第十一話:舞闘会
「イレーナさん!」
一斉に敵意を放つ男達が動く前に俺は叫んだ。
「全く、挑発しておいて人任せとはな……」
と、イレーナがぼやくがそれも一瞬、静かに目を瞑り詠唱を始める。
[我らの手には余りしその力、今この時だけ剣となれ]
その様子に慌てて男たちが動き出す、が
["子雷の巨剣"]
遅い。天を揺るがす咆哮が辺りに響き、雷の巨剣が薙ぎ払われた。
本来なら斬撃を成す筈の剣は、しかし虚ろ。実を作るにはイレーナの五歳児相当の魔臓では保有できる魔力量が少なすぎる、むしろこの規模の雷を放出できるのすら疑問が浮かぶレベルの量なのだから。それに、そうでなくとも、おかしな言い方になるが殺したら殺人になるので、斬撃になったらむしろ困る。
「あがががが!」
雷剣が通り過ぎた端から男たちが感電し、だみ声を辺りに響かせる。それを俺は一瞥し、無駄に長かった挑発の際に溜めておいた両足の"圧縮"、その片方――右足を解放する。
景色が一瞬で後ろに流れ、ある程度の人数が固まった一角へ現れる。面を上げてみれば、目の前にはむさい男、その顔に愚直な右ストレート。幾つかの歯をへし折る感触を感じ、血の尾を引かせつつ拳を戻す。と同時、腰を右に捻り、返す刀で左裏拳。
鈍い打撃音。鼻血を垂れ流し吹き飛ぶ茶髪男、それを見届ける事無く、次の行動へ移る。
上半身が左に捻じられ、取り残される形となった下半身。それを正す様に左踵を中心に石畳を抉り、石を弾きつつ回転。足を遠心力のまま浮かせ、後ろに居た男の頭を蹴り飛ばす。だが浅い、痺れが僅かに抜けた男が上半身を逸らしたお陰で、鼻を掠めるだけに止まってしまう。
「ちっ……」
小さく舌を打ち、直ぐに気を取り直す。右足を強引に下に軌道修正し、残った回転を左足に託す。継いだ左足は、地に限りなく近い宙に弧を描き、男に受け身を取らせる間なく地面へ倒す。
此処まではまだ良い、相手が動かないのだから。だが、二人目の男からして、そろそろ相手が動き出す。
「このやらう!」
前から迫ってきた呂律の回らぬ男の左拳を、まずは後ろに半歩引く事で躱し、続き、歪んだ弧を描き振るわれる右フックが胸を僅かに掠める。男の右腕が振り切られ、手の届く範囲から逃れる前に拳を右手で掴み、一歩踏み込み肘に左手を当てる。左手を押すように動かし、右手は逆に爪を立て肉をむしり取る勢いで引き寄せる。直ぐに曲げられた肘が伸びて腕が真っ直ぐになる。そこまでは普通なのだ、そこまでは。
「な、なにを……!」
これから自分の腕がどうなるのか察したのか、男の顔が恐怖に歪む。だからといって、躊躇は微塵も沸かない。
ボキ――大よそ快音とはほど遠い位置にある音が鳴り、追っかけ男の悲鳴が響く。
痛みに吠える男の為にも、近隣住民から騒音被害を訴えられぬ為にも、俺は右足を風を切る様に動かし、股間を痛打、男を気絶させる。
その余計な気遣いが良くなかったのか、左足が何か棒らしき物にすくわれ、俺の視界に石畳が映る。
寸前、両手で地を付き、両腕を使って衝撃を吸収し、追って来るであろう攻撃を見極める為に体を仰向けにする。と、木剣の剣先が迫っていた、肝を存分に冷やしつつ、顔を左に全力で傾けて回避。
ちっ、と舌打ち一つ鳴らし、引こうとする木剣を両手で掴み、左に全力で振り抜く。案外あっさりと舌打ち男の手から剣が擦り抜け、柄を剣先にした形で木剣が手に入る。そのまま左に振った木剣を、再び仰向けになる程身を捻り、下がっていた男の顎に柄を叩き込み、放り捨てる。
体勢が不安定な為、威力は十分では無かったが、多少の隙が舌打ち男に生まれた。その隙を逃さず、反動を付けて男の蹴り飛ばし、かつ立ち上がる。武器を持ってるだけあって、多少の心得がある奴なのか、未だ気絶には至っていない、ので顔の上で片足立ちをして止めを刺す。多少、払われたのが恨みも合って、念入りに踏んづけておく。
俺が捨てた木剣を持つ奴もいたが、その木剣を持ち主の哀れな末路を見て尻込みしている、こういうパフォーマンス的な意味も、そこそこには含んでいるのだ。
その甲斐あって、一先ずこの一角の男達は動く気配が無い。ならば、此処に居る意味も無い。
イレーナが相対する声が聞こえる方に向かって、左足を解放する。と、衝撃が身を襲った。ろくに確認せず跳んだ為、地に着く前に誰かにぶつかったのだ。
「こはぁ……!」
幸い、跳ぶ際に右ひじを尖らせたお陰で、思いもよらず一人数を減らすことが出来た。その上、何時の間にか現れた敵に味方がやられる、と言うのはかなりの演出、かなりの脅威と見られたようで、それぞれ武器を抜いてこちらを向いた。
「しぇやぁ!」「おらぁ!」「死にやがれぃ!」
それぞれ三者三様の掛け声で、小男が折り畳みナイフ、ちり毛男が鉄パイプ、禿が角材。三種の凶器が、前下方から突き、左方からの後頭部強打、右方からの背中痛打を狙う。下手したら死んでもおかしくは無い物がある、どうやら怒りで冷静さを失っているようだ。これは若人の未来の為にも、少し眠って頂いた方が良いだろう。などと、体の良い、未成年に対する暴行理由をでっち上げつつ、体はそれぞれの対処の為に動く。
ちり毛目掛けて右足で地を蹴り、左肘を胸の中心に楔の様に打ち込み、
「こっ……!」
捻った裏拳で顎を揺らし、後ろによろける男の服を引き寄せ、互いの位置を強制的に入れ替える。
「何っ!?」
突出したナイフを小男は止める事が出来ず、ちり毛の左足に深々と突き刺さる。禿の角材は、寸での所で止められたが、強引に止めたせいで咄嗟に次の動きに繋ぐ事は出来ない。最も、俺にも同じ事は言える、大きく前に傾いた体は振り返ろうとすれば、背中から地面へと倒れてしまう事だろう。
だがしかし、俺は構わず靴の踵をすり減らしながら、視界の中に二人の男を入れる。同時、体内を流動させる、人間でいう肋骨付近に忍ばせた投げナイフを両腕に"装填"。
["殺人者の刺突剣"]
一射目が左手の皮を突き破り、ナイフを持つ小男の右腕に、二射目は禿男の左肩に、それぞれが刃先が貫通するほど深々と突き刺さる。着弾を確認し、背中から地面に倒れ、素早く立ち上がる。
汚れた服を軽く払い、周囲を一瞥すれば目を付けられたと勘違いした奴らから悲鳴が漏れ出る。
所詮は町の不良。これだけすれば向かってくる奴は……
「この野郎ぉぉぉ!」
極少数だ。
修業時代に戦った大猪を彷彿とさせる、何もかもを打ち砕きそうな突進。と思われたのだが、
「うるぁ!」
雄叫びと共に巨体が螺旋を描き、唸るような右バックハンドが放たれた。
巨体に似合わずそれは速く、避けるにも躱すにも俺の体勢からは間に合わない。
受けるしかない。覚悟を決め、重心を落とし、右半身全体を使い、拳を受け止める体勢をとる。
激しい揺れ、視界は定まらず、右腕からは感覚が失われる。
だが、持ち堪えた。
「今度は、俺の番だ……!」
曲げていた膝を伸ばし、拳を真直ぐに突き出す。狙いは受けられ隙だらけの右腕、その脇下の急所。
「ぐぅ!」
呻いて揺れる巨体の髪に捕えて思い切り引き寄せ、右膝でその顔を串刺した。
肉が潰れる気持ちの悪い感触に顔をしかめ、大男の頭を放り捨てる。
「ふー……疲れた」
ここでやっと一息入れ、辺りを見回せば、後に残る人間は見た所、顔を引くつかせるイレーナ、呆気にとられてるディーガン、顔を真っ青に染めているシュバッハ、位のものだった。
「ルフト……拳、と言うか全身武器そのものだな、お前は」
「まぁ、伊達に得意武器に力強く"拳"なんて書いてませんからね」
若干皮肉を込めて言い放つと、イレーナがうぐっ、と呻きを上げて怯む。その様子に少しだけ気分を良くしていると、
「おい、あんた。俺とは戦わないのか?」
ディーガンが警戒した目付きで睨んでくる。その動きに薄く笑いつつ、
「いいえ。僕の仕事はあくまでチームの解散なもので、まっこれだけやったら充分でしょう。どうぞ、個人的な決着はご勝手に」
煽る様な俺の言い方にディーガンは口元を緩め、
「……そうさせて貰うよ」
此方に向け、僅かに頭を下げた。ディーガンは直ぐにその頭を上げ、血走った目を浮かべるシュバッハに向き直る。
「さぁ、立てよシュバッハ。もう一丁、一対一で戦おうじゃねぇか」
「くっこの野郎……! 良いぜぇ、こうなったら自棄だ! 手前だけでもズタズタしてやらぁ!」
唾をまき散らしながらシュバッハが見覚えのある形の、でもこの辺りでは見ないナイフを手に持つ。それを見た瞬間、ディーガンは顔が固まり、足がほんの少しだけ後ろへ下がる。
「おい、ルフト。ディーガンはどうしたんだ?」
「あのナイフが原因でしょうね」
じりじりと近づいているシュバッハのナイフを指さす。
「何を言ってる、あいつは"拳通士"だろ?」
ステップを踏み、体を揺らすディーガンにイレーナは目を向ける。
「だからこそ、なんですよ。ディーガンが脅えてる理由は」
「回りくどいな、どういう事だ?」
確かに、勿体ぶるような言い方ではあったのだが、信じて貰えるかどうかは怪しい、ので俺は言った。
「見てたら、分かりますよ。ほら」
互いの攻撃範囲に二人が入った。状況的には刃物を持つシュバッハの方が有利、だがしかし、それも相手が常人であればの話し、元来の実力が圧倒的に勝っているディーガンの勝利に俺は疑いの余地を持たなかった――あのナイフを見るまでは。
「ちぇや!」
「っ……!」
卑小な声と共にナイフが突き出される、それをディーガンはぎこちなく"躱した"。当たろうと問題の無い筈のナイフを、躱したのだ。
「お、おい……!」
隣でイレーナが狼狽えているのが分かる。だから、落ち着かせる意味も含め、俺は断言する。
「分かりましたか? 要はあのナイフ、"拳通士"の壁を突き破る……いや、すり抜けます」
8/21 改訂完了。