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人魔のはみ出し者  作者: 生意気ナポレオン
第二章:まっありきたりな大会編
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第三十話:反撃の後再戦.決着は――?

≪音声認証完了。"疾風の駿馬(ヴェント・ファルスィ)"発動≫


 戦慄。無機質な声と同時、ディーガンは己の拳から放たれる衝撃に戦慄した。己の生命力を吸い上げ、腕から放たれるその衝撃に。


 驚愕。自らを襲う衝撃にネサンは驚愕した。自らの体に響き渡る――いや、違う。"響き渡る"そのような、無機的な言葉ではネサンを襲う衝撃を言い表すことは出来ない。


 ――そう、衝撃は"駆け回る"のだ。ディーガンの腕から疾走し、ネサンの全身を駆け回り、くっきりとその蹄を残しながら、疾風の駿馬は"駆け回る"


 顔を通じて脳を揺さぶり、首を通じて、肩を砕き、肩を通じて腕を割る。全身を隈なく駆けた衝撃は、ネサンの体を駆け抜ける!!


「があっ!!」


 駿馬に乗せられ、ネサンの巨体が吹き飛ぶ。だが、ここで油断はしない、出来るはずもない。近くにはまだ、もう一人敵がいる。ネサンの近くにはもう一人。


ガシュン!――もはや、耳に馴染みつつある音。音の方向は左。ディーガンは僅かにスウェ―バック。矢はディーガンの胸を僅かに掠るだけに終わる。


 僅かにスルタナが、苦々しい顔をし、距離を取ろうとする。だが、その顔は本当に僅か。


 反らした上体をねじり、ねじりを戻す勢いでのストレート、後方に跳びつつあるスルタナには、掠る程度にしか当たらない。でも掠れば――当たりさえすれば、能力は発動できる。


≪条件達成、音声承認によって能力"龍巻く猛牛"発動。尚、今後はこの確認行程をカットします≫


「届けぇ! "龍巻く猛進"!!」


 体を龍巻き(ねじった)状態から放たれる、拳の猛進(ストレート)。本来なら表面にも僅かに届かなかった筈の衝撃は、螺旋を描き臓腑に突き刺さる!

 

「がぁ……!」


 スルタナを襲う衝撃は"蠢いた"。衝撃は臓腑で"蠢き"、あらゆる臓腑を傷つける。


 二人の代表が、それぞれ別の方向まで吹き飛ぶ。だが、勿論これで終わりではない。彼らはそんなに甘くは無い。すでにネサンは、喰らったダメージを確認し、ゆっくりと立ち上がろうとしている。スルタナは、弩を構え、体の痛みが少しでも引くのを待っていた。


「だ、だいじょう…ぶか? ディーガン」


「何言ってるんだ、イレーナさんの方が危ねかったですよ!」 


 興奮しているのか、言葉遣いがおかしくなりながらディーガンは言う。


「ど、どうや……」


 なぜ、ここに来れたのか? イレーナのその疑問は最もである。


 この疑問は、ディーガンが"拳闘士"を発現した直後、発動の是非を問われた能力により解消される。


 発動した内の一つは"後援の選定(セコンド・ティーヴォ)".半径五百メッセ以内に居る、自分が味方と認識した物を"後援者"とし、一時的に対象の生命力を制限付きで引き上げるものである。そもそも、"拳闘士"の発現条件は"戦闘状態中であり、尚且つ"後援の選定"の条件を満たす状態での、拳武器の装着"であった。過去、ディーガンがこの能力を発現しなかったのはこれが理由である。


 そして、もう一つ。ディーガンが立ち上がれるようになった、その能力。


 能力名"見栄張る王者"余裕の笑みを張り付け王者は、三分間のみボロボロなその体を立ち上がらせる。能力は"擬似的に自らの傷を三分間修復"。発動条件は一分間の動作停止(インターバル),故に、一分の休息(インターバル)を得てディーガンは試合会場(この場)に現れた。


「すみません。説明とかしたい所ですけど、時間が無いんで、あっちの方を頼みます」


 だが、そのような事を説明している時間は無い。今やるべきは――戦い。純然な戦闘。口は息を吸う為だけに、体は敵を砕く為だけにある。


「……そう…だなぁ!」


 未だに体に響く鈍痛を無視し、イレーナは立ち上がる。剣を支えに立ち上がり、剣を携え敵に向ける。


「お互い一回ずつのノックアウト! ここから本番! ここからが第二ラウンドの始まりだ!」


 イレーナを横目に確認し、ディーガンは拳を打ち合わせ吠える、この咆哮は挑発でも、自らを鼓舞する物でも無い。それは言うなら叱責、諦めかける――ではなく、諦めた心に対する叱責。体から心に対する叱責であった。


 もう折れるな、諦めるな、砕かれるなと、体は心にそう訴えていた。


「一撃ぃ……与えたぐらいでぇ……吠えるなぁ……!」


 ゆらりと、だがしっかりと地に足を付け、ネサンが吠え、ディーガンに向けて驀進する。



◇◆◇◆◇◆◇―side change→イレーナ◇◆◇◆◇◆◇



「上等じゃない……! 今までは、手を抜いてたっていうのね……!」


 スルタナはディーガンの声に静かに激怒する。己が軽んじられていたことに、そのような相手に地面を嘗めさせられた自分に。


(あの男をやりたいけど……その前に)


 視線の先には、赤髪の女。先程、すんでのところまで接近された魔創士。放っておくことは出来ない。



[我放つは力。形なき力、方向定められし力。その身を歪めて我が力となれ"付術:重球携螺(グラヴィ・エーリカ・バンドリェーラ)"!]


 詠唱の完了と共に、スルタナの腕を螺旋状の重力の帯が生え、帯は幾つもの重力球を生む。重力の帯は腕に繋がり魔力を消費し続ける、当然魔力消費は馬鹿にならなり、通称"連結付術"と呼ばれる、付術士自身が戦う際の奥の手であった。


「アルマ流飛刀術:"刃金囲(ラーマ・ジャーレ)"」


 付術士は、密かに怒り、獲物を待つ。今まさに、向かってこようとする、赤髪の獲物を。



◇◆◇◆◇◆◇―side change→ディーガン◇◆◇◆◇◆◇



(俺がやられる前より、間違いなく速くなってやがるっ!)


 こちらに振るわれる巨体の拳を、何とか躱し続けるものの、攻撃に転ずることが出来ないディーガン。元より、武道の心得はネサンの方が圧倒的に勝っている、躱せること自体が、異常なのだ。


「どうしたぁ……吠えた割にはぁ……情けねぇ……!」


「そのっ情けねぇっと! 男にやられるんだよ! てめぇは!」


 隙を作り出す為、挑発するディーガン。


「言うねぇ……!」


 そう言うものの、直ぐに回避に転じれるほどの小技を使ってくるネサン。明らかに警戒されていた。


(そりゃ警戒するよなっ!)


 予想以上に"疾風の駿馬"の威力が大きかったのだ。かなりのダメージを負ったのだろう、ネサンはディーガンの一撃が入るのを恐れていた。故に、警戒心も最大。少しでもディーガンに攻撃の気配が見えたら、大きく距離をとるか、カウンターを取るつもりでいた。


(勘弁してくれよ……もう、一分以上はたったぞ)


 当然、この事態はディーガンにとってかなり不味い。重ねて言うが、"見栄張る王者"は三分間の間しか効果が持続しないのだ、三分経てば、ディーガンの傷は再びすべて開き、勝敗は火を見るより明らかであった。


(さてさてどうする……って!?)


 ディーガンの視界から一瞬、ネサンの体が消える。ディーガンは気付いていた無かった、思考にふけり、自らがほとんど作業、反射で避けている事に。そんな大きな隙を、ネサンが逃すはずはない。


「マーシャル流ぅ:"熊胆掌底(ヴォラ・シェラーガ・ピジャトーレ)"」


 ネサンはディーガンに極度に接近していた、故に視界から消えたように見え、ディーガンは動きを止めてしまった。


 大男の顔は、ディーガンの真横に在り、右腕で後ろへ逃れられぬようがっちりとホールドされる。腹部に強烈な衝撃。それも、"龍巻く猛牛"の様な、内臓へ直接衝撃を叩き込む一撃。掌底であった。


「ゴハァッ……!」


「完全にぃ……入ったなぁ」


 右腕でホールドされているお陰で衝撃を逃せず、内臓に全衝撃が直接伝わる。内臓は傷つくを超え、潰れ、喉からは鉄臭い液体がこみあげてくる。意識は段々黒く塗りつぶされ、握った拳に力が入らなくなる。最初は感じていた痛みさえ、段々感じなくなっていく……



◇◆◇◆◇◆◇―side changeイレーナ◇◆◇◆◇◆◇



イレーナは、スルタナに向け疾走を開始。スルタナは重力球をイレーナを囲むように配置。球による僅かな重力の狂いによろける、よろけたいイレーナに対し、スルタナは愚直に弩を放つ。


(おかしい、足止め? にしては効果が薄すぎる。なんなんだ? この球の意味は……)


 魔力の消費量と、効果が釣り合っていない、そう判断したイレーナは気を周囲に張りつめ、周囲の一挙一動を見逃さないようにしていた。


 故に、ヒュゴッ――という、背後で鳴った空気が入り込む様な妙な音に気付くのは必然。イレーナは、前方に見えるスルタナにも警戒しつつ、チラリと背後を見る。


「っ!?」


 目を見開くイレーナの視線の先には、重力球に僅かにのぞかせる矢尻。


ヒュパッ!――空気が一気に放出される音が聞こえる。だがそんなものは只の副産物。本命は当然


「くっう!」


 重力球に装填された矢、イレーナはかろうじて避けるも、太ももに掠り、血の筋がうっすらと浮かぶ。


(あの音は、球に空気が入り込む音だったのか……となれば、この球、足止めは偽装、本当は向こうから放たれた矢を回収し、此方に放つ移動砲台。それにこの球の数、シャレにならない……どう外れても、どれかの球に装入される……!)


 周囲に浮く球の数、およそ二十個以上、ざっと確認しイレーナは思う。いつでも回避を行えるよう、僅かに走る速度を落とす。


(運が良かったのは、放つ速度は弩よりやや速い位って事。今なら、この程度は走りながらでも避けれる……!)


 イレーナは放たれる矢を軽く避けつつ。じわじわと距離を詰めていく。


(ん? あれはなんだ)


 視界の端、黒い球の中に僅かに見えた白。光を反射し、ちらつかせる白。


(まだ、奴は弩を撃っていないはず……もしや最初からすでに装填していた? 先程の矢をも偽装……あり得るな。ならば……)


 自らの足に力を溜める。イメージは、相棒が頻繁に使用する、あの歩法。それをなぞる様に、爆発的に足を蹴りだし、地面を抉る。走り出した瞬間、後方に何かが突き刺さる音が聞こえるが無視。ここで、恐れを抱いたら、自分の足が止まる確信がイレーナにはあった。


 帯から生まれる時点で、全ての球に何かが装填されているなどと言う可能性に気付きたくなかった。気付いてしまったら、自分が回避に専念してしまうのは目に見えていた、そうなったらスタミナ勝負。ここで勝とうとも、この後の戦いが一気に不利なってしまう。


 イレーナはひたすらに油断しなかった、冷静だった、己を理解していた。故にイレーナは気付かない、周囲の球全てから何らかの武器が放出される可能性に気付かない。


 気付かず走る、目を背け奔る、勝利の為に疾る。


(やれやれ、今日で二度目だな!)



◇◆◇◆◇◆◇―side change→ディーガン◇◆◇◆◇◆◇



(って、あれ? 痛みが無くなっていく?)


 そう思い、ふと、自分の体に意識を集中させると、腹部の痛みと言うより、異常すら何もないように感じる


(どういう事だ?)


そして、思い出すは時間。王者が立ち続けることが出来る時間。


(そうだったなぁ……まだ、三分の内だったよなぁ!)


 王者の拳が再び力を取り戻す、意識は明快、痛みは皆無。これで、立ち上がれぬ訳は無い!


「男に抱きつかれる趣味はねぇんだよぉ!!」


「なっ!?」


「"天鷹嘴(アシェン・テルツオーロ)"!!」


 垂直に左の掌底をを突き上げる。ディーガンは自らの左手に、生命力が集中しているのを感じる。そう、これも只の掌底では無い。拳闘士の拳は"生きた衝撃"を放つ、"疾風の駿馬"なら全身を"駆け抜け"、"龍巻く猛牛"でならば臓腑で"蠢き"、そしてこの"天鷹嘴"は対象の頭で"叫ぶ"。


 衝撃の"叫び"は脳を刺激し、揺さぶるのでは無く、叫びと共に振動する。だが――


「うるぁぁぁ!!」


「なぐぅ!?」


 白目をむき、意識が飛びかけるも、ネサンは崩れない。まだ己の腕の中にある、ディーガンへ再び掌底、いかに修復されると言っても、即座に修復するわけではない、ディーガンの意識が再び飛びかけ、手から力が抜け始める。


「叫べぇぇ!!」


 しかし、ディーガンとてここで負けるわけにはいかない。白目をむきつつも、無我夢中で左手に生命力を集中させる


「ぬぐぅあぁぁぁ!」


 頭が砕けるかと思うほどの激痛を味わいながらも、闇雲に掌底を放つネサン。両者白目をむきつつも、互いに勝利を譲らず、崩れようとはしない。


 両者の戦いは、ここに来て倒れるか倒れないかと言う、戦いの根本を表したものとなっていた。



◇◆◇◆◇◆◇side change→イレーナ◇◆◇◆◇◆◇


 

ドツゥ!――左肩に矢が刺さる。ガキィ!――手を狙ったナイフが剣に当たり、地面に転がる。パキィ――石が当たった右肩が、不吉な音を鳴らす。


 これほどの攻撃にさらされても、まだ敵ははるか遠く。十メッセ以上も離れている。それどころか、下手をすれば離される。それはそうだ、スルタナとて、呑気に止まって待つ程お人よしでは無い。右方に左方に後方に、弩をイレーナに向けたまま、距離を離す。


(これじゃあ、埒が明かない……!)


 剣を掴む手から力を抜く。当然、剣は落ちる。錘は無くなる、体は軽く、身を打つ風はより強く、詰まる距離はより長く。


「しぶっとい……!」


 速度を上げたイレーナに、僅かにたじろぐ。しかし、それも一瞬。使える球の残り、相手が自分に来るまでに、どれだけ矢を放つことが出来るか、相手はどんな攻撃をしてくるか、それらを冷静に予測し、最善の行動を考える。


(よし……行ける)



(あとちょっと、行けるか!?)


 イレーナとスルタナの距離は残り四メッセと言う所まで迫っていた。イレーナは自らに残る魔力を確認し、あと一振り、一振りならば放てると確信する。


[炎から……生み出されし……小さき……ヒュー……者よ]


 詠唱を始める。すでに呼吸は乱れに乱れ、心臓は早鐘を打ち、舌は上手く回らない。だが、大切なのはあくまでイメージ。どのような状況でも、その細部をもはっきりと思い浮かべれるほどのイメージ。自ら体から湧き出る、僅かな魔力を、最低限の魔力量を見極められるほどの"イメージ力"、周囲に"薄幸の大天才"と言わしめた、イレーナの本領であった。


[我が手に集いて……剣となれ"火片の……剣ぃ"!]


 腕から延びるは魔にて創られし炎剣。剣は細く、もはや針と言うべき程の細さ。しかし長い、その長さはいつもの倍以上、今まさに空いている四メッセをも超える長剣であった。


「届けぇ!」


 左肩から、右の胴までにかけての袈裟切り。剣の軌道に合わせ、スルタナが剣を防ごうとしているが分かる。


「やらせるかぁ!!」

 

 だが、イレーナには確信があった。自分が創った魔創剣を防げるような物は持っていないと。そのイレーナの確信は間違いではなかった。スルタナは防げるような物は持っていなかった。そう、防げるような"物は"だ。


 先ほどから、イレーナを囲んでいた球、それは何処から生まれたものか? それは――


 腕に纏っていた、重力の帯からでは無かっただろうか?


 剣が帯に乗せられる、左腕を中心に螺旋状に浮く帯が、魔創剣を絡め取る。そして、剣は弾かれ、燃え尽きる。


「なっ!?」


 スルタナの眼前、魔石のついた小手が迫る。イレーナは、魔創剣を振った後も疾っていたのだ。魔創剣が崩れぬよう、剣の刀身に手を滑らせながらひたすらに"疾っていた"


「うぐぶっ!!」


 スルタナの顔面に拳がめり込んでいく。鼻の骨が砕き、前歯がへし折り、尚めり込む。疾った勢い全てが乗った一撃、スルタナの意識は一瞬で消し飛び、反動で魔石にヒビが入る。


「ヒュー……ハァー……か、勝った……」


[風の民よ……]


 魔力は殆ど尽き果て、息は上がり、全身が痛む。疲労困憊、精疲力尽、満身創痍……とまではいかないが、イレーナは、この時それほどまでにボロボロであった。幼少のころから聞きなれたはずの声を見逃すほどに。



午前十一時五十九分―side change→

 

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