はこうやって笑っていたい。お約束って奴が嫌いなのさ、俺は」

 ドサ、と隣でルフトが仰向けに倒れる。

「私は、お約束っていうのも嫌いじゃないんだけどな」

「お前が持ってる小説、こてこての純愛ものばかりだからなー」

 ルフトがからかい、

「おい、なんで知ってるんだ……! 私の部屋に入ったこと無いだろ、お前」

 自爆する。一体いくつの前科を持っているのかこの男は……! と身を起こして逃げようとするルフトを掴んだ、その瞬間。

 ゴーン……ゴーン……暗闇に重く響く鐘。

 その音を聞き、ルフトがふー、っと長く息を吐き、感じ入る様に小声で言う。


「もう、今日なんだな魔界へ行くのも」

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