第三十五話:倒れる姫と斃れる若輩、呆ける老兵に嘲笑する道化
サブタイトルに関してですが、統一するの諦めました、正直、苦し過ぎました。
◇◆◇◆◇◆◇イレーナside◇◆◇◆◇◆◇
現在時刻午前十二時二十七分。逃走より十二分後。イレーナ逃走中。
ディーガンは無事なのか、今いる場所は何処なのか、あれからどれほどの時間がたったのか、疲弊し朦朧とする意識の中で、幾つもの事柄がよぎる。ある意味、現実逃避の一種なのだろうこれは、今一番考えなければいけないのは、後ろから絶えず攻撃してくる人物――親友の事なのだから。
[風よ、刃となりて駆け抜けよ"風刃"]
無意識に体を動かし、刃を何とか躱す。僅かに斬られたようだが、痛みは感じない。
チューリは走りながらの詠唱に慣れて無く、飛んでくる魔術はさほど威力のあるものでは無かった、そうじゃなかったらとっくの昔にやられていた。
「はぁ……はぁ……」
もはや、走っている感覚は無く足は無意識に動く、動くのならば問題は無い、問題は今の朦朧とした意識と、今の状況を打開できる可能性が無に等しい事だけだ。
[貫くは檻、求めるは空、奉じるは我が身"衝風"]
僅かに風を感じたと思った時には、右手が風により抉られて、出血していた、痛みは感じなかった。
もはや、目の前がぼやけ目の端は白身を帯び始めていた、段々と視界が真っ白に染まって行く。
[思慕……雨………"執水"]
視界に続き、今度は聴覚までもが消えかかっているのか……いや、私の意識が消えかかってるのか? 体に何かがかけられている、熱い、服が重たくなった、動き辛い。
「……くん! ……! このままじゃ……!」
後ろの気配が遠ざかって行くのが分かる、逃げ切ったのか? そもそも、私は今どういう状態何だ? 分らない。
「逃げ……きっ……た」
声で確認してみる、消えかけていた聴覚も復活しているようだ。指輪を確認してみる、あった、白一色だった視界が僅かに晴れ、こちらへ駆けよって来る人影が見える。
「逃げ……なきゃ」
そう思った、だけど一度止まってしまった体はピクリとも動いてくれず、変わりと言わんばかりに意識は何処かへと飛んで行ってしまった。
午後十二時三十分―side change→
◇◆◇◆◇◆◇enemy side◇◆◇◆◇◆◇
チューリが元の広場へ戻ったのには理由があった、ヴェルデンとの相棒印による"感覚共有"が当然切れたのだ。そして、チューリにとって、この体験は初めてでは無かった。故にチューリは焦燥感に駆られながら、元の広場へと戻って来た。そのチューリの目に映ったのは、目を血走らせ黙々とディーガンへ拳を振り下ろすヴェルデンの姿であった。
ディーガンの顔は何倍にも腫れあがり、鼻の骨は折れ曲がり、瞼が切れ、口からは多量の吐血。誰がどう見えても瀕死であった、目撃された場合には間違いなくヴェルデンは力ずくでもと静止され、ディーガンは病院へ緊急搬送されたことだろう、だが、不幸な事にこの広場には人が余り立ち寄らなかった、この広場もまた、カルトフェルの集会場であったからだ。
「っ!」
チューリは顔を蒼白にし、ヴェルデンの元へ駆け寄り、勢いのまま突き飛ばし、ディーガンに手を翳す。
[生命の根源たる水よ、豊穣の証の運河よ、天の恵みの雨よ、癒しを我が手に"療源乃水"]
チューリの魔術により、ディーガンの傷が徐々に治って行くが、完治と言うには程遠く、依然として鼻は折れたままであった。
「ごめんなさい……」
しかし、それが"救世士"では無い、チューリの限界なのだろう、ディーガンに向け僅かに口を動かし謝罪を告げる、その顔には、汗がびっしりと浮かび、目からは透明なしずくが零れ落ちそうであった。
「またか……」
呆然とした表情で、ヴェルデンの口から言葉が毀れる。その声には、諦め、後悔、謝罪……様々な思いが込められている世ようだった。
ポツ、ポツポツ……ザー……
その思いに同調するように、小雨が降り出し、何もかもを流し落とす様な豪雨となった。
「いけない、このままじゃっ……!」
今のディーガンの状態での体温低下は命に関わって来る。焦燥した様子でチューリは大会本部へ連絡をし、ゆっくりとヴェルデンへと近づく。
「俺は……」
口を開こうとするヴェルデンを、チューリは優しく抱き寄せる。
「分ってる……さぁ行こう? イレーナを連れ戻さないと、ここでボーっとしてても、何の意味も……無い」
「ああ……」
二つの背中は寄り添い、片や姉を、片や親友を求め、何処かへと去って行く……
午後十二時三十五分―side change→
◇◆◇◆◇◆◇side ルフト◇◆◇◆◇◆◇
現在時刻午前十二時十分。イレーナ逃走より五分前。ルフト挑発中。
「くくく……随分底の浅い挑発に引っ掛ってくれましたね」
彼奴の一挙一動が挑発である事は分っていた、分っていて――殴った。
「これで貴方達のチームは終わりだ! 一応言っておきますが、しらばっくれ様としても無駄ですよ、指輪の付けていない人物からの攻撃があった場合、私の付けている指輪から自動で本部の方へ連絡が行く仕組みになっていますから。まっ不正をするにしても、やはり底の浅いのはダメって事ですね」
「はぁ……流暢にベラベラと……」
「ふふ、開き直っても無駄ですよ、まぁそのまま此方に喰ってかかっても構いませんが……その時は、今後の人生設計ががたがたになりますよ?」
「てめぇ……!」
「まぁまぁ落ち着いてシュヴェルトさん、此奴を叩き潰すのは訳無いですが、ここは一つ俺に任せてもらえませんかね、シュヴェルトさんは怪我もある事だし」
「訳ない……ですか、あんまり調子に乗らないでもらいたい、この大会が終われば貴方なんてどうとでも出来るんですから」
冷静な口調を使っちゃいるが、こめかみが引くついてますよーフロンゾさーん、いや、レーヴォレさんか? まぁどっちでもいいや。
「何? その俺達が敗退してるみたいな言い方、ああ、もしかして、私が敗退したと思ってらっしゃるぅ?」
最後らへんはフロンゾの口調を真似ながらだ、コツとしてはなるべくバカっぽくやる事だ。
「っ……! やれやれ、ショックで頭ま「シュヴェルトさんもシュベルトさんだ、何を歯ぁ食いしばってるの」
こめかみのひくつきが早くなったが気にしない、気にしない。
「お、お前! 指輪が砕かれただろ! 目の前で!」
「はぁ~……まだ気付かないかねぇ」
勿体づけてないで早く言えよって言うな俺なら。
「フロンゾ、まずお前に一つ教えておいてやる。お前を倒したのは内の副将なんかじゃねぇ、俺だ、俺。俺が"変化士"分ったか? ほれ、これで理解できるだろ」
顔をフロンゾと戦った時のものに変える、フロンゾの目が僅かに見開かれるが、すぐに元の雰囲気……いや、険悪な雰囲気になった。
「ほぉ、背中にあれほどの傷をつけてくれたのは貴方でしたか……いずれ、たっぷ「おいおい」
「"変化士"なんだぞ、俺。格好つける前に気付けよ、俺のこのいかにも生命力無くなりかけです! みたいなこの顔、顔すら余裕で変えれる"変化士"なら普通、敵に消耗を気付かれまいと変化するだろ」
顔色真っ赤、目も真っ赤、こいつ自分は挑発する癖に自分は耐性低いのな、あー屑屑。
「それに見てみろ、このわっざとらしく腫れあがってるこの指! 右手の薬指だぞ、オイ、察しろ馬鹿」
さて、良い加減、フロンゾおじさんたちの顔がシャレにならなくなって来たので、ネタばらしと行きますか、大したものじゃないけど。
「つまり、こう言う事ですよ!」
右手の薬指をさらっと治した俺の指には、見慣れた安っぽい指輪。腫れた部分をスライム化、中に自分の指輪を隠し、囮に
「お前の指輪を付けておいたって訳さ、フロンゾ。なーにが「確かにフロンゾ選手は敗退になりましたね」だ、お前の敗退が決定した瞬間はついさっき! 自分で砕いてんだよ、馬鹿野郎!」
「こっの……」
「まぁ口をペラペラ動かしてくれちゃって、笑いを堪えすぎて涙が出たわ」
「舐めやがって、ひよっこがぁ……!」
「掛かってこいよ、道化野郎!」
フロンゾとのあり得るはずのない二回戦はこうして幕が開かれた。
今回は二話同時投稿です。ストック? そんな器用な真似は出来ません