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人魔のはみ出し者  作者: 生意気ナポレオン
第五章:吹く風血まとう教練編
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第百四話:目覚めの八月

約二年と半年ぶりの投稿になります。

長期に渡り投稿が空いたこともそうですが、文体が劣化・変化していたら申し訳ございません。

 眠りから目を覚ます時には、多かれ少なかれ混乱が伴うと思う。少なくとも、僕はそうだ。

 生まれてから今まで、我が家に用意された古風なベッド以外で寝たことのない僕だが、それでも時折り寝起きは自分が何処に居るのが分からなくなる。特に今日のような悪夢を見た日には。

 まるで今この時この世に生まれ落ちたかのように――なんて、普段なら思いつきもしないような言葉も、この混乱の中ではなんの恥じらいもなく思える。


 依然としてぼうっとした頭で思い出すのは、つい先まで見ていた夢のことだ。口から滴る生暖かい血、口内に収まらないほどに伸びた牙、肉片がこびりついた爪――足元に転がる、ゼーレの屍。

 そう、夢だというのにやけにその屍の事は脳裏に焼き付いてる。首元には無数の穴が穿たれ、四肢は千切れてこそ無いが、虫に食われた葉のように、そこかしこの肉がこそげ落ちている。

 紛れも無い悪夢、悪夢のはずなのに……僕はその悪夢の中で奇妙な充足感を得ていた。そして、その直後に内から湧き出る飢餓感も。

 一滴の水が落ちた枯れ地のように、爪に付いた肉を喰らう飢えた獣のように。喉がかすかに潤いより乾き、腹が一瞬満たされなおも飢える。


『……夢のことなんて思い出して何になる』


 悪夢を振り払うように、鈍く重い頭を振り、ズルズルと体を引きずるようにしてベッドから這い出る。

 ぼやけた視界、力の入らぬ体、まるで熱でもあるかのようだが、熱さはなく逆に夏だというのに空気が寒々しく感じる。


 いつの間にか僕の体は、寝室から廊下へと移っていた。視界に入った大窓から覗く空は、青みがかった灰色。早朝なのだろうか、と特に意味もなく思う。

 年季の入った手すりを掴み、ツゥとその行き先に従い、ゆっくりと階段を降りていく。


 一段降りると、固い絨毯がくぐもった足音が響く。

 二段降りると、壁に赤黒いシミの数増えていく。

 三段降りると、絨毯は壁のシミと同じ色をした玉網様の密度を濃くしていく。 

 階段を階段を降り終えると、そこは血に――赤黒い、人間の血に染まっていた。


『暴走、か』


 知っていた。悪夢などと誤魔化してみたが、記憶がツギハギの状態など、暴走をしたとしか考えられない。

 そして、僕が最後に覚えている景色は、ローザと親しみなれた学校からの帰り道だ。

 何があったのか、想像は容易に最悪の景色を描く。だが、想像でしかない、根拠の薄い仮説など考慮に値しない。


『ゼーレ。居るんだろう?』

『そろそろ正気に戻る頃かとは思っていたが……いつもと違って、いやに冷静だな。記憶があるもんなのか?』

『いいえ、でも不思議と喚く気になれないんです。それに、気に食わないが……あなたのことだ、暴走した時の備えは用意しているとは前から想像はしてました』

『ハッ、信頼を裏切るようで悪いが、今回の件に関してはほとんど俺はノータッチだ。手柄はお前一人だよ』


 声に反応して背後を向けば、暗がりの中ソファに横になっていた人影が身を起こし、手に持ったマッチで明かりに火をつけた。

 ぼわりと闇に浮き上がった顔は、まさしく呼びかけたゼーレのもの。

 ただし、その顔はいつもと違い、ニヤニヤと不快な笑みを讃えたものではなく、珍しく不機嫌そのものと言った渋面。

 火を灯ったマッチを手で振って消しながら、ゼーレがむっつりとした表情のまま話し始める


『結論から先に言っとくと、ライエンハイトは無事だ。お前が無事に送り届けた』

『そうですか』


 本来、ほっと安心すべきゼーレの言葉を聞いて、自分の口から吐いて出た一言は、自分でも不気味なほど素っ気なかった。

 喜ぶべきだ、安心するべきだとは内心で訴える声もあるが、それすら義務的なものとしか思えない。

 ……きっと、まだ意識が朦朧としているせいだろう。そう自分に語りかけつつ、目線は窓へと移り、自分の姿を確認せずには居られない。

 当たり前だが、そこに居たのは飽きるほど見た自分の顔だった。

 窓から視線を戻せば、ゼーレもまた僕の態度を奇妙と思ったのだろう。訝しむような目つきでこちらを見てくる、が今は話をすすめることが先決と判断したのか、何も言わずに話を続ける。


『しかし、自分から仕掛けておいて、全滅とは随分と間抜けな襲撃者ですね』

『フン、それぐらは覚えてるんだな』

『と言っても、しっかりと思い出したのは襲撃が起こる直前まで、後は断片的にしか思い出せませんけどね』


 そう言って、改めて記憶を掘り起こす。

 働き蟻作戦オペレーション・アーマイゼが何とか無事に終了した後も、血の匂いを近くで嗅いでしまった僕の興奮状態が収まることはなかった。

 それでも幸い、近くにローザがいたおかげで、学校に帰るまでは何とか自分を抑えることが出来ていた。

 ある程度冷静になった今なら分かるが、この時僕の精神状態は限りなく暴走状態のそれに寄っていた。

 寄りによってそんな時に、僕とローザは学校からの帰り際に襲われたのだ。


『ま、偶然じゃないわな。やっこさんは、お前が血に触れるこのタイミングを図ってたに違いない』

『そうなると、働き蟻作戦オペレーション・アーマイゼのことが耳に入っていたと考えるのが自然ですね。相手の耳が良いのか、口が軽いのが居たのか、それとも……』

『相手は目と鼻の先に居るのか。一回面と向かって、お話させて頂きたい所だねぇ』


 よほどの情報通か、裏切り者が身近に居るか、学校に潜んでいるのか……。自分が口にしたことだが、まず裏切り者の線はないだろう。わざわざそんな真似をするような必要性がない。

 残る二つは、いま与えられる情報ではどちらとも言えない。言えるとすれば、後者の方が厄介だろうな。互いに直接手が出せる状態で、アドバンテージを取られているのは、ゾッとしない。

 

『ともあれ、敵さんの狙いがお前と分かって良かったと思うべきだろう。それより、よっぽど面倒くさい問題が別にある』


 そう言って、心底面倒くさそうにため息をついた後、ゼーレが不機嫌そうに口を開く。


『お前の手袋(グレイプニル)な、破けたぞ』


 余りにも呆気なく放たれたその言葉に、数瞬反応が遅れる。

 が、すぐに意味を理解して、自分の手を目の前に掲げて、隅々まで確認する。しかし、ゼーレの言う破けたような跡は見当たらない。

 また、このひとの悪質な冗談かと、顔を伺うもののそのような様子は一辺たりとも見れない。

 そんな僕の反応を見て、補足するようにゼーレが言葉を付け足す。


『嘘じゃねぇよ。お前の意識が切れた途端、逆再生みたいに元の形に戻ったんだ』

『成る程。しかし、自動修復機能付きとは、気が利いてますね』

『そんな器用な真似をするぐらいなら、壊れないようにしろと言わせて貰いたいね』


 そう言ってゼーレが手に顎を乗せた状態で、つまらなそうに鼻で笑うと、すぐにまた渋面に戻って、愚痴るように言葉を続けた。


『まぁ、封印越しに無理やり能力を発揮する。なんてしてるんだ、いずれはこんなことなることは予想してたが。だが、正直ここまで早いとはな』 


 表情にこそ出さないものの、少し驚く。

 常に全て想定通りと言わんばかりにふてぶてしく笑うこの男から、こんな言葉が飛び出すとは。

 自分でもよく分からないほどに、それが愉快に感じられて、思わず笑みが零れる。


『随分と余裕そうだな』

『自分でもびっくりです。でもまぁ、ゆくゆくは、この手袋を外そうとしてた訳ですから』


 ――それが早まっただけで、問題じゃない。

 そんな言葉をあえて言うまでもなく、ゼーレは僕の言いたいことが分かったらしい。


『……お前、そんなに自信家だったか』


 と、苦虫でも噛み潰したような表情から一変、真剣な表情となり警戒の色を強める。

 ピリピリと肌がひりつく、これが殺気と言うやつなのかもしれない。

 良く良く見れば、誤差程度の違いだが姿勢が変わっており、何時でも僕に対して襲いかかれる体勢に移行しているように見える。


『そんな怖い顔しないでくださいよ。得物を構えるのも止めて下さい』

『ハン、随分と鋭い嗅覚してるな』


 半分以上勘で言ったのだが、どうやら当たっていたらしい。お陰で殺気はより濃い物になる。

 迂闊な発言だと自己嫌悪だったと思う一方、どこか推測が当たっていたことが嬉しくも感じる。

 ……ダメだ、妙に落ち着かない、ここは一度気持ちを切り替えないと。

 そう自省して、ふわふわとした気分を宥めるように深く息を吸う。

 早朝の冷えた空気が、熱を孕んだ頭と体をかすかに冷やしたのを実感して、僕はよく考えながら言葉を吐く。


『すいません。どうにも高揚してるみたいで……お酒を飲んだら、こんな感じなんですかね』

『薬をキメたら、の間違いだろ。そう言う時間があるなら、ベッドに戻れ。また、ヤンチャされても敵わん』


 憮然とした表情で放ったゼーレの言葉に、脳裏で悪夢で見たゼーレの残骸が浮かぶ。

 あんな状態から僕をどうにかしたらしいゼーレも大概だな。

 そう思うのと同時、かつて"無貌の者(オーネ・ゲズィヒト)"と恐れられたこのひとを、あそこまで追い詰めるぐらいの死刑囚の力の恐ろしさを、改めて思い知る。


『どんな風だったんです、僕は』


 だからこそ、その質問は自然と口から吐いて出た。

 ゼルフの事件で、初めて封印グレイプニルを外された時は暴走状態になったが、最中に呪縛が解けたお陰か記憶をここまで失っては居なかった。

 であれば、記憶がなくなるほどの暴走状態がどれほどのものだったか気になったのだ。


『そんな顔をしてる奴には教えられねぇ、さっさと寝ろ。じゃないと、子守唄代わりに一発ぶち込むぞ』


 ゼーレはそれだけ言って、話は終わりだと言わんばかりに鼻を鳴らし、またソファに横になる。

 その頑なな態度を見て何も言えず、無言で踵を返す。

 そうして、寝室に戻る傍ら、窓に映り込んだ僕の表情かおは、微かだが確かに笑みを形どっていた。

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