第二十一話:回想の後開幕.時々失笑
俺が街に来てから一年がたっていた。
はた迷惑な相棒に出会ったり、いつまでも名前を憶えない受付嬢に会ったり、いわくありげな医者に会ったりと色んなことがあった…ってこれ全部三か月間の出来事だな。
と言う訳で、残りの九か月間の事をぱらっと振り返ってみる事にする。
それじゃあまずは…俺の正体がばれた次の日ぐらいからだな。
◇◆◇◆◇◆◇三月某日◇◆◇◆◇◆◇
この日、俺はギルドで自分がスライム族であるという事と"吸身"については伏せつつ、今までの事をあらかた話した。勿論、故郷に帰る為にギルドに入ったという事も。
「何か質問は?」
「一つ…」
「何だ?イレーナ」
「お前なんでその…"変化"の言霊とやらを使わないんだ?」
「…良いか?イレーナ。普通の人間は体が変化したりはしない」
「可哀相な子を見るような眼でこちらを見るのは辞めろ、それ位は分かっている」
「だったらなんでそんな事聞くんだ?」
「いや、異能やら秘術やら言っていたら、昨日みたいなのはともかく、ある程度なら大丈夫なのではと思ったんだが…やはり浅慮だったか」
「………天才…?」
「おい、それ位の事も考え付かなかったのか」
「全く思いつかなかった…長老からは隠せとか使うなとしか言われなかったからな…まぁこれからは疑われない程度には使うとするか…有り難う、イレーナ」
「感謝してくれるなら隠し事を包み隠さず言って欲しい物だがな、お前の種族とか」
「うぐっ…まぁそれだけは勘弁してくれ…」
「まっ嘘を吐かず、「種族は秘密だ!」などとほざいた事は評価するがな」
「…改めて言われると恥ずかしんで勘弁してください」
「なんだか気持ち悪いほど仲が宜しくなってますね、お二人とも」
「気持ち悪いって…良いじゃねぇか仲良きことは美しきかなって言うだろ?カッツェ」
「それにしても一日だけで此処までとは…」
「実はだな…昨日助けに来た此奴の姿があんまりにかっこよくてだな…」
「嘘はいいです、嘘は」
「………」
「まぁ言いたくなかったら良いんですけど…それより、昨日はなんで知らせてくれなかったんですか?」
「知らせてくれなかった?」
「ああ…カッツェ、昨日は災難だったな」
「ええ、全くです。私にはわざと捕まるなんて知らされてませんでしたよ?」
「うぐっ…わ、悪かったです」
「それじゃあ…お詫びとしてルフトの奢りで美味しいものでも食べに行くか。今日は空いてるか?カッツェ」
「今日は夜間勤務は無いので大丈夫です、それじゃあ何時くらいにしますか?」
「そうだな…八時ぐらいで良いだろ。おい、ルフトは?」
「何時でもいいぞー」
「なんですか?その態度は」
「い、何時でもお嬢様方の御好きな様に…」
そうして、この日は俺の奢りで謝罪会見が行われることとなった。
余談だがこの日、初めて酒を飲んだ日だったんだが…この日から俺の愛用飲料にビールの項目が追加される、今じゃあコーヒーと常に頂上決定戦を行っている。
◇◆◇◆◇◆◇八月初旬◇◆◇◆◇◆◇
「遂に…遂に…買えたー!」
そんな声を上げながら、イレーナは珍しく満面の笑みで俺の部屋にノックもせず入ってきた。だがまぁ…無理もないだろう。
「おっ遂にか…!やったな、イレーナ」
「ああ、ここ最近働き詰めにした甲斐があった…これで私も少しは役に立てる」
まだ気にしてたのかと思わない事も無いが…実際俺が逆の立場だったら同じことを思うのだろう。
「…そうだな、しっかし高いよな…それ、一組で三十万リズだっけか?」
そう言って指さした先に"魔石"と呼ばれる、魔力を溜めることが出来る石が付いた一組の小手があった。この魔石、前までは鎧を全部魔石にしたとしても簡単な魔術五発分が精々だったのが。およそ三か月前に一般公開された新技術により、同じ効力でも今までの数十分の一に大きさを小型化出来る様になった。
「まあな…しかしそれだけの価値はある…この技術がさらに進めば、私のような病気を持つ子供の差別も少しは少なくなるかもしれないな…」
「…そうだな。ところでイレーナ、この前の"長剣術"…ええと…二級の資格試験はどうだったんだ?」
「…あと…一歩だったんだがな…」
「………」
完全に喜びに泥を刺したな…どうしよ。
「まぁまた十月に挑戦するさ…さて、ルフト。今日は私の奢りだ久しぶりにヴァッサーも一緒に飲み明かそう!」
「りょ、了解!」
という事でこの日も飲みに飲んだなー懐かしい。
◇◆◇◆◇◆◇十一月初旬◇◆◇◆◇◆◇
第二資格試験場合格者発表、そう薄紙に書かれた看板が掛けられている掲示板の前に俺達は居た。
「やっっったー!!」
「おっしゃぁぁ!!」
「おいおい、お前ら少し喜び過ぎじゃねのか?一緒にいる俺が恥ずかしいんだが」
「い、いや、前回落ちてるものだからな…つい」
「いやだって"暗器所持"二級の資格試験だぞ!あの取るのが難しい有名な…!」
「分った、分った。俺の診療所に酒があるからそこで喜べ、ほら…落ちた奴だっているんだからよ…」
「「あっ…」」
「やれやれ…」
いやーこの日は嬉しかったな…
◇◆◇◆◇◆◇十二月初旬◇◆◇◆◇◆◇
「やったな、ルフト。こいつに出れるようになったぞ」
こちらに向かってくるイレーナが半ぴらの紙を片手にひらひらされながらそう言ってきた。
「………ギルド対抗新人王決定戦?」
「ああ、五大国とここ…街の六つのギルドからそれぞれ新人の二人組がでるらしいんだが…此処からは私とお前が出るそうだ」
「確かに新人じゃあ断トツだからな俺達」
「ああ…私としてはこれに選ばれるために、がむしゃらに頑張ったところもあるんだがな」
「?どういう事だ」
「ほら、ここを見てみろ」
言いつつ指さされた部分に目をやるとそこにはこう書かれていた。
「自由遊撃兵として魔界へ…!?」
「ああ、これでお前の念願も叶うぞ」
そう言うイレーナの顔は笑みを浮かべているが、その笑みは引き攣っている。…それはそうか、これが本当だとしたらこの大会が俺とイレーナの最後の仕事になる。
「…そうか…やっとだな」
口ではそんな事を言いつつも俺の顔が強張ってるのが分かる、今の俺はイレーナと同じような表情をしているのだろう。
「家族に会えるんだ、もっと喜べ、ルフト」
「ああ…」
そんなしんみりした空気の中、突然ギルドの扉が大きな音をたて、勢いよく開く
「おいお前ら!新人王決定戦に出るんだってな!いやーやっぱり一年前、こいつらなら…と思った俺の目に狂いは無かったわけだ」
「シュヴェルトさん…カルトフェルの一件の時はそんな事言って無かったですよ」
「そうだったか?まぁ昔の事なんてどうでもいい」
「言いだしたのはシュヴェルト殿だと思うのだが…」
「がはは!細けぇ事は言いっこ無しだ!つまりはだ、俺が言いてぇのは」
「目出てぇから酒を飲もうぜ!そういう事でしょ」
「分ってんなぁ!さすがルフトだ!」
「当たり前でしょ!シュヴェルトさん行きつけの店の酒は絶品なんだから」
「はぁ…お前いつか本当に体を壊すぞ…」
「か、加減はするよ。加減は」
「そう言う事だ、ほれ嬢ちゃんも行くぞ!」
「はぁ…まぁ祝い事もあるんだし良いか…」
「そうそう、俺だって二日酔いになるまでは飲んだこと無いんだしさ」
「お前の場合は飲む頻度が問題なんだ!」
そうやって後先を考えず、俺は酒を浴びるように飲んだ。次の日、初めての二日酔いになるぐらいに
◇◆◇◆◇◆◇現実◇◆◇◆◇◆◇
そろそろ、現実を直視しなければいけないだろう、空気が張り詰めた会場、厳かな雰囲気、物音ひとつ立たぬ静寂…
そんな中俺は会場のど真ん中、それぞれのギルド長の上に立つ、ギルド会長なる人の前に立っている。
イレーナと二人、腕を真直ぐに掲げ、体を直立させてだ。そう…つまりはそういう事だ。
「宣誓!」
イレーナ声を張り上げる、俺は次に何を言えば良いのだろうか?と言うか俺はなぜ此処にいるのだろうか?
今は故郷に帰る事も、相棒と分かれることになる事もどうでもいい…とにかくこの場から逃げたい…
(おい、ルフト!我らギルド員一同は!だろ!)
有り難うイレーナ、今までで一番お前の事が頼もしく感じる…だけどな?もう無理なんだよ…頭が真っ白で、喉が震えて、体ががくつき、もうだめ緊張で死ぬ。
「わ、我ら!ギルド員一同は!」
会場の観客たちからは失笑がくすくすと漏れ出す。その羞恥からより一層頭が真っ白に、体は固く、声はか細く、固まって行く…
正式名称"第七十三回ギルド対抗新人王決定戦~年末の覇者~"はこんな失笑の中に幕を開けた。