第一話 異世界からの帰還者と来訪者 3/4
昨日は二話更新しています。
前話の見逃しにご注意ください。
『クックック、やっと見つけたよグレンセイ。おかしな魔法を使いやがって、おかげで妙な国を駆けずり回るハメになったじゃないか』
『やっぱりテメェらも来てやがったか。どうせテメェ一人じゃないんだろ? 他のやつらはどこだ?』
『ハッ、どうだろうねぇ? アタイ一人かな? それとも他にもいるかな? どうだろうねぇ、ハッハー!』
二人の会話は、日本語ではなかった。
というか、恐らく地球上に存在する言語ですらない。そこまで言語に詳しいわけではないけれど、少なくとも英語や中国語と言った、メジャーどころの感じはまったくしないのだ。
おかげで何を言い合っているのか、さっぱりわからない。せめて何を言い合っているのかわかれば、何か糸口になるものが見えてくるかもしれないのに。
現状わかることと言えば、せいぜいこの角が生えた兎の獣人が、セティと同じ異世界から来たであろうこと。そしてセティと敵対しているらしいこと、くらいだ。
『チッ、それで俺に何の用だ』
『決まってんだろう! お前を殺すのさ!』
『はん、テメェごときができるとでも?』
『おいおい、わかってんのかい? こっちには人質がいるんだよ。こいつの命が惜しかったら、動くんじゃないよ!』
『テメェ……!』
言葉がわからないので、どういう会話がされているのかは推測するしかない。しかし一歩前に出たセティに対して僕を拘束する手の力を増したということは、恐らく動くなとか何もするなとか、そういう話がされていると思われる。
苦しさが一層増したけれど……まだ耐えられるレベルだ。溺れているシーンの研究のために、わざと溺れてみたときに比べればどうということはない。
さて、考えよう。確かに状況は悪いけれど、何もできないということはないはずだ。
苦しさに耐えながら、横目でちらちらと獣人の様子を確認する。どうもセティとの会話に夢中なようで、僕のほうにはあまり注意を払っていないように見える。いつでも僕を殺せる、という確信でもあるのだろうか。
しかしこれは好都合だと思われる。こっそり僕がズボンのポケットに手を忍ばせても、それを察した様子もない。さては素人か、こいつ。
であれば。
『殺す前に一つやってもらうことがある。お前が造っていた浄化装置の類を全部破壊してもらおうかい!』
『……テメェバカなのか? あれはもう主要な国や街には無償で作り方をバラまいてる。今さら俺が持ってる分を破壊しようが、大勢に影響は出ねぇぞ?』
『騙されないよ! お前が完全にアタイたちを殺す装置を作ってたことはわかってんだ! そっちはまだできてないってこともね!』
『未完成のものを壊せと言われてもな……そんなもの、手元にはないぞ?』
『バカにしてんのかい!? 研究成果全部を、破壊しろって言っ「バ〇ス!」グアァッ!?』
僕は兎の獣人が会話に夢中になっている隙にスマホを取り出してそいつの眼前にかざすと、ライトをマックスで展開した。
眼前でいきなり放たれた眩しい光に、兎の獣人は反射的に僕から手を離して目を覆う。元ネタと同じく、目が、目がぁという状況だ。
そうしてするりと手元から抜け出した僕は、その手を片方と相手の襟首をつかんで引き寄せることで重心を崩しつつ、腰にひねりを入れて足元を払った。
柔道の払腰。これによって兎の獣人は軽々と持ち上がり、僕の身体を軸にしてくるりと一回転。そのままコンクリの陸橋に背中から落下した。
『ウガァ!?』
悲鳴が上がるが、知ったことじゃない。どこぞの仮面ヒーローに変身するイケオジ探偵も言っていたぞ、撃っていいのは撃たれる覚悟のあるやつだけだとね。
僕はそのまま兎の獣人に対して馬乗りになると、襟を両手で引っ張って突込締に持ち込む。このまま締め落とさせてもらう!
「ゆ、優一! 待て! 自力で抜け出してくれたのはありがたいが、そいつは──」
『ザコの人間が! 舐めんじゃないよ!』
「ぅおわぁっ!?」
「優一ーっ!?」
ところが、兎の獣人は僕の身体をあっさりと持ち上げると、そのまま思いっきりぶん投げてしまった。技も何もない、純粋に力だけの……文字通り強引な力技だった。
僕はそのまま宙を舞う。陸橋から落ちるコースだ。その空中で、僕はようやく相手を正面から見ることができた。
兎の獣人の身体は、どう見ても僕より小柄だった。声から察していたけれど、体格からしてまず間違いなく女性だろう。
にもかかわらず、あんな無理な姿勢から僕を力づくでぶん投げられるなんて、どんな力をしているんだ? 種族が違うというのはあるだろうけれど、だとしてもこんなに違うなんて。
そして夜の風を感じながら、僕は思った。いやあ、撃っていいのは……というのは、盛大なブーメランになってしまったなぁと。
さて、ここからどうしたものか。三階……いや、四階くらいの高さだけれど、ここから落下したらよくて瀕死、悪ければ即死かなぁ。
けれど人間は、空中では何もできない生き物なんだよな。なんとかして、ペンを持つ利き手だけは死守したいところだけれど……。
「優一、しっかりつかまってろよ!」
「うわ!? いつの間に!?」
ところが、いつの間にか僕はセティに抱えられていた。まばたきの間もない一瞬のことだったはずなのに、一体いつ、どこから? 混乱する。
けれど僕がそれ以上の思考を回す前に、セティがその小さな手で空中をなでた。すると僕たちの身体は突然落下をやめて滑り出す。まるで滑り台を滑っているかのようにだ。
明らかに物理法則を無視した動き。それを目の当たりにして、僕の混乱は吹き飛んだ。
俺たちの身体はそのまま空中をしばし遊泳するようにぐるりと回り、陸橋のすぐわきにある公園に着地する。地面を踏みしめて、ようやく助かったらしいという実感が湧いてきた。
「ふう……ケガはないか?」
「あ、ああ。大丈夫だ、ありがとう」
「これくらいどうってことねぇさ。……お前が無事でよかった」
「……助けてくれたのはありがたいけど、どうしてそこまで。言っても僕たち、まだ出会って二時間程度だろ?」
「バッカ野郎、ひ孫を見捨てられるわけないだろ。たとえ身体が変わって血の繋がりがなくなってるとしても、お前は間違いなく俺のひ孫なんだ。そうじゃなかったら、俺はこっちに戻って来れてないんだからな」
先ほどまで電車ではしゃいでいた同じ顔に、誰にも否定させないと言わんばかりの決意みなぎる凛々しさを浮かべてセティが言う。
……待ってくれ、それはズルい。僕好みのかわいらしい顔で、そんなかっこいいことを言われたら好きになっちゃうだろ。これだからTSキャラってやつは!
「さーて、おいでなすったぞ」
セティが放つかわいさとかっこよさのギャップを、真正面から食らってたじろぐ僕をよそに、先ほどの兎の獣人が陸橋から降りてきた。
そんな相手に、セティがじろりとにらむ形で顔を向ける。
『これで人質はいなくなったぞ。ぶっ飛ばしてやるから覚悟しろ』
『ほざけ! 人質なんていなくってもなぁ……アタイはお前なんかに負けやしないんだよ!』
獰猛な表情で身構える兎の獣人。誰が見ても、殺意マックスという感じの様相だ。
これに応じるかのように、額から生えている黄色い角がらんらんと輝き始める。夜に映える色合いのはずなのに、僕にはそれが、なぜだか毒々しく見えた。
異世界って物騒なんだなと思いつつ、セティに思わず声をかける。
「あんなのに勝てるのか?」
「……問題ねぇよ。こう見えても俺ァ、魔法については結構得意なほうなんだ。ひいじいちゃんに任せとけ」
「だといいんだけど……この世界に戻ってきたばかりだろ。消耗してるんじゃないのか?」
こちらもまた身構えたセティだったけれど、僕のこの質問に驚いた顔を浮かべてこちらを見てきた。どうやら、僕の懸念は当たっていたようだ。
けれどそのことにセティが何か言うよりも早く、兎の獣人がとびかかってきた。目にもとまらぬ速さだ。
『よそ見とは余裕じゃないか!』
『ハッ、実際余裕なんだよ!』
兎の見た目から放たれた鋭い蹴りを、セティが片腕で受け止める。
コンクリートに鉄球がぶつかったかのような、鈍い音が鳴り響いた。断じて人体同士がぶつかった音ではない。
「優一。お前の言う通り、今の俺には魔法を連発する余力がない! だから、悪いが巻き込む!」
セティは受け止めた足をつかんで、何かしらの技をかけようとした。しかし勘のいいことに兎の獣人はさっと身を翻し、距離を取る。
その間を縫う形で、セティは僕に日本語で、早口で声をぶん投げてきた。
「今からこいつを逃がさないために、魔法でこの広場を封鎖する。お前がここから脱出する時間も取れそうにない。できるだけ隅のほうに避難して隠れてろ!」
「……っ、わかった!」
「『ディメンション』!」
僕がセティから離れ始めたのと、兎の獣人が再び向かってくるのと、それからセティが英語で魔法の発動を宣言したのは、同時だった。
走りながら振り返って見えたのは、白い光がセティの身体から放たれた様子。それ以外は何もわからなかったけど、封鎖という言葉とディメンションという魔法名? から察するに、内と外を隔てて出入りを禁じる結界のようなものが張られたのだろう。
直後、セティと兎の獣人の攻防が始まった。どちらも武器の類はなく、拳や足を使った肉弾戦だ。
けれどセティの攻撃は何一つ当たらず、逆に相手の攻撃はすべてセティに当たっている。その動きをすべて追えているわけじゃないが、そのたびにすごい音が聞こえてくるのはわかる。
どうやら、一瞬でカタがつくような簡単な相手ではないらしい。セティが弱っているからなのか、それとも相手が強いからなのかはわからないが……セティにひるんだ様子が一切ないのは、守られている立場としては安心要素と言えるか。
そんな戦いの様子を、僕は木の影から見つめることにした。
……いや待ってほしい、別にセティの言いつけを率先して破ろうとしているわけじゃなくてだな。
というのもこの公園、安全な場所なんてないのだ。ちょっとした木がいくつかあるくらいで、セティが言ったようにマジでただの広場でしかないから。
その木にしたって、あんなとんでもない蹴りを放つ相手に、どこまで盾として機能することか……。正直、どこにいようが危険度は大して変わらないだろう。
ついでに言えば、あんな超常の戦闘についていけるほど、僕は人間をやめていないので……今の僕にできることと言えば、せいぜい観察することくらいなんだよ。
……でもまあ、スケッチすることは許してほしい。あんな迫力ある実戦を見る機会なんて、現代日本ではまずあり得ないのだから。これは敵の観察のついでというやつで、勘弁してほしい。
広げたスケッチブックに、お気に入りのシャーペンを走らせる。戦いの様子から目を逸らすことなく、ほとんど無心にペンを動かしていると……見えてくるものがある。
「……無傷? あんなに攻撃を食らっているのに?」
依然としてセティの攻撃は一つも当たらず、逆に相手の攻撃はほぼすべて命中している。そのたびに大きな音が響くのだけれど、セティの身体に致命的なダメージが入った様子はない。
ノーダメージと言うわけではなく、ところどころ腫れたり擦り傷ができたりしている。それでも、兎の獣人が放つ攻撃の様子からすると、はるかに軽傷という他ない。
一体どういう仕組みなのだろう。先ほどセティは魔法と言ったから、それなんだろうけれど……ゲーム的な魔法ではないということか?
いやしかし、それより何より異常なのは、兎の獣人の回避力だ。本当に、すべての攻撃が当たらない。まるでどこに攻撃が来るかがわかっているかのような。
ほら、今もそうだ。セティが横から仕掛けた不意打ち気味の蹴りが、するりと避けられている。
セティは続けて身体を横回転させながら右足、左足と蹴りを連発するものの、これも全部不発。一つとして相手に当たらず、なんならかすりもしていない。
「相手の心を読んでいるのか? ……いや、未来視という可能性もあるな。他にもあるだろうけれど、可能性が高いのはこの二つか」
思わず独り言が口をついて出た。
純粋に格闘技術が高すぎる、という可能性もあるけれど……たぶんそれはかなり低いだろう。もしそうだとしたら、先ほど僕が投げ技をかけたときにきちんと受け身を取っていただろうからね。
あれは演技じゃないはず。格闘技には多少の心得があるから、そういうのはなんとなくわかるのだ。
まあ僕の場合、その心得は主にバトルシーンを描くための資料という意味合いが強いから、実戦を経験したことはほぼないけれど……そこはまあ、師匠の教えがよかったといったところかな。
ともかくそういうわけで、何らかの方法でセティの攻撃が事前にわかる。兎の獣人は、そういう魔法を使っているのだと思われる。
「とはいえ、それがわかったところでこの距離で僕に何ができるかと言うと……。声をかけるくらいしかできることないよなぁ」
ただ普通なら悪手も悪手だろうけれど、どうやら相手は日本語がわからない様子。それなら、普通に話しかけてしまって構わないだろう。
よし、やるか。少しでも、セティを助けてあげたい。
だから僕は意を決して、口を開いた。
「セティ! たぶんそいつ、心を読むか未来を視てるかしてるぞ!」
直後、セティがくるりと横に回転して相手の攻撃を避ける。その際に、彼女の顔が見えた。
余計なことはするなとか、お前というやつはとか、そんな感じのどこか呆れたような顔だった。
「ああ、俺もそう思う!」
やっちまったかなと思ったけれど、彼女はすぐに悪ガキを見るような顔でフッと笑ってそう言った。
なんとなくだけれど、その様はセティーア・グレンセイという少女ではなく、脇田光太郎という青年のものに感じられた。なんというか、それくらい「男」っぽい仕草に思えたのだ。
にもかかわらず、見た目は百三十センチちょっとの可憐な美少女。そのギャップに、僕は改めてTSというジャンルの奥深さを感じ入った。
セティの顔が見えた一瞬に僕がそんなことを考えている間に、彼女は回転の勢いを乗せて裏拳を放った。
これも当然のように回避されたけど、距離が開く。
『チッ、噂通りの魔力放出量だね! 埒が明かない!』
兎の獣人が、少し離れたところに着地しながら何やら言う。相変わらず何を言っているかわからないけれど、どうやら焦れているようだということはわかる。
向こうの攻撃は全部当たっているけれど、どれもこれも大したダメージになっていないからな。そりゃあ思うところの一つや二つくらいあるだろう。
こういう状況にあるとき、人間なら大抵は何かしらの方法でそれを打破しようとする。今回で言えば、より威力の高い技を繰り出すのが最もシンプルでわかりやすいだろう。
あるいは、この場から逃げて仕切り直すと言う手もある。セティがここを封鎖しているからできないはずだけれど、試みる可能性はゼロじゃないだろう。
では兎の獣人は、どういう方法に訴えたか? 答えは──
主人公、ヒロインのみならず、今後出てくるメインメンバーのキャラ属性は大体ひねってますが、物語という点では王道な展開を目指しています。
異能力バトルものなラノベのボーイミーツガールって、こういう感じが王道だと個人的に思ってる。
現代では古いかもしれないけど、ボクはこういう話が好きだから・・・!
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