第二十三話:緊張の後放送,後々恨み
現在時刻午前八時五十五分、会場から目隠しをされ車で運ばれ街の北西区裏通りに来てから五分後。ルフト緊張中。
昨日の作戦会議の結果、重傷組は俺とシュヴェルトさん、救出組はイレーナとディーガンになった。
「あと五分か…」
「どうした?緊張してるのか?」
「ええ、それなりに」
「まっそれなりになら保っておけよ、それ以上緩んでも張りつめても駄目だ」
「適度の緊張って奴ですか…」
「ああ」
何時もと違い、シュヴェルトさんの顔や言動が固い、これがギルド員時代の顔なのだろう。
「良く体をほぐしておけよ、肝心な時に攣ったりしても俺は助けないからな」
「分かりました」
助言に従い、ストレッチで体をほぐし、温める。そして…その時がきた。
<新人王決定戦!開始!>
周囲の設置されている設置型魔騒器からそんな放送がされ、雷の魔術があちこちの上空に放たれ轟音を鳴らす。その音と同時に左足に禍々しい紋章が浮かび上がる。
「ぐぅ…!」「くっ…!」
左足に激痛。浮かび上がった紋章が皮膚に張り付き左足の一切の自由を奪い、少しでも動かそうものなら痛みが走る。こりゃ戦闘なんて無理だぞ…!
「俺が足って事は…」
「ああ、俺は腕だ。っとそんなこと言ってる時間は無いな、それじゃあ健闘を祈る」
「了解。そちらもお気をつけて」
開始直後にシュヴェルトと別れ、俺は東へ、シュヴェルトは南からギルドの前に移動する。
昨日の作戦会議では戦力の分散は危険と言う理由で猛反対されたが…
「変化…"面装"」
この顔を変化させる、面装を見せる事で納得させた。今の俺はいつぞやの美男子、これに左足にギプスをつけ、松葉杖をつきながら移動すればただの怪我人。
これなら、見付かる事無くギルドに行けるだろう。ディーガンとシュヴェルトさんは参戦してるのをばれていないだろうから問題なし、となると問題は…
「イレーナ…頼むぞ」
午前九時一分―side change→
◇◆◇◆◇◆◇イレーナside◇◆◇◆◇◆◇
現在時刻午前九時十分。ディーガンと別れて二分後。イレーナ愚痴り中。
「ちっ…ここからギルドは遠いな…」
ギルドは街の中心部にあるが、今私のいる場所は恐らく街の南西区。普通に歩いて二時間以上、警戒しながら移動したら倍はかかる。
警戒してるとはいえ、あの時会場に居た面子だけならともかく、追加メンバーに見付からずにいられるの不可能に近い…
「やれやれ…こういう時はルフトを羨ましいと思ってしまうな」
だがまぁ愚痴を言っても仕様が…<おーっと、あれは!ゲシャフト代表のイレーナ選手だー!!>
「なっ…!」
そこにはいたのは、大型の浮遊型魔装車に乗る男達の姿だった。まず、映像記録型の封映器を構えた男が一人、声の主であろうマイクを持っている男が一人、そして眼鏡をかけた知的な人物が一人。つまりは、この大会を生放送している放送局の人間だった。
「くっ…静かにしろ!」
<イレーナ選手は今現在中継しているここ、南西区三十番通りに居ます!>
「おい!黙れ!」
<イレーナ選手こちらに何か苦情があるようです>
「その口黙らないとちょっと眠ってもらうことになるぞ!」
<おーっと、これは大胆発言です!ルール上法に触れる事は基本的に失格のはずですが…これの場合は…?>
<無論、危害を加えてない一般人へ危害を加える事は失格の条件となる。注意したまえ、イレーナ選手>
「ちっ…!」
ここでごねても拉致が明かない、こうなったらギルドに急ぐ!
<おや、この放送を聞いて続々と他の代表が集まってきていています!これは序盤から一嵐来ますよぉ!どうですか?解説のヴァルターさん>
<ええ、これはまずいですよ。今の所代表の中で名前が明らかになっているのルフト選手とイレーナ選手だけ。その内の片方の場所が明らかになったんですから…これは殆どの代表が集まるんじゃあないでしょうか>
くっ…今すぐあそこに魔創剣を叩き込みたい…!と言うかヴァルターさんは解説が本業だったのか?
「おっ!居たぁ!」
「ああぁもう!」
目の前に居たのは見覚えのない短剣を構えた右耳が無いガラの悪い男、身に覚えがない…という事は副将か。
[風よ、刃となりて駆け抜けよ"風刃"!]
真直ぐにこちらに向かってくる風の刃を左に跳んで回避する。ここで相手にするのは対策じゃない、逃げるしか…
「見つけましたよ!」
「こんどは誰だ!」
<おおーっと!ここで早速三つ巴の戦いかー!?ゲシャフト代表のイレーナ選手、一番手はバーゲルド副将パスコ選手、二番手はラチュリア副将チェリ選手です>
傷がある方が…パスコ、なんか真面目そうなのがチェリか?
[揺らぎの火よ] [天からの恵みよ!]
[球を模り] [その恵み]
[仇に縋れ!"鬼火"][悪を討つひかくっ…!]
相手が詠唱し終える前に相手に紫色の火を放つ、この炎はしばらくの間追尾し続けるからな、時間が稼げる。
[封ずるは雷、模るは球"飛雷球"!]
「っと…!」
休む間もなく、飛んでくる雷の球体が飛んでくる、左に避ける。馬鹿の一つ覚え…じゃないな、避けた先にパスコが待ち伏せ、短剣をこちらに突きだしていたていた。
「おおっと、遠距離の魔術だからって、術「掌底」しゃぐぅ!「踵落とし」がぐぅ!「止め」うぐぅ!」
「良し。気絶したか」
これで取り敢えず指輪を…「させねぇ!」…面倒臭い!
「くっ、やっと消えましたか、覚悟しなさい!」
はぁ…チェリとか言う女も復帰、右耳無しの仲間が参戦「ここに居ましたか!」…恐らく恰好からしてラチェリアからだな…
「なんで揃いも揃って…」
[天からの恵みよ!]「封ずるは雷」[氾濫せし河川よ…]
「くそっ…!」
<おおっと!危機を脱したと思ったら、直ぐに三人に囲まれてしまったー!!これはどうなんですか?>
<こう言ったら反感を買ってしまうでしょうが、三人とも一人一人の実力は彼女より下ですので、どうにかなる可能性はありますが…正直余り高いとは言えません、これはまずいですね…>
午前九時十四分―side change→
◇◆◇◆◇◆◇ディーガンside◇◆◇◆◇◆◇
現在時刻午前九時十二分、イレーナの放送から三十秒後。ディーガン全力疾走中。
「くそっ…!」
ついさっき別れたらこれか…!全く運が悪い、放送局に見付かったらどうなるかは知ってたが、ここまでとは…!
しかも、ここいらには幾つかメンバーが固まってみたいだ、運が無いにも程があるだろ!
とにかく急げ!止まってる暇はない!坂道を全力で駆け上がる、途中で目を引くような銀髪…銀髪!?
「…っ!」
慌てて通り過ぎた、男の方を向く、銀髪で肩にかかるくらいの長さ、肩はなで肩で華奢なからだつき。
間違いない…!あれは、ヴェルデン!イレーナさんの弟!…左手を全く動かしてない所からも恐らく重傷組、今ならやれるか…?
いや、今はイレーナさんの所へ…!
「そこの君」
誘惑を振り切り、体の向きを再び坂上の方に戻そうとした瞬間、さっきまで見ていた男に呼び止められる。気付かれたか…?
「なんでそんなに焦って坂を上っているんだ?」
気付かれてない…その事に安堵する。だが…怪しまれてはいる、ここを切り抜けられるかどうかでイレーナさんの敗退確率はがらりと変わる…!
「いや、その…イレーナ選手でしたっけ?その人の所で今戦いが起きてるみたいじゃないですか?だから、野次馬に…」
「ふむ、なるほど。僕を不躾な目で見たのは?」
「え…ちょっと言いづらいんですが…」
「早く言え、返答しだいでは…」
そう言ってヴェルデンが身構える、くそ、衆目の面前で…
「ひ、ひぃぃぃ…か、勘弁してください。ただ何となくイレーナ選手に似てるなーって思っただけなんです」
「…ふむ、成程。脅かして悪かった、存分に野次馬してきてくれ」
「はい、では…あれ、体が…」
「お前、ゲシャフトの副将だな?」
「な、何を…言って…」
「なぜ、僕の名前を尋ねなかった」
「そ、そりゃあ、あんな怖い顔されたら僕にはとても…」
「ふん、見え透いた嘘を…まぁいい、もう一つだ」
「な、なんでしょう…」
「君はなぜ、私に呼び止められた時、無視しなかった?」
「いや、誰だって呼び止められたら…」
「ああ、振り返るだろう。だが、その時君は僅かにだが体を身構えた、なぜだ?」
「そ、それは…」
「大丈夫か!ディーガン!「へぶぅ!」」
突如そんな声と共に坂の上から人が流れ星の様に駆け下りて…いや降ってき、ヴェルデンを吹き飛ばす。まぁ実際には流れ星ほど綺麗な物でも無かったが。
「だ、大丈夫です、イレーナさんの方こそ大丈夫でしたか?」
「ああ、何とかな。ほら、ヴェルデンが起きる前に待ち合わせ場所に行くぞ!」
「え、ええ」
午前九時十五分―side change→
◇◆◇◆◇◆◇side enemy◇◆◇◆◇◆◇
現在時刻午前九時二十分。イレーナ、ディーガン合流から五分後。ヴェルデン激怒中。
二十九番通りと呼ばれる長い坂道を下りきり、十字路を右に曲がった路地を二人組が歩いていた、片や儚さを感じる美少年、片やまだ少女と呼ばれるほどの可憐さを感じる美少女であった。
「許さないぞ…あの男…!」
「だけど、ヴェルデン君が先走ったのも悪いと思うよ?」
「五月蠅い…!くそくそくそ…!」
「はぁ…」
「おい、チューリ!念話は!?」
「もうしたよ…だからほらばれちゃうから落ち着いて…」
<おお!これは優勝候補と名高い、ラディーア代表。チューリ選手とヴェルデン選手です!現場は南西区二十八番通りからお送りしております>
「ほらぁ…見つかっちゃったぁ…」
「いい、どうせこの付近にいるのは雑魚ばかりだ、精々八つ当たりさせてもらう…!」
「………」
<おおっと、自信満々の発言です!これはどうなんですかぁ!?>
<流石に優勝候補と呼ばれるだけあって、彼ら二人とも優れた選手です。普通の副将ならば少なくとも二人係じゃないと倒せないでしょう>
「へん!あの女には逃げられちまったが、此奴ぁ幸運!」
「なーにが「八つ当たりさせてもらう」だ…こっちゃああの女に面子台無しにされて、気が立ってんだ!こっちが八つ当たりさせてもらうぜ!」
「チェリ…本当にこの人たちと…?」
「心配しないの、あくまでこの同盟は一時的よ、一時的」
「それならいいんだけ…あれ…体が…」
[風の民よ、刃を持ちて狂乱せよ"風乱刃"!]
一瞬そよ風が吹いたかと思うと、周囲に居た副将たちの指輪が落ちる。その一瞬の出来事に出来事の中心にいる二人組以外の全員が唖然とし、何も言えない。そう、チューリと呼ばれた少女は魔術で指を切り落としたりした訳ではない、むしろ逆、指輪だけを切り落としていた。
「「「「なっなにが…!?」」」」
「おいチューリ、なんで邪魔をした」
「こっちの方が効率がいいでしょ?何時も言ってるでしょ…感情を征してって」
「…ああ、悪かった。少し感情的になってた。」
「よろしい!」
苦々しい顔をしてもなお美しさの残る少年と、その満面の笑みでその可憐さに一層磨きをかける少女。
二人はゆっくりと、そして堂々と大きな路地を群集と共に歩いて行く…
午前九時二十二分―side change→
今回,最後の方にちょろっと三人称で書かせていただいた(三人称になってましたよね(汗))のですが…予想以上に書きやすかったので,次話も三人称で書いちゃうかもしれません.ちょろちょろ文体を変えるのもどうかと思うんですが,まだまだ試行錯誤の途中なのでどうかお許しを!<(_ _)>