第二話 彼だった彼女いわく 2/4
「順を追って説明する。まず、お前が投げつけられたものは魔石という」
この後にやる処置のために、広い部屋へ移動しながら俺は説明を始める。
「魔法の石?」
「違う、悪魔の石だ。悪魔を生み出す石」
俺の返答に、優一は一瞬足を止めた。
が、すぐに歩みを再開する。俺を先導しながら、視線で続きを促してきた。
「俺が転生した世界で、千年以上前に空から降ってきた……と言われていてな。要するに宇宙から来たモンだと思われるんだが……石、という名前に反して一種の寄生生物でな」
「……オーケー、大体わかった。そんなものが体内にあるというのは、大変よろしくない。そういうわけだな?」
「理解が早くて助かる。何せ魔石に寄生されると、三日ないしは五日くらいの期間を経たあとおよそ六割の確率で死ぬ。生き残ったとしても、寄生が進んでやがて意識を乗っ取られて悪魔になる」
「あっ、三日。なるほど。僕、魔石を植え付けられてもうすぐ三日が経つから……」
「そういうことだ。だがそれだけじゃねぇぞ。この魔石な、寄生を完了させたあとは体内で成長して大きくなって、やがては株分けしやがるんだ。新しい魔石ができるんだよ。それがまた別の生き物に寄生して……と、そんな感じで増えていくはた迷惑な物質なんだよこいつは」
「本当に寄生生物だな……。見た目はあんなに鉱石っぽかったのに」
「おまけに」
「まだあるのか……」
「悪魔になるとな、仲間を増やすために動くようになる。本人の思考能力はそのままに、それを活かして魔石を配り回るんだよ。人間相手の同族意識は消し飛んでるから手段は選ばないし、普通に会話も可能だからだまし討ちだってしてくる。だからときには国が滅ぶ、なんてことも珍しくない」
「最悪じゃないか。なるほどそれは悪魔の石だなぁ……」
人に説明するたびに改めて思うが、本当にクソみたいな代物だと思う。
石自体は磨き抜かれた宝石みたいな、きれいな見た目をしているからタチが悪い。こんなの知らずに見たら、大体の人間は手に取るに決まってるんだよな。
確か、地球にも昆虫の行動を支配する寄生虫とかがいるらしいみたいな話を聞いたことがあるが、危険性と厄介さはその比じゃないだろう。何せ魔石は、生き物であればなんでも寄生してしまうからだ。
「セティのいた世界の人類、よく今の今まで存続してたな……」
「魔石が降ってきた当時と比べると、生存圏はかなり狭くなったって話だぜ」
「異世界怖……僕は地球人で良かったと心底思うよ。と、言ったところでリビングだけど、ここで大丈夫かな? ここなら、血が飛び散っても困るようなものは置いてないし、あれくらいのソファなら作業にちょうどいいんじゃないか」
到着したのは、どうやら居間のようだった。俺の知っている居間とは様子がまったく異なるが、確か欧州の居間はこんな感じだった気がする。
ただ、どういうものなのか皆目見当つかねぇのがあるな。壁際の台らしきものに置かれた、黒くて平べったい板のようなものは一体なんなんだ?
しかも足らしきものがついて、立っている。どういう調度品なんだ、アレは。
いや、それは今は考えないでおくとして……俺は優一が示した布製と思しき椅子。ソファ? とやらを見た。
なるほど、これなら手術台の代わりにできそうだな。俺と優一の身長差を考えると、座布団か何かがあればちょうどいいくらいの高さになりそうだ。
「これ使う?」
「使う使う。助かる」
それを察したのか、何も言わずとも優一は座布団を差し出してきた。気が利くじゃねぇか。
「了解。他に何かいるものある?」
「いや、あとは大丈夫だ。必要なものはこっちで持ってる」
言いながら俺は虚空に取り口を開き、こういうとき用に持っている手術道具一式と、今後の処置に必要な機材を中から取り出した。
もちろん俺が持つ魔法の一環だが、魔法がないこの世界ではありえない挙動だ。優一も驚い……て、ねぇなこいつ。
「なるほどディメンション、ね。実空間とは別の空間を作って、そこにものを保管してるとかそんなところかな」
「……お前、あっちの世界から来た人間ってわけじゃないんだよな? それとも、こういう力も今の世界じゃ珍しくないのか?」
「お話の中のことではあるけどね。まあ、定番だよ」
「て、定番なのか……そうか……。頼もしいやら恐ろしいやら……」
道具を使う順番に並べながら、俺はぼそりとつぶやいた。
魔石の仕組み、そして悪魔の存在、魔法の由来を考えれば、そうした知識のある人間が多いと言うのはちょっとな。仲間なら心強いが、敵に回したときどうなることか。
……いや、今はそんなことを考えている場合じゃなかったな。
「まあそれは置いといて……今から俺がやるのは、魔石制御装置の埋設だ」
「魔石制御装置の埋設」
おうむ返しに言いながら、優一は俺が示したソファにひとまず座った。
俺が小さいこともあって、こうしてもまだぎりぎり俺のほうが視線が低い。とりあえず足元に座布団は敷いたものの、俺は立ったまま話を再開する。
「前提から順に話すんだが、体内に入った魔石の摘出は外科技術があればできる。俺もできる。ただ、すべての魔石が摘出できるわけじゃない。脳とか心臓とか、肺とか……そういう重要な臓器の近くに入っちまった魔石は、簡単にはいかないわけだ」
「ああ……魔石を取り除けても、肝心の臓器が傷ついたら死にかねないから……。うん……僕はちょうど、左胸に受けたな……。心臓に近い位置だ……」
「そういうことだな。さらに言えば、魔石は不随意筋には根を張りやすいという性質があってだな……。その……特に心臓は不随意筋の塊みたいなモンだから……さっき間もなく死ぬかもって言ったのはそういうことでな……」
「あー、うん、わかった。大体把握した。要するに回りが早い可能性が高い、と。つまりお手上げってわけだ……」
俺の説明を受けた優一の目が、すぅっと遠くなる。本当、もう一度言うがクソみたいな代物だよ。
「……いやでも、待てよ? セティ、魔法で時間を操作できるんだろう? それでどうにかならないのか? ほら、僕の身体を一日二日戻すとか」
「よく気づいた……と言いたいが、魔石と周辺の体組織には魔法の効きが著しく悪くなる、って性質もあってな……」
「はいクソー! 詰んでますわ!」
優一が両手を開きながら天井を仰いだ。吐き捨てるような口調だった。
そうだろ? こいつ、マジで死ぬほどたちが悪いんだよ。俺に限らずすべての魔法で当てはまるから、どうしようもないのだ。
位置を入れ替えるとか、対象を停止させるとか……きちんと効果が通るなら、魔石摘出に使えそうな魔法はいくつか知っているんだがなぁ。
一応効果がないわけではないから、膨大な魔力の持ち主なら通すことはできるが……それができる使い手なんて、異世界中を探しても片手で足りるくらいしかいないだろう。
そして俺は、その中に入らない。上から数えたほうが早いくらいにはあるんだけどな。それくらいじゃ足りないのだ。
とはいえ、利点が一切ないわけでもない。魔石とその周辺に対する魔法効果をほとんど受けないということは、そこで魔法を防御できるということでもあるからな。
先の兎の獣人みたいに、魔石が体外に露出しているやつであれば、それなりに有用だったりする。あいつみたいに額にあると使いづらいだろうが、使えるやつは結構積極的に使うから、そういうやつの相手は面倒だ。
……話を戻そう。優一から魔石を摘出することは不可能である、という話の続きだ。
ただ、その前にしておかないといけないことがある。謝罪だ。
「こうした魔石や魔法の性質を、俺はよく知っている。研究していたからな。だから俺は、お前の体内に魔石が入れられる前に、なんとしてもあの悪魔を倒さないといけなかった。だが結果はこの有様だ……」
俺が万全ではなかったとか、ここしばらく戦いの場から遠ざかっていたとか、色々要因はある。だとしても、それを言い訳になんてできるはずがない。
ようやく戻ってきた日本で、縁が繋がったひ孫に致命傷を負わせてしまったこと。それが情けなくて、それをした悪魔に腹が立つ。
しかし実のところ、俺が何より腹が立ったのは自分に対してだった。防げたはずの事態を防げなかったことが、あまりにも情けなくて。
激昂することは抑えたが、それでももう遅かった。そこから過剰励起をしたとしても、その状態で魔法を全力で使ったとしても、俺に世界そのものの時間を戻すことはできないのだから。
しかも戦闘後、俺にできたのは致命傷をなくすことだけだった。あの時点であれば、まだ魔石の摘出はできたはずなのに。
だができなかった。あのときの俺には、それだけしか魔力が残っていなかったからだ。これは完全に、戦闘における魔力の消費配分を見誤った俺の不手際という他ない。
要するに、俺は最初から最後まで立ち回りを間違えたのだ。出し惜しみなどせず、最初から過剰励起を使えばよかったのだ。
まったく、俺の戦下手め。前世であんな死に方しておいて、改善されないってんだからどうしようもない。
魔力を使い切ったあとのことなど考えて躊躇せず、最初から全力で戦っていればこんなことにはならなかったろうに……。
「……だから、すまない優一。俺のせいで、お前をこんな目に遭わせてしまって……」
それらを隠すことなく話し、俺は頭を深く下げた。
「わかった、謝罪は受け入れたよ。許す」
ところが猛省する俺をよそに、頭上から降ってきたのは随分とあっけらかんとした声だった。
思わず顔だけを上げれば、そこにあったのは先ほどまでと変わらない顔の優一。被害を受けたにもかかわらず、それを気にしていないと言いたげな顔であった。
俺はあっけにとられた。だがそんな簡単に許すなんて……と思った俺の心境を見抜いてか、その顔が苦笑に変わる。
「結果はどうあれ、僕を命がけで守ってくれたことは変わらないだろう? それをとやかく言うほど、落ちぶれちゃいないつもりだよ僕は」
彼はそう言いながら静かににじり寄ると、頭を下げるために腰を九十度に曲げっぱなしだった俺の身体を緩やかに起こした。
その穏やかな言いようと、まっすぐ俺を見つめる視線にどきりとする。その涼やかな態度を間近で見て、どうやら本当に俺の失態を許していて、それどころか気にしてないらしいということがわかった。
「いいのか、本当に。そもそもの話、あの悪魔が現れたことだって、元を辿れば俺のせいなんだぞ。あいつらに研究所を襲撃されて、一か八か使った世界間移動で俺はあいつらごと……」
「いいんだよ、本当に。僕は今、こうして生きてるんだからそれでいいのさ」
優一はそう言うが、それでもやはり、俺は自分を許せそうになかった。いっそ思いっきりなじったり、殴ってくれたほうが……。
そんなことを考えたときだった。優一の目が一瞬、「仕方ないな」とでも言いたげに細められた。
だがすぐに弛緩した。先ほどまでとは少し異なるうっすらとした笑みと共に、彼は改めて口を開く。
「それに、本気で死にかけるなんて貴重な経験ができたからね。あんなケガをして無傷で生還なんて早々できるもんじゃない。これは次の漫画のネタに活かせそうだ。僕にとってはそれだけでおつりが来るってものさ!」
今までよりも饒舌に言い切った優一に、俺はもう一度あっけにとられる。
そんな俺を見て、彼はにやりと笑みを浮かべた。その表情を見て、どうやら気を遣われたらしいと察した俺もまた、ぎこちなくだが笑みを浮かべる。
……気遣いだよな? 死にかけてなお絵を描き続けていたやつだから、全面的に本心という可能性を否定しきれない。
うん。気遣いだということにしておこう。そう思っておいたほうが、色々と気が楽だ。
そう思ったら、肩の力が抜けた。優一が日本に戻って来るための目印になったのは半ば偶然だが、それが彼でよかった。素直にそう思えて。
「……ありがとな、優一」
「こちらこそ。守ってくれてありがとう、セティ」
ほとんど反射的に礼を言えば、同じようにして礼が返ってきた。
……なんだよ、いい男じゃないか。これでこいつが独身だって言うんだから、今の時代の女どもは目がないんだなぁ。
第二話は主に説明回です。
魔石や悪魔の設定については、実は12年くらい前に公募に出した作品で使っていた設定だったりします。
箸にも棒にも掛からない出来でしたが、設定自体は気に入っているので、少し手を加えて流用した次第。
よろしければブックマーク、感想、評価よろしくお願いいたします!




