第三十三話:憤怒の後逃走。指輪は砕ける
投稿が遅かった割には……申し訳ない.
◇◆◇◆◇◆◇side イレーナ◇◆◇◆◇◆◇
「ヴェルデン……久しぶりだな。お前も随分と逞しくなったな」
蹴とばした時は殆ど見てなかったから分からなかったが、ヴェルデンの体は一年前と違い、戦士のそれになっていた。元々身長が高かった事もあり、威圧感も人並み以上と言った所だ、姉としての贔屓目も入ってるのかもしれないが。
「学生のころは、陰で色々言われてたのになぁ……」
勉学の虫、口だけの男、頭でっかち、そう言う類の事を、ヴェルデンはよく陰で囁かれていた。それだけ、勉強一筋の弟だった。
「ああ、そうだったね。そういう奴らを、何時も姉さんがのして、よく話題になったよね」
「そんな事もあったな……」
学校内は一部を除いて魔術使用を禁ずる結界が敷かれていたからな、そうやって陰でいう奴等は決まっては遠距離系統の魔術師、魔術頼みの奴らだったから、叩きのめすのは容易だった。まぁ一部例外は居たが。
「男性の気配が無いのと、暴力事件を頻繁に起こした事からついたあだ名が"ラディーアの鬼百合"だったもんね~」
いつの間にか、屋根から降りていたチューリが懐かしそうに眼を細めながら言う。
「……そんな仇名もあったな」
「それが今じゃぁ随分と……御淑やかになったみたいだ。一年も見ない間に」
「なんで、連絡一つくれなかったの?」
チューリのその一言で、場が一気に凍り付く。ヴェルデンとチューリの二人の目つきがこちらを責めるものになって行く。
「言いだし辛いだろうから、代わりに言ってあげる、居場所を知られたくなかったんでしょ? 小父様や小母様に居場所が知られたら、連れ戻されちゃうものね」
「…………」
此方が何か言う出す前に、心を読んだかのようにチューリが言葉を叩きかける。何も言える筈が無い、どう考えてもこの場合、私にしか非は無いのだから。
「イレーナ……「姉さんは勝手すぎるんだよ……!」
チューリが再び口を開こうとするのを、怒りに震える弟の声が遮った。
「急に出て行って! 一年間も音沙汰無しで!」
二十年共にいて、初めて聞く弟(ヴェルデン)の感情のまま振るわれる声。思い返してみれば、弟は常に感情を押し殺してるような所があった。
「悪かったとは……思ってる」
自分が言ってる事が、酷く説得力の無い事は理解してる。連絡一つ寄越さず、何が悪く思ってる、だ。
「父さんも母さんも! 勿論、僕も! どれだけ心配したと思ってるんだ……!」
「ヴェルデンくん、落ち着いて」
こちらの声が聞こえているのかも分からないほど、激高しているヴェルデンをチューリが宥める、が、それも虚しくヴェルデンは口角泡を飛ばしながら、声を張り上げていく。
「姉さんは自分がどんな体が分ってるのか!? いや、分ってない、分ってないんだよ、姉さんは!」
「ヴェルデンくん、落ち着いて!」
「いくら姉さんに才能があると言っても! その体がどれだけ危ないか! 姉さんは……!」
「ヴェルデンくん!!」
滅多に聞かない、チューリの精いっぱいの怒声。その声に、目が血走るほど興奮していたヴェルデンも、我に返る。
「悪い……チューリ。どうしても、冷静になれそうもない」
人が変わった様に、冷静な声をヴェルデンが喉から絞り出す。先程までとの差が余りに激しく、動揺が隠せない。
「分ってる。私に任せて……」
「ああ……」
ヴェルデンの豹変にも動揺せず、子供をあやす様にヴェルデンをチューリは抱き締める。
「分ったでしょ? イレーナ。小父様や小母、ヴェルデンくんだけじゃない、私も含めた皆、貴女を心配してるのよ」
「…………」
それは分かってる。私の病気を気にせず、付き合ってくれる友人は少ないながらもいた。家族も全員いい人ばかりだ。勿論、親族や他の人々は少なからず、此方に冷酷な言葉を投げかけた、だが、それから逃げ出したわけじゃない……
「小父様や小母様には、余りお見合いを強いらない様、私から言ってあげるから、ね?」
そう、あの家から飛び出してきたのは、両親から進められる縁談に、自分が家族を持ち、家で家事に追われるその光景に、何か酷く息苦しいもの感じたからだった。
今ならはっきり言える――自分の力を試してみたかっただけだと、自立してみたかっただけだと。酷く我儘で自分勝手だ、少なくとも家族に心配をかける理由としては、最悪の分類に入るだろう。だが――
「……もう少し。もう少し、待ってくれないか……!」
一年間、頼りきりだった相棒を最後まで見送りたかった。これも我儘なのは分ってる、だが、あの時と違い決して揺るがない、確固とした我儘だった。
「もう少し……この大会が終わるまで?」
「いや、向こう|(魔界)に行って、帰って「ふざけないで」
「ヴェルデンくんの言った通りよ、貴女は、自分がどれだけのハンディを背負ってるのかわかってない。あなたの病気は、魔術師にとって致命的……下手したら、この世界で生きていくのすら厳しいと言っていいハンディ。言いたくないけど……貴女がギルドの依頼をこなせたのは、全部じゃないかもしれないけど、殆どあなたの相棒のお陰、違う?」
何も言えない。本来なら相棒と言うのすら、おこがましいであろう。お荷物と言う方が適格、それは私自身、常に感じていた。
「図星よね。そんな貴女が魔界へ行く? もう一度言うわ、イレーナ――ふざけないで」
厳しい顔つきでそう言い放なたれる、親友からの一言。だが、それでもこの我儘を曲げる訳には、いかなかった。
「私も、ここで退く訳には「やれやれ、やぁっと話は終わりか?」」
「さっきから一度も話に入れないわ、よそ者お断りな雰囲気出すわ、その雰囲気自体、最悪だわ、居心地悪い事この上ないんだよ」
心底げんなりした顔でディーガンが茶々を入れる。その顔は一年前、ルフトと戦った時に良く似ていた。即ち、よほど頭に来た時か、機嫌が悪い時である。
「すいませんね、名前は……」
「ディーガンだ」
「ディーガンさん。そう言う事ですから、出来れば貴方にも降参してもらえると助かるのですが」
「はぁ? ここまで、待たせておいて、降参? ふざけるんじゃねぇよ」
ディーガンがぶっきらぼうに言い放つ。その声に反応し、ヴェルデンが苛立たしげにディーガンの顔を睨み、唸り始めた。
「貴様っ……あの時の!」
「おうおう、久しぶりだな美男子。お前の情緒不安定さは見てて非情に気味が悪かった」
せせら笑いながら放つ、あからさまな挑発。普段は見せない、人を小馬鹿にするような、歪な笑み。
「いい度胸だっ……!」
「ヴェルデンくん。私に任せるって言ったよね?」
「……ああ」
いきり立つヴェルデンを、チューリが再び落ち着かせる。
「貴方も、ヴェルデンくんをあんまり挑発しないでくれる?」
「先に喧嘩売って来たのはそっちだろう。こんな大会中なのに、人をそっちのけで、身内の話をべらべらと手持無沙汰にも程があらぁ。それも聞いてて腹が立つような事をべらべらと」
「ディーガン。さっきの話はチューリ達に非は……「分ってますよ、イレーナさん」
「あっちの言ってる事は正論も正論、ど正論ですよ。だけど、俺からしたらそんな事知ったこっちゃない。事情は知りませんけど、ルフトさんは昔から向こうに行きたがってるのは知ってます。ここで何もせず、むざむざリタイアなんて出来る訳ないでしょ」
「……背後は壁。敵対する二人は、片方は魔術操作に長けた魔術師、もう片方は未知の異能者。対してそちらは消耗している様子。はっきりと言わせてもらいますけど、やるだけ無駄だと思うのですが」
「はいはい、長々と高説ありがとさん。だけど、勝ち誇るにはちょっと早かったんじゃないの?」
口を動かしつつ、ディーガンは視線で左の小手を指し、ハンドシグナルで逃げる事を示唆する。
「"隙晒し(ラスコ・ジェルミナーレ)!!"」
そう叫び、左手を後ろに叩き付けた瞬間、背後に感じていた圧迫感が無くなるを感じる。
「「なっ!」」
二人が驚愕に目をむくのが分かる。致命的な隙だった。踵を中心に半回転、左足を前にだし、体を前に運ぶ。背中を向けて、全力疾走。
紛れもない逃走だった。正論から逃げている自分を感じながらも、不思議と迷いは無かった。
午前十二時十五分―side change→
◇◆◇◆◇◆◇side ルフト◇◆◇◆◇◆◇
現在時刻午前十二時。同時刻、旧友襲来中。ルフト唖然。
目の前に居たのは、一番最初に倒した、名前は確か……
「フロンゾとか言ったけな?」
「? どこで名前を? 会った事は無い筈ですが。ああ、テレビで私の顔を見たんですね、成程」
ああ、そう言えばあの時は顔変えてたな、危なかった。
「それよりもシュヴェルトさん。話しちゃいましたね、僕らの事」
「僕ら? ッ! てめぇも、心残者か!」
「ええ、そうです」
えっ此奴が? 何だ、思ったよりも弱かったんだな、心残者って。
「本来なら、僕が出場する予定はは無かったんですけどね……ちょろちょろ嗅ぎまわってる、害虫が居ると聞いたもので。しかも、その害虫がこんな大物とは、幸い奴らが倒されたのが序盤で助かった。こっち|(心残者)との繋がりを示す証拠は処分できました」
「てめぇ……!」
「おお、怖い怖い! 良いんですか、これ、割っちゃいますよ?」
フロンゾの手には、見覚えのある形の指輪、安っぽい真珠が付けられた――って!
「なっ!?」「何時の間に!?」
「ははは! 今の顔! くくくっいやいや、良い顔でしたよ。そう、これはルフトさん、貴方の指輪ですよ」
「くっ……!」「こんのっ……!」
落ち着け、俺。此奴はとうに敗退してる。敗退した出場者が壊すのはルール違反だ、もし壊した場合ラディーアチームは全員敗退だ。となれば狙いは、自分がさも出場者だと言う腑に装い、出場者からわざと攻撃を加えられることにより、暴行罪としてこちらがルール違反となり……っていう寸法だろう。やることがせこい上に、まだるっこしい、だが、敗退した身で打てる手としては、一人の選手を敗退に追い込める、最良の手と言っていい。伊達に心残者とやらでは無い、この手口はまさに熟練の……
パキィ! ――そんなこちらの思考をあっさり断ち切り、そんな音が響く。フロンゾの指から、指輪が――指輪だった残骸が零れ落ちる。
「へっ!?」
そんな間の抜けた声しか、口からは出てこなかった。
午前十二時五分―side change→