第二話:吸身者と言霊
「初代吸身者は、今より百五十年程前に誕生したと言われておる、名前はグラフト=シュバンヘル。初代はスライム族の復権の為に死力を尽くしたらしいが、まぁ。現状を見ればわかる通り、達成は出来んかった」
「そりゃあそうだろう。個人の力でそんなことが出来るはずがない」
いくら強くなろうと、スライムはスライム。まぁそうでもなくとも。たった一人の手によって、全体の復権など不可能だろう。
「いや、力と言う意味では間違いなく達成できる力があった……じゃが、運が無かった」
遠い目をし、爺がそう語る。不可能と断定してもいい偉業を達成する力があったと。その目にはどこか確信めいた思いが込められているのを感じる。
「つまり…病死ってことか?」
そんな目をされて「そんな訳は無い」などと言えるはずも無かった。曖昧に、納得した表情を見せ、話の先を聞く。
「うむ、ある時急に体がいう事を聞かなくなり、周囲に危害を加えるようになったと言われておる。自身の暴走を知った初代は自身の核を砕き"核片"とし、刻まれていた五つの言霊を五人の弟子にそれぞれ分け与えたと言われておる」
「五つ?」
「うむ、それぞれ"吸身","変化","圧縮","強化","分裂"と名付けられておる」
「おいおい、ちょっと待ってくれよ。言霊は一つ"吸身"しか伝わってない」
「まぁ話を聞けぃ。この五つの言霊、吸身以外の言霊は、儂らの核じゃ刻むことが出来ないのじゃ」
逸る俺を落ち着かせるように、爺は言う。起きた時とは違い。極めて落ち着き、からかうような雰囲気は無い。
儂らの核では刻めない、という事はつまり。
「……初代の核片でしか他の言霊は刻めないって事か」
「うむ。それともう一つ理由がある」
「なんだ?」
「吸身者の核でなければ、刻む際の負荷に耐え切れず死んでしまうのじゃよ」
「成程……で、ここにはどの言霊の核があるんだ?」
「その事なんじゃがの、此処に来るまでの話を聞いていても思ったが、お主は儂と同じで運が良い」
「どういう事だ?」
「此処には"変化","圧縮"二つの言霊があるのじゃよ」
◇◆◇◆◇◆◇三日後◇◆◇◆◇◆◇
「お主、もう怪我は大丈夫の様じゃな」
「ああ、お陰様でな」
壁に寄りかかる俺を見て、そう爺が声を掛けてくる。 実際には、まだ体中が痛むのは痛むのだが、まぁ俺とて見栄はある。それに、ずっと寝てるのも暇ではある。
「看護をしてくれた者に礼は言ったか?」
「当たり前じゃねぇか。ところで爺、お前が俺をスライムだと見抜いて、看護を頼んだんだってな」
「うむ、その通りじゃ。礼を言うべきじゃな! ほれ言え! さぁ言え! 早く言え!」
「オイ、流れ的に俺が照れながらも感謝の言葉を呟くシーンだっただろ」
お決まりと言う奴が俺はあんまり好きではない。だが、恩には礼を以て返すのは常識。そう思って礼を言おうとしたら……これである。
「ふん、男が照れながらお礼を言うシーンなどに興味はないわい」
そっぽを向きつつ、爺が投げやりに言う。照れ隠しがバレバレだ。こっちが恥ずかしくなるからやめろ。
「……助けてくれてありがとよ爺」
一切照れる事無く、俺は背中に言葉を投げやる。いや、訂正しよう、やっぱり恥ずかしいな、これは。
「うむ、感謝の気持ちは受け取らんから感謝の物を用意せい。ほれ、さっさと核片の場所まで行くぞい」
相変わらずの受け答えをし、爺が動き出す。その足取りはどことなく軽い。
この爺……さては、こういう雰囲気が苦手だな? まぁ俺も苦手だからいいんだけどな。
「ああ、今度そこらの雑草まとめて届けとく。ところで爺、今更なんだが……俺、あの傷でどうしてここまでこれたんだ?」
到底歩ける怪我では無かったはず、まぁ聞かなくても問題ないっちゃあ、問題は無いが、気になるので聞いてみる。
「うん? 言って無かったかのう。お主、吸身を発動したあたりから記憶があいまいじゃろう?」
「そういえば……そうだな」
「そうじゃろうの、これは儂が勝手に推測しているだけなのじゃが、吸身を発動したらその時点で意識を失い、最も近い初代の核片に引き寄せられるのだと儂は考えておる。儂の時もそうじゃったしな」
「成程…ん? と言うか爺もこの近くで吸身したのか?」
「……爺と呼ぶのは止めにせぬか? ここの者達は敬意をもって儂の事を賢者と呼ぶのじゃが?」
「悪いが、俺のあんたに対する第一印象は賢者と正反対のそれだ……まぁ確かに爺はあんまり良い言い言葉づかいではないな。一応年上だし」
「その第一印象には大いに文句があるが…まぁ少しでもましになれば何でもいいわい」
「よし、長老にしよう、そんな見た目してるし」
まぁ老人の姿をしてるってだけだが。
「長老……まぁそれで良しとするかのう」
長老が適当に頷く。もう何でもいいと言った様子だ。そうそう、人間諦めが大事。
そんなくだらない会話をしていると、やがて目の前にいかにもな祠が現れる。どれ位いかにもかと言われると、ちょっと返答に困るが。
「此処が初代の核片が収められておる、"ウエントの祠"じゃ」
見えてきた祠を、指差し長老が言う。滅茶苦茶、砂まみれなんだけど、そんな大事なものならもっと丁重に扱えと言いたい。
「これがねぇ。この扉、開けてもいいのか?」
「うむ、心してあけるのじゃぞ」
「りょーかい。あらよっと」
木で出来た扉を開けた途端、年代を感じさせる、埃っぽい臭いが漂ってくる。絶対、中を掃除してないな、これ・
そう思いつつ、中を見てみると中には、二つの球が二つの小さな台座に鎮座していた。
「軽いわ! お主、それはあれじゃぞ!? なんかこう、伝説の剣を抜く時とかとにかく、重々しく開ける所じゃぞ!?」
長老が怒鳴る。興奮しているために言葉が上手く出てきてないが、要は"雰囲気大事に"そう言いたいのだろう。知るかと言わせてもらいたい。
「はいはい。っていうか長老、これ"核片"っていう割には、俺達の核と見た目同じじゃあ?」
軽く答え。右から左、左からそこら辺へ。説教などを聞き流す際の必須技能だ。小言を言われるのは子供のころから慣れてる。
「……はぁ、それはじゃのう、その核片が弟子たちの核に溶け込んだからと言われておる」
「溶け込んだねぇ……俺達の核って一体なんで出来てるんだろうな」
「そんな事知らぬわ。それよりもほれ、さっさとそこにある、核片に触れい。但「りょうか~い」って、お主!
長い話は端折って、さっさと進みたい。だが俺は忘れていた、こういう話を聞かないやつが大体ひどい目にあうと言う法則を。
「……長老、触っても何も起きないぞ。もう、その"変化"とかいうやつ出来る様になったのか?」
「お主……死んだかも分らんぞ……?」
そう小さな声で語る長老の顔は青ざめている。よく、考えてみれば、一つ刻むだけで、吸身者以外は死ぬような物だ、それに二つ同時に触れ、刻むという事は……
「ほえっ? って……痛っ! あが!? あああがぁぁぁぁぁぁ!!」
激痛。核が原始的で知性的な、矛盾した力で削られていくのを痛覚として感じとる。体が激痛が支配される。しかし、核は歓喜に打ち震え、快感に悶えている。
"何か"が核に侵入し、核の保持者に掛かる負担など微塵も考えもせず、その身を蠢かす。己を縛り付けている鎖を力任せに噛み千切っていく獣、そのようなイメージがルフトの脳裏に映る。
この"何か"は、この為だけに生まれれた存在だ。そんな妙な確信を抱きつつ、俺の意識は無くなった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ふと目を開けると、そこには見知らぬ天井があった、なんて言うと実にありきたり……と言うか、もう二度目だ。
「やっと起きたか!この馬鹿者が!」
「どうしてこうなってんだ?」
「お主が阿呆な事ををやってのけたからじゃ!」
「阿呆?」
「普通"吸身してなかったら死ぬ"なんてものに二つ同時に触れんわ!」
実に正論。ぐうの音も出ない所だが、精々誤魔化してみるか。
「長老!」
「な、なんじゃ、急に」
「そう言うのは早く言っ」
「言う前に触ったのじゃろ! この間抜けがぁ!」
頭に血管を浮かべながら長老が怒鳴る。そりゃそうだ。
「まぁまぁ長老。結果的に無事だったわけだし、世の中結果論だよ、結果論」
結果的には無事ではあったものの、要らぬ怪我を負ったと言うのが適切だが。まぁネガティブな所は、カットだカット。これが、いわゆるポティシブ思考と言う奴だ。
「……はぁ~もう良いわい。お主いくら説教しても無駄みたいじゃからの」
こうやって、屁理屈こねていると、段々怒る気力を相手は無くす。度々、こうやって難を逃れたものだった。母さんには一度も通用しなかったが。
「そう言う事。ところでその……」
言霊が使えるのか。と聞きたいが、ここまで適当抜かしてると、さすがに聞きづらい。
「……言霊なら使える。倒れたお前の核を見てみたら、しっかりと刻まれておったわい」
だが、言いたいことは、伝わっただろう。長老は、声色を真面目なものに変えて言う。そう来られた当然、こっちの声色も真面目になる。
「そうか……だったら早く核直して鍛錬しないとな」
「鍛錬? なぜじゃ? お主、"変化"の言霊があればスライムの姿に戻れるのじゃぞ? 鍛えずとも、ここで暮らせばよいではないか」
「えっ?ちょっと待て、もしかして変化が出来なかったら、元の姿には戻れなかったのか!?」
聞いてないぞ! そんな事! こう言うと、途端にパニックもので五月蠅い奴になるな。
「そうじゃぞ、吸身したものの姿で固定される」
「それこそ本当にもっと早く教えてくれよ……本当に運が良かったんだな、俺。ここじゃなかったら、帰るのにさらに時間が掛かるところだった」
「帰る?」
「ああ、帰るんだよ。俺の里に」
「お主、本気で言っておるのか!? "門"を通り、魔界に戻って里に帰ると? 本気で?」
「ああ、俺はこう見えて地元大好きっ子なんだ」
わざとおどけて俺は言う。真面目な雰囲気はあまり得意じゃない。
「……お主、痛みで頭がおかしくなったのだな? 成程、安静にするのじゃよ」
一切空気が変わることは無かった。まぁ話が話だ、しょうがない。
「失礼なこと言うな、俺は正気だ」
「いいや、やはりお前はおかしくなっとる。"門"を通るという事は、否が応でも人間の居る場に行かなくてはならんのだぞ!?」
「まぁ確かにちと大変だろうが…」
「ちょっとでは無い! いいか、兵隊に入る者は身分を証明しなければならん。元々、人間でない儂らにそんなものは無いのじゃぞ! 魔界への帰還など……不可能じゃ」
「……長老。同じ吸身者なんだから誤魔化そうたって無駄だ。教科書には"吸身は相手の身体を吸収する"なんて書いてたがありゃ嘘だよなぁ。こう訂正するべきだ"吸身は相手の体と記憶を吸収する"ってな」
「お主…もう…!」
「大体人間の言語が使えてる時点でおかしいとは思ってたんだ。俺が目を覚ました翌日。ちょっと長老の話を思い返そうとしたら、"俺が知らない事が思い出せる"。人界の言語、常識、地理、その他諸々の知識は当たり前。俺が吸身した奴らの故郷に、両親に、果ては好きな料理まで、なんでもだ。動けなかった俺には良い暇つぶしになったよ。身元不明の奴でも"門"をくぐる事は不可能? そんなことは無い。色々条件はあるが……"ギルド"に入れば、何の問題も無い。そうだろ?」