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人魔のはみ出し者  作者: 生意気ナポレオン
序章:あるいは学習編
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第一話:爺と回想

 この小説では人間の言語での台詞を「」で、魔族の言語での台詞を『』で表しております。

 読みにくい事とは思いますが、どうかご勘弁を。

 ふと目を開けると、そこには見知らぬ天井があった、なんて言うと実にありきたりであるが、実際あったのだからしょうがない。

 

 周囲の光景に身に覚えがない、周囲の状況を確認しようと、体を動かそうと試みるが、体の節々に激痛が走る。


 よし、体を動かすの諦めよう。諦めが早いのが俺の美しくない美点。……と言うか、節々? なんでそんなもの、俺が感じるんだ?

 

 一つ違和感を感じると、疑問はどんどん全身に拡がって行く。


 なんだ? この感覚? 腕? 足? いやいや、俺にはそんなもん無いはずだ。いや? あったのか? 記憶が酷く曖昧だ……ちょっと思い出してみるか


 酷く不自然な発想に見えると思うが、良く考えて欲しい。何かを失くした時には、とりあえず自分の行動を振り返るはずだ、それが今回は記憶だっただけの事、何ら不自然では無い、無いったら無い。


 名前はルフト、ルフト=ゼーレだったはず。性別は雄、歳は十七、種族はスライム。ここまでは問題ないはず。


 その姿半透明につき、スライムの文字通り心臓部である"核"が丸見え、その弱さたるや、他の魔族の追随を許さず、人間の赤子にすら負ける。また、その外見、非力故に魔族からは迫害され、人間からは淘汰される。それがスライム。それが俺だったはずだ。


 だから、隠れ里で暮らしてたはずなんだけどな……そうだ! 戦争の哨兵の紙が来やがったんだ。あの忌々しい妖精族の奴等が……!


 魔族の数多ある種族の一つ。妖精族の奴らは、スライム族の事を、そこらのごみ同然と捕えている。気持ち悪いから死ね、弱いから死ね、とりあえず死ねと幾人ものスライム族がその手に掛かっている。これらの事から分かる通り、妖精族はスライム族の天敵だ。敵と思ってるのはこちらだけだが。


 まぁそんな事はどうでもいい、とりあえず今の状況までを振り返るのが先だ。紙には、哨兵に応じなかったら里を潰すと書かれていたはずだ、じゃなきゃ俺達が戦争に関わるはずがねぇ。


 妖精族は、魔術こそ他に抜きん出て強力ではあるが、体格は恵まれていない。大方、スライム族を魔術を放つまでの、時間稼ぎに使おうとしていたのだろう。スライム族は、その妖精族よりも脆いのだが。


 それで俺が、抽選で出兵者に選ばれて……


「どうしてこうなってんだ?」

『漸く起きたか』

「のわっ痛!」


 返ってくると思わなかった声に、思わず体が強張り、再び節々に激痛。くそっ反射が今は憎い。


『余り動かぬ方が良いぞ、お前さんの体はボロボロなんじゃから』

「あ、あんたは?」

 必死で顔を横に向かせる、その先に居たのは、緑色の粘液固体。つまりは一般的なスライム族であった、体の皺の多さからして、かなりの年齢だ。


「って、なんで俺……人間の言葉を……?」

 おかしい。どう考えても、今の声質は声帯と言う奴を振るわせて会話する、人間の物だった。それに意味は分かるが、初めて聞く言葉だったぞ! 


『ふむ、儂の時よりも重症の様じゃの』

 混乱する俺を見越したように、老スライムが言い放つ。


「へっ?」

 その態度に、思わず気が抜け、間の抜けた声で帰してしまう。あっさり訳知り顔されると、こうなっちゃうよね。


『取り敢えず落ち着くのじゃ』

「いやいや、落ち着いてられるか! 俺はスライムだったはずだ! なのになんで人間の言葉が喋れてんだよ!」

『全く……最近の若者は落ち着きが無いのう。今から話すから、そこで黙って寝とけい』


 っ! この爺ぃ……! 


 ……子供あやすような声に腹は立つが、此処は堪えろ俺。。


『ふむ、とりあえずは、ここが何処かを教えてやろう。ここは"人界"側、境の大山脈中腹。その、ある滝の裏に隠されておるスライムの隠れ里。それがここ、"シャスト"じゃ』


 "人界"その言葉が生まれたのは、今からおよそ五十年前の事である。五十年前のある日、ある妖精族の一つの"門"が現れた。その"門"からは、現在では"人間"と呼ばれる、謎の種族が雪崩れ込んできた。その光景に呆然としていた妖精族は、"門"から現れた人間達に次々と捕えられ、"門"の向こう側に連れて行かれた。そして、辺りが静けさに包まれたと同時、そもそも出現しなかったと言わんばかりに"門"は跡形もなく消えた。これが五十年前より現在まで続く、超大規模の戦争"人魔大戦"の始まりである。


『まぁ、今のお前には、こんな事よりも聞きたいことがあるじゃろう。うん?儂なら答えることが出来るぞ?聞きたいか?聞きたいんか?』


 見た目こそ、老スライムだが、中身は完全にそこらの餓鬼スライムだ。人が本気で困っていると言うのに、この態度。とんだ老害だ。


「………聞きたいです」

『あ~あ答えてしもうたのう。黙っておれといったのにのう』


 もうこの老いぼれの人生を全うさせて良いかな? そんな考えが一瞬頭によぎるが、残念ながらまだ現状は把握できてない。やめておこう。


「…すいません。黙って聞きますのでお聞かせください。ご老人」

『何! 儂はまだまだ若「ああ!?」 分った、話を進めるから、その目は辞めよう。平和に行こう』

「よし、早く進めろ」

『はぁ~この事を話すのは、いつも長話になるから嫌なんじゃよ……なんでお前がそんな体になったかと言うとじゃな、お主が"吸身"に成功したからじゃよ』

「吸身…? あ、ああ……あぁぁぁぁ!!」


 "吸身"その言葉がきっかけで、脳裏に突然様々な光景がフラッシュバックし、記憶の濁流が押し寄せる。"恐怖"と"罪悪感"に染められた濁流、混乱は一気にピークを越え、体が勝手に痙攣を起こし、目が段々と虚ろになって行く。


『――落ち着くのじゃ』

 がくがくと痙攣していた体を、老スライムががっしりと押さえつける。その強く、安心感を与える力に、段々と気持ちが落ち着いていき、次第に状況を整理できるようになっていく。


『思い出したみたいじゃの……さてお主、何があった?』

「あの時の俺は――逃げてたんだ……」



◇◆◇◆◇◆◇回想◇◆◇◆◇◆◇



 くそ、まだ追って来てやがる、なんだってこっちに来るんだよ!


「*******************!」「****************!」「********!」

 背後からは、意味の通じない。よく分らない音の羅列が絶え間なく続く。それもそうだ、人間の言葉など理解できるはずもない。



 畜生、そろそろ森を抜けちまう……! 森を抜けてしまえばもう、体を隠す物などない。只でさえ、心臓部を隠せていないスライムが、その姿をも隠せないとなれば、その先に何があるのかは……考えたくもない。


『……こう来たか』


 後ろの足音が段々近付いてくる。だが、足は動かない――動かす訳にはいかない。体が動かぬ訳ではない、身を潜めれば逃れると思った訳ではない、ましてや生きる気力が無くなった訳ではない。


 足止めしたのは、ある現象の所為であった。その現象は俗に"落下"と呼ばれ、一定以上の高さでこの現象を起こした場合、起した対象に"翼"やら"羽"などと呼ばれる、部位が無ければ、残念ならがら命は保証できない。


 まぁ要するに――崖の先端に居ます、俺。


「********!」


 背後からの声が近くまで迫ってくる。後ろを振り返りたくない、現実から目を逸らしたい。あっ、スライムに背後も糞も無いと思った方は、直ちに謝って貰いたい。俺達にも、前後はあるのだから。。


「**********!」


 くそっ! 怒鳴る声が、どんどん背後から近づいてくる恐怖に耐えられず、思わず背後を確認してしまう。ルフトの眼前に広がるのは、辺り一面、人、人、人。


 おいおい、スライム一人に何人掛かりで追ってんだよ……はぁ、ここが俺の墓場か。だがまぁ、精々、此奴らに手間かけさせて死んでやろう。誰が好き好んで死んでやるか。


 恐怖を感じず死ねる転落死よりも、目の前に迫る兵士の手で殺される。"自殺だけはしない"それが俺の、ちっぽけなプライドであった。


い…怖い!怖い!怖い!!! 目に見えて迫る死が、恐怖を助長する。始めこそ、手間を掛けさせてなどと考えていたが、いざその時になれば、恐怖で体がピクリとも動かない、動いてくれない。情けないと言うことなかれ、生きとし生ける者、死の恐怖にはあらがえない。それが、まだ生にしがみ付きたい者であるならば、尚の事だ。


『全くただ逃げるだけかと思ったら中々いい仕事してくれたじゃない。"盾"くん♪』

 恐怖に震える俺に、響く一際高い少女の声。だが声は少女なれど、純真さはそこには毛ほども無く、あるのは悪意と残虐さ。声の方向を向けば、そこは崖から離れた空中、紫色の羽をした妖精族が俺を見下す。


『糞妖精がぁぁぁぁ!!!』

『それじゃあバイバーイ♪ ["纏い燕(トヴァーレ・シュヴァルベ)"]』

 崖の付け根が、濁流を纏った巨大な燕によりあっさり壊される、当然、追い詰められていたルフト、追い詰めていた大量の兵士は、砕けた崖と共に虚空の中。そして彼等は重力に従い落下を開始した。



(…うっくぅ……意識が戻るとは思ってなかったな……此奴がクッションになったのか?)

 自らの生還に、驚きつつ。下で冷たくなっている兵士を見下ろす。周囲には、同じようにして助かったのか、兵士の呻き声がちらほらと聞こえる。


(俺は運がいい"吸身"のチャンスが回ってくるとはなぁ……!)


 スライム族最大の秘奥。"吸身"それはスライム族唯一にして最大の秘術。しかし、それは同時にスライム族最大の危機を呼び起こす危険性もある。この能力は、十六歳の時、自らの両親から核へ"刻まれる"。そう、スライムの心臓部である"核"に、だ。

 

 この術の特徴は三つ、一つは相手を完全に溶かし、吸収する事。二つ目は相手が生きていなければ使えない事。三つ目は全てを吸収し終えるのには、長時間掛かる事だ。この術の事を聞く際に一つ目を聞き、子供が目をキラキラとさせ、二つ目と三つ目を聞き、絶望するのはスライム族の恒例行事となっている。それはそうだろう、生きてるままに長時間拘束など、スライム族には至難を超えて不可能と言っても過言ではない。故にこの能力は発揮される様な事があってはならない。なぜなら、このような力があると知られれば、その力を恐れた他の種族により、スライム族は滅亡するのが目に見えているからだ。


 そんな能力を俺は迷いなく使った。種族の事など考えておらず、自分が生きる事しか考えてなかった。ただ生きるために、俺はがむしゃらに近くの人間を片っ端から吸身した後、糸が切れたように気絶した。



◇◆◇◆◇◆◇回想終了、現実始動◇◆◇◆◇◆◇



「…そして、今ここで目が覚めたってわけだ」

『お主の話は大体分かった、だったら儂も腰を据えて話をさせて貰おうかの』

「腰を据えてって…って!』

 あんた腰無いじゃねぇか、そう言おうとした俺に、今更ながら、一つの考えが浮かぶ――目の前の老スライムもまた、吸身を使った者なのではないかと。


『まぁそういう事じゃの……"変化"』

 老スライムの体がグネグネと蠢い、初めに足、次に腰、体の下部から順に、次々と体が創られていく。十分ほどした後、目の前には相変わらず皺くちゃな、だがまぎれもない人間の年寄りが目の前にいた。


「さて、お主には同じ吸身した者、"吸身者"の先輩として話をせねばなるまい。黙って聞いておれよ?」


 首を縦に振る以外は出来る訳が無かった。

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