第二十九話:諦めぬ心の後覚醒。執念の先にあるのは――
◇◆◇◆◇◆◇side ディーガン◇◆◇◆◇◆◇
午前十一時三十六分。中央区十七番街裏路地。ディーガン毒づき中。
そこにあったのは鈍色の物体、無骨なフォルム、つい先ほど見た物。ネサンの付けていたプロテクターであった。到底投げれる重さではない、そもそも石を投げたとて、何の効果も無い。それは分かっていても、ディーガンは落胆の色を隠せない。
(こんなのを拾ってもどうしようもねぇ……!くそぉ……如何して俺は"拳闘士"じゃねぇんだ!)
多くの異能者は、その名に関する、二つ以上の異能を持っている。それを聞き、幼い頃のディーガンは真っ先に、"拳闘士"と言う言葉が浮かんだ。結果は、現状から分かる通り、反応無しであったが。当時のディーガンは、自分の考えが外れたことに、泣きじゃくり、シュヴェルトに怒鳴られ、より一層泣いた。
いつの間にか、幼少の記憶に浸っていたディーガンが我に返ると、自分が腕にプロテクターを付けようとしてるのに気付く。
(はっ! 惨めだな。ありもしない可能性に縋り付きやがって。もういいだろ、動きを止めろ)
己自身の行動を、嘲笑い、卑下し、吐き捨てる様に思う。それでも尚、腕は装備する手を止めようとはしない、諦めようとしない。
心が疲れ、諦め、全てを投げ出そうと思うおうとも、その体は決していう事を聞かない。それ自身に意志がある様に。
(良い加減に――!)
戦いの女神は、諦めない者に微笑む。などと、都合のいい事を言ったりはしない。だが、諦めたものには何も微笑まない。或いは勝利、或いは名誉、或いは誇り。なんでもいい、つまりは――何かを求め続けたものにしか、何も与えられない。
≪異能発現条件成立"拳闘士"≫
(これは!?)
まだ自分が幼かった頃、その手に剣を携えた時に現れた、頭に流れる謎の声。
≪異能を解放しますか? 是/非≫
その声に、心が再び活力を取り戻す。自嘲は己を叱咤する罵倒に変わり、諦めは負けたくない思いへと変わって行く。
(ったく都合がいい。捨て鉢になってたくせによぉ……! 惨め? 無様? それがなんだ!)
≪発動承認! 是だ! 是!≫
≪この異能を発現する事により、貴方に制限が掛か…≫
≪是! 是! 是!! 制限なんか知るかぁ!≫
≪了承。異能"拳闘士"発現します。能力発動"後援の選定"。同時に、――――を発動しますか? 是/非≫
頭に流れる二つの、能力一つで異能の発現の理由を理解し、もう一つは――
≪願ってもねぇ! 是、だ!≫
叩き付けられ、意識が朦朧としていたイレーナの頭に、今までに聞いたことのない、声が流れる。
≪"拳闘士"の後援となりますか? 是/非≫
(なんだ?……これは。 拳闘士? 剣闘士じゃなく? だが……これ以上状況が悪くなることは無いだろう、なら……≪是≫だ)
瞬間。自信の力に今までにない、力に満ち溢れるのを感じる。そう、それはまさに"生命力"とでも言うべき、雄々しい力。沸き上がる力に、高揚する頭を冷やすように、頭に再び声が流れる。
≪制限"対戦者への攻撃の禁止"≫
(何!? それじゃあこの力は、何の意味が!)
≪対戦カード"拳闘士対魔体士"≫
(魔体士? という事は、付術士――スルタナなら……!)
目を見開く、全身に行きわたった力は、行き場を求め、イレーナに"戦え"と訴え続ける。水を差された高揚感が再びもたげ、その視線が、スルタナをに合わせられる。
「しぶといわね!」
うんざりと言った様子で、スルタナが引き金を引く。風切り音を鳴らしながら、矢がイレーナへと迫る。イレーナは冷めた目で、矢を見詰め。体を僅かに横に動半歩動かす、その半歩で矢は虚しく風切音を響かせながら、イレーナの後方へと飛んでいく。
「私は、今までこんな遅いものに、足止めされていたのか? はっ!余りに愚鈍、余りに怠惰、愚図にも程がある!」
高揚感のままに吠え、自嘲するように、スルタナを侮辱。イレーナの目は闘志に燃え、自身でも気付かぬほどの自身に満ち溢れていた。
「良く吠えるものね……!ネサン!時間を稼いで!」
「良いのかぁ?」
「早く!」
「りょうかぁい……」
あっちの坊主を放っといて? ネサンはそう言おうとしたのだが、スルタナの声に遮られる。ネサンは、慣れた物なのか、気にすることなく、イレーナへ駆ける。それが自信最大の失敗となるとは知らず。
「ここでぇ眠ってもらうぞぉ……!」
走りながら繰り出す、大気の壁を砕くような突き。だが、
「遅いっ!」
今までは圧倒されていた、ネサンの動きを呆気なく見切り、速度を殆ど落とさず、スルタナへと迫る。
「ちっ! しょがないわね!」
スルタナは弩を持ち替え、イレーナへと照準を合わせる。
カシュン!――弦が弾ける音が鳴り、矢が発射される。
「無駄な事を!」
一本目と同じく、横に半歩動き、躱す。矢がイレーナの横を通り過ぎる、その時。イレーナは僅かに熱を感じる。不自然な熱、その正体はイレーナ自身の体を持ってすぐに理解させられる。
イレーナの横を、通り過ぎるはずだった矢は、僅かな音と共に、超小規模の爆発を起こした。
「ちぃ!」
規模は大したことのない為、負傷こそないものの。爆発の衝撃波で体勢が崩れ、若干の足止めを余儀なくされる。
(どうやって爆発させてるのかは知らないが、鬱陶しい……!)
「こっちは、国の誇り、期待、威信。背負ってるのよ! 記念なんて気持ちで、挑んでくる奴らには負けないわ!」
戦う前の一言に、内心かなり腹が立っていたのだろう。声を荒げ、スルタナが吠える。
これが本当に"記念に"などと言う輩ならば、ここで終わって居ただろう。だが、イレーナ達は――イレーナは違う、何としても勝たねばならなかった。相棒の願いを叶えるために、相棒を故郷に返すために、相棒と離別するために。
力に当てられ、高揚していた頭が一気に冷える。
(こちらとて――負けられない……!)
「黙ってないで、何とか言い返してみなさいよ!」
怒気と爆発が込められた矢が、再びイレーナへと牙をむく。
負けれない、その気持ちはあるものの。矢は的確にイレーナの行動を阻害する。矢が爆発すると分かった以上、下手に躱すのは危険、何時さ大規模の爆発の矢が混ぜられてるともわからない。となると矢を大仰に避けざるを得ない。そうなると自然、スルタナへ向かう道筋は、どんどん大回りに、遠回りになって行く。
気持ちは逸れど、距離は詰まらず。苛々は募り、行き場のない力が、再びイレーナの頭へ"戦え"と訴えかける。
(もういい、爆発など気にするものかっ!!)
一見、力に酔わされ、無謀に突っ込んだように見えるこの行動。確かにこの判断の半分は、力に酔わされたものだったが、イレーナの冷静な部分は、不信感を覚えていた、ネサンが行動している気配が無い事を。しかし、ここで目を放せば、格好の的。幾ら強化された体とは言え、見ていないものを避けるのは至難の業、牛を振り返るなど論外である。
「すぅぅぅ……ふっ!」
決心したイレーナは、空気を肺に入るだけ入れ、吹き矢を吹くように短く息を吹く。吹かれた息の音を合図に、全身の筋肉が躍動させ、再び愚直に、スルタナへと駆ける。
「そう言うのを無謀っていうのよ!」
弩に番えられた矢は、一瞬も弩で怠惰に待つことなく、その身を敵へと向かわせる。
矢を避ける軌道は、さらにぶれが少なく。矢を透過するが如き、前進。矢が在れども、矢はそこにはあらず。矢が爆発し、その身が吹き飛ぼうとも、剣を地に刺し、即座に前へ! 前進の連続、折れること無き直進、ぶれない眼差し。
――執念。この場面、絵画を書くとすれば、まさにそれを書いたものだと言える。己が砕けようとも、あいつは止まらない、そう思わせるほどの威圧感。
矢の番える速度は、次第に速くなり。スルタナの手は、弦で傷つき。弦は次第に深紅に染まる。矢の爆発も、いつの間にか止んでいる、となれば後の距離など、今のイレーナならば、恋人の語らう距離よりも、尚短い。
「はぁ!」
駆けて勢いそのままに剣が振り下ろされる。ガキィ!!――寸での所で、剣は弩によって防がれる。
「えっ!?」
防がれた瞬間、イレーナは片手を柄から放し、半身をスルタナに寄せる。それだけ近付けば、そこはもうありとあらゆる攻撃が届く"紛争地帯".イレーナが狙うは、人間のあらゆる動きに関すると言っても過言ではない"足"。格闘に関しては素人同然のイレーナには、拳による攻撃は必殺となりえない、ならば腕の数倍の筋力を持つと言われる、自らの左足で、スルタナの右足を狙う。
「ヒュッ!!」
溜めた息。その最後の一欠けらを吐きだし、渾身のローキック。 大気を裂き、風の唸りを上げ、その蹴りはスルタナの足へと迫る!
パシィ!――スルタナの脚、その直前、無骨な大男の手によって、その蹴りは呆気なく防がれる。
「遅いわよ。ネサン」
「悪いねぇ……!」
目の前の出来事に、呆然とするイレーナを襲う浮遊感。体が、勢いよく上に振りかぶられている事が分かる前に。
「あがぁ!!」
地面へと叩き付けられる。
「あっがぁ……は、放せぇぇー!!」
ネサンの拘束を剥がす一心で、自由な左足を振り下ろす。ガキィ!――されど、ガラスにひびが入るような音が辺りに響き、足は透明な壁に阻まれる。"対戦者への攻撃の禁止"その制限の効果であった。
「なんだかよく分らねぇがぁ……!」
その光景に困惑しつつ。ネサンは、右手に掴むものを。
「がぁ! あぐぅ! ぐぅ……!」
一度、二度、三度と地面に叩き付ける。一番最初とは違い、受け身を取ものの。ダメージが無くなる訳ではない。衝撃で、幾つか内臓に傷ついたのか、喉へ、鉄臭い液体がせり上がってくる。
「ネサン! そんな事しなくても、指輪を壊せばいいのよ!」
「おおっとぉ……そうだったなぁ……この姉ちゃんにはぁ悪いことをしたなぁ……」
本当に忘れていたのだろう、ネサンは申し訳なさそうな顔をしながら、イレーナの右手へと手を伸ばす。
「おい大男ぉ! 他に忘れてる事ぉ! あるんじゃあねぇのかぁ!?」
広場に、完全に沈黙したと思われていた男の声が響く。それは後半になるにつれ、近く大きくなっていく。
「なんでぇがぁ!!」
故にネサンが声を発するときに、その声の主が傍らにいるのも必然。声の方向をむこうとした、顔に鈍色の拳が突き刺さるのも必然。
「喰らえ――"疾風の駿馬"!!」
どうも、生意気ナポレオンです。
すいません。もう一話続きます。
本当は、今回で終わる予定だったんですが……文を纏めるのって難しいです。