第九話:異能者
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午前八時。俺とイレーナはまだ人がぞろぞろと集まり始めた大通りで落ち合い、ギルドへと向かっていた。
「良いのか、本当に私が相棒で?」
と、相棒が白い息と共に言い、
「良いですよ、と言うか。ここで相棒打ち切り! なんて言ったら周囲の目で死ねますよ、そう思う位なら最初からやるなと」
そんな気温に負けない位に冷めた視線を放ちながら俺は返答する。
「……ま、まぁお前が良いならこっちとしては都合が良いんだけどな」
そう言って相棒は目を明後日の方に向ける。
「あのー後半無視しないでくれません? ったく……ふぁぁ」
そんあ相棒に呆れついでに一欠伸。頭では目覚ましついでに軽く思索。
昨日、イレーナはあそこまで強引に勧誘した理由は、もし病気の事がばれたら手を組む人物が居なくなるからだろう。一度相棒登録しておけば、今の様にばれた時に周囲の目を気にして切り離し辛いしな。別に責める気は無いし、周囲の目が無くとも切り捨てる気は無い。俺とて隠し事をしている上に経歴不明と言う時点で、手を組んでくれる人は殆どいないだろうからな。
「眠いのか?」
早く話を変えたいのか、その一言はやや唐突気味だ。
「ええ、朝は苦手なもので。さて、今日はどんな依頼します? 出来れば今日は楽なのがいいんですが」
初日からのハードな仕事の所為で、そこそこ"生命力"が減ってる。"言霊"を使わないといけない様な依頼はご勘弁を願いたい。
「そうだな、今日は軽めの仕事にするか」
そんな感じで相棒の同意を得、早朝の風に身を震わせながら見えてきたギルドへと真っ直ぐに歩む。
「それにしても、お互いにギルドから遠い場所に宿をとったな」
「しょうがないでしょ、ギルド周辺は宿代が高いんですよ。まぁあの周辺はギルド以外にもいろいろと便利ですからね」
もうちょっと店を他の地区にばらけさせて欲しい。だけど、ギルドにはギルド員は勿論、依頼人や移動用の車やらが来るから、店が密集するのも無理無いか。
「そうだなー……よいしょっと」
イレーナが扉を思い切りよく開ける、途端暖かい空気が体を包み、代わりに中の人たちからしかめ面を頂くが、無視。
「ふぅ~温かい。やっぱり寒いのは苦手だ」
「あれ、イレーナもなんですか。僕も寒いの苦手なんですよ」
などとたわいない会話を交わしつつ、依頼カウンターの方へ向かう。席に着いている職員は昨日も見た顔、確かカッツェと名乗った職員だ。
「カッツェ、何かいい依頼あるか?」
まるで長い付き合いの友人の様にイレーナが声を掛ける。その行為に不自然さや嫌味な感じはしない、こう言う所は素直に感心する。
「あっイレーナさん! 丁度、貴方達向き……というかそちらの方向きの依頼があるんですけど、やりませんか?」
職員、否社会人として職場の人間の名前を覚えてないとは何事か、新人と言う言い訳もイレーナの名前を覚えている為通用しないぞ! などと言えるのは心中だけだ。実際には、
「おい、そこ。僕の名前は覚えてないのか」
と言う俺の短い訴えが、
「どんな依頼なんだ?」
「ええ、これです」
「何々……」
と二人の女に棄却される。逆転勝訴どころか、裁判自体開かれそうにない。
「いや、無視ですか。おーい、僕の名前は……」
「成程、確かにこれはお前向きだぞ」
二人の女傑による発言の封殺と言う不条理に奥歯を噛みしめつつ、差し出された依頼書を受け取る。
「……最近活発化してる不良チームの即時解散? なにこれ、凄い面倒臭そうじゃないですか」
「まあ聞け、この依頼……報酬が滅茶苦茶良い」
見てみると確かに報酬は依頼内容にしては破格、一刻も早く住居が欲しい俺としては喉から手が出るほど頂きたい額だ。だが……
「これ、確実に何か裏がありますよね」
「安心しろ、その理由も書いてある。その不良チームのリーダーが"異能者"だからだそうだ」
「……あほかお前」
素で答える。街に到着して二日でなぜ俺は"異能者"なんて珍妙な連中に関わらないといけないのか? と言うかまだ引き返せる、引き返そう、引き返さねば。
「異能者? 冗談じゃないですよ。大体それのどこが僕向きなんですか!」
「落ち着いて、最後まで見ろ。落ち着きのない男だな」
言われて下の方まで見てみる。すると、何時もは大した事が書かれていない補足欄に赤字で幾つかの文が書かれていた。
「能力名"拳通士"。名前の通り拳……肉弾の攻撃しか通らない異能。まぁ確かに、僕向きと言うのは分かりました、だけど他にも向いてる人は居るでしょう?」
「生憎ですが、拳武器と書かれている方は何人かいますが。"拳"とここまで力強く書かれているのは貴方だけです」
「う゛……」
「聞くだけでも行って見ないか?」
古来、聞くだけ見るだけで何事も無かったことは無い。此処で言ってみるはイコール依頼受けるという事だ。依頼料は確かに魅力的だが、それだけでこの依頼は……。
迷っているとカッツェが耳元へ口を寄せ、悪魔の言葉をささやいてくる。
「……やり手が居なさそうな依頼なので追加報酬を払います」
心が揺れる。だが重要なのはその額、カッツェが指を立てる、その数二本――つまり二万……! どうする、まだ粘って……
「今回の依頼、私は余り役に立たなそうだから四割で良いぞ」
「よし、取り敢えず聞きに行こう」
即決。考えるまでも無く体が自動で答える。
「了解しました、こちらで手続きは済ませておきましたので、どうぞ行ってらっしゃいませ」
「すまないな、じゃあ行ってくる」
「ルフトですからね、今度こそ名前覚えておいてくださいよー!」
「では、行ってらっしゃいませ、イレーナさん」
……もう何も言うまい。
◇◆◇◆◇◆
歩く事十数分、依頼人の館が見えてくる。
"館"なんて呼称が使われてる時点でその大きさは察することが出来るだろう。外装も大きさに比例してるように豪奢で、精巧に作りこまれた石造りが見目に麗しい。
館の雰囲気に圧倒され呆ける気配を感じたのか、横からイレーナが注釈の様に告げてくる。
「依頼人は元ギルド員でな、現役時の報酬金で一括買いしたらしい」
「それなら、チンピラの一層なんて本人にやってほしいんですけどね……と言うか、良く考えれば個人でこんな依頼を出来るなんてよほどの金持ちですよね……」
良く考えてみればこういう依頼は周囲の住民で集金してギルドに頼むもの、そのレベルの依頼を個人で出す依頼人なんてよほどの金持ちに決まってたな。
「おいルフト、呼び鈴を鳴らすぞ」
カーン――こちらの返事を聞く間も無くイレーナは行動する。
すると大した間もなく、五十歳代ぐらいの大柄な男がこちらの方へ歩いてくる。
その姿が近づくにつれ、その人物が只ならぬ者だと分かる。薄い褐色肌の顔には大きな傷が幾つもあり、近づくにつれ圧力を増す巨体、だと言うのに歩みは軽く鈍重と言う印象は微塵も沸かない。
男を表現するとしたら十人中十人が故山の老兵、もしくは何かの武術の達人という事だろう。
それほど重く落ち着いた雰囲気を彼は纏っていた。十中八九、依頼人はこの人物だ。
男が勢いよく手を上げる、その腕は丸太の様だ。その仕草に無意識のうちに身構え、目は一挙一動を見逃さないと瞳孔を開く。
これは決して過剰な動きでは無い。なぜならば、依頼人が受注者の実力を測る為に突然に襲い掛かって来る事は間々(まま)ある事だからだ。その上今回は、依頼人の元ギルド員という経歴を考えると、その可能性はかなり高い。
「よく来たな! 姉ちゃん達」
そんなこちらを余所に、彼は第一印象を豪快に卓袱台返ししつつ、警戒領域にずかずかと乗り込み、快活な声で友好的に手を差し伸べる
「どうも、ギルド員のイレーナ=ロートナイだ」
相棒がその手を取り握手を交わす。どうやら暗器という事もなさそうだ、などと要らぬ警戒をした羞恥を誤魔化す為に心にもない事を思う。ん? 心にもないのに思うと言うのは矛盾か? まぁどうでも良い事か。
「同じくギルド員のルフト=ゼーレです」
二歩歩み寄り、まだイレーナの温もりが残る手を取り握手する。がっしりとした頼りがいある手と、歯ガンする顔から親しみこそ感じられるが、敵意はかけらも感じれ獲れない。
「ははっ固てぇな! まっいい、ほれ早く中に入るぞ、外は冷えてしょうがねえだろ。ほら、行くぞ」
「え、ええ、ではお言葉に甘えて」「し、失礼します」
促されるまま、俺とイレーナは背を向け館に歩み始める男の後を追った。
外装に反して内装はギルド員らしく機能性を重視していた。
様々な道具がそれを収める為だけに作られたように寸分たがわぬ形をしている。
もしかして、全てオーダーメイド……!? だとしたら途方もない金が掛かるぞ、おい。
俺がそのようにして富める者の威光に圧巻していると、「あっ!」と何かを思い出したように巨体が踵を変え、前面をこちらに向けるのが視界に入る。礼を失するのは本意じゃないので、俺も下世話な視線を止めて巨体の方を向く。
「言い忘れたんだが、依頼主のシュヴェルト=ガレアータだ。よろしくな!」
「宜しくお願いします」「宜しくお願いする」
落ち着いた見た目と快活な内面とのギャップに未だ内心で驚きつつ返答する。こちらの丁寧な言葉遣いに、居心地悪そうに頭を掻くのが分かるが、こちらとしても仕事中なので、あまり砕けた言葉遣いに慣れたくないので意図的に無視をする。
遅れた自己紹介の後はしばし気温の話でもしつつてくてくと歩き、応接間の様な場所につく。
座る様に手で促され、遠慮がちに椅子に身を沈ませる。椅子は適度に軟らかく、放っておけば眠れてしまいそうだった。
「飲み物はコーヒーで良いか?」
礼儀として反射的に断ろうとするが、この人物はその余分なワンクッションを嫌がると判断し、俺とイレーナはお礼を言いつつ同意する。
「さて、まどっころしいのは性に合わないからいきなり本題に入らせて貰うぞ。今回の解散させるチームの名前は"カルトフェル"、規模は二十人から三十人だ。今までは一般人に危害を加えたりしなかったんだが、最近ではここらのマフィア共とつるんだりしてる……なんて噂も出るほどには頭に乗ってきてる」
餓鬼の癖に調子に乗りやがって、と要点をまとめた話をシュヴェルトは結ぶ。
「ちょっとした不良集団から本格的な犯罪組織になりつつある、と?」
疑問形ではあるが、実際には確認の意味合いだ。相手の実力を見誤りたくは無い、相互の認識を確認する事はしておかなけらばならない。
「その通り。そして、依頼書に書いてある通り厄介な事にこいつのリーダーが異能者と来てる」
その事に関しては疑問がある。その疑問を口に出そうとする前に、イレーナがためらいがちに口を開いた。
「その事なんだが……この異能者の能力についてはどれだけ信憑性があるんだ?」
イレーナが聞き難そうにするのも無理は無い。貴方の言ってる事本当ですか? と直接聞く様なものなのだから。だが、本来異能者の異能名やその能力と言うのは本人にとってかなりの秘密事項なのだ、幾ら元ギルド員とは言え、あそこまで詳細に知ってるのに疑問を感じずにはいられない。
「おいおい、俺はいい加減な事は一切書いてないぞ。能力については書いてあったので全部だ」
と、シュヴェルト笑みを崩さないまま諸手を上げる。その態度は何か秘密を知った子供の様に、あからさまに隠し事があると訴えていた。
「しかし、異能名やら能力の詳細ってそんなあっさり分かるような情報じゃないと思うんだが」
イレーナもそう感じたのかやや圧を掛けながら一歩踏み込む。すると、シュヴェルトが頬を掻きつつ気まずげに口を開く。
「あ~なんだ。その点これはあんまり言いたくないんだが……実はこのリーダー、俺の息子なんだわ」
「へっ?」「はっ?」
予想だにしていない一言に二人そろって間の抜けた声を出す。そんなこちらを気にせず、シュヴェルトは話を続ける。
「いや、恥ずかしい話なんだがな。このチームが出来たのはだ、俺の責任とも言えるんだよな」
「ど、どういう事ですか?」
依頼人の突然の諸悪の根源発言に、動揺で言葉を突っかからせつつ尋ねる。
「知ってるかもしれないが俺は昔、ギルドでそこそこ活躍しててだな、一時期は"剛塵剣のシュヴェルト"なんて呼ばれていた時期もあったんだ。まぁ往々にして、俺みたいなのが父親だと何かと比べられるみたいでな、恥ずかしいもんで俺が気付かない間にぐれちまってなぁ。これは良くねぇと説教の一つや二つしてやろうとしたんだが、見ての通り弁が立つ方じゃなくてな、思わず手を出した上に負けちまってな。全く情けない話だ」
そう言って、シュヴェルトが肩を竦めて首を左右に振る。俺にはとてもこの親父が負けるとは思えないんだが……息子はどんな化け物なんだよ。
「で、その話を聞いた辺り屯ってた不良達が集まって……」
「チームの完成、と」
そう言うこった……と力なくシュヴェルトが項垂れる。大柄な体がこの時ばかりは少し小さく思えた。
「異能者はその異能の所為で性根がねじ曲がる事が多いからな……」
どこか懐かしむような目をするイレーナ。その瞳には見た事のない、イレーナの故郷が映っている様な気がした。
「何だ姉ちゃん、あんたも身内に異能がいんのか?」
「あ、ああ。弟が……」
家族の事については聞いていない為、当然初耳だ。異能者はかなり出生確率は低い筈なのだが、意外と身近にいる者だな。
「お互い苦労するよなぁ姉ちゃん。……こっちは俺に責任があるんだがよ。まっ何はともあれ、だ。成り立ちから分かる通り、このお猿の大将になって粋がってるバカ息子をこっ酷く叩きのめしゃあ、チームは自然解散するだろう。身内の話に他人を巻き込むのは恥とは分かって要るが、あのバカが自分のチームを掌握できてなくて、街の奴等に迷惑が掛かってるとなっちゃあ……俺のプライドなんて言ってる場合じゃ無いわな」
何気、息子がチームに指示しているって言わない辺りに、この人が息子を信頼してることが分かる。意外と息子の教育は間違って無いんじゃないかと思うが、それは家族間の問題だな。だったら、他にこの人に言いたい事はある。
「身内の恥をさらしてでも、治安維持に動くのは結構貴重だと思いますよ、僕は」
「はは! そんな事はねぇさ、俺はガキ一人躾けれねぇおっさんだよ。えー……ほら、此奴は彼奴らが屯ってる場所を地図に起こしたもんだ、持って行ってくれ」
「有り難う御座います」
頭を下げつつ地図を手に取る、そこには幾つかの丸が書かれており、意外と各々の場所は遠くて数がある。ちと面倒だなと、内心で顔をしかめるが、これがなければ今日中に終わるか怪しかったなと思い直して、重ねてもう一度頭を下げる。
「それじゃあ、気を付けてな」
わざわざ門まで見送り出てきてシュヴェルトが激励の言葉を投げかけてくる。その言葉に対して俺は、
「息子さん今日は泣いて謝って来るでしょうから、こぴっどく叱っておいてください」
不敵な笑みを浮かべてそう返した。