第五十話:辞令、そして遠くに続く旅路
二週間後、私とルフトは再び上層部に呼び出されていた。
その為、ルフトも何時もの黒いコートを羽織っておらず、正規兵の制服だけを着用していた。
上層部の無駄に長い説明を要約すると、とある行商団の護衛をしろという命令だった。本来ならギルドの仕事なのだろうが、実はアイゼルこの商団に結構な額の借金があるらしく(そこら辺は濁された)、利子の額も比較的安価の為、まぁ国としては仲良くやって行きたいなーごにょごにょと言う訳だ。
アイゼルを出るのは今日の午後一時、準備を含めると時間はそれほど無い。気持ち速めに足を動かし、レオナルドとジャンが待機している部屋へと向かう。
「しかし、護衛を付けるにしろなんで少人数なんでしょうか、組長」
敬語を使う勤務時間中の会話も二週間もすればさすがに慣れ、流暢に言葉をすべらせる。
「それに付け加えると、なんで行路が何年も前に作られた旧道を使うのか、だな。なんでも「万が一でも中身が知られては不味い」そうだから、なるべく人の目に触れさせたくないのだろう」
「成程、だから事前に連絡が来なかったのですね?」
「ああ、その様だ。なんにせよ、積荷がなんであろうと上から命令は絶対、急いで支度をして東門に集合だ。ジャン君には私から連絡する、レオナルド君には君から頼む」
「了解」
午後十二時五十分、私達は商人と合流した。
商人はとにかく小人数で行きたいのか、車は僅か三台。積荷もわずか各三十セイン程の立方体の箱一つ、箱には何重も封がなされており、その一つ一つの封印も一つ十万リズはくだらないであろう最高級のもの、いかにあの箱の中にある物が価値がある物か知れようというものだ。
普段ならば余りにこういう事に気に留めないルフトもさすがに中身が気になるのか、落ち着かない様子でうろついていた。
「組長もやはり気になられますか?」
「ああ、なんだかこう……落ち着かなくてな」
苦笑しながら答え、目的地までの行程を再度確認する為商人の方へと向かう。行程の詳細はともかく、向かう所はしれている六大国(内一つは街だが)の一つ"信仰と博愛の国"ラチェリアだ、まぁ中に入る事は無く付近にある関所までなのだが。
行き帰りで二週間はかかる事だろう、そう考えると結構大仕事だな。
ふと周りを見てみると、二人の新兵は片や使命感に燃え目を輝かせ、片や体を強張らせていた。前者がレオナルド、後者がジャンである。レオナルドは想像通りだが、ジャンの方は意外だな。
ここは先輩風吹かして声を掛けてみるとするか。
「ジャン、気持ちは分かるがそう緊張するな」
「副長……やはり、分かりますか?」
「ああ、遠目から見てもな。どうした、何か心配事でもあるのか?」
「……ええ、少し伺いたい事が」
思わぬジャンの返答に少したじろぐ、ジャンの態度は只の緊張から来るものだと思っていたが、どうやら間違っているらしい。僅かな動揺から立ち直り、聞き返す。
「何だ?」
「何で護衛が我等だけなんでしょうか、確かに行商団としては規模は小さいですが、もしもの時四人だけで守り切れるとは思いません」
存外、痛い所を突かれたな、これも商人側からの頼みだったのだが、あまり理由を吹聴しない様にも言われいる、積荷にあまり注意を向けたくないからだそうだが……これだけ厳重に口止めされると逆効果な気もするのだが。
「副長?」
「ん? ああ、悪い悪い」
あんまり黙ってるのも良くないな、ここはルフトに指示された建前を言っておくか。
「四人でも十分と判断されたからだ。僅か二週間の間で放火魔の逮捕と殺人未遂の犯人の確保なんて事をやってのけたんだからな」
入隊して僅か二週間で二つの事件を解決したと言う快挙は確かに隊中に広まっているので嘘では無い、実際上層部が私達を選んだ理由はこの事が大きいだろう。
「それはそうですが……いや、ありがとうございました」
納得できていない様子でペコリと頭を下げ、ジャンがルフトの元へと立ち去る。私に聞いた事と同じことを聞きに行くのだろう、生憎同じことを言われるだけだろうが。
「師匠! 何時頃ここを出発するのでしょうか?」
師匠、そう自分を呼ぶのは一人しかいない、止めてほしいとは常々言ってるんだがなぁ……
「組長が確認を終えてからだ、それと何度も言うが、せめて勤務時間中は師匠と呼ばない様に」
「す、すいません! つい……」
「全く……後、あまり気を張り過ぎないように下手に力むと普段の力が出せないぞ。特にお前は余分に力を入れすぎる傾向がある」
「はい! 分かりました!」
分かってないだろ、と言いたくなる気持ちを抑え、やる気がある事は良い事だと思い直す、ポティシブ思考、ポティシブ思考。
「まだ時間が掛かりそうなので武器の手入れに行って来ます!」
「分かった、だけど指示があったら即座に動けるようにしておくように」
「了解しました!」
ビシッと敬礼を取り、駆け足でレオナルドが立ち去る。
「……ふぅ」
肩を竦めて嘆息する。この話を聞いた時から不安を覚えていたがあの様子を見るとそれがより一層高まる、ジャンと違い私は行商団の警護に関しては一切心配はしていない、心配しているのはレオナルドの事だ。確かに二週間で二人も犯罪者を逮捕したが、どちらも犯人は一般市民、所詮は素人でしかない。今からこちらを襲ってくるのは数多の人物を屠って来たであろう賊なのだ、死の危険性は一気に高まる、ちょっとした油断で死ぬ、それをレオナルドは分かって要るのだろうか? 大体、訓練の時も辛いと言うより楽しんでると言った感じだし、常に真剣味が足りない気がする、それに……
「……長、副長」
「っとと、なんだ……でしょうか、組長」
危うく何時もと同じ口調で答えそうになってから、慌てて口調を切り替える、遅い気もしたが。
「確認が終わった、早く車に乗り込め」
ルフトが最後尾の車両を指さし、そう指示する。
「了解」
簡潔な指示にふさわしい短い返答をし、最後尾の車へと私は向かった。
「出発!」
行商団の団長らしき人物がそう声を張り上げ、三匹の鉄牛が嘶きを上げる。
車は全てカーゴ付きの運送車、運転手と助手席に乗るガイド以外は全て荷を積む部分に乗車していた。
私やルフト達はこちらの方が動きやすいが、商人たちは随分と座り難そうだ。
緊張の所為か誰一人して喋ろうとはしない、お陰で二つの意味で居心地が悪い。
そんな中、相棒印から"通話待機中"の文字が浮かぶ、ルフトからなのだろうがこの場で会話するのは……などと思っていても、連絡を聞かない訳には行かないので、相棒印に触れる。
「副長。先程簡単に確認した、今後の行程の詳細を伝える、配られた地図を用意しろ。また、疑問に感じたことがあったら、直ぐに質問しするように」
「了解しました」
「今走っている一般道真っ直ぐに行くと、その後二つに道が分かれてるのが分かるな?」
「ええ、分かります」
「その二つの内山へ向かう方へ道へ行く」
「旧道の方をですか? あちらの道を車で行けるとは考えにくいのですが」
「私もその旨は伝えたが……」
内密に内密に……か、印の向こうでルフトが仏頂面で頭を振ってるのが見えるようだな。
「徹底してますね……しかし、あちらには族が出ると言う噂も」
「それも承知の上だそうだ、今はまだ良いが山へ入ったらより一層警戒するようにしてくれ。尚、ジャンとレオナルドには先に車内の通信機で伝えてあるので、そちらへの連絡は不要だ。また、旧道へ入ったら連絡する」
「了解」
「あー、あともう一言」
言葉遣いが砕けている、どうやらこれは業務的な連絡と言うよりルフト個人の意見の様だ。
「なんでしょうか?」
「お前の心配も分かるが、指導した人間が思ったよりも弟子って言うのは成長してる物だ、過保護になり過ぎな様にな」
此方が返答する間もなく、通話中の文字が消え、同時に相棒印の光も消える。やれやれ、御見通しか……。
山中、梟の鳴き声を背景に幾つかの焚火を中心に人の輪が出来ていた。
「君のその剣、銘を聞いてもいいかな?」
「えっこの剣のですか?」
「ああ、駄目かな?」
「いえ、構わないのですが、そのまだ銘を決めてなくて」
そうオーダイから買ったこの剣、銘をまだ決めていなかった。如何せんここ最近は色々なことがあって忘れてたからな……
「そうなのかい? そんな珍しい形なのに……どうだろう? これも何かの縁、私に付けさせてくれないかな?」
少し悩むが、どうせ自分では言い名前を付けれそうにない、それよりも目の前にいるこの老商人に付けて貰った方が良いだろう、長年生きた人に付けて貰った方がありがたみも出るかもしれない
「ええ、どうぞ」
「そ、そうかい? じゃ、じゃあ"鷹爪花"と言うのはどうかな?」
「鷹爪花……確か、花の一部がかぎ爪状になる花の事でしたよね……この剣にぴったりです」
鞘に収まった奇形の剣――鷹爪花を見る。銘を付けると、なんだか切れ味が良くなる気がした。
「ほ、本当に良いのかい?」
「ええ、良い名前をありがとうございます」
「……君は何と言うか……アイゼル人らしくないな」
らしくも何も、アイゼル人では無いのだが、まぁ一々口を挟む事でもないので相槌を打つ。
「どういう事ですか?」
「アイゼル人は商人を馬鹿にする人が多くて、何時も陰で「口ばかり経つ臆病者」だのなんだの馬鹿にされてるんだよ。全く…商人には商人の戦いがあるっていうのにね」
「そうですね……貴方達の様な大商団ならともかく、個人で運営している様な商人は一度こけたら大変ですから」
「そうそう、しかし大商団と言ってくれるとは、お世辞でも嬉しいね」
「いえ、見たままを言っただけですよ。これ、どうぞ」
若干のお世辞をあった事を隠しつつ、傍らにあった酒の瓶を持ち、老商人に酒を注ごうと瓶を傾ける。
「おお、ありがとう。……っとと」
ビシャリと注がれた酒が零れ、地面が酒を呑んでしまった。お酌などと慣れない事はするものでは無いな。
「す、すいません」
「いや何、今のは私の手が滑っただけだよ」
「そうそう、御嬢さんみたいな美人さんに酌をされて年甲斐も無く手が震えたんだよ、そいつぁ」
近くに居た若い商人が煽る様に口を挟んでくる。とろんとした目を見る限り結構酔っているらしい。
「はっはっは、これはお恥ずかしい」
老商人はそんな態度に憤る事無く、照れ笑いを浮かべる。その光景になんだか心が温まる。
「美人などとは……私はただの一兵士ですから」
「おいおい、嬢ちゃんそんな事言ったらこの世の四割が一兵士になっちゃうぜ。がははははは」
今度は別の商人が高笑いをしつつ、そんな冗談を言う。老商人は口角を僅かに上げつつ窘める。
「あんまり声を上げない様に、ここら辺はまだ大丈夫だろうが近くに賊が居ないとも限らないんだから」
「しーません。がははは」
中年商人は反省ゼロの態度で謝り、笑い声を上げながら別の輪へと駆けて行く、どうやらああやって場を盛り上げているらしい。
「全く……すみませんね」
「いえ、賑やかで良いかと思います」
勿論、少しはむっとしているのだが概ねこれは本心だ。
「そう言って頂けるとありがたいんですがね……そうだ、お詫びと言うのもなんですが、疑問を感じているであろうあの積荷ついて少しお教えしましょう」
「良いんですか? 迷惑がかかると思うのですが……」
「ははは……その心配はしなくていいさ、なにせ今から私は独り言を言うだけなのだからね」
そう言って悪戯をする少年の様に老商人が笑う、まだまだ若いなと感じさせられたと同時、良い老い方と言うのはこういう事なのかと思った。
「あれはそう、"学徒と魔術の国"ラディーアでの商談だったかなぁ。魔術師兵団に消耗品を納品していた時に、端数の代金代わりにとくれたものだったような気がするなぁ……まぁーるい球状の芸術品、緑色に淡く発光した綺麗な珠だった、まぁラディーアの研究者には魔術的価値はなしと判断されていましたが。まぁーしかし余りに綺麗なその珠に普段なら断る所なのですが、魅入られる様に了承してしまいました。暫らくは家に飾っていたのけれど、ある日突然買い手が現れた時には驚いたものだった、それも驚くほどの高値だったからな……っとと、いけないいけない、口に出してしまっていたかな?」
わざとらしくおどけながら老商人が言う。私はそれに薄く微笑み、一言。
「いえ、そこでボーっと考え事しているだけでしたよ」
そう言い、恍けた顔をする。「そうか、それは良かった」と老商人はいかにもほっとしたと言う表情を作り、「私にも君と同じ年頃の娘が居てね……」と別の話題にゆるりと移る。
時間は和やかに過ぎ、談笑は若い商団長が就寝するようにと伝えに来るまで続いた。