プロローグ
六月二日、祖父が死んだ。死因は老衰。92歳、大往生
悲しくない、と言ったら嘘になるが、覚悟していた分、ショックは少なかった
「…………この書斎も、整理しないとな」
祖父が一番気に入っていた書斎。二十畳近くあるこの部屋は、本棚に囲まれていて、床に積み重なる本も合わせると、数万冊は本があるだろう
「祐樹様、こちらが熊五郎様の遺言書です」
祖父の顧問弁護士である妙子さんは、書斎の金庫を開け、俺に封筒を渡した
「ありがとう」
俺は妙子さんに礼を言い、封を開けて手紙を出し読む
今まで隠していたが、君は女だ
「…………は?」
今、何言ってんだジジイとか思っただろ? いやすまん、マジなんだわこれが
「な、なにを」
ほら、うち財閥じゃん? 先祖代々、本家の男が継いで来た訳だけど、君が産まれる前に僕の息子死んじゃって、本家で残る血は君しか居なくなっちゃったじゃん?
でも僕の代で本家の血が外れるのってシャクじゃん? だから一時的に君を跡取りとして世間に発表した訳
あ、一時的とは言え正式な手続き済ましてあるから、僕が死んだ後は君が絶対的な主だからね
いやね、じいちゃんも頑張ったんだよ? 愛人を十人も作っちゃって毎日、毎日。でもね、じいちゃん、もう男じゃなかったんだ……
でね、幸い君は胸とか色気無いし? このまま男として行けるんじゃないかなと思った訳よ。なんなら手術もしちゃおうかなって思ったり
「…………」
いや、苦労しましたよ。君の教育係や、世話係は勿論、学園の先生方にも脅し入れて協力してもらいつつ、君には男だと思わせ続ける為にマイン〇コントロールなんかをしてみたり
あ、君の学友には何もしてないから。以外と気付かれないものだね〜
「…………」
目眩がする。何がなんだか分からない。俺が女? そんな馬鹿な話……
でもね、せっかく女として生まれたのに、性別を偽って生きるのはつまらないんじゃ無いかなって思ったんですよ。やっぱり子供とか産みたいでしょ?
で、おじいちゃん悩みました。君以外に後を継がせたい奴は居ないけど、僕はもうすぐ死んじゃうだろうし? 後はどうでも良いかな〜って
だから、君が決めて。後を継ぐのも良し、みんなが騙されている間に旦那でも作って継がせるのでも良し。普通の女の子として生きるのでも良し。うわっ選択肢いっぱいだね
「………………」
お金もいっぱいあるし、人生エンジョイしちゃいなよ、ヤッホー
「…………妙子さん」
「はい」
「……俺、女なの?」
「そ、それは……ええと」
「正直に答えて」
「…………ぴ、ぴんぽーん、だいせーかーい」
「………………」
突然過ぎて、何も考えられない。俺が女? 信じられる筈がない
ただ一つハッキリしているのは、祖父に対しての怒り
このふざけた文章の遺書をビリビリに破いてしまいたい。踏み付けてやりたい
だけど、最後の一文。これがそれをさせてくれなかった
僕の都合で、君の人生を狂わしてしまった。許してくれとは言えないね、どうか怨んでおくれ。そして誰よりも幸せになっておくれ
僕がこの世で一番愛している最高の孫、祐樹へ。熊五郎
「…………馬鹿やろ」