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人魔のはみ出し者  作者: 生意気ナポレオン
第一章:もしくは相棒編
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第十五話:ゲシャフトのいちばん○○しい日

「「……」」

 イレーナと二人、阿呆の様に口を開けたまま眼前の建物を見上げる。

 古代の遺跡の様な土塊と岩でできたその建物は陽に照らされ輝いてるようにすら見える。

 入口の前には仮説テントが立てられ、お金と引き換えに何かの半券を売っているようだ。

 テントの中には数字が掛かれた板が張られてあり、

「……いや、俺は大穴に掛けるぜ!」「お前勇者だなー」「おいおい、ここにいる時点で勇者じゃねーだろ」

 などといい年こいたおっさんたちが真剣な顔をして話し合っている。

 目の前の建物は紛れも無く――闘技場(コロシアム)だった。

 住宅街にぽっかりと空いた祭事用の空き地に生まれた、一夜城ならぬ一夜闘技場。うん、語呂が悪い。

 朝シュヴェルトさん宅から車で数分、実にお手軽な遊楽地だ出場選手で無ければ、だが。

「あの、シュヴェルトさん、これ……」

「おいおい、もしかしてちょっとうちの馬鹿息子と戦うだけで報酬がもらえると思ってたのか? 悪いとは……思わんが、見世物になって貰うぞ」

「いや、悪いとは思えよ! っと失礼」

「別に構わんぞ、むしろ丁寧語使われる方がこそばゆい」

「お言葉に甘えたい所なんですが、師匠の教えで年上には敬意を払うよう言われてるんで」

「まぁ良いんだが。しかし、改めて言うが悪いとは思わんぞ、どちらかと言うと場所やら云々を聞かなかったお前が悪い」

「そう言われると何も言えませんね……」

 的を得ているというか、的ど真ん中というか、ギルド員として条件や場所を聞くのは至極当然、聞かなくて騙されたなんていうのはただの馬鹿だ。つまり、今の俺は馬鹿。

「いい勉強になったと思うこったな。さっ控え室に案内するから、ついてこい」


「それじゃあここでちょっくら待っててくれ、俺は色々やることがあるからよ」

 そう言い残してシュヴェルトが去っていたのがつい数分前、その時には暇するだろうなと思ったのだが。

「凄いな…これ」

 土の魔術で造ったであろう即席闘技場だが人目につく控え室もやけに装飾に凝っていた、これを一日で作り上げたのは正直信じられない。

 一体どれほどの人数を雇ってこんなの一日で造ったんだか……。

 これだけお金をかけて作ったいるのはそれでも儲かるからなのだろうか? いやいや、どんだけ博徒が多いんだよこの街は。

「ルフトさん、そろそろ準備お願いしまーす!」

「わかりましたー」

 もうちょっと見て居たいが……当たり前だが仕事が優先だ、後で見せてもらえるようお願いしよう。

 衆目にされても問題ない変化を頭に置きながら、乾いた血をペイントされた門の前に立つ。

<皆様、お待たせいたしました! 選手の入場です!>

 少しノイズ掛かった音声を合図に雄々しい虎が彫られた扉が重々しい音を立てて開いていく。

「演出過剰だな」

 苦笑を浮かべつつ差し込む光の方へと歩を進める。

<赤コーナー! いったいこいつは誰なんだ?! 正体不明、経歴不明、されど主催者シュヴェルト推薦の闘士! さぁ! お前の力を見せてくれぇ! ルフトォォォゼーレェェェェェェ!>

「「「うぉぉぉぉぉ!」」」

 外へ出た途端鳴り響く、息もつかせぬ実況の紹介と溢れんばかりの歓声が俺を迎える。

 その初めて味わう空気に若干臆ししまうが、精一杯それらしい格好を装って指定の位置でふんぞり返る。

<続いて青コーナー! 対戦成績二十五勝無敗! 剣弓魔術頼らず任せず掛かってこいや! "拳通士"ディィィガァァンガレェェェゥアァァタァァァァァ>

 いや、拳通士とか言っていいのか? しかも、二十五回って結構開催してるじゃねーか。

 呆れる俺を尻目に猛々しい龍が描かれた扉からディーガンが出てくる。

 その格好に思わず目を見開――

<そして、実況・審判は不肖私シュヴェルト家執事、ヴァルター=スピーゲルがお勤めさせていただきます>

「え? あの執事さんがあんなエキサイティングに紹介してたの!?」

 いたのだが、更なる驚愕の事実に気づいた時にはツッコんでいた、ナイスミドルなイメージ像が瞬く間に消えてゆく、儚い。

「気持ちはわかりますが、あのこっち向いてもらえますか?」

「あぁ、すまんすまん」

 改めてディーガンに向き直りその格好をざっと観察する。

 全身は赤を基調とした派手なペイントを施された軽鎧、右手には小円盾(バックラー)を備えた籠手、兜は顔を隠さない簡易なものだ。

 闘技場らしい防ぐよりもいなす、もしくは躱すことをメインとした、或いは強いられる装備、その代わりに動きの制限は殆ど無いといっていい。

 しかし、何より注目すべきはディーガンの左手に持った――暗い色をした木剣だ。

「……拳闘士じゃなくて剣闘士だったて事かよ、いや我ながら何言ってるんだって感じだが」

 半眼でディーガンを睨んで苦笑する。

「拳じゃなくて剣だった、といえば良いんでは?」

 同じく苦笑しつつディーガンが答える。

「お、それ採用。しかし……」

 ちらりと剣に視線をずらし、自分の手元(と言うか手)を見れば、そこには手甲どころかバンテージさえまかれていない素手、徒手空拳、生まれたままの拳。

「心痛まねぇの? こんな無力な一般市民に対してそんな危ない物を持って」

「痛みますよ、一般市民が相手なら」

「痛そうには見えねぇんだが?」

「小突き回された相手を人は仇敵と言うと思うんですよ」

「……言うねぇ、お前も」

 戦前の口撃戦、互いの士気を上げるには十二分。

 口の端がゆっくりと吊り上がっていく、鼓動が早まり全身が熱を帯びる、二三度拳を作りすぐに緩める。

<どうやら両選手、やる気は十分のようだぁ! さぁ! 賭け(ベット)の時間はもう終わり、闘士達の熱闘に度肝を抜けぇ! では――初め!!>


「先手必勝!」

 ノイズ掛かった声に押されるように足を大きく前に踏み出す。つま先を地面に押し付け、反動で体を前に運ぶ。

<おーっと! まず前に出るのは期待の大穴ルフト=ゼーレェ! どんな技を見せてくれるんだぁ?!>

 大穴ねぇ、そりゃそうだろうがどことなく悔しい。期待されてるようだし、ここは一つ大技で見返してやろうかなぁ!

 前に出る足により力が入る、力はまだ方向が定まってなく自由そのもの。

 右か左か、もしくは正面か決めるのは俺ではなく相手。ディーガンがどう動くかで決まる。

 睨む先でディーガンはまだ動きを見せていない、このまま待ちの態勢から迎撃するつもりか? 厄介だが、小刻みにフェイントを加えれば突破は可能。

 瞬く間に過ぎ去っていく思考、力の方向は右、体を運ぶのは左だ。

「しぃッ!」

 息吹とともに地面を蹴る。

 着地。次は右にと考える中、跳ぶ際に映るディーガンがこちらを見ていないことに気づく。

 着地。体が勝手に左へと跳ぶ、ディーガンの足先が一定のリズムで地面を叩いている。

 着地。低空に身体がある、ディーガンの肩が浅く上下している。

 不味い。何故か自身の感覚がそう警告を告げてくる、着地体制は未だジグザク移動のそれ。

 衆目の視線を髪に埋もれる瞳から覗き、俺への注目は少ない事を確認する。

 足首がぐにょりと粘土のようにひん曲がり、足先がディーガンの方を向く。

 粘土細工の足で土の足場を蹴る、一気にディーガンの体が近づいてきて、

[│先取戦声バッタッリヤ・ヴォーチェ!!]

 闘技場一体に轟く咆哮に全身が硬直する。金縛りにでもあったかのように体が動かず、結果体勢を崩し無様に地面に転がる。

 不意の雄叫びに全身が怯えているのかと一瞬だけ考え、すぐに否定する。

 あれ自体はただの馬鹿デカイ声としか感じないからだ、ただ何かの力が体を拘束されているようなイメージを全身で感じる。

「すぅぅぅ……」

 深い呼吸は思いの外近くから聞こえる、陽光が瞬間的に遮られ顔に影を作る。

 その瞬間、見えたのはニヤリと笑みを浮かべるディーガンと、陽光を弾き木剣がギラつく。

「ハァッ!」

 裂帛の気合とともに剣が振り下ろされる。お世辞にもその型は綺麗とはいえない、だが動けなければ間違い無く俺に当たる。

 慌てて訳も分からぬまま必死で体を動かそうとし――それに成功する。

「えっ?」

 間抜けた声が口から漏れる、そんな俺に、

「馬鹿! 避けろ!」

 というイレーナの叱責が耳に届く。僅かに刃に押しのけられた風が髪を揺らす、その心地悪い風に反射で両手が動く。

「あっぶねぇ……!」

「なっ!」

<し、し、白刃取りだぁ!! ルフト選手、この土壇場で魅せてくれます! やってくれます! しかし、体勢は依然として不利、ここからどうやって持ち直す気だァ?!>

「くぬぬぅぅぅ!」「あぁぁぁ!」

 一本の剣の末端で互いに息と力を振り絞る。実況通り体勢は不利ながらも拮抗できているのはひとえに密かに筋肉の質を(オーガ)のそれに変えているからだ。でなければ、とっくに剣先が眉間を貫いてる。

「くっどこにそんな力がぁ、ぁぁ!」

「この、うっでに、決まっってるだろォォ!」

 唸るディーガンに対向するように吠え、木剣を徐々にではあるが横にずらしていく。

 剣先が鼻先から左目を通ってついには茶の地面へと向けられる。

 瞬間一気に力を抜き、手を離す。

「っ!」

 剣が宙を虚しく薙ぎ、釣られるようにしてディーガンの重心が前に傾き、体がわずかに浮き上がる。

 すかさずその(すね)にに自分の足裏をあて、一気に巻き込むうようにして相手の足を()りあげる!

 要は誰かを手助けするのと一緒、ただほんちょっと方向性を()げるだけ。バランスを崩す手助けをし、空振る補佐をする――自殺幇助、それが我が"万変流"の基礎の一つじゃ。

 そんな師匠(じじい)の言葉が頭をよぎった。

 影を作っていた体が押しのけられ、眩しい陽光が再び俺を照らす。

 目を細めつつも閉じはせず、素早く二、三歩離れてディーガンと対峙する。

「まさか、あの体勢から持ち直されるとは思いませんでした」

「俺もいきなりあんな体勢まで追い込まれるとは思わなかったよ、お陰で……ペッ」

 行儀悪く唾を地面に吐き捨てる、地面に黒いシミができ口の中にあって不快感がなくなる。

「この通り口に砂が入っちまった。最初のアレ、一体何なんだ」 

「はは、言う訳ぇ無いでしょッ!」

<おおっと、今度はディーガン選手が最初に仕掛ける! 見たところ距離は数歩ほど、ルフト選手反応できるかぁぁぁ!?>

 実況通りディーガンがこちらへと一気に駆けて来る。その体を先程までは見られなかった、緑色のもやに覆われている。

 ただならぬ気配、異能の力だと予想することは容易い。ただ、その効果までは分かるはずもなく、分らなければ意味が無い。

「しぃッ!」

 劈く息吹とともに木剣が突き出される。

 直線的なその攻撃を身をひねりながら前に進み、腰を掠らせるようにして躱す。

 互いに前へと動いたことで一気に間隔がつまる。視界の端でディーガンが慌てて手を引き、飛び退こうとしているのがわかる。

 が、

「遅い」

 捻った分の遠心力を右拳に乗せ、裏拳でディーガンの横面を殴り飛ばす。

「ぐぅッ!」

 感触は完璧、だが――

<ルフト選手の強烈なカウンター! しかし、ディーガン選手には見た目よりも聞いていない様子だぁ!>

 寸前で衝撃をいなしたのか、ディーガンは退き口から血を垂らしっつも眼は未だ強い闘志をたたえている。

 奇妙だが離れられた距離は再び二、三歩ほど。ならばここは一気に畳み掛ける!

「"重蹄脚"……!」

 限界まで縮められたバネのごとく、或いは引き絞られた弓のごとく、脚に"圧縮"された体積を一気に解放する。

 蓄積された力が地面に蹄のような跡が刻み、景色を後方へと勢い良く流していく。

 呆けた顔が視界に広く映るまでは一瞬、瞳に焦りの色が浮かぶまで数瞬。

 その時にはすでに、左の貫手が深々と脇腹に突き刺さっている。

「こはぁ」

 ディーガンが口からか細い呼気を漏らし、自らに突き刺さった腕を掴んでいる。

 それは良い、今の体勢から掴まれた所で脅威には感じない。だがなんでだ?

「なんで、動こか、ないッ」

「はぁ、あぁぁ!」

「痛ぅぅ!」

 鈍い痛み。それと一緒に、或いは一所で肉が潰れる悲鳴()が、骨が軋む悲鳴()が鳴る。

 尋常では無い握力、さらに先ほどの耐久力。

 間違いないあの緑のもやが、異能の力が関係して

「あがぁつぅ」

 頭部に伝わる凄まじい衝撃。ふらつきながらも精一杯目をディーガンに向ければそこには僅かに血がついた木剣があった。

 ――腕の動きだけであれだけの威力かよ。

 内心で戦慄すると同時、一杯食わされたことが無性に悔しく、そして情けない。

 油断してた、とようやく自覚する。年下だからと、一度勝ったからと、油断していた。

「挙句がこのざまだ」

「止めぇ!」

 ぼやく俺に再び側頭部目掛けて茶の剣が振るわれる。

「だけどお前も俺を甘く見過ぎだな」

 ふらつき脱力したまま右手を上げる、風切り音を鳴らす木剣相手に土に汚れた手はあまりに頼りない。

 だから、

「変化"万変乃者"」

 よりもろく、より儚く、より軟弱に。

 肉を脱し、骨を捨て、固を無くし――粘性を帯びた液体へと"回帰"して行く。

 自身本来の姿に戻りつつあることに己の全てが歓喜し、

「万変流格闘術:"柳に風"」

 "打ち震える"。

 ――衝撃が右手を突き抜け、体は左に螺旋を描くように回転。

 右手に伝わる衝撃は本来ならば攻撃もしくは打撃と呼ばれる物だ。

 ――頭の上を木剣が通り過ぎ、ディーガンとの距離は腕一本。

 されど今の俺にとっては、攻撃とはつまり徒労に過ぎず。

 ――つま先が地面を浅く(えぐ)り、両腕が遠心力によって勝手に上がる。

 打撃とは静謐な水面への投石であり、これぞまさに

「波紋を呼ぶ」

 左手刀がディーガンの顎をうち、追って続く右拳が顔を殴り抜け、左後ろ回し蹴りを胴へと叩きこむ。

 相手の力を利用した一回転三連撃――"柳に風"。

「ふぅ……」

 師匠との組手以来の技が無事決まったことに一先ず安堵する。

 と、ここでようやく周囲が水を打ったように静まっていることに気づく。

 何か不味いことでもあったのか、とそう思った時。

「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」

 鼓膜が破けるのではないかという程の歓声が俺の周囲を包んだ。

 観客の声に慌てた表情で実況の執事さんがマイクを握る。

<不覚っ! 実況歴うん十年の私としたことが不覚を取りました! なんだなんだ、ルフト選手一体今の動きは何なんだぁ!?>

 興奮した様子でがなりたてる執事さんに苦笑いで確認をとる。

「すいませーん、判定をお願いしまーす!」

<っと、これまた申し訳ない! 実況兼審判兼シュヴェルト家執事、ヴァルター=スピーゲルの名において! 今戦いを制したのは――>

 長く、短いため。観客の誰もが興奮した様子でその口が開くのを待つ。

<ルフトォォォォォーー!! ゼェェェレェェェ!!!>


 この後、ゲシャフトのいちばん騒がしい日と呼ばれることになる事になる一日はこうして熱狂の内に終わった。

2/18 改稿完了。

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