第三十六話:冷気漂う熱戦
と言う訳で、二話同時投稿です。
先に書いておきます、今回くどいと思われます、どうか心の余裕があるときにお読みください。
[その槍、大いなる雹王の権威]
「シュヴェルトさん! 下がって!」
「分ってる!」
肌がピリピリする、魔力なぞ殆ど使う機会が無い俺でも感じ取れるほどの力、どうやらフロンゾ様は御怒りのご様子だ。
「こっちもそれ相応にはムカついてるんだよ……!」
前に戦った時と同じ、右手に不動行光、左手にダガー。此奴には殺す気で行ってもなんら問題ない。
[その槍、王の軍勢を死地に追いやりし暴威……"篠突く雹槍"!]
瞬き一つの時間を掛ける事無く、俺の周囲は冷気で創られた無数の小さな槍で囲まれていた。この数、まともに受けたら間違いなく――"核"がやられる。
久しぶりに感じる、死への恐怖とその他諸々。修業時代はあんなにも身近にあったと言うのに、最近は全然感じることは無かった。それもこれも、長老の攻撃は"核"すれすれしか狙わなかった事があるだろう、長老には"核"が何処にあるか完全に分っている様だった、と言うか分かってたな、あれは。
[死ね]
「おいおい、殺したら終わりですよ! フロンゾさんっ!」
フロンゾの言葉を合図に槍が一斉に襲い掛かってくる。その雹槍を、致命傷のものを最優先で砕いて行く、足や腕にはガスガス刺さっているが、治せば問題無いと言い聞かせる、見た目的にはハリネズミにされているようにしか見えないな。
「全部叩き落とすのは無理だったな」
「化け物め……!」
別の魔術に移行する気だな。お陰で刺さっていた槍が溶け、あちらこちらから透明な体液が噴き出しそうになる、その前に治したが……"万変乃者"の欠点はそれだな、今度からは体液が赤になる様にしとかないとな。
[刃を持ちて狂乱せよ"風乱刃"!]
無数の槍の次は、無数の小さな風の刃、雹と違って本質は風だから砕かれる事は無いとか考えたんだろうが……無駄なんだよ。
左手のダガーは既にボロボロになっていたので放棄、右手の行光に神経を集中、実はこの短刀、ただの短刀ではないんでね。
半身に構え、刃が当たる面積を少しでも小さくする、半身に構えたことで面積は小さくなったが、非常に躱し辛い、が。
[あの剣、術具か!]
魔術が付加された道具、略して術具。行光に施された魔術は一つ、魔力の吸収だ。徹底的に数を増やすことに集中した風乱刃は、一つ一つに込められた魔力は、大したことは無い、故に行光に触れれば速攻で消滅だ。さて、一気に近づくか。
「重蹄脚」
身体に当たる風が痛い、反動で全身が軋む。その感じた時には、フロンゾの姿が近くにある、重蹄脚の速度はそれ位のレベルだ。
[い、何時の間に!]
「その面、ぶち砕いてやらぁ!」
右足を踏込み、腰を回して、真っ直ぐ顔面に向け右拳を突きだす。拳からは肉を打ち、骨を砕く感触が伝わってくる――筈だった
「なっ!」
突きだした拳から伝わるのは固い壁を殴ったような感触と、凍えるような冷気だけ。俺の拳は氷でできた盾に防がれ、
[ふん、そう簡単にやられるわけ無いでしょう!]
腹には氷で来た一本の小さな槍が刺さった。
「はあっ!」
「くっ!」
フロンゾに蹴り飛ばされ、否応なしに距離を空けられる、魔術師に距離を空けられるという事はつまり……
[歌声は止み、闇が鳴く"音無"]
魔術を唱えられることに他ならない。即座に身を起こし、周囲を警戒する。
「……何も起こらない?」
「馬鹿! ルフト、フロンゾを良く見てみろ!」
良く見てみろって……っとなんだ? 口をパクパクさせやが……って、さっきの魔術、あいつはなんて言った? "音無"? それってもしかして、詠唱の声を掻き消す魔術なんじゃないのか? そうだとしたら、あのパクパクさせてるのは……
結論が出た時にはもう遅かった、再び見慣れた小さな冷気の槍が周囲を囲む、ワンパターンなんだよ、こん畜生! 先程と同じ要領で、砕いて行き、前を見据えるが、フロンゾの姿はそこには無い。
「一体何処にっ! っと!」
ガキィ!――背後から振り下ろされた長剣を紙一重で防ぐ。防げたのは殺気を感じたとかいう訳では無く、砂利を踏む音が聞こえたからだ。
「――――!」
「何言ってるか聞こえねぇんだよ!」
キィン!――左腕から新しいダガーを取出し二刀流、前回とは違い猛攻に奔る事無く、左手を攻撃、右手を防御に使い慎重に進める。
俺はフロンゾの口に注意しながら、フロンゾは俺全体、変化自体に注意しながら、お互いに、息を荒げる事無く何合も打ち合い続ける。俺はともかくとして、フロンゾのスタミナは幾ら熟練者とは言え、魔術師の範疇を超えている、伊達に接近戦を仕掛けて来た訳では無いな。
「――!」
このままでは決着が付かないと思ったのか、フロンゾが突き飛ばす様な蹴り放ってくる――好機だ。
今更ではあるが、俺の格好はギルド員とは到底思えないものだ、鎧兜どころか籠手にグリーブ、レガースも付けていない、そこらの一般的な服だ。それはと言うのも、重い上に言霊を使用をする際に非常に邪魔になるからと言うのもあるが、それ以前に万変流を会得した者に、こんな打撃は――通用しない。
「万変流格闘術"暖簾に……"」
"柳に風"が相手の攻撃を利用したカウンターなら、この技は相手の攻撃を無力化し、その隙を付くカウンター。相手の蹴りの衝撃を、半固体であるスライムの体を利用して全て吸収、慌てて足を戻そうとする相手の懐に入り
「"腕押し"!」
掌底破城撃で相手の内部に衝撃を伝える……のだが、俺の場合はうまく伝わらず、相手が吹き飛んでしまう。
「がぁっ!!」
今回もその例に洩れず、吹き飛んだフロンゾが壁に叩き付けられる。本来なら、今の一撃で沈んでる筈なのだが、未熟な俺は否応なしに手数が増える。
「おらよっ! "殺人者の刺突剣"!」
腕を真直ぐに伸ばして、無駄に振りさも投げたかのように撃つ。傍から見たら、変な投げ方だろう、その上投げたナイフが狙い通りに飛ぶのだから。
「―――!」
壁に倒れかかっていた体を、なんとかと言った様子で横にずらし、ナイフを避けるフロンゾ、だがまぁ本命は。
「接近にある訳でっ!」
ナイフの射出と共に重蹄脚、こちらを睨んでいるフロンゾの顔面に拳を振り下ろす。今度はしっかり、骨を砕く感触だ。
「おらおらおらぁ!」
そのままマウントポジションに付き、只管殴り続ける。こいつに少しでも隙を与えたら魔術を喰らうのは、さっきの盾で思い知らされたからな――そう思った矢先。
一瞬、全身が痺れるような感覚がしたかと思うと、凄まじい衝撃と音が俺を襲い、目の前が真っ白なる。
視界が回復した時見たのは、遠くでふらりと立ち上がるフロンゾの姿だった。
「あの状態で……魔術を撃ったつうのかよ……!」
「舐めるなよひよっこ、熟練の魔術師は如何なる状況でも、魔術を撃てる。例え殴られ続けようともねぇ……!」
「解説ありがとよ、フロンゾ様っと!」
痺れる体をぎこちなく動かし、立ち上がる。
ポツ、ポツポツ……ザー……
小雨が降ったかと思えば、すぐにフロンゾの血が混じった水たまりができる程の豪雨となった。
「どうしました、顔色が良くないですよ。それも演技ですか」
「うるせぇ、歪んだその面よりゃましだ」
「正直に言いましょうよ、本当に生命力が無いんでしょ……」
「喧しい、魔力がからっけつになってるお前には関係ないだろ」
「ふん、そう思いますかっ!」
体を傾け、フロンゾが血の跡を残しながら接近してくる。正直、言われたとおり生命力はほとんど無い、だが俺が言った通り彼奴も魔力は……
[紫色の艶めく花、そこに降るは五月雨。花は水と混じりあい、その身は一層艶やかとなる"紫水の双剣"]
全然あるみたいだ。
「それってよぉ……! もしかしてっ!」
キィン、ガキィン!――振り下ろされた毒々しい紫色のをそれぞれ受け止め、弾く。
「ええ、魔創剣ですよ!」
魔創士だったのか、だったら近接でも強いのにも納得だよ!
「良いんですかぁ!」
「何がだよ!」
「そんな防ぎ方でですよ!」
「あぁぁあ?!」
受け止めた筈の二つの紫水剣が、刃が重なったところからぐにゃりと曲がり、両方の腕の半ばまで突き刺ささり、体を溶かしているのか傷口の酷い臭いが鼻をつく。
「くそっ!」
「逃がしませんよ!」
剣はまたも形を超え、刀身が異常に長いレイピアへと姿を変える。
「"オルテン流剣術:龍の目潰し"!」
足をしっかり踏み込みながら、両腕のレイピアを同時に突きだしてくる、体重が乗ったレイピアの一刺しは、俺の両肩を貫通し、肉を溶かす。
「"オルテン流剣術:蛙裂き"!」
三度目の変化、レイピアに刃が生まれ、外側に剣が振りぬかれる。肩の肉がそがれ、透明な肉が空気にさらされる。
「目ぇ瞑ってろ!」
「小賢しいっ……!」
砂を蹴りあげ目を潰し、すぐさま肉を創り治す。もう生命力も少ない、一気に決め「"オルテン流:夜隠れ鋏"」
首が僅かに斬れ、血が流れるがすぐさま紫水の剣……と言うよりは鋏に溶かされる。俺の首には柄を起点とした紫水の鋏の刃の間に晒されていた、つまりは断頭台に押し付けられている状態だ。
「こう見えて、そこそこに悪い事はやって来たんでね、視界が効かない中で首を狙うなんて造作も無い事なんですよ」
「……了解、了解。降参だ」
「御託は結構、右手を剣に近づけてください」
「剣? 鋏なら」
ジュワァ!――鋏が僅かに閉じられ、首がまた一つさよならに近付く。
「さっさと、近づけろ」
「近づける訳ねぇだろ、屑野郎!」
首へと注意が言ってる隙に、右腕を直角に曲げる、大した威力は出ないが、これほど近くなら必中だ。
「"殺人者の刺突剣"」
「ぐぅ! ど、何処から!」
「暗器二級の免許持ってるもんでねぇ!」
体を落として首を鋏から抜き出し、一気に近づく。まずは両腕を捻り、鋏を落とさせる。
「痛っ!」
次は逃げようとするであろうフロンゾの足を重蹄脚で踏み抜く。
バキコキメキィ!――確かな感触、これで逃げだすのは不可能だ。
「いぎぃ!!」
後ろへ飛ぼうとした勢いが止められ、バランス崩し倒れそうになるフロンゾの横に回り、拳を振り下ろす、そのインパクトの瞬間。
圧縮を――開放する。
「"破城撃"」
頭が体を引っ張る様に下へ叩き付けれられ、石畳にヒビが入る。フロンゾは白目を剥き、後頭部からの出血が酷いのか顔から徐々に血の気が引いて行く。
「っとまだやることあったな」
ゆっくりと右手に近寄り、指輪を抜き取り砕く。
「し、しんどかった……」
「大丈夫か、ルフト」
「シュヴェルトさん、魔力残ってます?」
「ああ、まだそれなりにはな」
「此奴の応急処置頼みます、下手したら死んじゃうんで」
「分った」
「ルフトさーん!」
「ん? おいおい、どうしたんだカッツェ」
「急いでヴァッサーさんの診療所に行ってください!」
「っ! 誰がどういう状態なんだ?」
「ディーガンさんが……」
カッツェの顔からツゥーと一滴の雫が流れ雨へと溶け込む、どんな状態かはそれだけでわかった。
「分った、すぐに行く」
振り続ける雨が何時もより、暗鬱に見えた気がした。
し、しんどかった……