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 そして、一つだけ浮き上がった。どす黒くて不気味な建物にイリュージアは私を連れて行った。あちこちでたらめに増設したような、そんな無秩序な建物だ。

「ここなら、ほとんど人は来ません」

 そう言って、扉を開けると、どこかすえた臭気がこもっていた。

「ここは、霊廟です」

 そう言われて、私はかすかに鼻をつく臭気は墓土の臭いかと納得した。

「この部屋はなに」

「祭壇を作る場所です。定期的に儀式があるので、そのときの準備をしたりして」

「鎮魂の儀式みたいなものかしら」

「ここはフェデルの廟ですから、ここを鎮めるのはイーシア様だけなんです」

 この墓所の地名だろうかと私は思ったがイリュージアは違うと言う。

「ここはフェデルのための廟です、今、生きていらっしゃるフェデルはイーシア様のみですから」

 そう言って床の上の本を拾う。

「これはその伝承を記されたものですが、何で落ちていたの?」

 フェデル。聞いたことがあるような気がするが、たぶん、この国の伝承か何かに入っていたのかも。

「おなか、すいたな」

 心からそう呟く、思えば眠りに落ちる寸前に飲んだ水が最後の食事だった。こんなことになるのならば、あの食料に手をつけておけばよかった。

 どの道薬品入りなのは同じでもわずかながらカロリーになったはずだ。

「あちらに確か、食べられる実のなる木が植えてあるんですが、そこまで行きますか?」 

 そう言われて、私は迷うことなく立ち上がった。耐え難い空腹に苛まれていた。

 外側を行くのは不安なので、建物の内側を通っていくことにした。

 廟というだけあって、廊下の両端の扉には、氏名と生没年が刻まれている。見るとはなしに見ているうちに奇妙なことに気が付いた、全員が、名前のどこかにフェデルと付けられている。そして、ほとんどが、十歳になる前に死亡している。三枚の扉は、連続して一、二歳で死んだ子供のものだ。

 一番長生きしているのは私が見た限りで十三歳だった。

「フェデルって、早死にという意味なの?」

 ふと考えたことを呟いたが、それが間違いであることはすぐに気づく。イーシア内親王もフェデルだと、さっきイリュージアは言ったのだ。

 私の母親と同年代で、それに彼女はまだ生きている。

「愚帝フェデルです、この国を滅ぼす、伝説の帝王。だからフェデルが早く死ぬのは吉祥と言われています」

 その言葉を私は反芻してみた。そして、恐ろしい可能性に思い当たった。

「言っている意味、分かってる? 名前ってね、生まれた後に付けるものだよ」

 醜悪な、あまりに醜悪な構図だった。おそらく、何らかの政治的、あるいは立場的に不都合な赤ん坊が生まれたとき、その赤ん坊にフェデルと名づけ、そして、事故、あるいは病に見せかけて抹殺する。そして、殺した理由はフェデルだからと、自己欺瞞でごまかす。

自分たちは悪くない、国を滅ぼす災いを消したのだと。

そして殺された赤ん坊は、ここに納められる。たとえタイミングが狂って殺し損ねたとしてもほとんどが成人するまで生かしておいてはもらえなかったのだろう。

「イーシア内親王が死なずにすんだのは、狂ってしまったからなの?」

 問いかけの形をした確認だ。イリュージアも答えない。

「特使を軟禁したりしたのも、この秘密を探られないため?」

 この質問にはかすかに頷いた。建物の反対側の緑地に蜜柑に似た果実が実っていた。

 食べてみると酸味はほとんどなく、ただ甘かった。

 一つだけ食べて胃を落ち着かせると、数個もいで、再び建物の中に戻る。

「私達、いつまでここにこうしていなければならないんでしょう」

 そうイリュージアは問いかけてきたが、返事は期待していないようだ。

「貴女の言うラドウさんが迎えに来てくれると思う?」

「様子を見に来るといっていたから、あの状態を見れば、探しに来てくれると思います」

 そこまで聞いた時、扉を蹴破る破壊音に私達は振り返った。

 破壊された扉の向こうに再び刃物を持った男達が現れた。

 万事休すか、さっきのような幸運は二度は続かないだろう。

「一つだけ、聞きたい、どうしてこんなことになったの」

「あの男が邪魔をしなければお前達は、本当ならばとっくに死んでいたはずだった」

 その言葉に、ある風景が重なった。それはとても真っ赤な光景。

 上半身潰れた父親、私は震える母親の腕の中で、それを見ていた。

「どういうこと、まさかあんた達が父さんを」

 あまりに幼かったのでその時の詳細は覚えていない。ただ父の死の直後に母が行方をくらまし。その直後に私は、父の死を知って駆けつけた親族の元に引き取られた。母の行方はそれきり途絶えた。母の残した装身具がテュポーン独自の製法で作られたものだと調べが付かなければ、いまだに分からなかったろう。

 だが、テュポーンに付いた翌日に父の殺害実行犯に遭遇するとは思っていなかった。

「何で、そんなの、私達が何をしたというのよ」

 絶体絶命、そんな言葉が脳裏をよぎった。それでも一縷の望みをかけて立ち上がる。おそらく相手は職業暗殺者で、私が受けた短期間の軍事教練では、太刀打ちできないと分かっていても、あの時盾になってくれた父のために。

 振り下ろされた刃物をかわして身を捻ったはずが肩を浅く切られる。

 再び、刃物が頭に飛んできて私はその場で床に転がった。

 そして、次の瞬間、何故か相手のほうが背後にいた誰かに殴り倒された。



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