第二十六話:首席の後襲撃,名乗りは中断される?
◇◆◇◆◇◆◇side ディーガン◇◆◇◆◇◆◇
午前九時四十二分。南西区十四番街にて。ディーガン会話中。
<こ、これは…!シュ、シュヴェルト選手が何処からか撃たれましたー!!>
「なっ…!」
「ディーガン、気持ち話分かるが落ち着け.大丈夫だ、近くにはルフ…」
<げほっ!ごほっ!おへぇ!す、凄い煙です!周囲が全く見えません。いったげほっ!いごふっ!。ちょ、ちょっと失礼いたします>
実況のその言葉が流れた後、見慣れた宣伝広告が流れ始める。
「見ろ、十中八九あいつの煙玉だ。シュヴェルト殿は大丈夫だろう」
「す、すいません…」
ヴェルデンから逃げた後、ディーガンとイレーナは不用意にうろつかず、変装をし色んな店の客に紛れ込むことで、他の代表に出会わないようにしていた。
「いやいい。それで…如何する?ディーガン」
そう言うイレーナの顔は、もうどうするか決めてあるようだった。
「現状維持です…このまま隠れつつ、ゆっくりと中央に移動、集合場所に着いてからその後を決めます」
(今から慌てて北西区へ向っても、間違いなく間に合わない。その上、この放送の後いきなり北西区へ向かったとなれば、当然怪しまれ、他の代表に狙われる。そして、恐らく今最も近くに居るのは…)
「ラディーア代表が近くに居ますからね…」
「ああ、四人の副将を同時に倒せるよう奴らと戦ったら、お前はともかく、私がやられるからな。ほら、この通り」
イレーナが自らが付けている小手を見せる、片方はやんわりと光っているものの、もう片方が一切光っていない。
「片方は魔力が切れ、もう片方も半分は使ってる。まぁ万全な状態でも、逃げるのが精いっぱいだろうが」
自嘲するように言い放つ。持病さえなければ…そんな、心の声が聞こえた気がした。
「…どうやって、倒したと思います?」
「チューリの得意な属性は、風と闇だったからな。恐らく、風の魔術で指輪を切り落としたのだろう」
「切り落としたって…この小っちゃい指輪をですか?」
手の甲を見せ、右手の薬指に付けられた指輪を見せる。ガラス玉を付けた安っぽい指輪、ガラス玉を切り落としたならともかく、指輪を切り落としたというのをディーガンが信じられないのも無理はない。
「信じられないって顔だな、まぁ無理もない。だがな、チューリが首席に選ばれた一番大きな理由はだな、"魔術操作の正確さ"だったんだよ」
「それにしたって…」
「………そうだな、あの学校の首席がどういうものなのか、端的に教えてやろう」
「それは、ありがたいですが…どうやって?」
「"私が魔創士になれた"それが首席の異常性だ」
「言ってる意味が…あっ!」
「そう言う事だ。私の持病の事はいつだったかは忘れたが教えただろう?。創成魔術は燃費が悪い…つまりは魔術を使用する際に無駄が多いという事だ。しかし、私の魔力量はおよそ五歳ほど」
「魔力操作が異常な程上手い…!」
「そう言う事…"魔力操作の精密さ"これが私が首席に選ばれた理由だな」
「精密さ…と言うか首席だったんですか」
「いや、正確には首席じゃないな。私が首席に選ばれそうになった時、学校側でも大議論をまねいてな、結局取り下げられたんだよ」
「成程…」
「当時は、"薄幸の大天才"などと、そのまんまな二つ名を付けられたものだ。まっあまりいい思い出ではない。さて、少し長居しすぎたな、そろそろ移動しよう」
「了解」
午前九時五十分―side change→
◇◆◇◆◇◆◇side enemy◇◆◇◆◇◆◇
午前九時四十二分。北西区二十二番街。煙の中に入る者達。
男の予定では、油断したところ一撃、怯んだところで足を射る、逃げられなくなった所で指輪をとる、もしくは破壊する。
「くそっ…何だこの煙はよぉ…!」
周囲は煙に包まれ、隣にいる野次馬の顔も見えない程。野次馬に紛れというアイデアは悪くなかったが、煙に包まれちょっとした混乱に陥っている今では完全に逆効果。身動きが取れない。
顔がばれずに済んでると言うのを考えれば、利点の方が大きかったといれるのであろうが、男は全てが上手く行かなければ納得がいかない性格、いわゆる完璧主義者だった。
全く、あいつのちんけな策とやらに乗ったのがそもそもの間違いだった。最初から二人で一斉に掛かりゃ今頃…などと男が愚痴愚痴と、少し先で倒れてるのであろう、相棒に責任を押し付けていた男の耳に、真面目で硬質な雰囲気を持つ声が届く。
「くっ凄い煙だな」
「この視界は危険です、一端大通りへ出ましょう」
同じく真面目そうだが、こちらはどちらかと言うと穏やかな雰囲気を持つ声であった。
その二つの声に、男の顔が歪んだ笑みを浮かべる。男は少しは落ち着いてきた野次馬達を押しのけ、静かに、ゆっくりと、しかし素早く、未だ声がする近付いて行く。
煙が晴れた時、男と二つの声の主の姿はそこにはなかった。などと気付くものは当然…いなかった。
午前九時五十分―side change→
◇◆◇◆◇◆◇side ルフト◇◆◇◆◇◆◇
午前十一時十六分。中央区七番街にて。ルフト。
シュヴェルトが撃たれてから、約一時間が経っていた。シュヴェルト傷が塞がり、二人は薄暗い裏路地にて壁にもたれ掛かっていた。
「シュヴェルトさん大丈夫ですか?」
「ああ、もう行ける」
「外は良いとして…中は?」
「四割って所だな、もう少しゆっくり治したい所だが…そうもいかない」
「分かりました。ああ、一つ言っておきたい事があるんですけど」
「なんだ?」
「シュヴェルトさんが危なくなったら、全力で庇う気でいるんで、そのつもりでお願いします」
「ふん…そこは「危なくなっても、かばわないんで」じゃないなのか?」
「そう言う奴こそ庇ったりするんですよねつぅ!?」
突如、ルフトの右手に穴が空く、ルフトが慌てた様子で右手を見てみると、そこに直径二セイン程の穴が開いており、見事に向こう側が見える。傷は熱で焼き塞がっており。傷口がケロイド状に盛り上がっている。
「おい!何ボーっと傷口を見てる!逃げるぞ!」
シュヴェルトの言葉に慌てて体勢を立て直し、攻撃を受けた反対側の大通りへと駆けるルフト
「その穴をあけたのは恐らく光の魔術だ!光の魔術は真直ぐにしか攻撃出来ない!ジグザグに動け!」
「了解!っと!」
再び右手を襲う光が小指を掠る、何処から来てるから探ろうと後ろを見るが、人影は見えない。
(真直ぐに跳ぶんじゃないのか…?)
「一体どうなってやがる…!」
「多分、相手は二人組だ。片方が光を収束させて光線を、もう片方がその光を屈折させて、攻撃してるんだろう!」
「うわっ!髪が焼ける!くそっ器用な真似してるなぁ!」
「実際こんな芸当っと!たった一年で身に着けるのは厳しいっ痛!」
「大丈夫ですか!?」
「ああ、足を掠っただけだ」
「それならっ!良いんですけど。話を戻しますけど、要するにっ!相手は光の魔術が得意って事でしょ!?」
「ああっ!そうだ!」
「なら後ろのはっ!ラチュリアの代表って事ですよね!?」
「恐らく!」
後ろからの魔術を避けつつの会話を続ける、両者ともの表情から分かる感情は焦燥。彼らは何処か目的地を持って、動いているようであった。
「魔術が来ない…?[ルフト跳べ!ヤバい気がする!]」
「了解!」
[重蹄脚!][上翔!]
同時に跳び上がった瞬間、路地を埋め尽くすほどの魔術が通り過ぎる。
(屋根の飛び乗ったことで回避はしやすくなったものの…これで面倒臭い事が起きるな)
<現在、中央区七番街にて、代表のルフト選手、副将シュヴェルト選手が屋根の上を疾走しているという話を聞いてやってきました!>
「情報が回るのが早すぎるだろ!」
「言ってる暇はないぞ!広場が見えてきた!」
「分かりました!」
中央区七番街、裏路地の広場、ここはカルトフェルとの一件でルフト達が来た場所である。四十人以上が余裕で集まれる広場、ここでなら真正面から戦う事も可能だ。
「そろそろ、出てきてくれよ!こっちも逃げないからぁー!」
ルフトの声が路地に響く。だが、追ってきてるであろう二人の姿は見えない。
(可笑しいな…ラチュリア代表は例年正々堂々とした戦いを好んだって聞いたんだけどな…と言うかそれなら後ろから攻撃したりしないか.
「っと…杞憂だったか」
暗がりの路地から、足音が響いてき、すぐに二つの人物が見える。一人は堅物そうな美人、もう一人は穏やかな、だが芯の強そうに見えるこれまた美人が現れる。
(これはこれは…失礼だが、実力じゃなくて顔で選ばれたんじゃないのかと思ってしまうな)
「ラチュリア代表、リザーレだ」
「同じく代表のメディアです」
後方から襲撃した人物とは思えない、真正面からの名乗り。表情には苦々しいかったが。その予想外の行動に戸惑ったのであろう、ルフトも動揺した態度で名乗り返そうとする。
「こ、これはどうもご丁寧に俺はゲシャフト代表のを!?」
正面から名乗りを挙げられたことで心に隙が生まれたのだろう、警戒が薄まっていたルフトを衝撃と鋭い痛みが貫いた。目の前に立つ、二人の表情が謝罪の色に染まっ行く。
「ちっ…あそこか!」
「「なっ…!」」
仲間が射られた、その状況においてシュヴェルトは、ルフトへ駆け寄る事より、ルフトを射った人物の追跡を優先させた。戦いと言うこと自体においてはあるいは正しいのかもしれないが、この場においては非人道的な行動としか映らない。そのような行動をとったものであるから、二人の顔は驚愕と憤怒が混ざった複雑な表情を作る。
(ころころ変わってみてて飽きないな。さて、そろそろ治ったし。)
「ゲシャフト代表のルフトです、まぁよろしく…」
「なっ…なんで、そんな平気そうな顔なのだ!貴男は!」
「そ、そうですよ!お腹を貫かれてたんですよ!?」
「うわっそこ聞いちゃいます?面倒臭いのでそこは無視していただけると…」
「出来る訳ないだろ!」「出来る訳ないでしょ!」
「…いやまぁ、聞かれても今から戦う訳ですし?答えないよ」
戦う、その言葉を聞き二人が身構える。だが、直ぐには跳びかかってこない。そこには彼らの主義や誇りと言った者が見え隠れしていた。要するに二対一と言う状況が嫌だったのだ。ここら辺はラチュリアと言う国柄が良く出ていると言える、
「剛塵剣は?」
「来ないでしょ、俺を射った奴の所に行ったでしょうから」
「えっ…それじゃあ…」
「ええ、一対二です。ほらっ、放送局の方々もお待ちかねでしょうから、早く始めましょう、それとも…治療は出来ても戦いは出来ませんか?お嬢様達?」
ラチュリアには"救世士"と呼ばれる、治癒専門の魔術師が多い反面、攻撃をする剣士や魔術師が少ない。その実情を馬鹿にする発言。これには、愛国心も五大国の中で最も強いとされる、ラチュリアにとっては最大の侮辱、怒りを買いやすい発言であった、勿論ルフトは分かってて言っていた。これには相手の怒りを買い、意識をこちらに集中させる目的があった。
<ゲシャフト代表ルフト選手対、ラチュリア代表リザーレ選手とメディア選手の通称"ラチュリアの初花"コンビの一対二での戦いです!しかし、ルフト選手は数のハンデを鼻にも掛けてない様子ー!!>
「舐めるなよ…ルフトとやら…!」「自惚れは罪ですよ…?」
午前十一時二十二分―side change→
◇◆◇◆◇◆◇side イレーナ◇◆◇◆◇◆◇
現在時刻十一時十八分。中央区十六番街にて。イレーナ決断中。
中央区十六番街のとある喫茶店では、この時間はいつも報道関連の番組を流しているのだが、今日ばかりはそうではなかった。
新人王決定戦。毎年この日は、かなりの割安でコーヒーや軽食を振る舞い、この大会を観戦しているのだ。
しかし、ここ一時間ほどは特に動きが起こらず、ただ淡々と今までのハイライトや経過時間など知らせる映像が流れ、喫茶店内もまんねりとした空気を醸し出していたのだが…一つの放送で場が急激に変わる。
<現在、中央区七番街にて、代表のルフト選手、副将シュヴェルト選手が屋根の上を疾走しているという話を聞いてやってきました!>
二人の選手が追われていると言う放送、これを聞き殆どの人物が眠りかけていた瞳を見開き、開映器を注目する。
そう、"殆どが"である、ここにそのほとんどの枠から外れた席があった。
「中央区七番街か…」
「あそこには、俺達の集会場所だった所あります。ルフトさんと親父も覚えてるはずです」
「うむ、私も覚えてる。追われてるとなると、そこで相対する可能性も高いな」
「でしょう?今ここで立ち去るのは目立ちますけど、合流するなら早い方がいい」
「…そうだな。この放送を聞いて、他の代表たちが来ないとも言い切れない」
「それじゃあ…」
と言い財布を掴み、立ち上がろうとした瞬間。それと同時に立ち上がる二人の人物がいた。開映器に注目している人々は気付かなかったが。
一人は弩を背負った、短めの髪の女、もう一人は拳を覆うプロテクターを付けたがたいの良い男だった。女の方の足には禍々しい紋章が僅かに見える。
「イレーナさん、あれって…」
「ああ…だろうな」
お互い同時に立ち上がったものものだから、どちらも罰の悪い表情で互いに見合う。
「お前らも…ゲシャフトのを狙ってんのか?」
(どうします?イレーナさん)
(…正直に言う方がいいだろう)
(だけど、ここでこの人たちと組んで、途中で裏切れば…)
(私もそれは考えたが…途中でと言ったて何処だ?ルフト達が戦ってる中にこいつ等も合流させるのは…)
(それもそうですね)
「いや、俺達はゲシャフトの副将だ」
「…それだけ相談してたら、誰でも分かると思うんやけど…」
「それじゃ…ここで戦う訳にもいかねぇ…表でろや」
「はぁ…仕方ない、イレーナさん、行きましょう」
「なんか…ルフトの方は緊迫した感じなのに、私達は…」
「それは言いっこ無しですよ…」
午前十一時二十二分―side change→
◇◆◇◆◇◆◇side シュヴェルト◇◆◇◆◇◆◇
現在時刻十一時二十分。中央区七番街広場にて。シュヴェルト警戒中。
後ろから追われ続け、やっと到着した広場であっても、シュヴェルトは警戒を怠らなかった。
ルフトが警戒したのは、追って来ていた人物のいる方向、つまりは今でてきた路地の方向である。
対してシュヴェルトの警戒したのは周囲全体。つまりは罠の可能性である。
(追われた先が此方が戦いやすい広場?それは都合がよすぎる。何せ相手がラチュリアの所だけなら地理が分かっていない、それだけで済むが…相手は心残者だ。あの二人を利用してると言う可能性も…)
「そろそろ、出てきてくれよ!こっちも逃げないからぁー!」
そんなシュヴェルトの思いを余所に、ルフトは声を挙げる。これが罠であったなら、罠にかかったと自ら、仕掛けたものに知らせるに等しい行為だ。
(…やっぱり、心残者について話すべきだったか)
実はシュヴェルト、心残者については誰にも話していない。あまりギルドの恥を広めたくないという年上としての面子を考えた思いと、そう言う部分をまだ見せたくないと言う、親に近い思い。この二つの思いがあったからだ。
(まぁ…二十歳超えた奴らには余計なお世話なんだろうが)
「っと…杞憂だったか」
暗がりの路地から、足音が響いてくる。
(野次馬の中から射る様な人物だ、真正面からは来るまい)
二人の人物が出て来た際、"一人は堅物そうな美人、もう一人は穏やかな、だが芯の強そうに見えるこれまた美人が現れる"などとその顔に注目した辺り、ルフトはまだ若いと言える。
枯れている訳ではないのだろうが、シュヴェルトはその顔よりも。まず今回の大会での生命線、"指輪"に注目した。
今大会、良く考えてみればルールが曖昧過ぎる。指輪が取られたら失格、それ位にしか確固たるルールが無いと言っていい。
なれば、指輪を起点に小細工をするのは当然。現にいま、シュヴェルトは指輪に小細工が仕掛けてあるのを発見する。
(―やっぱりな、指輪が呪われてやがる)
指輪に僅かに掛かっている黒い靄、よく注意しなければ分からないほどの小さなものだ。
内容は恐らく、指示を違反した場合にあの指輪が砕けるか何かだろう。
ルールには違反していない、文句は出る可能性はあるが、これが新人同士であった場合なら、これは全く問題は無い。しかし…
(それを今迄何年もやって来たベテランがやってるとなると…話は別だ)
「ラチュリア代表、リザーレだ」
「同じく代表のメディアです」
「こ、これはどうもご丁寧に俺はゲシャフト代表のを!?」
名乗りを返そうとする、ルフトの腹部を見慣れた矢が突き刺さる。
(居た…!左の建物の屋上。しかし、屋上となると行くまでに時間が掛かる…だったら)
「ちっ…あそこか!」
そう叫び、シュヴェルトが走る方向は、左の建物なれど、視線の先にあるのは大通りから除く野次馬の集団。
てんで違う方向から来たと勘違いし、相手に"ばれていない"と思わせる、そうでなくても逃げるか否か、その判断に迷っている隙に詠唱する。そう言う寸法であった。
[天へと翔け上がる道よあれ"上翔"]
風がシュベルトの体を舞い上がらせ、建物の屋上へと運んでいく。
シュヴェルトの視界が屋上を捕えた時、そこにあったのは、慌てて逃げる愚者では無く、かといってすでに逃げていた暗殺者の痕跡でもなく。
["業火弓:追火式火箭"]
ただ淡々と獲物を待っていた狩人の姿だった。
午前十一時二十二分―side change→
―画して、万変の者は二つの初花と向かい合いながら、無傷の物達は生ぬるい空気を味わいながら、老兵には己に向かう火矢を見ながら。それぞれの戦いが幕を開ける―