第一話 異世界からの帰還者と来訪者 4/4
『ならこいつはどうだい!』
答えは──凄まじい勢いで地面を蹴り、えぐられた地面の土砂をまき散らした、だ。地中でダイナマイトでも爆発したのか、というくらいの勢いだった。
あの蹴り、そんな威力があったのか。よくセティはそれをほぼ無傷で受けられるな。
それにしても、巻き上げられた土砂の量がなかなかに多い。一時的にだが、兎の獣人の姿が見えなくなっている。
だがそれが目的だったのだろう。要するに、煙幕の代わりと言うことだ。
僕はそう思ったのだが、すぐにそれだけではないらしいということに気づいた。セティを生き埋めにするくらいの勢いで、土砂が彼女に降り注いでいたからだ。
今まで何度も言ってきたように、セティは小柄だ。彼女を埋めるために必要な土の量は、間違いなく僕より少ない。
セティもそれは承知のようで、一瞬横に跳ぼうとして……けれどすぐにハッとしたように、バックステップで僕のほうにやってきた。つまり後退した。
なぜ、と思ったけれど、これもすぐにわかった。土砂を避けようと横に動いてしまうと、兎の獣人から僕へ向かうラインががら空きになる。セティはそれを嫌ったのだろう。
「大丈夫か優一?」
「こっちのセリフだよ! 見た目幼女がバチボコに殴る蹴るされてる様子を、ただ見るしかない僕の身にもなってくれ!」
「そりゃすまんかった。けど、本当に大したことないから心配しなくていいんだからな」
彼女は軽口を叩きながらも僕を守る位置に立ち、周囲を警戒している。先ほどの攻撃が恐らく煙幕も兼ねていると思われるからこそ、奇襲が頭にあるのだろう。
実際、巻き上げられた土がひとしきり落ち着いたとき、兎の獣人は姿は元の場所にはなかった。あそこの周りに隠れる場所はない。透明になるとか、地面に潜るとかの能力がない限り、考えられるのは……。
「上か!?」
その可能性に気づいて僕が声を上げるのと、セティが僕を蹴り飛ばすのは同時だった。
「すまん優一!」
「ぉうわっ!?」
そして僕が無理やり距離を取らされた直後。僕がいた場所に、兎の獣人が猛烈な勢いで着地した。あまりにも派手すぎるストンピングだ。
かなりの高さから降りてきたのか、地面がクレーターめいて少しへこむ。だと言うのに、兎の獣人にはケガがない。それどころか、ダメージを受けたような様子すらない。一体どれだけ頑丈なんだ……!
なんてことを考えながら、蹴り飛ばされた勢いに逆らわずに地面を転がる僕。少し転がったあとは、さらに勢いを活かして体勢を立て直そうとしたが……早くも眼前に、兎の獣人の足が迫っていた。
間近で見て改めて理解する。これの直撃を食らったらまず死ぬだろう。
そう思った瞬間思考だけが加速して、時間の感覚がものすごく遅くなった。いわゆるタキサイシア現象というやつだ。
初めての感覚だ。なるほどこうなるのか。いい経験ができた。これは漫画のネタに使えるかもしれない。
いやそれはともかく。緩やかに流れる時間の中、後ろ回し蹴りの要領で、足を振りぬく兎の獣人の姿が僕には見えていた。体勢はかなり無理やりだけれど、それもそのはず相手の頭上はセティのハイキックが通り過ぎたところだった。
二つの性質が異なる風切り音が聞こえてくる。引き延ばされた時間の中で感じるそれは驚くほどに重く、余計に死が目の前に迫っているという気にさせた。
なるほど、狙いを僕に移してきたということか。僕とセティの間に割り込むような位置に来たのも、それが理由だろう。
ある程度の近さであれば、セティが僕を守る位置に移動することも阻めるもんな。頭いいじゃないか。
いまだ感覚が間延びし続ける中でそんなことを考えつつ、思考速度についてきてくれない身体をどうにかこうにか動かす。少しでも蹴りの軌道から逃れるべく、上半身をひねる。
咄嗟の機転がうまくいったのか、向こうの体勢がよくなかったからか、あるいはその両方か。
ともかく僕は、ギリギリのところを回避することに成功した。代わりに背負っていたロールバッグは吹き飛んで、入っていたものが周りにまき散らされたけれど、財布以外は大したものも入っていなかったし、命に比べれば安いものだ。
安いったら安い。たとえバッグが限定品のアニメグッズであったとしても、命に比べれば……比べれば……。
悪い、やっぱつれぇわ。
そんなことを考えられるくらいほっと一息つけたからなのか、時間の感覚が元に戻ってきた。おかげで考える時間がものすごく短い。
でもまあ、悪いことばかりでもない。思った通りに身体がすぐに動かない、というのはなかなかに難儀なものだったから。
しかし、直後のことだ。元に戻った時間の中、改めて体勢を立て直そうとしていた僕の胸に、激痛が走った。
「ぐ……ッ!?」
痛みと共に襲ってきた衝撃に身体を押し出されて、僕の視線が自然と下がる。そうして一瞬だけ見えたのは、僕の胸に刺さる何か。
勢いに任せてすぐに胸の奥にまで入り込んでしまったそれは、兎の獣人の角と同じ黄色をしていた。
同時に理解した。先ほどの崩れかけた体勢からの回し蹴りは、これを投げつけるためでもあったのか……!
「優一!!」
僕のうめき声に、セティが血相を変えて名前を叫ぶ。しかし彼女の行く先を、兎の獣人が阻んだ。
一方僕は衝撃を受けた勢いでたたらを踏み、木に背中からぶつかっていた。
結構な痛みがあってしかるべきぶつかり方だったものの、そんなことより投てきの直撃を食らった胸のほうが死ぬほど痛い。これに比べれば、木にぶつかった痛みなんてそよ風のようなものだ。
実際血が止まらないので、死ぬほど痛いというのは冗談抜きに比喩ではない。このまま放っておけば、僕は死ぬと思われる。
ただ肺がやられた感じはしないから、呼吸に支障はほとんどない。たぶん。死ぬにしても多少時間はかかるはず。たぶん。
貫通もした感触はないが、だとするとあの黄色い何かは僕の身体の中か。
摘出できるだろうか。できたとして、現在進行形で失われつつある血を補完することは?
……まあ、セティが回復系の魔法を使えるならなんとかなるか。
瀕死の重傷を負ったんだ。どうなるかわからない未来のことより、今この瞬間を耐えるためにあえて楽観的に考えたほうがいいと思うんだ。
何せ実際の僕は、身体をろくに動かすこともできず木によりかかったまま、ずるりと座り込む形になるしかないんだからさ。
『ヒヒヒヒ、これでアイツはもうすぐおしまいだ! どうするんだいグレンセイ! このままアタイと戦い続けて、本当にいいのかい!?』
『……なるほど、どうやらよっぽど早死にしたいみてぇだな』
痛みに耐えながら、どうにかこうにか顔を上げる。何やら短く言葉のやり取りがあったようだが、相変わらず何を言っているのかはわからない。
ただ、セティが怒り狂っているわけではないらしいということは、なんとなくわかった。怒りは相応にあるものの、必死にそれを抑えている感じの声色だった。
かすかにぐらつく視界の先で、セティの顔が見える。何かをこらえるかのような、半分くらい泣いたような。
そんな顔に、決意の色をにじませて。セティが異世界の言葉で何かを言う。
『なら望み通り、さっさと終わらせてやるよ……!』
直後のことである。セティの身体が発光した。文字通り、まばゆい光を放ったのだ。
『やなこった! どうやらアタイじゃアンタの守りは抜けないみたいだからね、仲間を増やしてからまた来るさ!』
その光を見て、兎の獣人はなんと逃げを打った。これまで全面的に押し出してきていた、すぐにでも殺してやるとでも言いたげな態度はなんだったのかと思うくらいの逃げっぷりである。
一周回ってすがすがしさすら感じる。なんていうか、一瞬痛みが引いたような気すらしたもんな。
いや、理にかなってるとは思うよ。たぶんだけど、僕という足手まといを負傷させることで、追手がかからないように仕向けたんじゃないかな?
だが残念ながら、逃げることはできない。少なくともセティはそうすると言っていたのだから、できないはずだ。
失敗してました……とか、実はハッタリでした……とか、そういうのじゃない限りは、だけど。大丈夫だよな?
ところがそんな不安も、光が晴れた直後のセティの姿を見たらどうでもよくなってしまった。
セティの姿が変わっていた。僕が与えた女児服は、ロボットもののパイロットスーツを思わせるぴっちりとした……どことなくSFな雰囲気が漂うボディスーツに。
その背中からは、光そのもので形成された純白の翼が合計四枚、二対。さらには頭の後ろには、これまた純白に輝く輪っか。
総じて、天使と言うに相応しい様相に、いつの間にか変わっていたのだ。
思わず……本当に無意識に、僕はスケッチブックとシャーペンを構えた。死に至るだろうケガを負ってもなお、手放さなかった僕の商売道具だ。もう少しだけ付き合ってもらおう。
こんなことをしている場合じゃないことはわかっている。けれど……ああ、けれどもさ。僕はどうしようもなく絵を描くことが大好きで、こんな状況であってもそれをしてしまう人間なんだよ。
痛みがじわじわと鈍くなっていく感覚がする。これも一種のトランス状態だろうか。
自分の血でかすかに汚れた白紙に、僕は絵を描いていく。するとすぐに感覚でわかった。今までで一番と確信できる、そんな出来栄えになると。
あるいはこれが、命を削るような、と表現すべき状況……感覚なのかもしれない。ああ、またしても新しい経験ができた。これもまた、僕の作品の糧になってくれるだろう。
だが今はそんなこと、正直どうでもいい。純白の翼をたなびかせ、兎の獣人に向かう愛らしい天使の姿を、是が非でも描かなければ。そういう、ある種の使命感のようなものがあったのだ。
そんな僕をよそに、戦いは一気に終わりに向かっていく。この場からの逃走を図った兎の獣人は、案の定セティの魔法に阻まれて外に出られないでいた。
『なんだいこれは!? どうなってる!? グレンセイの魔法は超加速じゃなかったのかい!?』
見えない壁に張り付いて、外に出ようとしながらわめく兎の獣人。けれど次の瞬間、何かを見たのか慌てて大きく跳躍した。
直前まで相手がいた場所には、いつの間に移動したのかセティの姿があった。
最初、空中に投げ出された僕を助けてくれたときと同じだ。まばたきをする間もなく、彼女は一瞬で移動を完了している。
それが瞬間移動なのか、ただの超スピードなのかはまだわからないけれど……ただ、これが非常に強力な技……もしくは魔法だろうということは、間違いない。
ペンを動かし続ける僕の視線の先で、セティがすぐ後ろ上空に顔を向けた。その目は、空中に退避した兎の獣人を追っている。
『バカが。翼のないやつが空に逃げたらもう、それ以上の逃げ道はねぇんだぞ』
そうしてセティがにやっと笑い、異世界の言葉で何かしらをつぶやいた、次の瞬間である。
跳躍後、落下を始めていた兎の獣人の真下に、セティが唐突に出現した。先ほどと同じように。
『な!?』
これに対して、やはり驚きを隠せない兎の獣人。
けれどセティはそんなことはお構いなしに空中を踏みしめると、ハイキックで相手の身体をさらに上空へと蹴り上げた。
『ぐぅえッ!?』
蹴りは腹に直撃。空中にいるとは思えない、強烈な力の込められた蹴りだった。
そしてインパクトの瞬間に鳴り響いた音は、これまで両者が繰り広げてきた攻防の中でもひときわ大きく、また重々しい音。爆発音と錯覚しかねないほどの轟音であった。
『まだまだ!』
『ぎゃあッ!?』
だがセティの攻撃はまだ終わらない。これまた突然、空に打ち上げられた兎の獣人の真上にセティが出現する。
そのままプロレスで言うところのダブルスレッジハンマーが、兎の獣人の頭に叩き込まれる。
空中でそれを回避できるはずもなく、直撃。轟音と共に、相手は地面に向けて叩き落された。
かと思えば落下の途中、横に出現したセティに蹴られ、さらに蹴り飛ばされた先でまた上に跳ね上げられ……を繰り返す。相手は着地することを許されないまま、空中で次々に攻撃が決まっていく。
先ほどまでとは、正反対の展開だ。しかし命中時に響く音からして、攻撃力においてもセティが相手を上回っていることは間違いないだろう。
何せ兎の獣人の姿が、みるみるうちにボロボロになっていくのだ。素手だから血はあまり出ていないものの、あちこちひどく腫れ上がっているのだから、それはもう満身創痍に向けて一直線である。
『なん……っ、なんで……!? やだ、やめて……! もうやめてぇ……っ!』
この短時間で早くも絵を仕上げつつある僕の耳に、兎の獣人の情けない声が聞こえてきた。
何を言っているのかはわからないけれど、何をしたいのかはわかる。あれは懇願だろう。先ほどまであんなに自信満々だったのに。
その落差に対して、えげつな……と思う。思うけれど、それ以上の感想はあまり浮かばない。
何せ相手は、僕に瀕死の重傷を負わせた張本人だ。喝采を上げこそすれ、同情なんてする余裕は今の僕にはない。本当に冗談抜きにない。
セティも似たようなものなんだろう。彼女が攻撃の手を緩めることは、最後の最後まで一切なかった。
『これで!』
そうして二ページ目のスケッチに取りかかった頃だった。
もう何度目かもわからない、強制空中遊泳の果て。セティが兎の獣人の真上に出現した。そして相手の足首をわしづかみにすると、思いっきり地面に向けてぶん投げる。
『終わりだぁ!!』
さらに自身は勢いよく空中を蹴り、相手の落下に追随。途中でくるりとひねりを入れ、豪快すぎるかかと落としを、相手の胸に直撃させた。
背中から地面にたたきつけられた直後のことだ。兎の獣人はもはや悲鳴もなく、ただ血反吐を吐くことしかできない。
そのすぐ近くに、セティが着地して残心する。僕も絵を描き続けながら、両者の様子を見ていたが……ほどなくして、兎の獣人の角から光が消えた。
「ふぅ……なんとかなった、か……。結局過剰励起するしかないとは……情けねぇ、だいぶ鈍ってんな……」
それが戦闘不能ということなのか。セティはため息交じりにそうつぶやく。
今度はちゃんと日本語だ。ただ色々と、聞きたいことが増えるセリフだった。
しかし僕がそれについて言及するより早く、天使のような装いが光になって空中に溶けていく。残滓が細かい純白の光として、夜空にキラキラと舞い散っていく。
ああもったいない、と思った。バトルヒロインさながらの、かわいらしくもかっこいい、スタイリッシュな姿をもっと見ていたかった。
けれどやがて光が消えて現れた、元通りの女児服姿のセティを見るとこっちもいいな、なんて思う。人間は実に欲張りだなぁと、益体もない感想が脳裏をよぎる。
そんな僕をよそに、セティは兎の獣人に手をかざした。すると、相手の姿が一瞬で掻き消える。
消滅した? それとも、どこかに飛ばしたのだろうか。
「……これでひとまずはよし、と。優一! 生きてるか優一!?」
しかしそれに対する考えがまとまるより早く、セティが僕のところに飛んできた。
先ほどまでの戦いを見る限り、文字通りに飛んでくることもできそうではあるが、今回は比喩だ。
「優一! おい、しっかりしろ優一!」
彼女は僕の被害を間近で目の当たりにして、血相を変えて声をかけてくれた。
が、すぐに僕が描いていたスケッチブックを見て、大口を開けて唖然とする。
そういう顔もかわいいな。スケッチさせてほしいけど、さすがにもう身体が動きそうにない。
「……お前、おっまえ、バカじゃねぇの!? この状況でも絵って、何考えてんだよ!?」
「え、……描いてたら、意識た、もってい゛、ぃられる、っかな、って……思ってね……」
「一応筋は通っていなくもないのが腹立つな……!」
今死にかけの状態で考えた言い訳としては、なかなかのものだったのではないだろうか。
まあそれはそれとして、わりともう限界だ。視界がかすみ始めている。この状態から入れる保険が欲しいです。
「な、ぁ、せティ、これ゛、なんとかな、る?」
そう願いながら声をかければ、セティは改めて真剣な顔を向け直してくれた。
「ああもう! 大丈夫だ、すぐに治す! 治せる……治せる、が……いや、これについてはもう土下座でも切腹でもして謝るしか……!」
「セ、ティ……? 僕、は……」
「いい、黙ってろ! すぐに終わる! ──『タイム』!」
そうしてセティが手を伸ばし、英語で魔法と思われる宣言をした。
先ほどのものがディメンション、空間であるなら今回のものは時間。ということはもしかして、さっきの怒涛のラッシュは時間停止の応用か……?
なんて思っている間に、僕の身体はケガを負わされる前の状態にまで戻った。ほんの数秒のことだったけれど、体外に流れ出たはずの血が、元通り身体の中に戻っていく様子はどう見ても映像の巻き戻しで、少し笑いそうになる。
その過程に、痛みとかは一切なかった。本当に、「傷が治った」んじゃなく「時間が戻った」という表現がしっくり来る感じだ。
「……すっご。マジで魔法なんだな……」
信じがたい気持ちを抑えきれず、身体のあちこち……特に黄色い何かをぶつけられた胸のあたりを重点的に触ってみる。
穴はない。噴き出たはずの血すら、どこにも見当たらない。健康体そのものだ。
素晴らしい。人によっては不気味に思うかもしれないけれど、コンテンツを供給する側の僕からしてみれば、こんな刺激的な非日常はむしろテンションが上がる。
たぶん、オタクはみんな好きだろう? こういうの。
だけど……ちょっと待てよ? 身体の中に入ったあの黄色い何かって、出てきていないよな? 摘出はされていない……よな……?
外科手術で、ごくまれに体内にものを忘れる医療ミスとかあったりするけれど、これってそういう感じの状況では? 本当に大丈夫か?
……あ、もしかして治す直前に「謝るしかない」とかあれこれ言っていたのって、このことか? わざわざそう言ったってことは、取ろうと思っても取れないってことだろうか。
そのことについて聞いてみようとセティに顔を向けたものの、僕より先にセティが口を開いた。
「優一」
「ん? どうかした?」
「わり、さっきので完全に魔力使い切ったわ」
僕が自分の状態をあれこれ確かめている間、彼女はずっと無言で見守ってくれていたけど……この言葉はどこか割り込むような、少し焦ったような声色だった。
だからまた何か問題がやってきたのかと思ったんだけれど、どうやら今度のは少し毛色が違うらしい。
「お、おう? 魔力を使い切ると、どうなる?」
「普通に使い切っただけだと、しばらく魔法が使えないだけなんだが……過剰励起までして、限界まで絞り出して……使ってたから……」
セティはそこで言葉を切ると、深い、とても深いため息を一つつきながら、ゆっくりと僕の腕の中に沈んだ。
後半の言葉は、かなり弱くなっていた。おまけにまぶたも半ばくらい下りはじめ、とろんとした目になっている。
たぶん、僕が落ち着くまでの間も我慢していたんだろうな。ごめんよ、突然現れたファンタジーに夢中で……。
「……いつもの感じなら、一日以上寝る。しばらく、頼むわ……」
そしてセティは、それだけ言うと完全に意識を失ってしまった。
「ちょ!? ……マジで眠ってるだけか」
急激と言えるくらい、一気に眠りに落ちたから少し焦った。
とはいえ、それくらい負担がかかっていたんだろう。その小さくて軽い身体の重みを感じながらも、僕は納得していた。
「そりゃそうだよな。異世界から転移してきて、まだ二時間も経ってないんだ。世界間移動で消耗してたみたいだし、その状態で戦い始めてガンガン魔法も使ったとなれば、こうもなるわな」
何せ、そういうことであるからして。
だからこそ、僕はセティの身体を抱き上げながら立ち上がると、元来た道へと戻ることにした。
彼女は僕を、守ってくれた。前世の縁があるとはいえ、出会ったばかりの僕を一生懸命守ってくれたのだ。おかげで僕はほとんど無傷でいられる。
であれば、眠りについた彼女を抱きかかえるくらい、どうってことはない。今度は僕が助ける番だ……ってね。
カッコつけたところで、別に見ている人なんていないけどさ。
「……一緒に飯はお預けだな。今後についても、セティが目を覚ましてからじゃないとどうにもならないし。今はとりあえず、今日のMVPを休ませてあげないとだ。……職質されなきゃいいが」
なお、職質はされなかった模様。よかった。
いや本当、ガチで。
ラスボスの能力をヒロインに持たせる暴挙。
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