第五十一話:響き渡る悲鳴
出発してから一週間の午後五時、冬特有の早い落陽の光がわずかに指し込む草木に覆われた峠道。それは起こった。
張り裂ける様な轟音が響き、ルフトが搭乗する最前車両が吹き飛んだ。
幸い木が上手い具合に引っ掛り車両は直ぐに停止する。
殆どの人物が轟音に身を竦め、目の前の出来事に思考停止する中、私は即座に体に力を込め、喉を大きく震わせた。
「敵襲だ! レオナルドとジャンは直ぐに外へ出て戦闘態勢! 商人の方々は車を止めて、車内に籠城してください!」
私の声に慌てて車が急停止する、体を崩さぬようにカーゴのヘリを掴み、停止したのを確認して外へ出、ジャンへ指示を放つ。
「ジャン! 組長及び搭乗していた人の安否確認に行け!」
「了解!」
槍を携え前へ駆け出したのを確認し、剣の鞘を取り外す。
車を吹き飛ばしたのは火の感知式魔術陣……即ち此処を通るのが分かっていた、という事。賊にしては随分と手が込んだやり方だ。
がさり――草が掻き分けられる音が立つ。その音はどんどん数を増やしていく、がさがさがさがさ……
「くうっ……!」
「狼狽えるな、草木を揺らすのは相手の動揺を誘う方法の初歩だ」
焦りを顔に浮かべるレオナルドに声を掛ける。少しは実戦を経験した私とて、この状況はきつい、相手の数が分からないと言うのは強大な不安感を煽るのだ。
カヒュン――ばねが弾ける音が鳴る、弩から矢が放たれた音だ。私に迫ってきている様子は無い、とすれば!
駄目だと思いつつ、慌てて横を振り向く、レオナルドは迫った矢に冷静に対処し、右手に付けたバックラーで矢を弾く。
その音が開戦の合図だった。
「皆の者、掛かれー!!」
「「「了解!」」」
両脇の森から何人もの賊が飛び出す、この人数、このままだときついか……!
「レオナルド! 伏せろ!」
「はい!」
[炎から生み出されし,小さき者よ.我が手に集いて剣となれ"火片の剣"!]
手に火の粉が集まり美麗な剣が創られる、柄を固く握りしめ辺り一面を一気に薙ぐ。
「があぁ」「あじぃ!」「あがぁぁ……!」
何人かの賊が炎剣に灼き斬られ、倒れ伏す。その人数を確認することなく、炎剣を消し、少しでも魔力消費を防ぐ。
うずくまる仲間を、死体に変化しつつある仲間を乗り越え、剣の範囲外に居た賊が襲い掛かってくる。
迫る剣を後ろに受け流し、蹴り押す。
「っと!」「おい、こっちに来るな!」
後ろから襲いかかろうとしていた賊と前から来た族がもつれ合い地面に倒れる。蹴り押した足をそのまま前に踏み込ませれば、二人はもう剣の範囲内。一瞬、刺し貫こうと考えるが剣が抜けなくなった時の事を考え、身を捻じらせ回転、遠心力を乗せ二人の首を跳ね飛ばす。
「隙だらけだ!」
大振りな攻撃に嬉々として隙を見出した賊の一人が剣を突き出して来る。その剣先を左に身を捩らせ、首の皮一枚で回避。
回避されて尚、賊の顔は愉悦に歪んでいた、それもそのはず今の体勢から続いて来るであろう薙ぎは避けれ無い――避ける気も無い。
[我流:鷹爪……]
獲物(剣)が動き出す前に鷹爪花は動き出す、薙ごうとする獲物、その身に爪を立てる。
「なっ――!」
勝利を確信した男にはこちらの剣の形など目に映って無かったのだろう、只々獲られられた自分の剣を見て動揺していた。
もうこの獲物は息絶え絶え、後は――手首を返すだけ!
[破刃!]
バキィ――硬質な音が静かに、しかし確かに鳴り、相手の剣を折れた事を知らせる。
「退け! 俺がやる」
剣が折られ、驚愕に目を見開く賊、その左から新たな賊が迫りくる。極限まで神経をとがらせ、迫りくる賊と目の前の賊との間を推測し、タイミングを計る。
――今!
「ガヒュッ!」「馬鹿が!」
下から剣を突き上げ目の前の賊の首を貫く、私の一撃を見て迫りくる賊が嘲りを浮かべた笑みを浮かべながら崩れる死体を左に避ける。
彼は気付いていない、その剣が抜かれる様子が無い事を、彼はしらない、自分が今何処に居るのかを。
死体と生者は横一直線にならんでいた、何も首から剣を抜く必要はない、只生者を狙い――薙ぐ。
「ぐぅ!」
死体の首の半ば程断ち、生者の腕に傷をつける。
「ちくしょう、この女ぁ!」
「落ち着け、此奴かなりの手練れだ、まずは囲め!」
この中ではリーダー格らしき人物の号令通り、賊が私を中心に囲いをつくる。
「くっ……!」
「くそ! だから人数が足りないって言ったんだ! どうするんですか、隊長!」
ジャンの声だ。声から察するに自分の不安が的中し、増員しなかったルフトに苛立ちをぶつけてるらしい。
――全く、そのような場合じゃないだろうに。窮地に置かれていながらそう思える、なぜならジャンは隊長――即ち、ルフトの無事を無意識に知らせていたのだから、ルフトが生きてるとなれば、窮地は窮地でなくなる。
「取り乱すな、直ぐに終わる。――"変幻流殺戮術:屠殺横丁"」
「何をす……えっ?」
ジャンの呆けた声が聞こえる、どうせ"重蹄脚"で突然居なくなったのに呆然としているのだろう。
だが、驚くにはまだ早い。
「一つ――"折り花"」
私を囲う賊の一人、その背後にルフトが現れる。蔦で出来た手が頭をがしりと掴む、掴まれた頭は蔦の中心に咲く花の様。
ゴキィ――鈍いと音が鳴り、花は折られ、命が消える。
「二つ――"裂き雲"」
突然倒れた仲間を見た両隣の賊、その喉を何時の間にか鋭い爪を持つ狼のそれへと変貌した手が、切り裂く。
「三つ――"とび影"」
漸く(ようやく)ルフトの存在に気付く賊、私の存在を忘れ身構えるが――遅い、その横を右手に行光、左手にダガーを持ったルフトが跳び抜け、二つの影が飛ぶ。跳び抜けたルフトは背後で囲まれているだろうレオナルドの救援へ向かう。
五人がほぼ同時に崩れ落ち、残るは三人――問題ない。
地面を深く抉り、土を後ろに弾けて飛ばして駆ける。
跳び抜けたルフトに気を取られた賊を勢いのまま斬り捨て、慌てて振り払ってきた剣を後ろに跳んでやり過ごす。
「うおぉぉぉ!」
半ば恐慌状態で賊が斬りかかってくる、その動きは荒いが――
「逃がすか!」
先程囲いをつくるように指示した賊が私の背後に回り、逃げ場をなくす。
迫りくる刃、鷹爪破刃もこの勢いでは不可能。横に回るのも今の体勢では厳しい、ならばやられる前にやるしかないか。
後ろに寄った重心を無理やり前へ持っていく、足、上半身、腕、下から上へと重心が前に行くにつれ、勢いは増していく、結果、剣は私の身に届くことなく、賊の胸には鷹爪花が突き立つ。
「デリーをよくもぉ!」
激昂した賊が、背後から向かってくるのが分かる。剣を引き抜く時間は無い、踵を返しつつも勢いは殺さず、後ろへ倒れ気味に退く。
予想以上に速かった右薙ぎを紙一重で躱し、接地したばかりの左足を前に踏込み、持ち手を拳で打ちつける。
「この程度で!」
顔をしかめつつ、賊が右から切り上げてくる。その刃を小手で滑らせつつ、身を伏せ紙を斬らせて肉を断たせず、左拳で再び持ち手を打ち上げる。
「しつっこい!」
[我流:亀甲掛]
顔を憤怒に歪め、賊が力に任せ剣を振り下してくる。その剣を右小手の関節の隙間にひっかけ横に逸らし、それに反するように体を左に持っていく。
「馬鹿な!」
そう叫ぶ賊の剣は空を斬る。私は足を出来るだけ上げ、その持ち手を思いっきり踏み抜く。
「痛ぅ!」
二度ほど痛打した手はもはや重い剣を握る程の握力は無く、剣が地面に零れ落ち、自身は地面に縫い付けられる。
「ぶぅ!」
膝を無理矢理つかされた賊、その顔面を裏拳で殴り飛ばす。後ろへ仰け反り、地面に頭から叩き付けられる賊を見届けず、零れ落ちた剣の柄をしっかりと握り掲げる、地面に倒れ痛みに呻くする賊、その胸に思い切り剣を突き立てる。
「がふう……!」
賊の口から血が溢れだす、苦悶によって見開いた目はこちらを刺すように睨みつけてくる。
幾ら賊とは言え苦しませたくはないが、今は相手に気を遣う程の余裕はない。賊がもう間もなく力尽きるだろうと判断し、私は駆けだした。
「はぁはぁ……!」
酷使された心臓の鼓動は激しく、搾取された肺が神経を通して痛みと言う名の悲鳴を上げる。
それでも私は走る必要があった、相手が一人だからまだ素手で対処できたものの、武器無しと言う状態は極めて危険。鷹爪花が突き刺さった賊の元へ足を動かし、力尽くに剣を引き抜く。
「ひゅーひゅー……」
休ませるどころか加速させた所為で、呼吸の乱れが著しい。だがまだだ、まだ休むわけにはいかない、空気すら重く感じる体を無理矢理振り返らせ、レオナルドの方を向く。
幸い、ルフトの助太刀もあり幾つか怪我を負っているもののレオナルドは無事だった。しかし、まだ賊は全滅していなかった、数は確実に減っているが、真ん中の車両、即ち積荷が乗る車両へ戦力を集中させ、ルフト達を数で押し止め、品を奪取しようとしていた。
ならば、私が行くのは積荷が乗るカーゴ!
一目散にカーゴへと近づく私の視界に、ルフト達を躱し、カーゴに手を掛けようとする賊が入る。
迷っている時間は無い、息絶え絶えになりつつも呪文を口から絞り出す。
[電子の民よ、我が力に道を示したまえ"電子徹線"]
賊を指した指先から一筋の電気の線が伸びる、その線は確かに賊を貫き、動きを鈍らせる。本来なら気絶まで追い込めただろうが、そこまで魔力を消費したら間違いなく私は倒れる。
痺れ動きが鈍った賊を勢い任せの一振りで切り捨て、勢い余ってカーゴの中に倒れ込むようにして転がり込む。
「ひぃ!」
商人の一人が悲鳴を上げ、車内に動揺が走る。
「だ……大丈夫だ、生きてる。そ、それよりも食糧でも何でも使って……はぁはぁ……バリケードを作っておいてくれ」
なるべく少ない言葉で指示を伝え、少しでも酸素を取り込もうと激しく呼吸をする。
心臓の音が僅かに落ち着くのを確認し、鷹爪花を構え外へ出る。
「くそっここにもいやがった!」
今にも乗り込もうとしていた賊が後ろへ飛び退き、チラリとルフトの方に目を向け、チッと舌打ちを鳴らす。
「逃げ場はねぇって事か……ならっ!」
血走った目で賊が槍を持って突撃してくる、土を深く抉り向かってくるそれは驚くほど速い、が脅威では無い。
まずは左に身を寄せ、突撃のコースから外れる、次に身を屈ませ突っ込んでくる足を払う。
「ぐぅ!」
足を斬り飛ばす様な勢いだったが生憎骨で刃が止まる。その鷹爪花の様子を一瞥した後、即座に柄から手を放し、前へと倒れ込む賊の後頭部に裏拳、地面に叩き付ける。
顔から地面に叩き付けられた賊、その首を狙い足を真直ぐに振り下ろす、ボギ――と不快な音が足から伝わる。
斃れた賊から目を離し、ルフト達の方を見てみるとジャンが最後の賊の胸に槍を突き刺したところだった。
――最後? 本当に最後か? なにか忘れている様な気がする、なんというか物事の始まりの様なものを――
「だから言ったじゃないですか!
思考がそんなジャンの声に思考が遮られる。
「ジャン君、今は……」
「この人数では少なすぎると! 確かに、組長は強いかもしれません、しかし、他の人間は違う!」
「落ち着きなさい!」
「一歩遅ければ誰かが死んでたかも……」
がさり、草を掻き分けるその音が聞こえたのは恐らく私だけだっただろう。ルフトとレオナルドはジャンを宥めようとしていたし、ジャン自身は自分の声でその音遮って居ただろう。
そしてこの音で今更ながら私は思い出した、この戦いの一番最初攻撃が"弩"によるものだったことに。
カヒュン――ばねが弾ける音が再び鳴る。その狙いは、怒鳴り目立っていたジャン、レオナルドは背中を向けており矢に気付いていない、ジャンは怒りで視界が狭まり矢が見えていない、私は見えているものどうにかできる距離では無い、だがただ一人、矢を視認しジャンを守れる者が居た――ルフトだ。
「くそっ!」
焦った表情でルフトがジャンを押し退ける、だがそのタイミングはまさに紙一重、ジャンはギリギリ避けることが出来た、そうギリギリで、だ。ならば押し退けた者はどうなるか?
「グゥァガァァァァァァ!!」
――ルフトの悲鳴が森に響き渡った。