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人魔のはみ出し者  作者: 生意気ナポレオン
第一章:もしくは相棒編
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第十二話:踏み出せない足、退かない意志

「ちぇや!」

「っ……!」

 掛け声と共に繰り出された短剣を、いっそ逃げてるとも言われ無かねない程に大きく躱す。それが逆に仇となり、体には幾つもの切り傷が生まれる。

 完全にビビってる……!

 生まれて初めて味わった"鋭い痛み"。その恐怖が体に傷を刻まれる度に思い起こされ、自分の体に滞留し、拘束する。体の動きが崩れ、攻撃の動作を刻めない。

 常識を崩された衝撃というものは、想像していた時よりも大きい物だった、痛みを伴ったという事も原因に在るのかもしれない。

 なんにせよ、何時までも防御一方では舐められるだけだ、ここで大きく踏み込む……!

「うぁぁ……!」

 雄叫びを上げ、身を抉る刃が舞う位置へと入る。元々、シュバッハにそこまで喧嘩は強く無い、ナイフを振り回す動作は遅く、見切るのは容易だ。

 だが、見えてるからこそか、幾ら踏み込んでもすぐに反射的に身を引き、結果として己の身を危うくする。

「ひゃっはっは! 怖ぇか、怖ぇか!」

 唾をまき散らしながら、こちらを追い立てる顔は歪んだ愉悦に満ちて、醜い。

 こんな奴にまた逃げるのか? 否、断じて否だ。

 足を前へ運べとは今は言わない。だからせめて、愚鈍な刃を挫き、醜悪なあの面に拳をぶち込め……!

 恐怖は消えない、けれど溜まった鬱憤を怒りを、動力として足を無理やり前へと置き、進ませない。

 まだあそこに踏み込む程に勇気は無いのは理解した、ならばこちらからは近づかず、相手が近づいて来るのを待つ。

 進めなくとも、退かないぐらいの勇気を……!

 シュバッハが真っ直ぐにナイフを突出し、左肩を狙ってくる。落ち着いて俺は右膝を落とし、脅えて俺は左足を退く、結果として体は下に沈みナイフが俺の顔すれすれを過ぎていく。

 欲を言えばそのまま右手を取り、ナイフを弾きたかった。だが、急ぎナイフを引かれまたあの痛みを味わうかと思うと、恐らく心はくじけ、体は動かないだろう。

 だから俺は、無理矢理に右膝を立てて身を持ち上げ、引いた左足を立ち上がる勢いにのせ右に振り抜いた。

 確かな手応えならぬ足応え。左足を下に落とし、付いたと頭が認識するより早く、右後ろ足蹴りを叩き込む。

「げふぅっ!」

 シュバッハが息を吐き出すと同時、肺に新鮮な空気を取り込み、体を翻す。シュバッハの手には未だナイフが握られており、油断はできない。喧嘩は不得手と言えど、この男は確かに不良集団に混じれる程には動けるのだ。

「ひぇへ、さすがに油断しすぎたかぁ。だがまぁ、俺がこうして立ってるところを見ると……やっぱりあんた、ビビってるなぁ! ひぇへへへへ!」

 口から血混じりの唾を吐きシュバッハは嗤う。だが先程と違い、幾ら腹は立てても頭は冷えていた。確かに一撃、どころか二撃を与えた。その事が恐怖を僅かに払い、足の震えを収めてくれた。

 だから走った。と言っても、残り一、二歩のところで止まるのは相変わずだろう。ならば、三歩前の所で一気に跳べば良い、三歩が駄目なら四歩前で、四歩が駄目なら五歩目で。

 入り込めさえすれば、二撃は与えられるのだから。

「来るかぁ~? 良いのか、うん? てめぇに届く刃がここにはあるんだぜぇ~!?」

 腰が引けているのが微かに震える声から伝わる。

 臆したなシュバッハ、奇遇だな俺もだよ――でも、俺はお前に拳を"届かせる"。

 柄でも無い台詞を胸で吠え、地面を蹴る足に力を込めた。地面から帰ってくる力は大きい、俺は確かに奴のナイフの圏内、俺の拳の射程内に入る事が出来るだろう。

 但し、跳ぶのを見てシュバッハはナイフを突きに構え、俺の跳ぶ直線状に置いた。このままいけば、どこかしらを貫き、またも恐怖に捕われるは想像に難くない。

 奴の持つナイフは向かって左だ、だから右に体を捻る。視界の端、微妙に震えるナイフは動かない。左足が地面に付き、衝撃を和らげる為膝が曲がる。

 回転。砂利を弾きつつ、右の手刀が弧を描き、ナイフを持つシュバッハの右手を打撃、追う左手が胴体にめり込み、勢いで左足が一歩さらに踏み込む。

 この踏込みが、俺に残るかすかな勇気、大きな一歩。

 打たれた右手につられ、シュバッハはこちらに右側面を見せている。その横面に右拳打、鈍い音、肉の感触。

 引く右腕、その肘に右手を引っ掛け、膝で挟撃。ミシミシと鳴る骨の音、たまらずシュバッハがナイフを手放す。

 ナイフが地面に落ちる、その硬質な金属音が耳に届くと同時、全身に力が漲る。

 右足を地に付けると同時、右手で服を引っ張り、苦痛に歪むその顔面に頭突きを一度、二度、三度と叩き込んで服を放す。

「ぶえっ!!」

 顔から血を吹き出しつつふらふらとシュバッハが後ろによろける。視線が定まっていない、脳震盪でも起こしているのだろう。

 血が沸騰したように熱くなる。心臓が早鐘を打ち、全身の筋肉に血を送り、酸素を細胞に補給する。

 右の拳を固める、足が地面を打つ、体が前へと運ばれる。

 衝動に耐え切れず、体の何処からか雄たけびが上がる。声とはとても言えないその騒音は、それでも意味はあったようで、


 何時の間にか振るわれていた渾身の右拳は、シュバッハの頬骨を折り、歯を砕き、その体を遠くへと吹き飛ばしていた。

 血が線を描き、薄暗い路地を朱で彩る、錆びた鉄の臭いは裏路地にはぴったりの様な気もした。

 自失は一瞬。地面に倒れ伏し沈黙するシュバッハを数秒見つめ、立ち上がらないのを確認して、全身からゆっくりと力を抜いて行く。

「勝った……」

 声の出所が自分だという事に気付くのに少し遅れる、充足感よりも虚脱感の方が大きいのが原因かもしれない。

 そんな俺に水を差す様に声が投げかけられる。

「はいはい、お疲れお疲れ」

 親父に雇われたらしい黒髪の男だ。四十人近くを汗一つ垂らす事無く撃退したその男は、にやにやと笑いながらこちらを見ている。

「さて、お疲れの所悪いがもう一仕事だ。俺が伸した奴等を何でもいいから周囲に迷惑かけない様黙らせろ、良いな?」

 目が笑っていない男の台詞に俺は頷く事しか出来なかった。

2012 10/8 改訂完了

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