第十七話:悪夢の夜に
朝、ジリリリリリリ!! とけたたましい音が狭い借家の一室を蹂躙する。
「あうあ゛ー」
寝起き特有の粘着く口で何事かうめき声を上げながら、手刀一閃、蹂躙者を黙らせる。
「あ゛ー……」
|ゲシャフト(この街)に来てから約三ヶ月、少しずつ貯めたお金を借家に住んでから大体一ヶ月後。
時期は早春、辺りはまだ肌寒いもののポツポツと新たな生命の息吹を感じ始める。
俺はといえば、その風潮に異を唱え、春だ春だと浮かれる事なかれまだ我が世は春にあらず、まだまだ至福……もとい雌伏の時なりと再び意識を沈殿させ始める。
「ルフトー! 起きろー!」
が、えてして世間とは時流に逆らう者に厳しく、世の愚民共はその事を疑問に思わない、などとグダグダ言っていないで起きよう。
さすがに二度起こされたら、俺もそうそう寝る気は起きない。寝るのに起きるとはこれ以下に。
「あー、今起きましたー」
「そうか、だったら悪いが早く鍵を開けてくれ。外は寒くてかなわない」
「りょーかい」
寝ぐせだらけの頭をボリボリと掻きながら、玄関扉へよたよたと近づきチェーンを外し鍵のつまみを捻る。
「邪魔するぞ」
「悪いですけど、今から支度するから適当に腰掛けててください」
「そうさせてもらう」
背後で返事を聞きながら、方々の店から譲ってもらった商品の空箱、"植物性魔力液(業務用)"、"ガリゴリ君"の二つつ開ける。
それぞれの箱からこれまたシュヴェルトさんに譲ってもらった古着の上と下を適当に取り出し、着替え始める。
今じゃあこうしてイレーナの前でも何の抵抗もなく着替えられるが、起こしに来てもらうようになった当初は大いに赤面したものだ。
普通こういうのは女性であるイレーナの方が恥ずかしがるものだが、「弟が居たからなぁ」との事で男性の半裸を見ても特になんとも思わないらしい。
一度だけ寝ぼけて下半身の下着まで一緒に脱いでしまった時は衛兵のご厄介になったしまったが。
あー思い出すとブルーになる、今でもご近所さんの目が冷たいんです……。
ぶるりと、冷気以外の原因で身を震わせつつも着替えは終了、最後に脱いだ部屋着の上下を"純魔力浸透人参:紫騎士剣"の空箱にシュート。
中の衣服が箱の蓋を押し開けているのを見て、そろそろ洗濯しないとなぁとぼやきながら、キュッとシャツのしわを少しでも誤魔化せるように引っ張る。
「おっと、ちょっとどいてください」
「あ、悪い」
「いやいやっと」
ベッドの枕元に腰掛けていたイレーナによけて貰い、枕下に手を差し込む、とペタペタとした革の感触が手から伝わってくる。
慎重に手をさらに奥に入れ、しっかりとそれを握って取り出す。
「……毎回思うんだが、鞘に入れて置けばいいんじゃないのか、それ」
半眼でイレーナが取り出した短剣を指さすのに「いざという時に困りますから」と答え、床から拾った鞘に短剣を収めて一先ずベルトとズボンの間に差し込む。
「お待たせしました、とそう言えば鍵は……」
と、床に目をやろうとしたところでトントンと肩を叩かれる、どうしたのかなと顔を上げてみれば、鍵がプラプラと揺れて銀孤を描いていた。
「す、すいません……」
「まったく、何時も言ってるが鍵とライゼカードぐらいは自分が分かる場所におけ、毎回私まで探す羽目になるんだからな」
愛想笑いを浮かべる俺にイレーナが元々鋭い目付きをより一層尖らせる。この事に関しては、何の文句も言えないので黙って聞いているしか無い。
「しかも、八割方見つけるのは私だし、そのうち見つかるのは大概お前が一度探した場所。
目を皿にしてとまでは言わないが、せめて節穴にするのだけは止めてくれ。大体、この部屋の有り様は……」
「イ、イレーナ! とりあえず早くギルドに行きましょう、いい仕事が無くなっちゃいますよ!」
「ふぅ、まぁそれもそうだな」
説教から逃げようという魂胆は分かっているのだろうが、しょうが無いと言った様子で首を振りかぶる。
まぁ、割の良い仕事がなくなるのはホントの事、イレーナは最近食器を買い足したとか言ってたしここで時間をとられるのを嫌ったのだろう。
「ほら、ぼーっとしてないで行くとなったら窓閉めて、天気いいから布団干して、あと今日は燃えるゴミだからそこのゴミ袋持って、行くぞ」
お前は俺の母親かよ。そんな内心の声がイレーナに聞こえる筈もなく、今日もいつもと変わらぬ一日が始まった。
「これなんかどうだ?」
少し遅めの朝食を取っていた俺に仕事探しを任せていたイレーナが一枚の依頼書が突き出してくる。
左手で紙を受け取り、トーストを食みながらざっと内容に目を通す。
依頼者は街の衛兵隊、内容は婦女子連続失踪事件の捜査手伝い、報酬金は……内容が内容だけにかなり高額だ。
ひと通り見終えた時にはトーストは残り一口分、サッと口に放り込み程よく冷めたコーヒーで胃の中へと流しこむ。
「受ける受けないはともかく、珍しい依頼ですね」
「ああ、他の国と違いこの街は各国の兵士が常駐してて、まず人手不足にはならないからな」
「まぁ、それも各国への物資諸々の輸送の為。いざ"門"が開くとなれば、輸送部隊の編成やらで一気に人手不足と」
お陰様で最近は治安が悪くなり、よくひったくりや泥棒が出没しているらしい。
実際、シュヴェルト邸にも忍び込んだ賊が居たらしい、物音に気づいた執事さんに叩きのめされて詰所に突き出されたらしいが。
「今回開くのは何処の"門"でしたっけ?」
「確か、ラチェリアの"地獄門"だな」
「ああ……"信仰と博愛の国"ですか」
皮肉を込めて鼻で笑う、あまり褒められた態度じゃないが果敢に戦争に加担してる癖に愛と平和と謳われちゃあ笑わざるを得ない。
信仰により平和を、平和の中で愛を育もう。全く、神が何をしてくれたというのやら、依り代にするのは勝手だが自立も少しは覚えたらだどうだと思う。
「ルフト、気持ちはわからんでもないが、あまり態度に出すと厄介事抱える羽目になるぞ」
窘めてくるイレーナは正しい、ラフィンド教の普及率を考えた場合、こうして無駄に波風立てるべきではない。
すいませんと謝りつつ、話の流れをもとに戻す。
「その事件の詳細とか分かります? ある程度事件について知っておかないと、判断する材料が無いですし」
「知らなかったんですか? 最近話題なってましたよー、まぁ正確にはお二人がこちらに来る前に始まってたんですけどね」
俺の言葉に何時から近くに居たのかカッツェが横から口を挟む。
「へぇ、新聞は最近漁って……」
「「漁って……?」」
「取ってなかったからな、知らなかったよ。詳しく」
寸でのところで爽やかな笑みを浮かべ(てるつもりだ)、話を速やかに俺の新聞の入手方法から事件へと誘導する。
危ない、さすがにゴミ箱から諸々勝手に譲り受けてます、とはいえない。一応、犯罪だし。
「……まぁいいです。続けますと……」
二人からジト目を向けられつつ、事件の説明は続き――
「と、こんなものですかね」
三十分ほどの説明によると、今回の事件には以下の特徴があるらしい。
一つ、イレーナのような胸の無……
「おいルフト何か、失礼なこと考えてないか?」
「とんでもない、事件の要点を自分なりにまとめてた所です」
こちらの出鼻をくじくようにギロリとおっかない目で睨んで来るイレーナ。何お前、胸のこと気にしてないって言ってたじゃん、実は気にしてたの?
ともあれ、不適切な表現は改めつつ先に進もう。
一つ、イレーナのようなスレンダーな女性が良く狙らわれる傾向があるということ。
二つ、初めて事件が起きたのは俺とイレーナが来る前のことで、俺達が来たのと同じくらいに一端は収まったものの最近また起こるようになった。
三つ、失踪者が出る時間帯は午後十一時から午前二時までの三時間、日にちには周期が無いということ。
しかし何だ、おあつらえ向きにも程があるなこの事件。餌を放って一本釣りだ。
とは言え、さすがに餌になってくれるかどうか本人に聞かなければなるまいとこちらが口を開こうとすると、
「ま、面白いぐらい私達向けじゃないか、ささっと今夜釣り上げるとしよう」
餌自身があっけからんと言い放った。
「あ、あの……大丈夫なんですか?」
あまりにあっさりしていたため、都合がいいというのに思わず抵抗してしまう。
「へまはしないさ」
「お二人だけで通じ合うのは止めてください……と言いたいですが、やろうとしている事は大体分かります」
「だ、だけどですね、僕たちも結構この街で有名になってますよ? 顔も覚えられてると思うんですけど……」
なんでこうも抵抗してるのかと自分でも思うが、あれだ無駄足踏むのが嫌だからだ、うん。時間は貴重、時は金なり。
「確かにそうだが化粧や服装をいじれば、どうにでもなるだろう。元々私は化粧をしていないし,見ての通りの格好だ。
少し着飾れば誤魔化せる。が、あいにく化粧はあんまり詳しくなくてな……頼めるか、カッツェ?」
「もちろん! こうみえて私、化粧に結構自信があるんですよー。それも、イレーナさんみたいな美人さんが相手ならもう腕がなります!」
「はは、ありがとう」
張り切ってるカッツェはともかく、言われてみれば元が美人であるため意識していなかったが、イレーナが化粧をしていた所は見た事が無い、今の格好も動きやすい軽鎧だ。もっとも、職業的に化粧などしても汗でグズグズ、服も汚れるから当然ではあるのだが。
それにしたって、プライベートですら軽鎧では無いが質素な服だし、化粧もしていないというのは年頃の女性としてどうなのだろうか。
「なんだその不愉快な視線は……」
「いいえ、何でも」
まぁ察しがいいこと、やっぱり女は怖い。内心で嘯きつつ肩を抱く。
「しかし、囮にそう上手く引っかかりますかね?」
「あれれ~さっきから聞いてれば随分と心配症ですね。もしかして貴方、イレーナさんの事を~?」
「べ、別にこんな女……!」
ニヤついてこちらを覗きこむカッツェに対して過剰に照れてみせる。こういう輩は否定するより、こうやって煙に巻くのが一番手っ取り早いからな。
「わざとらしく狼狽えるな、気持ち悪い。頬まで染めてるし……全く、こっちが恥ずかしくなる」
言うことに嘘はなく、本当にイレーナは頬を赤くしていた。うんなんだ、こっちも本当に赤くなりそうだ。
「はぁ……独り身の私に対する当て付けですか?」
「い、いや、そうじゃなくてだな……!」
「ハイハイ、イレーナ。そんな素振りじゃ、余計に遊ばれるだけですよ。さっさと話を進めましょう」
「……お前はいやに冷静だな」
「貴方と相棒になって三ヶ月、他のギルド員に散々からかわれて来たので」
はぁ、と一つため息、実際には男連中には妬かれるし絡まれるしでもっと大変だった……ま、見てくれはいいから人気だけはあるんだよな、こいつは。本人には決して言わないが。
「からかった私が言うのもなんですが、一時期は随分と苦労されてましたよね」
その事はカッツェも知ってるため、この女にしては珍しくこちらを気遣うような発言をして来る。
「ま、最近は無くなったんで助かります」
正確には無くしたのだが……あ、誤解の無いように言っておくが決して人の邪魔をするようなことはしていない、何の邪魔かは詳しくは言わないが……まぁあれだ告げて白くなるやつだ。
「で、どうなんですか? 結構な被害者も出てるみたいですし、そんな中で女性が一人で居たら犯人に怪しまれはしませんか?」
「う、ぬ……まぁそこは私の演技力でどうにかするしかないな」
「うわ、期待できな……いこともない」
ハイハイ、ギロリギロリ。もうこの女怖い、ちょっと口を滑らせただけでこれだよ。
「だったらこういうのはどうですか?」
如何にも名案を思いついたというようにポン! と膝で手をうつカッツェ。
作為じみた動きにどうせ最初から考えていたんだろと思いつつも、形式的に一応尋ねる。
「何んだ、カッツェ」
「私とイレーナさん、二人で歩けば用心している様に見えるのでは?」
「それこそ、二人いたら襲われないのでは?」
「少し不謹慎な言い方ですが、二人同時に失踪した前例もありますので……」
わずかに表情に憂いを浮かべながらカッツェが言う。……同じ女性として思うところがあるのだろう。
「だけど、良いのか、カッツェ? 最悪、お前も被害者の一人なる可能性がある」
イレーナも同じような表情をしているが、やはりただの受付嬢である彼女を巻き込むのには抵抗があるようだった。
「ええ、なるべく……なるべく早く、この事件を解決したいんです」
イレーナの問いに応えるカッツェの瞳は恐怖と不安で揺らいでいる、だが瞳に湛えた光は強い決心で出来ていた。
「……同感だな」
かすかに頬を緩めるイレーナ、さすがに俺もここまで来たら呑まざるをえない。大体抵抗する気はなかったののだ、ただつい勢いで拒んでいただけで、うん。
「……分かりましたよ、その依頼受けます。カッツェ、依頼承諾書は?」
俺が尋ねると、
「ここに二枚、署名済みのが
ニヤリと笑ってカッツェが二枚の紙を見せてくる。
「それ、協定違反ですよ」
「お二人ならやると思いましたから」
タイミングを図ったようにコーヒーのおかわりが運ばれ、カッツェが事件に関する書類を机に広げる。
全く用意周到だ、これだから女は怖い。したり顔に苦笑を浮かべながらそう思う。
俺はこれからの話し合いに備え、湯気が立ち上るマグに口をつけた。
◆◇◆◇◆◇
結局、作戦は二人を俺が屋根から追いかけ、犯人を見かけたらぎりぎりまで引付けて確保。
そんな作戦とも言うのもおこがましい単純なものになった。まぁ魚釣りなどそんなもの、餌と道具、それと場所を決めたら後は潮の流れと時の運だ。
依頼を受けてから早一週間、潮の流れが悪いのか、それとも運が悪いのか、餌になかなか食いついてくれない。
とは言え、油断する訳にはいかない、より餌らしく見えるよう彼女らには護身用の武器すら持たせていない。
彼女らには俺だけが頼り、俺が守らなければならないのだ。こう言うと尾行してることも相まって、ストーカーっぽいなぁ。
内心で軽口を叩きながら、幾つか創った瞳で辺りをサッと見回す。
ひとまず人影はないな――と、思ったその時、全く同時にいくつかのことが起きた。
ドサリ、と誰かが倒れる音ともに相棒印が相棒の意識が消えたことを知らせ、シャッターが開かれる音とともに聞こえ始める駆動音、シャッターが開くか否かと言うところでそいつは車庫を飛び出した。
いきなりのことに二の足を踏む俺をさておき建物の影から飛び出た人影が、倒れた二人を車に積み込みまたたく間に魔操車は細い路地へと消えていく。
ここでようやく俺は自失から立ち直り、テールランプの残像を追いかける。
くそっ! 何をやってるんだ俺は……! いや、落ち着け今は湯だった頭を無理矢理にでも冷やせ、ここで冷静さを失えば終わりだ。
自分に言い聞かせ頭の中で地図を広げる。……不幸中の幸い、ここは曲がり道が多い。屋根から追いかければ、追いつくのは容易い。
とは言え、大通りに出られたら振り切られ――と、見えた! だがどうする? 乗り込むのか?
いや、どう考えてもこれは組織的犯行、さっさと事件を終わらせるにはここでどうにかしてバレずに隠れ家まで付いていかねば。
しかし、そんなこと言ってる場合か? 二人の無事を優先させるべきでは? 運転している男を拘束すれば、隠れ家もいずれは……。
頭のなかを疑問符が支配する。
くそ、どうする――!?
頭のなかがパニックで真っ白になった時、ふと依頼を受けた時のイレーナとカッツェの顔が頭に浮かぶ。
……オッケー、今夜で悪夢は終わりだ、うなされず明ける夜をこの街の女性にプレゼントしよう。
だからどうか……今夜の悪夢は忘れてくれ。
足を止めぬまま、意識を己に集中する。宙空に浮かぶような錯覚を覚えながら尚、自信に傾倒していく。
我が足、四足となりて、我が身、鬼となりぬれば。我こそ鬼の剛力与えられし疾風の人馬。
前を駆けるもの無く、横に並ぶものは崩れ落ち、ただ遠き後ろに影があるのみ。
「変化……"鬼馬"」
そう口にし目を開けば、己が半身は想像した通りのものとなっており、車は大通りへと出た所だ。
「さぁいざ、行かん……! なんってなっ!」
屋根を飛び降り夜闇に溶け、俺は疾走を開始した。
9/16 改稿




