第三話:覚悟と知識
「加盟する条件は一つ、犯罪歴が無い事、身分の有無は問われない。だっが……ギルドの目的は、ただ国民の依頼を解決し、その一部を税収とするだけじゃない、実際の目的は兵隊の育成。兵士の育成っていうのには時間と金がかかる、しかも訓練と実戦じゃあ大違い。しかし、しかしだ、このギルドの仕組みを利用すれば、金が掛かるどころか儲かり、兵士は実戦で鍛えられた経験と実力を秘めた良い兵士が出来上がる、おまけに民衆からの支持は上がる。ギルドの奴を兵士にするには、依頼料を払って"戦争に参加しろそう"依頼"するだけで良い。いやー良い仕組みだなぁ、ギルドって奴は。まぁ依頼料は掛かるが、兵士一人鍛え上げる金に比べたら微々たるもの。つまりだ、長々と説明したが、要するに"ギルドで依頼をこなし、実力を付ければ、魔界へ出兵と言う形で行くことは可能"と言う話な訳だ」
一息に俺は言う。こういう話は勢いが大事だ、一度でも言い淀んだら、そこを付け込まれる。
「……話してないことがあるだろう、そこまで分っているのじゃったら、ギルドの兵士育成方法の欠点も分っておるはずじゃ」
「……新人が死にやすい。当然だ、禄に訓練もしてないやつが実戦に出て勝てる訳がない。最初から鍛えてるような奴は大体が兵士になる。だが、まぁ一部追い詰められて、才能が現れる奴もいるから悪い事じゃあない」
チッしまったな。言った先から言い淀んだ。こうなると当然。
「追い詰めたらどうにかなるかも? その様な甘い目論見でここから出すわけにはいかん」
だよな、俺もそう思う。追い詰められたらどうにかなるなど、戯言も良い所だ。窮鼠猫を噛む、なんて言葉があるが、不用意な行動をとらなければ猫に会う事も無い、窮することは無い。となれば、生きていけるのに此処から出るなど、馬鹿のする事かも知れない。
「……どうしてもか?」
最悪、誰にも言わずに出ようとは思うが、それでも、抜け出すと言うのは余り気分の良い物ではない、と言うか、ここまで厄介になって抜け出すなど恩知らずもいいところだ。
「しっかりと理由を話せい、理由なしにこの里を抜けようと思わぬ事じゃ」
理由……か。そりゃ聞かれるよなぁ、嘘を吐くのも簡単だが……それは余りに不誠実というものだ。
「こう言うと恥ずかしいから嫌だったんだけどな……ホームシック。ホームシックって奴だよ、長老」
「ホームシック?」
「そう、いきなり兵士に……いや、盾になれなんて言われてさ、生まれ故郷から無理やり戦場に連れてこられ、糞妖精からは人間もろとも殺されかける。もううんざりなんだよ。帰りたい、ここが嫌ってわけじゃない、故郷に帰れる可能性が無いなら諦める、だが、俺は幸運な事にも、わずかとはいえ、帰れる可能性が残ってる。だったら……俺は帰らないといけない。故郷の親父達は、俺をもう死んだと思ってるんだ、そんな親父達を俺の姿を見させてびっくりさせてやりたい、びっくりさせた後、お袋のあの温かい野菜のスープを飲んで、お袋が寝たらこっそり親父と杯を傾けあう、そうやって……またあの平穏で幸せだった日々に戻りたい……そう考えてしまうんだよ、俺は」
先程とは違う、感情に突き動かされだらだらと長くなる言葉。故郷に帰りたい気持ちなんて、"帰りたい"その気持ちだけで良いだろうに。
「……そんなこと言われたら、通さぬわけにも行かぬではないか」
「本音だから、しょうがないだろ」
「お主の覚悟は伝わった……だが、条件がある」
「ああ、実力を付けてからっていう事だろ」
それ位は分かる。良くある話だ、まぁもう一つ、儂を倒してからいけ! と言うパターンもあったが、それはそれだ。
「……え? 何? シリアスな雰囲気だったじゃろう!? もう少しもったいぶらせんか! 此処でのお主のセリフは「条件……?」とかじゃろう!」
長老が五月蠅い。そのシリアスな雰囲気が、あんたの所為でぶち壊しだよ。
「長老。いくら吸身した人間になれるからって、俺は元スライムだぞ? 直ぐに此処を出てギルドに入ろう! なんて思っちゃいないさ」
そんな事を考えれるのは、よっぽどの馬鹿か、よっぽどの勘違いした自信家だ。
「お主の言い方では今すぐ出るみたいな言い方じゃったではないか!」
「そっちが、勝手に勘違いしただけだ」
俺、一言も今から出ていくなんて言って無いし。
「そう言う雰囲気じゃった!」
「雰囲気、雰囲気って……雰囲気でなにもかも、決まる訳じゃないだぞ? 長老」
「それはそうじゃろうけどな……」
と、ぶつぶつ小言を言い始める長老。勿論、右から左だ。
「だから、言霊の基本的な使い方を教えてくれよ。それさえ教えてくれれば、あとは自力で何とかするから」
「完っ全に、話を聞いておらんなお主! "だから"じゃ、全く儂の話の接続詞として、あって無いからの!?」
「分ったから、話がさっきから一個も進んでないから、ちゃっちゃっと進めようぜ」
「……お主、なんで儂がこんなに反対したのか理由が分かるか?」
うわっ、本当に突然進めた。言っといて何だが不自然すぎる。
「そりゃあ……同族が死ぬのが嫌だからとか……ああ、万が一、俺達の能力が知られたら不味いからか」
「違うわい。儂も同じように魔界に戻ろうとしたからじゃよ」
「へ?」
それなのに、ここにいるという事は……そう言う事だろうな。
「儂もここが故郷では無くてな、実は、故郷から逃げてきたのじゃよ・知り合いがいたこの里へ」
いた……ね。まぁ俺はここでそこに突っ込むような、へまはしない。だが……
「逃げて?」
そこは気になる。故郷から逃げるなど、スライム族にしたらよっぽどの事だ。
「ああ、双子とも言うべき奴と離別してな。どうしても故郷に帰れなくなったのじゃ。だが、しばらくして仲直り……とまではいかなくとも、話をしたくてな? こっちでお前と同じようにギルドに入り、兵士になるところまではいったのじゃが……」
「じゃが?」
「スライムだとばれてしまってな、そこからは来る日も来る日も今まで仲間だったギルドの奴らに追われ、しかも、なまじっか顔が売れてたものじゃから、変化が使えるのもばれていてな」
ぞっとしないな。仲間だった奴らに追いかけれる、馴染親しんだ顔からの、憎悪の目。想像したくもない。だが、一つ言いたい事がある。
「変化がばれた時点で人間じゃねえってばれてるだろ」
「変装術っていって誤魔化したのじゃよ。一番最後の追手は……長年連れ添ってきた相棒じゃったよ……闘いこそしなかったが……未だにあ奴の言葉は夢に出てくるわい」
「……なんて言われたんだ?」
「さての、言われたのは覚えておるのじゃが、内容まではのう」
「そうか、そりゃ残念だ」
言いたくないのだろう、それぐらいは分かる。にしても、思ってはいたが、思ったよりも人間生活はきつそうだ。
「さて、退屈な老人の長話を聞いてくれた者にはお礼をせねばのう」
「お礼?」
「言霊のいろはと人間社会、その他諸々、お主にしっかりと教えてやろう」
ここぞと言う、したり顔で言われるとかなり腹が立つな。だがまぁ……
「……お願いします」
教えくれる人には、敬意を払う。これは常識だ、それがたとえどんな人物であろうとも。
「それじゃあ、早速、今日は魔術について……」
魔術! それについてなら、余裕で思い出せる! 魔術の行使、それは俺達にとっては夢と言っていい所業。それは、なぜか! 存分に語らせてもらう……!
「魔術の知識ならばっちりだ! "魔術"とは、ほとんどの生物に備わっている臓器"魔臓"より生み出される、"魔力"と呼ばれる力を用いて行使される術。属性と呼ばれるものがあり、基本的には火・水・土・風・雷・光・闇・無の八種類! それぞれに特徴があり、それら属性の魔術以外にも"秘術"と呼ばれるものが存在、そのほとんどが秘匿されている。数少ない広まっている秘術は、水と光の混合魔術の"救世"の魔術を、人間側の教会が公開している。また、人間と魔族どちらにも、魔臓を生まれ持って来ない子供が生まれる場合がある、そういう者達は"異能者"と呼ばれ、年の取り方が変則的になり、寿命が著しく伸びる! はぁ……はぁ……だろ!?」
「う……うむ、そうじゃのう」
俺の余りに勢いのある説明に、圧倒されているのだろう。長老の声には僅かに震えている。
「俺達(スライム族)は、魔臓を持っている殆どの種族から見事に漏れてるからな……いや~人間になって魔術が使えるようになるかと思うと、もう嬉しくてって……どうした、長老?」
長老は声どころか、全身を震わせている。どうしたのだろうか?
「……そう、儂が魔術を真っ先に説明しようと思ったのは、そうなると思ったからなのじゃよ」
「……?どういう事だ?」
言いながらも頭を過る、不吉な可能性。その可能性は、長老の言葉により、可能性では無く、事実として突き付けられる。
「実はのう……儂ら。魔臓があっても殆ど魔術が出来ぬのじゃ」
「……そんなのって……ないだろっ……!」
神は見捨てたもうた! 神は見捨てたもうた! なんでだよ! 神はそんなに我等の事が嫌いか!? がっくりと肩を落とす俺に、長老が気遣ったように、"満面の笑み"で肩に手を掛ける
「だ、大丈夫じゃ! くくっ……無属性の魔術なら……使えっ……くくくくくく、ひゃひゃひゃひゃ!! 無理! もう無理じゃ! あれだけ、説明して、使えないって知った時のお主の顔っ! 傑作じゃったわい!」
落ち着け。落ち着くんだ、ルフト=ゼーレ。最後の最後に教えるより、よっぽど性格が良いじゃないか。そう、いくら目の前でワラワレヨウトモ……
「ジジイィィィ!!」
いや、無理だわ。これだけ笑われたら。性格悪いわこの爺。
「おっ落ち着くのじゃ! 話せば! 話せばわかる!」
「てめぇ……! 人の純真な憧れを笑いやがって……!」
「や、喧しいわ! 儂の威厳を踏みにじる言動ばかり取りよって!」
「てめぇの威厳など、すでに地に堕ちてるじゃねぇか! 生まれた時からずっと!」
「だったらお主に純真な気持ちなど、お主の両親がである前からずっとじゃわい!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「無属性の魔術なら、儂らでも扱う事は可能じゃ」
「無属性って……魔力の燃費が一番悪い属性じゃねーか……」
あれから三十分後。俺達は不毛な口論……もとい、口げんかを終え、再び魔術の説明に戻っていた。
「まぁ"魔法"なら別かも知れんかのう……」
「"魔法"って、完全な夢物語じゃん……」
"魔法"とは古代人が使ってたと言われる、魔法の元祖、超上位互換みたいなもの。今"魔法"が使える者はいないが、"法具"と呼ばれる道具を使って魔法を行使することは出来る。と言ってもどんな法具でも取引は超高額の上、その法具の使い方や安全性とかを調べるのに小さいものでも半年、武器なら三年、大掛かりなものなら十年以上はざらだ。
その極めつけが"門"と言われる、超大型設置式転送法具の通称だ。魔界に六つ、人界に五つあり、使い方は一定量の魔力を充填後に座標を指定、すると指定した座標に"門"が現れ、距離を一気に縮められる。これのお陰で、境の大山脈を越えれるようになり、これの所為で人魔大戦が起こった訳だ。まぁ、昔こそ、いきなり敵の本拠地に転送とかも出来たんだが、今は主な国には結界が張られ、出来なくなっているそうだ。
「しかし、魔術は夢ですら無いではないか」
「それは言うなよな……」
なんだかんだあったが、俺の魔術への未練はたらたらだ。魔術……使ってみたいなぁ……
「ええい!魔術が使えんかったぐらいで情けない」
「そんな事言ってもよ~」
「全く、シャッキッとせんか!」
声と共に振るわれた平手は、進路上にある俺の体を無慈悲に打ち付ける。俺の体に走る激痛。それがこの日の俺の記憶の最後だった。