第十三話:熱弁
ああ……やらうう……やら呻きつつ不良達が起き上がり始めたのが今から丁度十分前。ディーガンがチームの活動停止や解散などを説得し始めたのもほぼ同時刻、そして口々に文句が飛び交い始めたのも同時刻。
幸い、喧々囂々とまでは本人たちの状態もあって行かないが、ブチブチと文句を垂れられるのは言われてる本人でなくともイラつく。かといって、仕事上ここを離れる訳にもいかない。歯がゆいのもここに極まれりといった感じだ。
しょうがない、少し出しゃばるか。ほとほと、迷惑かけてくれるよなぁ、おい。
「もういい、下がっとけ」
軽くディーガンを退かし、不良達の前に立つ。ディーガンが僅かに抵抗するも目で黙らせ、そのまま不良の方に向ける。あれ程五月蠅不良達が嘘のように黙る様は見ていて、なんとも情けないがまぁなんだかんだ反抗しても子供は子供という事だろう。しかし、何時までも黙って貰うのもそれはそれで困る困る為、ゆっくりと落ち着いた声を意識して口を開く。
「あっちこっちからぐちぐち文句を言われても埒が明かない。結局、何が不満で、どうして欲しいのか纏めてから発言しろ」
数拍。集団の中で視線だけが飛び交い、やがて一人の大柄な男が立ち上がる。
「それじゃあ言わせていただきますけどよぉ、ナイフでちょちょっと斬られた位でおたおたするような奴はぁ俺達のトップとして認められえっていうか……幻滅したっていうか。とにかく、そんな奴の指示聞きたくないんっすよ、ましてや解散なんて……なぁ?」
不良達のほとんどが首を縦に振る。まぁ大体想像通りというか、どいつもこいつも考え方が似てると言うか……。
内心で欠伸を浮かべつつ両足に圧を掛けていく、立ち位置は割と外側の方だから被害も少なくて済むだろう。
「成程、言いたい事は分かった。なら……すいませんイレーナさん、剣を少々貸して頂いても宜しいでしょうか?」
「あ、ああ。別にかまわないが」
突然話しかけられ戸惑うイレーナから了承を得て、剣を受け取る。ふむ、やっぱり重い、俺にはこれを毎度毎度振り回す気にはなれないな。
明らかな武器を手にした此方を見て、発言した不良が及び腰になる、逆の立場なら俺は即刻逃げ出していただろう。が、不良の方は体面というものがあるのだろうすぐにどうってことない振りをする、顔引き攣ってるぞ。だがまぁ、怯えてくれていた方が、正式には冷静さを失っている方がこちらとしては助かる。
右手に提げる剣をおもむろに鞘から抜き出しつつ、ゆっくりと不良に近付きその首元に刃を当てる。不良が「ヒッ!」小さく悲鳴を上げて体をビクつかせる。良いね、良い反応だ、実にありがたい。
「怖いか?」
「べ、別に……!」
「そうか? じゃあ……」
体内に仕込んだナイフを左腕から取出し、左手を突き出す勢いを利用して手の中へ。表面を滑るナイフは、不良の服を僅かに裂き、その奥からはたらりと血が垂れる。あー、ちょっと勢いを出し過ぎたな。
「う、うわぁぁ!」
内心の反省を表面に出さず、腰を抜かして倒れ込む不良を見下ろす。柄じゃないが冷酷さを気取ってみる、ささっとどさくさに紛れる形で解散させてしまいたいからだ。
「本当の事を言えよ、お前はこの右手の剣にもビビってたはずだ。そりゃそうだろ、何時もかどうかは知らないが身近にある見るナイフとは刃の長さ(リーチ)が違う。だけど、この左手のナイフにはどうしてだ? なんで、怯えてるんだ? お前。こんなの只のナイフ、ちょちょっと切られただけだろう? そんな舐めときゃ治るような傷、ガラスできった方がまだ重症だ。だが、お前は現実問題右手の剣より、左のナイフに恐怖を感じた。……何故か?」
俺が鼻を鳴らし、嘲笑を顔に浮かべると不良の顔は悔しげに歪むが、俺に手に残る二つの凶器を見てその顔が固まる。感情を上下に揺さ振る、これが重要だ。恐怖に付けこんでは、喉元過ぎてはなんとやら、後々に面倒を残す、と言って、相手を貶めすぎては禍根を残す。ならば、その中間、揺れ動き正しい判断を出来ぬうちに――かといって、感情に飲まれさせぬままに――もっともらしい理論をこじつけ、言い聞かせる、得心させる。
「実はこの二つ、共通する部分がある。分かるか?」
講釈を垂れる俺を見つつ、不良が震えつつ首を横に振る。それは……などと、勿体ぶりつつ俺は口を開いた。
「"未知の恐怖"。右のこいつは"知識外"からの恐怖、いわば初めてお前らが小さい頃犬に噛まれた、そんな恐怖。左のこいつは、"認識外"からの恐怖、これは曲がり角まだ視界に入らぬ場所から犬にほえられた、そんな恐怖だな。一つずつでも、この恐怖は存外大きい、前者の方はお前らにはもう馴染みは薄いだろうがな」
人間は皆、そのような場所で生きて行けるからな、と内心で付け加える。俺達にとって、未知との出会いはほぼ死を意味する、山の獣にあった瞬間、その命は無くなるから。
「だが、ここで良く考えてみて欲しい。初めて、突如として犬が現れ、そのまま喰らい付かれたら? 小さい子供が野犬に襲われれば、十中八九トラウマもの、今後犬に対して恐怖を感じ続ける可能性は高い。つまりは、そう言う事」
誰もが目を白黒させる、俺の例えが良くなかったらしい、格好つけた手前顔を火照らせずにはいられない。下手な駄洒落を説明させられるような気分を味わいつつ、俺は内心で渋々、表面上は偉そうに口を回す。
「"拳通士"として、今まで此奴は切り傷というものを受けた事が無い、こんな剣やナイフは勿論、包丁でも鋏でも紙でも、だ。要は此奴にとって切り傷とは"未知"であり"知識外"、そしてそれが自らの身に及ぶ事ないと言う十七年間積み上げてきた"認識"、その外側。その十七年間が一瞬にして崩れ去られたんだ、味わった事の無い鋭い痛みと共に。ここからは想像でしかない、当然だ。俺は今まで何度もそんな痛みを味わってきたし、切り傷だって幾つかは一生消えないものすらある。だからお前らも想像しろ、突如として命を奪えるもので切り付けられた恐怖を、その痛みを! 少なくとも、俺は即刻逃げ出す自信があるぞ、だから笑えないし見っとも無いとも思わない、思っちゃいけない、勿論、現在進行形で腰を抜かせてるお前もな。ほら、こいつと同じ意見で、逃げ出さない自信がある奴はこっちにこい、本当に逃げ出さないかどうか――試してやるからよ」
辺りが静まる、誰もが気まずげにもごもごと口を動かし、誰も立とうとしない。これも少々予想外だ、誰か絶対俺は大丈夫だ、なんてほざく奴が居ると思ったんだが。なんにせよ、スムーズに進行できるならそれに越したことは無い。
「……な? 無理だろ。その点、此奴は少しは根性を見せた思うぜ? 震えちゃいたが、逃げはしなかった、逃げようとする足を押さえつけていた、二回目とはいえな」
周囲に目を配り、反論する奴が居ない事を確認して、体を翻す。剣を鞘に戻しつつ、ディーガンの肩を叩いてイレーナの横の壁に寄り掛かる。
「剣、ありがとうございました」
「……弁も立つんだな、お前は」
「いやいや、僕はつらつらと適当な事をのたまっただけですよ」
「なんだろうと、あいつ等を"ああ"したのはお前の手柄だよ」
ディーガンの話しに黙って耳を傾ける集団を指し、イレーナが言う。まんざらでもない気分ではある、そして同時に何とも言えない黒い気持ちもわき出る、結局、人間(この姿)でなくては俺達の声を聞いてくれる者は居ないという事なのだ、と。
「しかし、ころころと口調を変えるのは止めてくれないか? 正直に言わせて貰えば、気色悪いぞお前」
「……大概、酷い事言いますね貴方も」
「そもそも、他人行儀で不快だ。相棒だろ? 私達は」
「まだ二日目ですよ?」
「親密になる努力はするべきだと思わないか?」
「……了解」
そんな短い会話をしていると、ディーガンが話しを終えてこちらに歩いて来ていて、黒い何かは何時の間にか霧散していた。
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