第二話 彼だった彼女いわく 3/4
少し話が脱線したな。魔石の話に戻ろう。ここまでは、前提になる魔石の知識に関する話だったからな。ようやく本題だ。
「摘出じゃなくて制御装置の埋設、ってのはつまりそういうことなんだな。もう摘出は不可能だから、制御する。……破壊とか停止とかじゃなくて制御ってことは、あくまで寛解まで持っていくのが限界ってことかい?」
「これ単体だと、そうなる。こいつを着けている限り悪魔になることはないが、魔石を抑制しているだけで意思を乗っ取ろうとする性質自体はなくならないから、何かの拍子に外れると進行しちまう。ちなみにこの性質を、あっちじゃ俗に毒素とか毒性などと言っている」
改めて優一に説明しながら、俺は彼の眼前に問題の魔石制御装置をかざす。
形状としては……そうだな、閉じている豆本、みたいな感じだろうか。豆本と言うほど小さくはないし、表面は金属製だから柔らかく動くことはないが。
しかし開くと中は柔らかい素材で覆われていて、そこに魔石を挟み込んで固定する。そうすると、魔石が毒素を出さないように制御し、思考の乗っ取りを防いでくれるというわけだ。
このとき、できるだけ魔石全体を包み込む形で挟みたい。そうすれば、より効果が発揮できるから。
まあ魔石の位置や大きさによっては、それがうまくできないこともあるんだが……そこは下手に口にしないほうがいいだろう。心臓周辺とか、どう考えても難しいから……それを言って、あまり不安にさせたくない。素直に話を進めるとしよう。
「だが技術は進歩するもんだ。つい十数年ほど前に、魔石の毒性を消し去ることができる追加機構が発明されてな」
それがこれだ、と追加で差し出して見せたのは、数本の細い管が伸びた小さな箱のようなもの。
これを見た優一の目が、きらりと輝いたのがわかった。そのまま彼は、ずいと俺のほうに身を乗り出してくる。
「おお! ということは、それを着けていれば!」
「ああ。時間はかなりかかるが、完全な無害化ができるって寸法だぜ」
彼に応じる形で、俺はにやっと笑って見せた。
表情はそのままに、優一の眼前で魔石制御装置へ、あとから出した浄化装置を軽く接続して見せる。それから管が伸びている小さな箱を開き、中を見せてやる。
今は空っぽだ。その空洞を、人差し指で示す。
「この中にろ過機を組み込む仕組みだ。ろ過機は定期的に交換しないといけねぇのがちょっと面倒だが、そこは我慢してくれ」
「そりゃあもう、その程度のことならいくらでも我慢するさ! 命には代えられないからね!」
優一はにこやかな表情はそのままに、繋がった二つの装置に顔をずいと寄せて、興味深そうに観察し始める。
途中筆記具を探し始めたものの、手近なところに筆記具がないことに気づいて露骨にがっかりしていた。不覚、とさえ口にしている。
そんなに絵が描きたいのか。描きたいんだろうなぁ。死に際でも絵を描いていたやつだもんなぁ。
少し呆れはするが、俺にはそこまで夢中になれるものが今のところない。一つのことにああやって心底熱中できるのは、少し羨ましくもある。
それに、絵に熱心なところはかつての戦友を思い起こさせる。思えばモッさんも、激戦地にあっても絵を描いていたっけな。
……モッさん、ちゃんと生きて内地に戻れただろうか。悪いやつじゃないんだが、いかんせんどんくさいところがあったからな……。
「……あー、話戻していいか?」
しかし前世の軍隊時代のことは、思い出したくないことも多い。先ほど目覚める直前に見ていた夢のせいもある。
だからそれを内心で首を振って打ち消しながら、俺は改めて優一に声をかけた。
彼はそれでハッとすると、俺に装置から顔を離して少しばつが悪そうに笑っていた。
「そういうわけで、今からこいつをお前の身体の中に埋め込むわけだが……そのためには当然、身体を切り開く必要がある」
「なるべく考えないようにしてたけど、やっぱりそうなんだな……」
「そりゃあな。魔石みたいに、勝手に身体の中に入っていくなら楽だったんだが」
「ええ……魔石ってそんなことまでするの……嫌すぎるし怖すぎるんだが……」
ちなみにだが、一時間もあれば体表から体内に完全に入り込む。場所によってはもっと短い。
本当に最悪な惑星外生命体だと思う。今すぐこの世から消滅してほしい。
そんな内心を乗せて、俺は取り出したばかりのメスを軽く振って虚空を裂いて見せた。魔石にまつわる問題はそんな簡単に切り裂けるものでもないわけだが、せめて心意気くらいはな。
「……あの、ところでセティさん? 切り開くのはいいんだけど、麻酔とかって……」
「薬としてはないが、代わりはある。心配すんなよ」
安心させるために努めて優しく言いながら、俺は体内の魔石を励起させる。途端に魔石が活性化し、放出された魔力が身体中を駆け巡った。
戦闘をするわけではないから、体外にまで放出して身体を覆ったりはしない。ただ先ほど手術道具を取り出したときのように一瞬ではないから、きちんと魔力の巡りは整えておかないといけない。
まあどっちにしても、今はこれが限界なんだけどな。過剰励起による魔力枯渇から復帰したあとって、ろくに魔力を出せないから。
やってやれないことはないが、普段よりも魔石にも身体にも負担がかかるから、極力やりたくない。いわんや過剰励起をや。
「お前が察している通り、俺は時間を操ることができる。この力は色々と応用できるんだが、今回はそれを使ってお前の痛覚の時間を停止させる」
「改めて聞くと、だいぶ無法な魔法だよなぁ……」
俺の説明を聞いた優一の口をついて出た言葉に、まあそう思うのも無理はないと頷く。
「実際は色々と制約があって、そこまでなんでもかんでもできるものではないんだがな」
「そういうもんかな? 痛覚なんて指定してできるなら、相当なもんだと思うけどな」
優一はそう言ってくれるが、死をなかったことにはできないし、過去に戻ることだってできないからなぁ。
合計百年以上も生きていると、色々とあるものだ。だから俺としては、ぜひそういう使い方がしたいんだが……今のところ、そういう使い方はまったくできる気配がない。
……ま、この辺は蛇足な話か。この話はここまでにしておこう。
だから俺は、いよいよ執刀に移ることにした。
「……それじゃ、そろそろ始めるとするか。上を脱いで横になってくれ」
「了解。でもその前に、録画だけさせてくれ。開胸手術を受ける機会なんて、下手したら一生来ないからね」
だというのに、優一と来たらこれである。こちとら急いでるんだがな……。
第一、個人でそんな簡単に録画なんてできるわけないだろ……と思ったが、色々と発展した今の時代ならできてしまうらしい。
実際できるようだったし、俺は驚くばかりだ。一体どういう仕組みなんだろう。何でできているんだ? 理工学部卒としては、素直に気になる。
おかげで俺も、少し時間を忘れてしまった。あまり時間もないというのに!
***
色々とあったが。
魔石制御装置の埋設手術は、滞りなく完了した。特筆すべきことは何もなく、順当に終わった。
時間にして、十五分弱と言ったところか。
「え、もう終わり?」
とは優一の言葉だが、俺にしてみればもう数えきれないくらいやってきた行為だ。部位ごとに多少の差はあれど、慣れたものなのである。
……まあ、時間停止の魔法を長時間使い続けられないから手早く済ませるしかない、という事情もあるわけだが。そこはなんというか、少しくらいひ孫に格好つけたいという男心というやつである。
いや、今の俺は女ではあるんだが。それはそれとして、この手の感覚はまだまだ残っているのである。
「ま、俺の手にかかればざっとこんなもんよ」
というわけで、道具を片付けながらそんな風に胸を張る俺であった。
そんな俺に「相変わらずかわいいな……」とつぶやきながら、優一は先ほどまで開かれていた胸をさすっている。
そこには浄化装置のろ過機取り換え口があるのだが、遠目にはそういうものが埋め込まれているということはわからない。
浄化装置のフタ部分には特殊な加工が施されており、周囲の肌の質感を再現しているのだ。おかげで誰かに見られたとしても、違和感を持たれることはないはずだ。
そしてそのフタ部分を軽く押せば、フタが開いて中が露出するという仕掛けになっている。
「ここをこうして……開いたところに、こいつをはめこむんだ」
フタを開く仕掛けを動かしてやりながら、俺は亜空間からろ過機を取り出して見せる。
が、それを見た優一はぎょっとして身を引いた。
引くというか、飛びのく勢いである。家庭内害虫を見た娘っ子のような反応だが、無理もない。
「ちょ、それ魔石じゃないのか!?」
何せ俺が取り出したものは、青い宝石のようなもの。知識がなければ、魔石にしか見えないだろうからな。
だがこれは魔石ではない。
「いいや、こいつは魔導石と言ってな。かつて魔石だったものだが、今は寄生能力を……毒素を失っているから安心しろよ」
そう説明するが、優一は疑わし気に距離を取ったままだ。
いい反応だ。説明も聞かず考えなしに手を伸ばすようなやつだったら、むしろ叱ってるところだからな。
「いいか優一、悪魔の倒し方は二つある。一つは身体のどこかにある魔石を取り除くこと。体外に出してもいいし、破壊してもいい。もう一つは、生物としての息の根をとめることだ」
「なる、ほど? それは何かしらの形で悪魔から取り出した魔石、ってことかい?」
……相変わらず、異次元に察しがいいなこいつ。説明が楽なのはいいが、こうもぽんぽん言い当てられるとなんだか悔しさがこみ上げてくるな。
もちろんそんなことで意地悪をする意味なんてないから、やらないが……。
「そういうことだ。見分けるのは難しくない、光を帯びていたら魔石。帯びていなかったら魔導石だ。あとは……近くで見ると、模様が刻まれているのが見えないか?」
「んー……? …………、……あ、本当だ。文字なようなそうでないような、なんだか不思議な紋様がずらっと……」
「その紋様の羅列に対して魔力を注げば、魔法が発動する。魔法を導き出す石だから魔導石、というわけだな」
「へぇ……興味深いな。じゃあこの紋様を、たとえば金属の板とかに刻んだらどうなるんだい? やっぱり魔法の発動ができたりするのか?」
魔導石に恐る恐る顔を寄せていた優一は、次にそんなことを言い出した。すっと魔導石から顔を離し、なんでもない……本当にただの質問と言った様子で俺に質問を投げかけてくる。
だが俺は、またしても発揮された優一の察しの良さに驚くしかなかった。素っ頓狂な声が、俺の口をついて出た。
「本当にお前ってやつは、なんでそんなすぐにわかっちまうかな!?」
「え、あ、やっぱりできるんだ」
「異世界じゃ魔導石の紋様を書き写して、それに魔力を流すことで使える魔法の道具が普及してるんだよ! こっちで言う機械の代わりに、そういうものが文明を支えているってわけだな」
「へぇー、ザ・ファンタジーって感じだ。ぜひとも街や村が見てみたいところだなぁ」
これも、コンテンツを生み出す側だからこその理解力ということだろうか。それとも、俺があの世界で見てきたものも、現代の漫画やら小説やらではさほど奇抜でもなんでもないものなんだろうか。
それはそれで、複雑な気分だが……興味深くはある。優一が描いた漫画も気になるし、落ち着いたら色々と見せてもらいたいもんだな。
画業で食っていけているってことは、さぞかし上手いんだろう。作品としても面白いに違いないだろうし、年甲斐もなく少しワクワクしてきた。
「ちなみに、この魔導石はどんな魔法が使えるんだい?」
おっと、話はまだ途中だったな。お楽しみは後に取っておこう。
「そいつは『ゴールド』。対象を金にする魔法だな」
「……経済を木っ端みじんにしそうな魔法だ……」
「ところがどっこい、永続しないから使い道はほとんどないんだなこれが」
「あ、そうなんだ。よかった……本当によかった……」
マジで金を生成できるのもなくはないけどな。そういう危険なものは大抵国が厳重に管理しているから、一般に出回ることは基本的にない。
そういう意味では、こいつは外れの魔導石と言えるだろう。
「ただ、こういう外れにも使い道はある。浄化装置が発明されたことで使い道ができた、ってのが正しいけどな」
「あぁー、生活に使い道はなくても魔導石であることには変わらないから、ってことかぁ」
なるほどなぁ、とつぶやきながら、魔導石を明かりに透かして紋様を眺める優一。
そんな彼に、いい加減装置に取り着けろと声をかける……が。
「いやいや、そんなことよりこの魔導石とやらをスケッチしたいね」
「は?」
命には代えられない、と言っていたのを翻す発言に、俺は唖然とした。そのまま視線を優一に向ける。
しかしすぐに悟った。ああ、始まってしまった! 魔石の意思が、優一の思考を奪い始めている!
魔石の侵食に耐え切れずに死ぬ場合、思考を奪われ始めるのと同じ頃合いに死ぬことになるから、優一はもう魔石で死ぬことはないだろう。
それだけは不幸中の幸いだが、間に合わなかった事実は変わらない。なんとかして魔導石を制御装置に組み込まないと!
俺がそう思うのと、筆記用具を探して優一が部屋から出ていこうとするのは同時だった。
だから思わず回り込み、ここから出るなと道をふさぐ。今までの優一なら、素直に従っただろうが……。
「ま、待て待て! そのまま魔導石を入れずにいたら、お前は本当に悪魔になっちまうぞ!」
「悪魔がどうとかはどうでもいいよ。今はとにかく、このファンタジー感あふれる魔導石をスケッチしたいんだ」
頑なに俺の言葉に否を返してくる。その瞳には、危うげな光が宿り始めていた。
これだから……! これだから魔石は嫌いなんだよ、クソが!
俺は優一に、寄生されて生き残ったあと寄生が進んでやがて意識を乗っ取られる、と言った。事実だ。
だがそれがすべてでもない。魔石を与えられたものが、ある瞬間から突然悪魔になるわけではない。
ゼロか百かではないのだ。寄生が進んでいる間、当然宿主には魔石による変化が少しずつ表れてくる。
具体的に言うと、少しずつ己の欲望に忠実に動くようになるのだ。自分のやりたいこと、好きなこと以外が路傍の石になっていく。
今の優一はだいぶ進行が早いが、これは魔石が入り込んだ場所が悪いのと、恐らく彼が持つ絵への想いがそれだけ強いからだろう。
そして変化はもう一つ。
「……優一。お前は今、魔石の意思に乗っ取られかけている。経験上、言葉でどうにかなるもんでもないから……力づくで行かせてもらうぞ」
「ええ……? 急に物騒なことを言い出すじゃないか……」
言いながら構えた俺に対して、優一も呆れながら身構えた。
呆れたいのは俺のほうだが、魔石によって意思が乗っ取られつつある優一にとっては、自分の欲求を押し通すことが一番になっている。今まさに俺が言った通り、言葉じゃどうにもならないんだよな。
ひ孫にこんなことしたくはないが、やるしかない。何せ身構えた優一の身体からは黒いもやのようなものが湧き上がり、彼の全身を緩やかに覆い始めている。魔力だ。
そう。悪魔へと至る過程で、魔石は自らを炉として魔力を生み出すようになる。寄生されたものは魔力に目覚め、操ることができるようになるのだ。今優一がしているように。
また寄生が進めば、魔石は自らに紋様を刻むに至る。そうなれば、寄生されたものは魔法さえ使い始める。
悪魔の前身。悪魔に導かれて、その象徴たる手法を修めたもの。
彼らこそ人呼んで、魔導士である。
魔法、魔導士、魔石、魔導石と似たような固有名詞が連続してるので、わかりづらくないだろうかとちょっと不安。
一応、セティが本文中で言っている通り、意味があってその名前になっているんですけどね。その分他にいい名前が思いつかないというか。
でもファルシのルシでとかよりはまだマシかなって・・・。
よろしければブックマーク、感想、評価よろしくお願いいたします!




