第十話:拳闘士
「あれが例のリーダーですかね?」
「ああ、見た所その様だな」
溜まり場を記した地図を頼りに西へ東へと駆けずり回る事五件目。遂にシュヴェルトの息子らしき人物を発見した。
いや、らしきなどと言う文字は外しても構わないだろう。不良の溜まり場に憶せず座っている事実からは勿論、外見も逆立てた髪型、薄い褐色の肌、鋭い目つき――シュヴェルトさんをそのまま若くした感じだ。ただ、体格はシュヴェルトさんと比べるとやはり見劣りしてしまう、が、代わりにあの年齢特有の"鋭さ"の様な物を感じる事が出来る。
ざっと観察を終え、隣に居るイレーナの顔を伺ってみると、その顔には疑問の色が浮かんでいた。
恐らく俺と同じ疑問だろう、ならばイレーナの言葉をわざわざ待つ必要はない。
「……聞いてた人数よりもずっと少ないんですね。いつも三十人ぞろぞろ引き連れてる訳じゃ無いにしろ、幾らなんでも――四人と言うのは、ちょっと」
それも本人を含めて、の話だ。最初は待ち伏せかと思ったが、俺達の事を事前に知る事は不可能だろうし、万が一知っていたとしても、この溜まり場は広場の様になっているため何十人どころか、今見えている四人すら隠れるスペースはありそうもない。
「隠れてても仕方がない、行くぞ。打ち合わせ通り、いざとなったらお前がリーダーを、私が取り巻きで行くぞ」
浅く頷く。緊張をほぐすように一つ息を吐き出しつつ、壁の淵に手を掛けて一歩踏み出し姿を晒す。
「ガレアータさん! で、よろしいでしょうか?」
威圧するように声を張り上げ、まずは話し合いと言う態度を示す為に伺う様に声を落とす。
こちらの声に身構えたガレアータ達も、拍子抜けたような表情を浮かべた後鬱陶しそうに徐々に近づいて来る俺達を睨んでくる。
「それは俺の名字だが……何の用だ?」
「良かった、別人だったらとんだ恥を……」
「早く要件を言え」
苛立たしげな声が俺の言葉に差し挟まれる。その行動以外にも、忙しなく動く手、額に浮かぶ汗からして何か焦っている様だ。
一瞬、あえて回りくどい言い方をして苛立たせ、激情させている内にのそうかと考えた。だが思い直す、何かが引っ掛るのだ、過激化したチームの行動、少ない取り巻き、そして焦ったガレアータ(リーダー)の表情。
三つの事柄から思考が回り始めるが、直ぐに止まる。何にせよ、事実を本人から確認するのが早いと思い直したからだ。
「最近お宅のチームの活動が活発化してるとう話が出てましてね、貴方のお父様がギルドの方にご依頼されたのですよ。何とかして、チームを解散させて欲しい、とね」
「ちっ糞親父め……」
糞親父、ね……そんな事言えるのは父親と会えない俺としては羨まし過ぎて堪らないし、ムカついて堪らない。
シュヴェルトの言い様からして、内心はそう悪くは思って無いと信じているが、それでもムカつくものはムカつく。
内心のそんなもやもやを外面に出さない様に気を遣いつつ、
「まぁ解散と言っても分かり易い話で、リーダーの貴方に引かれた人で出来たチームならば……」
「俺を倒したら勝手に解散する、か。要は一対一で勝負しろ、そう言う事だろ?」
言ったのだが、吐き捨てる様なガレアータの言葉にまたも切られる。侮蔑に似た何かが混じったそれは外部に対したものでは無く、むしろ自分に対するものに感じる。
俺が何かを言いだす、その前に取り巻きの連中が騒ぎ出す。
「外部の奴がうるせぇんだよ!」「ディーガンさんは何も悪くねぇ!」「何も知らねぇ癖に!」
「お前らは黙ってろ」
ガレアータ、否ディーガン=ガレアータの声に取り巻きが黙る。
一見、詳細は何も分からない様に感じるが、大体の場合において不良がこの様に過剰に外部を除ける理由は一つ。これで内情に付いて予想が付いた、どうやら自体は予想以上に厄介そうだ。
「ほら、一分で伸してやるから掛かって来いよ」
くいくい、ディーガンが人差し指を二度折り曲げる。その挑発に対しては俺は嘆息しつつため息を吐き、
「挑発するならもっと屈辱的に、良いですか?」
窘めるよな声を出し、すぅー……っと目を閉じて深く息を吸い込む。
「一撃で伸してやる、掛かって来いよ負け犬野郎」
先程の丁寧口調から一変、素の口調で嘲笑う。取り巻きは勿論、比較的冷静だった様子のディーガンも僅かに顔色を赤くし、何も言わずに構えを取る。
「ふっ!」
短い息吹が始まりだった。ディーガンが右足で地面を強く蹴り、やや大振りな左フックを放つ。
遅くも速くも無い、ごく平凡な踏込み。師匠の足元にも及ばない。
左フックをやや前傾姿勢で滑り込むようにして避ける。ディーガンもそれを予期して右の拳を俺の顎を捕らえる位置で固まっている。
右拳の硬直が解かれる。その前に、俺は地に着いた足を休ませる間なく、地面に打ち付けて跳び上がる。
ほぼ同時に右拳が放たれた。されどそれはあくまで"ほぼ"同時、同時では無い。数瞬程俺の方が速かった。
「がっ……!」
ディーガンの拳は中途半端な加速を伴ったまま胸を打撃し、俺の頭は瞬間的な加速で顎をかちあげた。
足をよろめかせ、ディーガンは後ろに倒れかかるも、何とか左足を後ろに持っていき体を支える。
対して俺は空中で打撃されたのもあり、地面に背中から打ち付けられる。胸と背中から挟み合わせに衝撃が伝わり、本来なら苦悶の表情の一つや二つを浮かべるのだろうが、生憎、俺は"変化"で痛覚を鈍くしているので一つも浮かぶことは無い。
俺が反動をつけて立ち上がって前を見ると、ディーガンは揺らいだ目で駆けてくるところだった。
「はぁ、一撃じゃ決まらなかったか、締まらないな」
短くぼやき、直ぐに身構える。危なげな足取りで突撃してくるディーガン、その隙は膨大だ。
もう一度顎を打つのが決めてとしては確実だろう、だがそれでは完全に気を失ってしまう可能性がある。それでは話を聞く際に面倒だ。
考えている内に勢いだけの右拳が迫っていた、反射的にその拳を受け止め捻りあげる。
「あえっ!」
余りの痛みにディーガンの体が浮き上がり、重心もまた上がる。不安定なった足を払い、ディーガンを転倒させる。
お陰で瞬間的にとはいえディーガンの身体が仰向けに宙に浮かぶ。すかさず俺は手を放し、身を落としつつ右腕を曲げる。
段々と下がって行く景色の中、尖った右肘が軟らかい物を捕え、そのまま地面に突き刺さった。
「っ……!」
そしてそれが終わりだった。ディーガンは痛みに脂汗を浮かべ、腹を押さえて地面をのたうちまわっていた。
「「「ディーガンさん!」」」
取り巻きが揃って声を上げて駆け寄ろうとする。それを睨み付け、手のひらを見せる事で制する。
「お前達に聞きたい事がある」
「な、何をてめぇ!」
腰が引けつつも怒鳴る取り巻き。それに対して何も言わず、何も心を動かさず、只一つ足をディーガンの顔面の上にまで動かして止める。
――答えねば顔面を潰す。そう言う暗黙の脅し、それが只の脅しと見られぬ様に、意識して顔から感情を失くす。
「や、止めろ。話す、話すから!」
「じゃあ聞くぞ。カルトフェルに一体何が起きた? 今は誰がリーダーなんだ?」
取り巻きが怯み押し黙る。どうやらメンバーの反逆によるリーダーの交替、そんな推測は当たったらしい。リーダーが変われば活動内容も変わるだろうし、取り巻きも激減するだろう、焦った表情からしてその相手と今から話し合いでも決闘でもするつもりだろう。
「ふん、もういい。何が起こったかは大体察しがついた、やっぱり負け犬だったなこいつは」
げしり――体を軽く蹴りつつ、気だるげな内心を隠す事無くイレーナの方を見る。
「仕事はチームの解散だ。そこのを伸す事じゃない」
イレーナの返事に肩を竦めつつ、
「分かってますよ。君等、どうせここで待ってるんだろ? その相手を待たせて貰うよ」
と、返事を聞かぬままに背を向けて歩き始める。
「部外者がぁ……口を出すんじゃ……ねぇ!」
絞り出しす様な声に俺は無気力に
「部外者でも、仕事なんでね」
そう答え、後から聞こえる声を無視して壁にもたれ掛った。
「ディィィガァァァン!!」
一時間もせず、その馬鹿みたいな声は広場に響いた。馬鹿の声に続いて聞こえる音は何十人という数が鳴らす足音、そして野次だった。
不細工な金髪馬鹿が引き連れた集団は俺とイレーナを一瞥し、直ぐにディーガン達へ歩み寄る。
「やぁぁっと話を聞いてくれる気になったのかよぉ。おれはぁ、もう嬉しくて泣きそうだぜぇ」
と、わざとらしく泣き真似する馬鹿。そんな馬鹿をディーガンは今にも冷淡に見つめ、
「安心しろ、てめぇの話を聞く気なんかこれっぽっちもねぇよ、シュバッハ」
言い捨てる。その言葉に馬鹿改めシュバッハが泣き真似を止め、冷静を装いつつ口を開く。
「本当に……俺様の下に付く気は無いのか?」
「元より、俺は上だの下だの付けたつもりは無い。勝手にお前らが言いだした事だ」
「あのなぁ、ディーガン……」
「言い分を聞く気も無い。俺はただ、お前との勝負に納得してないだけだ」
「おいおい、ちゃんと正々堂々俺は一対一で戦っただろう?」
「ああ、だが勝ち逃げされるは面白くなくてな。だけどお前は、話しに乗る振りでもしないと俺の前に出てこねぇだろ?」
「どうやら……本当に馬鹿だったらしい、お前らぁ!」
その声にシュバッハの腰ぎんちゃくが嬉々とした表情で四人を取り囲む。取り囲んだところで実際に攻撃できるのは数人だろうが、あの輪の中心からはさぞかし絶望的に見えるであろう。だから俺は、静かに――
腰巾着の一人を蹴り飛ばした。
「なぁ!?」
ドミノ倒しよろしくばたばたと人が倒れて行く様は圧巻で滑稽であった。途中途中で「わっ引っ張るなぁ!?」やら「おい馬鹿、急にこっちにあぁぁ!?」などと勝手に自爆していく声が聞こえ、ケケケと思わず笑い声が漏れる。
「なっなんだお前は!?」
動揺した目、脅えた目、呆気にとられた目、様々な目が俺とイレーナに向く。
その目に突き付ける様にライゼカードを取出し、にこやかに告げる。
「どうも、ギルド員ルフト=ゼーレです。早速なんですが、カルトフェルの解散が今回の仕事なので、今から力づくで解散させますので御協力でも、御抵抗でも好きな様にどうぞ、結果は変わりませんので」
全ての目が怒りに染まり、乱闘は始まった。
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