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帰国した納村が連れてきたのはビジネスカジュアルな服装に身を包んだ女だった。
「紅忠商事資源1課の河内舞夏と申します。紅忠異世界支社長として来年春以降にこちらへ赴任する予定です」
そう言って差し出された手を軽く受け取って握手を返す。
日本人女性にしては縦にも横にも大きめの彼女は、白のブラウスにネイビーのジャケットというかっちりとした服装でありながらよく見れば足元は同系色のスニーカーにリュックサックというちぐはぐさが実用性重視な印象を抱かせる。
なにより特異性を感じさせるのは目つきだった。
上手く言うことが出来ないが阿佐田哲也作品の主人公たちのような常識や善悪の外に生きてきた風の特異な目は彼女の一癖ありそうな雰囲気を際立たせていた。
「よろしくお願いします、こちらには視察ですか」
「はい。視察と支社の建設用地探しと購入ですね」
飯島の用意してきた資料によると、業界4位の紅忠商事は早期に異世界への進出を決定し以前から外務省にアプローチをかけていたという。
異世界との通路建設のため・国内経済活性化のためにも企業の力を借りたい政府に対し、財閥系商社が異世界の市場開拓に慎重な姿勢を示していた中で唯一積極的な姿勢を示した非財閥系の紅忠に異世界への渡航許可を出したのだという。
大使館としてこの進出企業第一号への支援も大きな仕事になる。
「現地語は大丈夫ですか?」
「一通り叩き込んできてます、それに私こう見えてもバックパッカーなので言葉が通じない場所は慣れてるんです。助力が必要なことがあれば私のほうからお願いしますので」
大使館関係者にざっくりとした挨拶を済ませると、さっそく大使館を出て市場調査へ出かけていく。
いちおう大使館で収集した物品の分析結果はほとんどが公開されているとはいえ、商売をするには情報が少なすぎるという判断だろう。
「……俺たちがここに来たとき、到着してすぐは動けなかったのにな」
そのパワフルさにそんな言葉が漏れるのは許してほしかった。
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河内さんはその後3日ほど大使館に戻らず、うっかり死んだのかと心配しつつも飯山さんが市場で見かけたという報告で何とか無事を確認するという状態が続いていた。
そうして4日目の夜。
「こんばんわ、紅忠商事の河内です」
出会ったときとほぼ同じ服装で大使館の門前に現れた彼女は「現地支社の所在地購入の手続きの手伝いをお願いしたいのですが」と切り出した。
嘉神と納村にに手続きに必要な書類の準備を頼んでおき、その間にアントリにお茶を淹れてもらう。
「3日で土地を見つけてきましたか」
「ええ、有償で買い上げさせてもらいました」
聞いてみると場所は第一都市から少し離れた川岸から山の中腹にいたる一帯で、両都市を望むことが出来る場所だという。
大使館で所有する地図と照らし合わせながら写真を見比べてみると緩い傾斜地ながらずいぶん広いことが分かる。
「ずいぶんな広さですね」
「将来的にはここをハブに各国で商売が出来たら、と考えてます。河川を使った物流もしやすいですし両都市が見えれば国内における人の動きも読めますから」
そうかもしれないが、ここは市場からいささか離れている。
水源はあれど傾斜地ゆえに農業に不向きで手つかずだった場所をまとめて購入するのはなかなかリスキーにも思える。
「多少のリスクは商売の友、うちの会長がそう言ってました」
しれっとそう告げる彼女の目は何か見えないものが見えているような、独特の不気味さを滲ませていた。




