26
そうしているうちに、お湯にさざ波が立った。
もしかしてドリーも入浴する気になったのかしら? 気が変わったのね。
それならせっかくだから、ドリーと星空を楽しもう。
隠れていた岩の陰から姿を現す。
「ド……きゃーーーーーー!!」
声をかけようとしたが、すぐさま叫び声に変わった。
イザークが岩に寄りかかる姿で、湯につかっていたからだ。
「なっ……!!」
イザークも私がいると思わなかったのだろう、私に気づくとギョッとした顔を見せた。のんびりしていたところに私を見つけ、あたふたとしている。
「なんでいるんだ!?」
顔を真っ赤にして叫ぶ。
「こ、こっちの台詞ですわ!! なんでいらっしゃるの!?」
恥ずかしくて混乱し、再び岩場に姿を隠した。
どうしよう、イザークは今日いないと聞いたから、ここに入ったのに。勝手に使ったことがばれたら、怒られるかしら。
「ご、ごめんなさい。勝手に入ってしまって」
ここは彼専用の場所だというし、さすがに私が悪い。
「……別に。構わない」
ぶっきらぼうな声がしたが、怒ってはいないようだ。
先に上がろう。
いつもより熱いお湯で、もうじゅうぶん温まったし、熱いぐらいだ。
でも、湯から出るにはイザークの前に姿を現さないといけない……。
まずは落ち着くのよ。体に巻き付けた布を整え、深く呼吸をした。
「……姿を現してもいいかしら」
一応確認するのが礼儀だと思った。
「…………ああ」
躊躇するようなたっぷりの間があったあと、返答が聞こえた。
岩場の陰からおずおずと姿を現すと一瞬、目が合ったがすぐさまサッと逸らされた。
「今日は野営で泊まりだってお聞きしましたが――」
「ああ、魔物を山の奥深くまで追い込んだから、帰ってきた」
そうか、てっきり野営だと聞いていたから、油断していたわ。
「そう、帰ってきたならごめんなさい。すぐにいなくなるから、安心して」
疲れているだろうに、私がいては癒されないだろう。
そのまま湯から出ようとすると、パッと顔を向けられた。
「ゆ、ゆっくりしていけばいい」
「え……」
私と目が合ったイザークは口元を手で抑え、再び視線をサッと逸らした。
顔が赤くなっているが、彼でもこの湯は熱いと感じるのだろうか。
「せっかくきたのだろう」
「でも……邪魔ではないの」
「別に……」
イザークの返答は素っ気なかった。でも嫌そうな空気は感じられなかった。
ならば――。
私はその場で腰を下ろし、肩まで湯につかる。
本当はもう上がるつもりだったけれど、もう少しだけ……。
「ここは、ロゼールが教えてくれたの。疲れがとれるから、って」
私は空を見上げた。
「でも来てみてわかったわ。この星空、すごく綺麗。冷たい空気に温かいお湯、素晴らしいわ」
その時、イザークがフッと微笑んだ。ほんの一瞬だったけど。
イザークの上半身が裸なので、どうしても視界に入ってしまう。私は視線が定まらず、落ち着かない。
そわそわしていることに気づかれたのだろう。
「な、なにを見ているんだ」
「み、見ていません!!」
心なしかイザークの声にも焦りを感じる。
そりゃ、たくましい胸だなとか、筋肉すごいとか思ってしまったけど。
イザークの胸はところどころ傷があった。一番大きな傷は右胸から三本、まるで引っ掻かれたような傷だった。
「大きな傷……。いったいどうしましたの?」
「ああ、これは十三の時、魔物の爪で引っ掻かれた時の傷だ」
「まあ……」
イザークは右手で自身の傷をなぞった。
「油断した。爪に毒を持つ魔物で、三日間、高熱に苦しんだ」
「よくご無事で……」
私が十三歳の時は、そんな想像すらしたことがない。
やはり北部の人間から見たら、南部の人間はそんな経験が少ないから、甘く見えるのだろうな。
「北部は危険と隣り合わせなのね……」
ちょっとしんみりしてしまう。
「でも、立派な勲章ですわ」
私がのんびり南部で過ごしていた時も、イザークは死と隣り合わせだった。
私が口にすると沈黙が落ちた。
「あの――」
唇をギュッと噛みしめると、思い切って顔をあげる。
「近くで傷口を見せていただけませんか?」
「はっ……!? な、なぜだ」
「見たいの」
北部であなたが、どんな風に体を張って生きてきたのか。
イザークは落ち着かないようで、無言で唇を噛みしめた。
やはり、好きでもない私に見せるのは抵抗があるのだろうな……。
「では、私もお見せしますわ。それならばお互いさまでしょう?」
イザークは目を丸くしたのち、徐々に首から上が真っ赤になる。
……ん?
私が変なことを言ったと気づいたのは、イザークの反応を見てからだ。
「あ……」
途端に自分の発言が恥ずかしくなる。私もイザークと同じ、いや、それ以上に顔が真っ赤になる。
私ったら、勢いに任せてなんてことを……!




