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翌朝、日の出と共に目覚める。
昨日はいつの間にか眠ってしまったようだ。固いベッドから身を起こし、窓を開ける。
朝日と共に冷たい風が入り込む。
支度を終えると階下に向かう。
提供された朝食を食べていると部下たちが下りてきた。
「おはようございます、イザーク様」
「結局あの後、飲みすぎました。もう当分、酒はいりません」
申し訳なさそうに頭をポリポリとかくロゼールだが、背筋を正す。
「ですが、大丈夫です! このロゼール、イザーク様にどこまでもついて――」
「いいから早く食え。すぐに出発するぞ」
そして朝食を取り終えると、宿の前で集合する。
「よし、集まったな。では、セバスティア侯爵家へ向かう」
道のりはここから、三時間ほどかかるそうだ。今出発すれば、時間的にはちょうどいい。
「行くぞ」
待ってろ、シャルロット。
不安よりも顔を見たい欲求の方が勝っていた。
***
ここにシャルロットが――。
小高い丘に鎮座する、セバスティア侯爵家。
圧倒的な財力を主張しているような大きな屋敷。俺の想像の倍ぐらいだ。
これほど立派な屋敷に住んでいたのなら、北部がとても質素に思えただろう。
だが、ひるんでいる時ではない。
門番に名を告げると、少しその場で待たされた。
「まったく、北部からわざわざ訪ねたというのに、イザーク様をお待たせするなんて……」
「ロゼール、我々が突然訪ねたのだから無理もない。警戒して当然だ」
ロゼールが横でブツブツ言っていたが、軽くいさめた。
素性のわからぬ者だと、門前払いを食らってしまうことも考えていた。確認に行ってくれただけ、助かったと思えた。
やがて門番が執事長らしき人物を従えて戻ってきた。
「イザーク・カロン侯爵様でしょうか?」
「ああ、そうだ」
返事をすると相手はスッと腰を折った。
「こんな場でお待たせしてしまい、大変失礼いたしました。どうぞ、中へお入りください」
その後はテキパキと指示され、執事長に案内される後ろをついていく。
「お付きの方々は右手の部屋でおくつろぎください。紅茶を準備しております。イザーク様は、こちらへどうぞ」
ロゼールたちとはいったん、ここで別れた。
そしてセバスティア侯爵家の執事長、ドロスと名乗った初老の男性のあとに続く。
広い廊下にも装飾品が置かれ、ところどころ花が飾られていて、豪華絢爛だった。
明かりが入り込み、華やかな屋敷を歩き、ふと思う。
なにもかもが北部とは違う。
温かな気候に豪華な屋敷。この空間で育てられたのなら、シャルロットのような明るく前向きな性格になるのだろうか。
反対に、暗く寒い北部で生まれ育った自分は、陰気になったのかもしれないと自虐する。
「こちらになります」
案内された一室に足を踏み入れる。
壁に飾られた絵画に、天井には天使たちが舞う絵が描かれ、シャンデリアの金の装飾が光を受けて輝いている。
大きな窓から入り込む光が、青い壁と優雅な家具を照らしていた。
「どうぞ、おかけなさってください」
執事長の声を合図に、ワゴンを押したメイドが入室してくる。
手慣れた様子で紅茶を淹れ、目の前のテーブルに置いた。
ゴクッと喉を鳴らすと、執事長の目を真っすぐに見つめる。
「シャルロットに会いに来たのだが」
「はい。では、この部屋でお待ちください」
執事長は深々と頭を下げた。
「ですが、旦那様と奥様は十日前から領地の視察に行っております。明日戻られる予定ですので、本日は不在となります」
セバスティア侯爵家の家長、シャルロットの両親に挨拶をする、ということが頭の中からすっかり抜け落ちていた自分に驚いた。
手土産の一つも持たず、いきなり押しかけた行為が無礼だとようやく気づいた。
「では、挨拶はまた後日にしよう」
「はい、旦那様にお伝えします」
シャルロットが帰ってきているタイミングで侯爵夫妻が留守ということは、もしかしてシャルロットの帰宅を知らないのかもしれない。
ふと思った。
まあ、それももうじき、シャルロット本人の口から聞けるだろう。
執事長とメイドが退室すると、ソファに深く腰かけ、息を吐き出した。
シャルロットに会ったら、まずはなんて言おうか?
いきなり問い詰めるような言い方をせず、きちんと話し合わなくてはいけない。
メイドが淹れてくれた紅茶を口にすると、少しだけ心が落ち着いてくる気がした。
***
――来ない。
だが部屋で待つこと半日、いっこうにシャルロットは姿を現さなかった。




