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人魔のはみ出し者  作者: 生意気ナポレオン
第三章:時は過ぎ去り別れ編
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第五十二話:夢幻越え、風乗り人

今回はちょーっと長いですがご勘弁を……!

 悲鳴が鳴り響いた時、私の動揺は他の人物から群を抜いて酷かったのは間違いない。

 ルフトは戦闘中、神経をかなり鈍くさせている、"万変乃者"に変化してるとしたら神経はそもそも無いだろう。

 そのルフトが痛みに悲鳴を上げた、その事実はルフトの身に只ならぬ事が起きているのを私に知らせていた。

 かつての記憶が甦る、ルフトの正体を知ったあの日。ルフトは「首を斬られる程度、頭を潰される程度では死なない」と、明言はしなかったがそれはつまり、心臓を貫かれたら普通の生物と同じく"死ぬ"そう言う事では無いのだろうか?

 一瞬で考え出した自分の結論を拒むように頭を振り、現実に意識を引き戻す。

「二人とも、一先ず車の陰に隠れろ!」

 返事は無いが、二人が即座に車の方へ駆けだした気配を感じる。私もそうするべきだろう、ルフトの生存は酷く怪しい、そう頭では考えてる。だが体は言う事を聞かない、足はルフトの方へすでに駆けだしているし、剣は車の方へ放り捨て、ルフトを抱える体勢を作っている。

「ルフトォォォ!!」

「ガァァァァァ……!」

 呻きを上げるだけでルフトはこちらを見ようとせず、喉を掻きむしり天を仰ぐその目は焦点があっていない。

[木の葉と舞うは風に魅入られし子"浮風(アウラ・フロターレ)"!]

 浮力を要する風を助けに地面を超低姿勢で駆け、ルフトをすくい上げる様にして抱きかかえる。

 矢が幾つか体を掠ったが、致命傷には程遠い。自分を隠す藪に邪魔され、上手く狙いを付けられてないのだろう。

 幾ら"浮風"が作用しているとはいえ、只でさえ無理な体勢に重量が人一人分増加している。体の彼方此方が軋み、魔力消費量が増え見る見る間に魔力が減って行くのが分かる。

「こんな所でぇぇぇ!!」

 雄叫びを上げ、体に喝を入れる、地を蹴る足に力を入れ、一足飛びに車の陰に跳び込む。

 ルフトを庇うように抱きかかえた結果、受け身をとれずに背中から地面に叩き付けられる。

「げほっ……!」

 肺から空気が搾り取られる、痛みに視界がにじむ、だがここで悶えてる暇はない。

 ルフトを引きずり、車を背もたれにして座らせる。直ぐにでも容態を確認したい、が今は組長の代わりとして二人に指示を出さなければならない。

「レオナルド、ジャン! 藪から敵が出るまで厳重に警戒、怪しい素振りがあったら直ぐに知らせろ!」

 そう怒鳴り捨て、再びルフトの方に顔を向ける。

「ルフト! おい、ルフト!」

 肩を揺すらせながら声を掛ける、顔を見詰め刺さった矢から目を逸らす。

「……」

 返事は無い、顔からは生気が消え失せていた。それでも、肩を揺すり続ける、ゆさゆさ、ゆさゆさと。

「ひっ!」

 口から思わず悲鳴が漏れる。私の手からは粘性の半固体が糸を引いていた、未だ瞼を開かないルフト、その肩から、否、そこにあった肩から。

 ルフトの肩は――溶け落ちていた。

 手に付く粘性のそれには覚えがある、だがそれが目の前にいる者の正体とは到底思えない。あの種族は、常に殺戮の中にあって終始被害者である種族の筈、そのイメージが目の前の者とは一切合致しない。

 昔は人だと思っていた、この間まではどの種族か大体見当を付けていた、ついさっきまではどの種族か分らなかった、そして今は――

 自分でも信じられない相棒の正体が垣間見えた瞬間、その相棒が目を見開き、私の喉に手を掛けた。

「あぐっ……!」

 何時の間にか溶け落ちた筈の腕が時間が巻き戻る様に元に戻り、反対に表面が溶け始めているその顔には焦りと恐怖が浮かんでいた。

『*****……*****……!』

 自分には理解できない言語、魔族の言葉。何事かを訴えられているのは目で分かるが、それが何かまでは分からない。

 喉を掴む力は弱まることは無く、酸素不足で視界の所々に白い空間が生まれ始める。

「***……見るなぁ、見るなぁ……!」

 自分の耳に届く声は刻々と命を削る手と違い、酷く弱々しい。縋る様なその声を聞くと、喉に掛けられた手もその様に感じる。

 今まで縋って来た相棒、今縋ってきている相棒。借りを返すなら――今だった。

「かっはぁ……! 分かっ……た、見……ない」

 途切れ途切れに、しかし聞こえるようそう告げ、瞼を閉じる事だけだった。目の前が暗くなる、死に一歩近づいたような気がした、喉に掛かる力が僅かに弱まる。肺に空気を取り込み、瞼を閉じたまま、口を開く。

「一つ、聞かせてくれ、大丈夫なんだな?」

「…………」

 相棒は答えない。代わりに足が溶け落ちたのか、黒のレガースが金属とぶつかり合う硬質な音を鳴らす。

 音が静かに響き、応える様に藪からはがさがさと草を分ける音が鳴り始め、静かな殺気が近寄ってくる。

「……大丈夫だ。だが、しばらくは動けない、だから頼む副長。そしてすまない……イレーナ」

「了解、組長。そして、気にするな、ルフト」

 喉に掛かっていた手が滑り落ちる、ただ一つの拘束は解けた。弱った相棒の声、様子が気にならない訳がない。だが、今その体を見る事は最低の裏切り、不安で潰れそうな心を押さえつけ、車の端に移動する。

「どうした? 出てこい」

 酷く落ち着いた声が耳に届く。声に反応し、レオナルドが全身を強張らせ、突撃の是非を視線で問いかけてくる。

 一先ずレオナルドを手で制し、車の下からのぞき込み、敵の数を確認する。


 三人。丁度、こちらの人数と同じだ、表向きは。三人は明らかに先程の賊と装備が違った、黒装束に身を纏ったそれは非正規ギルド、それも機密漏えいを防ぐため少数精鋭で構成される暗殺ギルド、増援は無いとみて良いだろう。

 多分に希望的観測を交えているを理解しながらも、結論は変えない。此処に留まっていてもどうしようもないからだ、それならば余計に気を散らすよりも三人を速攻で殺す算段を付けていた方が良い。

 いや、それすらも言い訳なのかもしれない、相棒を殺されかけた自分の怒りを思う存分ぶちまける為の。だったらせめて、黒い怒りに捕われていても、怒りで我は忘れない様に、頭に上った血を脳に回し思考を加速させる。 

 錯覚なのだろうが、頭が酷く熱いし目の前は視界は赤に染まっている。奴らを殺すために何が必要なのか、どう動けばいいのか、どれが一番最善手なのか、頭は只管に思考をループさせる。


 血管に多大な負担を掛けた思考後、ハンドシグナルで二人に即興で立てた作戦を指示、額の汗を拭き、鷹爪花の深く握り直す。

 車の縁に手を掛ける、手に力を加え体を引き寄せると同時右足で地面を力強く踏み込む。初速は可能な限り速く、敵の元へ限りなく早く到達するように。

「組長の仇ぃぃぃぃ!」

 あたかも故人の無念を剣に乗せる様に、怒りに我を忘れ闇雲に突撃するように、雄叫びを上げながら脚を動かす。言ってる言葉は虚であろうともその気迫、その心情は本物だ。

 三歩目で地面を蹴る足に今まで以上に力を掛ける、地面が深く沈みむのとは逆に体は僅かに宙を跳ぶ。

 重力が私を地面へと落す、その力を八つ当たりの様に三人の内真ん中に居た黒装束にぶつける。

「ふん、やっと出て来たか……」

 片手間、と言った様子で剣で鷹爪花を下に受け流し、黒装束はぼそりと呟く。

 敵の接近をものともせぬその声は感情に揺れている私を嘲っているようだ。事実、無謀に飛び込んだ私に両隣に居た二人が短剣を振り下ろすのが目の端に映る。剣で受けるのは言わずもがな、避けるのも思い切り下に重心を掛けた今では不可能。

[炎から生み出されし,小さき者よ……]

 そう結論し、あっさりと防御も回避も諦め、代わりに呪文を小声で口ずさむ。目の前の雑魚の首を跳ねようとする二人にその声は届いていない。

 ガキィイ!――金属を打ち付ける音共に、不可避の二本の短剣を横に構えられた一本の槍が受け止める。

「ちっ、守られた餓鬼か」

 短剣を受け止められた右の黒装束がぼやく。その声に呪文を重ねる事によって呪文を隠匿する。

[我が手に集いて剣となれ"火片の剣"]

 手に熱が生まれるのを確認する前に、右足を軸に回転、自らを火の独楽とする。

 流れる視界の中、確かに三人が炎剣に斬られたのを確認する、その顔が未だ苦痛に呻くものじゃなく、体は後ろへ跳び去っている事も事も。

「くそっ避けられたか……!」

「けっ! 大方女に気を引付けたつもりだろうが、そんな見え透いた策に乗るかよ!」

「ブイーノ、気を引き締めろ」

「分かってるってぇ、カルモ。ほら、ブッゾ、てめぇは小僧の方をやれ、俺はあの別嬪の方をやる」

「……了解」

「俺は他の奴らの増援を警戒しておく、しっかりと仕留めろよ」

「言われねぇでも!」「言われるまでも無し……!」

 カルモと呼ばれた真ん中の黒装束が後ろへ跳び退き、残る二人右のブイーノと左のブッゾが向かってくる。

「ひぇっはぁ!」

 唾を口から垂らし、興奮したように左手を強張らせ、右手に短剣を携え、ブイーノが斬りかかってくる。唾が僅かに顔が掛かり不快だ、思わず口から本音がぽろりと零れる。

「おかしいな?」

「んん~ん? 何がだぁ?」

 ちょこまかと上下左右に不規則に襲い掛かる短剣、それを躱し、防ぎ、受け流しながら口を開く。

「暗殺ギルドは少数精鋭と聞いていたのだが?」

「よく、知ってるじゃねぇの!」

 こちらが傷を中々負わない事に焦ったのか斬撃は苛烈さを増す、声も荒い呼吸を誤魔化すように大声だ。

 そんなブイーノをさらに揺さ振る為、勤めて声を荒げない様に、余裕綽々な態度で答えを返す。

「なら、なんでお前が入れてるんだ?」

「はっ! 言うじゃねぇか!」 

 表向きは余裕だが、ブイーノのこめかみには血管が浮き出ていた、どうやら内心は違うらしい。さて、これから屍となる人間と話していても、特にこんな人間と話していもしょうがない、そろそろ攻めるとしよう。

 片手で乱暴に振るわれる逆袈裟、幾ら荒くともそれは速く、少しでも気を抜けば刃は体の奥深くまで抉る事だろう。

 刃を右小手の甲で流し、拳打を放とうとした左手を鷹爪花で牽制しつつ、賊のリーダー格にしたように、剣の持ち手に拳打を放つ。

 肘から先しか使えなかったのもあって、ブイーノは動じた様子を浮かべない。むしろ顔を引き締め、深く踏込み当身を放ってくる。

 暖簾に腕押し……! 心中で相棒の技を思い出しつつ、衝撃を後ろに跳ぶことで受け流し、受け流した力を利用し左足のみでできる最低限の滑りで停止、浮かせていた足を前に運び、当身の体勢から戻りつつあるブイーノに近づく。

 やや強すぎた勢いを削ぎつつ、左拳を握りを真直ぐに持ち手へと放つ。

 こちらの動きに気付いたブイーノは右肘で拳を受け、短剣の柄で腕をしたに押し下げ、こちらの体勢を崩してくる。

 その事に気付いた時には右拳打による鈍い衝撃が頭を貫き、慣性と相殺し前へ動いていた体が止まる。

 条件反射で目を瞑った事により失われた視界、勘と経験で次の攻撃を予想し膝を曲げる。短剣が首があった辺りを薙ぎ、髪の毛が数本風に舞う。

 曲げた膝を全力で伸ばし、跳び上がる様にアッパー。顎を僅かに掠るも、相手は怯むことなく後ろへ僅かに退き。

 延ばされた私の左腕を狙う――前に鷹爪花で短剣を挟み、機先を制する。欲を言えば折りたかったのだが、あの短剣を折るには体勢が悪すぎた。

 仕切り直しの様に互いに飛び退き、僅かに早く着地したブイーノが短剣の軽量に任せた、無数の斬撃を放とうとして来る。

 その初撃を弾き、必殺の一刀。着地した直後にそう結論付け、前に体を傾ける。落ちてくる剣に角度を合わせ、後は上へ弾くのみ、となったその時、視界の端に一つの投げナイフが飛んでくるのが映る。

 反射的に体を僅かに反らし曲げナイフを皮一つ斬らせた回避、代償として初撃の人たちはこちらの額に迫るほど鷹爪花を押し退け、結果として考えていた必殺の手は闇へと葬られる。

 そこからは再び只管に斬撃を防ぎ、一瞬の隙を突き持ち手を痛めつける。

 すると、とうとう手を痛めたのか斬撃の雨、その雲に切れ間が見れる。

 切れ間から陽が洩れる,あるその光に吸い込まれる様に鷹爪花を持っていき。短剣を遠くへと弾く。

 右手を多くのけぞらせたその身に一歩近づく――そこで、ふと思い出す、初めてレオナルドたちにあったあの日、あの夜の日課での"死"を。


 空気が濁った汚泥の様に思くなり思考が加速する。あれほど息を荒げていたのに今のブイーノの顔に焦った様子は一つも無い。放たれた矢、放った弩、未だ見つからぬ弩、強張らせていた左手――あれはルフトと同じ糸で引き金を引き、弩型暗器を使う者の手では無かっただろうか? 

 

 空気が元の重さに戻ると同時、首を右にあらん限り傾ける、カヒュン最早聞き慣れた音が耳を掠め、首の肉を浅く抉り、鮮血を僅かに宙に撒かれる。

 ブイーナの顔がここで初めて変化する、死に恐怖し、天に生を嘆願する生物の顔に。

 左手を伸ばし首を痛打し、呼吸を無理やり止める。同時に上に振り上げた剣を無理やり下に落とし、袈裟に体を切り裂く。一筋の線から血が噴き出、顔に、体に降りかかる。

 確かに命を断った感触に、ふっと体から力を抜く。ジャンが未だブッゾと相対している音が聞こえる、見ていたカルノがこちらへ向かってくるのを目に映る。だが、一度抜いた力を再び戻すことは無い。


代わりに――一陣の風が私の傍を駆け抜けた。


「まさか、真っ向から向かってくるとはな……」

「生憎、頭が固いもので!」

 訝しげに眉をひそめつつカルモは此方を投げナイフで牽制しつつ、目標をレオナルドに変える。

 レオナルドとカルモ、互いに向かって駆ける両者の距離は一瞬で剣が交わる領域にまで達する。

 カルモは左からの薙ぎを放とうと剣を携え、レオナルドは下から斬り込むように剣先を地に這わす。

「はぁっ!」

 カルモが引き絞った筋肉を解き放ち薙ぎを放つ、剣の速度は駆け走る勢いに腰と腕の駆動による遠心力も加わり、瞬き一つする間無く一振りを終える事だろう。

 対してレオナルドの携えた剣は微動だにしていなかった。その代わり、レオナルドは上半身を反らし、下半身は地面を削る様に前へと突き出す――スライディングだ。

 レオナルドはカルモの剣の下を滑り抜け、上半身を不自然に持ち上げる、"浮風"による上半身の持ち上げ。私がレオナルドに一番最初に教え、二週間ずっと教え続けた動き。

 予想だにしない動きにカルモが眉をひそめる、それもそのはず後ろ取った筈のレオナルドはそのまま駆け抜け、体の向きを反転させる様子は無い。

「敵前逃亡か、情けない」

 レオナルドに見切りを付けカルモが殺気をこちらに向けて放ちながら歩み再開する。

「くっ! 近寄るなぁ!」

「部下が部下なら上も上……か」

 背を向けて逃げ出す私に侮蔑の言葉を投げつけられる。今は言わせておく、それがお前の最後の言葉だ。

 

 この時点でカルモは二つの失敗を犯していた、一つはレオナルドに見切りをつけた事、まぁ見切りを付けさせるために私が前から動かなかったのだが。もう一つはこじ付けの様なものだが、周囲の環境に気を配っていなかった事だ、ここは木が生い茂る峠道、高原とは違い足がかりに出来そうな木がいくらでもあるのだから。


 メキメキメキィ――木をへし折る音が後ろから届く。その音を契機に踵を返し、カルモの方を向く、今後ろ見られるのはいただけない。背後の音よりも目の前の敵を優先したカルモが私を睨む、対して私はカルモの背後何時ぞやと模擬戦と同じように垂直に木を駆け上がるレオナルドを見る。

 ――今だ!

 心の中でそう叫んだ時、レオナルドが体を反転させ、カルモに狙いを定め跳躍した。

 さぁ、レオナルドの健脚及び魔力消費を一切考えない全力の"浮風"による補助が成す、大跳躍斬撃。その身を持って思い知れ。

「えっは……!?」

「我流:窮鼠跳……」

 今にも剣を振ろうとしていたカルモ、その体が腰を境に二つに分かれる。まさに一撃必殺、いかに単純な斬撃であろうと一撃で葬れば何の問題も無い。

「けぶぅ!?」

 まぁ欠点として余りの勢いに本人が止まれない、故に近くに味方がいた場合一緒にお陀仏するという事が上げられるのだが……改良しないとな。

「師匠! ジャンが!」

 僅かに気を緩めてしまっていた私の耳を、緊迫した声が貫く。慌ててジャンのほうを向いて見ると、ブッゾの手数にジャンは完全に防戦一方、その防壁も決壊寸前だ。

 明らかにジャンの槍は普段よりも動きが鈍り目が泳いでいる、戦闘に集中できていない。

 ルフトに庇われたのがよほど堪えたのか――! ジャンの心中まで目を届かせなかった私の失点だ……!

「くぅ!」

 駆けつける間なく、槍が上に弾き上げられ、ジャンが無防備な体を晒す。このままでは――!

[我が手に一瞬の煌きを火花手(デトナ・プラウゾ)――"殺人者の刺突剣(マーダー・レイピア)"!]

 手から迸る大火花で柄を弾き、鷹爪花を吹き飛ばす。

「ちぃ……」

 間一髪のところでブッゾが退き、鷹爪花が地に落ち虚しく転がる。そして、反動で私は地面に叩き付けられ、右肩を痛打していた。鈍い痛みに喉が詰まる、それでも私は指示をしなければならない。

「ジャン! 行けぇ!」

 返事をすること無く、レオナルドが土を後ろに弾け飛ばし、ジャンの元へと駆ける。

「おぉぉぉぉ!」

「ふん」

「ぐぅ……!」

 力任せに振り下ろされたレオナルドの剣をブッゾが難なく短剣で逸らし、反対にレオナルドの肩に一刺しした後即座に退く。

 退いたブッゾが装備が軽量なのを生かし、怯んだレオナルドの懐に素早く潜り込む、レオナルドがやや遅れて反応し左手の短剣を同じく左手で抑え込む。

 刃物を警戒する動きは間違っていない、だが相手は暗殺者、普通の手が通用する筈はない。

「何っ!?」

 案の上、隠し刃がレオナルドの手を切り裂き、注目から外れていた右手による貫手がレオナルドの傷を深く抉った。

「あぁぁ!」

「っ痛……!」

 余りの痛みにレオナルドが叫ぶ、しかしその痛みが思わぬ幸運を呼ぶ。レオナルドは我知らず全力で手を握りしめていた、無論ブッゾの手首を掴んだ左手も。

 片手で斬撃を受けても一切動じない程の握力が、ブッゾの手首を握りつぶす。

 傍から見てもブッゾの手が歪んでいくのが分かる、ジャンがその隙を見て槍を構え突撃する。

 その様子を捕えたのか、ブッゾが傷口から手を引き、血を滴らせているその手でレオナルドを手の甲を痛打し拘束を解き、ジャンのほうへ蹴り飛ばす。二人はブッゾの思惑通りに吹き飛ばされ、体勢を崩す。

 加勢しようと足を動かすと、直ぐに足をもつらせ無様に体を地面に叩き付けられる。飛距離を出す為いつも以上に魔力を込めた"火花手"を、脆弱な体は急激な魔力消費と判断したらしく、思う様に動いてくれない。

「死ね……」

 ブッゾが何処からか取り出した短剣を右手に握り、その手首からは矢を放つ。矢は立ち上がろうとしたジャンの足に突き刺さり足止めの役を果たし、短剣はレオナルドの首を切り裂く奪命の役を果たそうとしていた。

「届けぇ!」

「……ふん」

 ジャンが苦し紛れに槍で足を払う、その槍をブッゾが難なく踏み付け動きを止める。

「"ソルダート流槍術:岩山返し"!」

「ぬっ?」

 踏まれた槍の手元付近、そこにジャンは左足を差し込み、梃子の要領で片足を無理やり上げさ体勢を崩す。

 その一瞬の隙を逃さず、レオナルドが剣を振り上げ今の自分に出来る最大限の斬撃を放とうとする。

 確かに、その判断は間違ってはいない、ここ以外に最早ブッゾを倒す機会は巡ってはこないだろう。しかし、その斬撃は余りにも遅すぎ、作った隙は小さすぎる。

 レオナルドの剣は未だブッゾの身に届くには数コンマ足りず、ブッゾは空いていたもう片方の足で今にも地面を蹴ろうとしている。

 

 ――駄目か……! 一瞬、諦めが心を支配する。レオナルドもジャンも出来る事は全部やっているのだから、そう思う。

 だがしかし、私は、私は何をした、ここで無様に横たわり見ているだけなのか――違うだろ!

「止まってくれッ! [剛健な体に重みあれ"鍛重(エルゼ・チタトーレ)"!]」

 残る魔力を振り絞り、ブッゾの足に僅かに重みを生じさせる。結果、ブッゾの跳躍は僅かに遅れ、レオナルドの剣はブッゾを左肩から胸までを切り裂いた。

「がふっ……」

 喉から赤色の液体が溢れ返り、口から地面に垂れ流れる。傷口からも噴き出るそれは見る見る間に地に染み込み、只の土を赤に染める。

 その光景を見た瞬間、体から一気に力が抜け、魔力が底を着いたのを実感する。意識が朦朧となり、視界がコマ落としの様に飛び飛びになり安定しない。

 遠くから心配する二つの声が聞こえる。安堵が胸を支配し、足腰に力が入らない。ゆっくりと揺り籠の中で眠る様に意識は――「ちいっ! だから、俺が来るまで動くなと言ったんだ……!」

 怒気と殺意、僅かな哀しみが込められた見知らぬ声が意識を無理やり引き戻した。

 

 朦朧としたまま覚が無い体を揺らし、弟子の服を掴みながら立ち上がる。精いっぱい虚勢を張り、なるべくきつく睨みながら口を開く。

「誰だ、お前は……!」

「ふん、女。見て分からないのか? 俺は此奴らのリーダーにして上司、そしてそこらに転がってる山賊の首領さ」

「ならば、ここで……殺す」

「そんな状態でか? 目は虚ろ、だらしなく腕を下げ、足はがくがく笑ってる、その身体でか? 舐めんなよ、女ぁ」

 一切の余分な混じり気無しの殺気、生物としての本能で肌が泡立ち、心臓が激しく脈を打つ。

 熟練の戦士でも無い自分でもわかる、殺人者としての目の前にいる人間の実力。体が完全な状態でも、五分とは行かないだろう。

 両隣に立つレオナルド達の体が僅かに震えているのが分かる、無理も無い初めての実戦でこんな人間に殺気を浴びせられたのだから。

「さてさて、山賊はともかくぅ……優秀な部下三人を殺した罪は重い、命乞いをしても許さないが、全員で掛かってくるか、一対一で掛かってくるか考えるくらいの時間はくれてやる。精々悩んで集団自殺するか、犠牲になる順番を決めろ。おーっと、車で逃げるって云う手もあるなぁ、まぁそんな事しても地雷はこの先いーっぱい仕掛けてあるからぁ? 精々御足労願わされた分、甚振って(いたぶって)殺すからよろしく。お前ら三人はそうでなくても甚振るけどな」

 拍子を崩し、にこやかにいっそ笑う様に男が残酷な事実を伝えてくる。此処に居る全員を殺す、と。


 ……今の自分では足留めすらできないだろう、だが斬り刻まれ、足留めするぐらいはできる。一体一で挑むと言い、その瞬間を二人で掛かれば……可能性はあまりに低いがこれ以上の手は無いだろう。

「副長、僕が行きます」

 意を決し口を開こうとした矢先、ジャンがそう告げる。

「何を……!」

「副長……あれを」

 そう言って指さした先には比較的近くにある中央車両。それを指されれば言われずともジャンが何をしようとしているか分かる、ジャンは足止めを行い、自分もろとも轢かれるつもりだ。

 確かに、私の作戦よりは可能性はほんのわずかに高いかもしれない、だが認める訳には……!

「副長、元よりこれは僕が招いた事です。組長が居れば、状況はまだ、分らなかったっ……!」

 そう言い切り、ジャンは眉を寄せ唇を噛む。自らの失態に対する罪悪感、死に向かう恐怖でジャンは身を揺らしていた。

 何か言おうとしても口がパクパクと動くだけで言葉にならない、そんな中焦れた男が声荒く怒鳴って来る。

「ちっ! おい! 良い加減決まったかよ! もう俺から行くぞぉ!」

「待て、僕から「私から行かせて貰います」……え?」

 何かを考える前に体が勝手に後ろを振り向く。

「私、ルフト=ゼーレが一対一で相手をします」

 口に笑みをたたえ、我らの人ならざる長がそう、名乗りを挙げた。

今回の活動報告では、説明できなかった部分を補填しております、もしよろしければご覧になって頂ければ……などと、思っております。

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