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人魔のはみ出し者  作者: 生意気ナポレオン
第三章:時は過ぎ去り別れ編
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第四十九話:仕事終わりの夜

 森閑(しんかん)とした夜、私は姿なき敵と交戦していた。

 質量無き剣を受け止め、幻の刃を躱す。執拗に繰り出される斬撃の壁、その僅かな隙を縫うように柄打ち、拳打など隙の少ない技で攻撃,じわじわとだが確実に相手の手にダメージを蓄積する。

 相手の斬壁が薄くなっているのが分かる、遅行性の毒の様に腕に重ねた攻撃が実を結ぼうとしているのだ。

 しかし、こちらも長時間の交戦による肉体的な疲労、それに加え極度の集中からくる精神的な疲労が溜まっている、もう一分も動き続けるのは不可能だろう、ならば――此処で行くしかない!

 薄くなれど無くならない斬壁、その壁に微かに見えたひび割れに体を滑り込ませる。

 壁を抜けた先、そこは剣を振るうには近距離過ぎた。しかし、やりようは在る。まずは顎をかすめる様に下からのフック、無我夢中で振るったそれは顎を揺らし,脳を揺らす。脳が揺れながらも相手は体に染み込んでいる、戦士としての動きが無意識になされ、地面を蹴ってこちらから遠ざかろうとする。

 だがこちらとて戦士、今にも地を離れんとする足、その足を自ら踏み抜き地に張付ける、目には目を、戦士には戦士を,足には足を、だ。体は地面に張付けられど、一度跳ぼうとした勢いは張付けられず、皮肉にも逃れようとしたその勢いは体をつんのめらせ逆に必殺の機を生み出す。

 剣の柄を両手で掴み、剣先を下に柄を上にして掲げる。

 ――しかし、結果としてその剣が振り下ろされる事は無かった。振り下ろそうとした瞬間、私の喉には何かが突き刺さっていた、相手の袖口から僅かにその存在を象徴する弩型の暗器が私の身に何が起きたのかを教える。

 喉から血がせり上がり、その勢いのまま口から血が溢れる。呆然と立ち尽くす私の前に大きな影が立ち上がる、もはや相手に壁を創る必要などなく、その剣は只の線として振り下ろされ――


「くうっ! はぁっ……はぁっ……!」

 余りに現実味のある自分の死にどっと汗が噴き出し、心臓が早鐘を打つ。

「すぅー……はぁー……」

 何度か深呼吸を繰り返し、やっと気分が落ち着く。

「これで十戦中、四勝六敗……か、まだまだだな」

 学生時代からの日課であるイメージトレーニング、その勝率は大体四割、六割とは言わないが五割は欲しい所だ。

「それにしても、私の想像力も大したものだな」

 自分への称賛であるにもかかわらず、皮肉が混じっているのを感じる。魔術師として最も重要な力"想像力"、同年代に比べかなりのものだと自負しているが、こうも自分の死を想像できるのは何か生物として間違っている様な気がしてならない。

「ッ寒……」

 汗だくの体を夜風が引っ掻く、鳥肌が立ち、体がぶるりと震える。拭くものが無いか辺りを見回してみるが、生憎持って来るのを忘れたようだ。

「と言うか、なんで私は外でイメージトレーニングしてるんだ……」

 確かに肌で夜を感じれるから想像の助けにはなるのだが、こんな事していたら風邪を引く。迂闊な判断を下した過去の自分を恨みつつ立ち上がろうとすると「ご苦労さん」そんな声が暗闇の中から掛けられ、丸い物体が放物線を描いて飛んでくる。

「わぶっ」

 とっせに手が出ず、無様に物体を顔に喰らってしまう。ギリギリ落ちる前に手を伸ばし物体を掴む。

 触り心地からして間違いなくタオルか何かだろう、私はわざわざ持ってきてくれた人物を推測しお礼を言葉を投げかけた。

「ありがとう、ルフト」

「どう致しまして」

 案の上相手はルフトで、ある程度目が慣れてくるとどうやら飲み物も持ってきてくれたらし水筒を二つ腰に下げていた。

「ほい」

 そう言って片方の水筒を手渡して来る、軽く頭を下げつつ受け取ると、水筒はほんのりと熱を伝え、中に入っているのが温かい飲み物だという事を知らせてくれる。

「長いことそこに座りこんでたんだ、体の芯まで冷えてんだろ。ぐいっと行け、ぐいっと」

「おいおい、ぐいっと言ったら火傷するだろ」

 苦笑しつつ水筒の蓋を回す、蓋がコップになるタイプだったので、温かな湯気を夜空に昇らせる中身をコポコポと注ぐ。豆を轢いた香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる、コーヒーだ。ゆっくりと香りを楽しんでいる私に焦れたのか、体がぶるりと震え体温低下の危険性を訴える。分かった分かった、今飲むよ……

「うぐぅ!?」

 口に含んだ途端口が甘ったるく不快な香りに包まれる、舌が許容範囲を超えた甘味に悲鳴を上げ、自身の火傷を顧みず喉へと液体を運ぶ、喉は喉で熱く濃厚なそれを舌と同じく火傷を負いながら飲み下す。 

 それはまかり間違ってもコーヒーなどと言って良い物じゃなかった、砂糖とミルクを少量のコーヒーで割ったなにか、水あめ濃厚ミルク味コーヒー風味、そんな即興で作った新製品名が走馬灯のように頭を過る。

「ル、ルフトォ……!」

「くくく……まぁそんなに睨むなよ、お前の所為で今の今まで説教と愚痴聞かされたんだから、これ位の仕返しはさせろ」

「うぐぅ……」

 それを言われると痛い、模擬戦終了後、各曜日別の巡回経路確認や緊急時の対応などの細々とした事をレクチャーし私達は解散した。

 解散直後、直ぐにルフトはホルンに呼び出されたのだが、どうやらレオナルドの怪我について色々と言われたようだ。顔が赤らんでるところからそのまま強制飲み会フルコース、前菜に始末書の説教和え、メインに上層部との軋轢の愚痴添え、デザートに武勇伝の誇張ソースを頂いたのかもしれない、それに比べる水あめ濃(以下略)などそれこそ甘い仕返しだ……上手くないな。

「しっかり飲み干せよ。俺はブラックコーヒーで優雅に夜を楽しむから」

 甘い……仕返しだな。

「あっそうそう、おかわりにキャラメルマキアートカフェラテ抜きがあるから」

 甘い……か?

「口直しにホット・チョコレート獄甘バージョンを用意してるから、楽しみにしてくれ」

 全然甘くない、いや甘いのだが、自分で言いだしとは言えややこしいな。

「さて、冗談はこれくらいにして、お前と話すことがあるから一先ず兵舎に戻るぞ」

 そう言って踵を返し兵舎の方へ向かうルフト、翻ったコートの中から僅かにさらに二つの水筒が見えた気がした、気がしただけだ。


「ほれ、じいさまの愚痴に付き合って貰った追加資料だ」

 風呂に入り、汗まみれの服を着替えて、腰を落ち着けるは兵舎の休憩室。その丸机の上に、ルフトがポサッと資料を投げ置く。そしておもむろに口をゆっくりと開いた。

「あのなぁイレーナ」

「なんだ?」

「じいさまの息子……ジャンの件なんだけどよ」

「ああ……思ってたのとはタイプが違ったな」

 話しだけ聞くと負けを認めずがむしゃらに向かってくるタイプか、負けても何がしらの言い訳を並べるタイプかと思っていたのだが。

「そうなんだよな……」

「何で肩を落としてるんだ? ああもあっさり負けを認めるんだ、言って聞かせれば態度を改めてくれるだろう」

「それならどれだけ良い事か……」

「どういう事だ?」

「模擬戦の時に妙だとは思ったが、追加資料を見て納得が言ったよ」

「はぁ……一々回りくどいのはお前の悪い癖だぞ、ルフト」

「悪い悪い。その追加資料には、二人の模擬戦や模擬集団戦の詳細が載ってるんだ、で、平均の卒業までの総合平均戦闘不能回数及び審判による差し止めはおよそ二百六十七回、本人による降参及び隊の過半数の同意による投降は五十以下だ。それに比べジャンは……」

「ジャンは?」

「降参及び投降数は二百三十二回、戦闘不能回数は――ゼロ、だ」

「なっ――!」

「イレーナの言った様なタイプなら叩きのめして矯正できる可能性が高いが、俺が考えるにこのタイプはは極めて厄介だ。ジャンの野郎は賢い、自分の実力、身の程を弁えてる、模擬戦でもあっさりと負けを認め、実力が劣ってる事を認めた」

「……それが何か問題なのか?」

「それ自体は別に問題じゃない、いやまぁ諦めが早いのは美点であり欠点でもあるんだが。だがまぁ今回においてそれは関係ない。問題はその後の心の持ちようだ、「次はもっと搦め手で行こう」とか「奇襲で一気に潰してみよう」とか次に繋げられるなら良いんだ。だがあいつは違う、「まだ実戦経験が足りないから」、「鍛錬してる時間が違うから」――だから負けてもしょうがないって、上手ーく自分に言い訳するタイプだ」

「なんだか言い掛かりにも聞こえるな」

 それこそ長年指導してきた人物とかなら目で分かる、なんて言えるのかもしれないが、指導歴ゼロのルフトがそんな事を言ったて信憑性はほぼゼロだ。

「まぁ確かにな、こんな資料で、今日一日だけで判断するなと言いたい気持ちは分かる。それに、プライドが高そうだと思うしな。だがな、お前も見てただろう? 模擬戦の時、あいつは確かに消耗はしてたがまだ戦えてた、負けを認めるには早すぎる」

「確かに早すぎるかもしれないが、それは慎重とも言いかえれるだろう」

 無謀に突っ込み過ぎるよりも、慎重すぎて敵を逃す方がまだましだと思う、前者は戦力が落ちるが、後者はあくまで現状維持……まぁ勝機を逃すことになる場合もあるが。

「慎重、堅実ねぇ……実戦ならその言って良いだろうが、今回は模擬戦だ。確かに模擬戦はなるべく実戦に近付ける必要はあるが、あくまで模擬戦、死ぬことは無いんだ。これは俺の、そして師匠の考えになるんだが、死の危険が無いのならば戦いでは疲労困憊で動けなくなるまで抗うべきだ。実戦じゃあこっちの消耗なんて考えず……いや、むしろ良く考えて襲ってくるんだ、消耗した状態、自分が圧倒的な不利な状態、そう言うのを経験しておくべきだと俺は思う」

 確かに、実戦では消耗云々など言い訳にもならない。動けなくなるまでとは行かなくとも、もう少し粘れたようには思う。

「それに、ホルンさんが……親が恥を忍んで頼み込んできたんだ、俺はあのじいさまの眼を信じるよ」

「……成程、な。正直、私にはどちらとも判断が付け辛いが、私もお前の考えを、ホルンさんの眼を信用するよ」

「ありがとよ」

「で、ジャンがそう言う性格として、何か対策はあるのか?」

「……無いな。言っても聞かんだろうし、殴っても駄目だし、手の付けようがない。精々やり方があるとしたら、真面目に仕事して、手柄立てて、俺達の株を上げて尊敬されるぐらいだなー」

 ルフトが酷く棒読み口調で吐き捨てる。まぁ気持ちは分かるが。

「それって要は不可能ってじゃないか?」

「……ああ、歯がゆいがどうにもできないだろ。さて……此処で本題だ」

「本題? 何だ」

 大方予想はつくが形式的に聞き返す。

「なぁ、担当変えないか?」

「嫌だ」

「…………」

 沈黙が部屋を包み、ゆるりと時間が流れ出した。

大した事じゃないんですが、獄の字は誤字じゃないです、地獄の甘さみたいな感じでお願いします。

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