4-17
「ハルトル宰相閣下は金羊国運営に必要な人材であり、彼と彼が10年かけて育てた人・土地を永続的に守るためにも即時帰国が必要であると考えております」
俺のその言葉にしばらくぽかんとしていたシェーベイル宰相は、しばらくすると「なるほど」と小さく呟いた。
「卑しいものであろうとも必要とあらば使うという事ですか、神も恐れぬ所業ですなあ」
ちょっと言い方に悪意を感じるがこの世界の人間にはそう見えるのだろう。
「世界が違えば神も違うのでしょう。それで、どうお考えですか?」
国王殿下に話を振ると「他のものでも良かろう」と口を開いた。
「ハルトルでなくとも統治官を送ればいい」
その声はやはり冷たく怜悧な響きであった。
「そうでしょうか?ハルトル宰相閣下が短期間であれだけの国家制度の整備を可能としたのは国民との連帯があってこそでしょう」
「10年で作った連帯なら、みな死んだら終わる」
「そうでしょうか?日本には『板垣死すとも自由は死せず』という言葉もあります、自由は人の死によって奪われるものではありません」
俺の言葉に少し悩んでから納村が翻訳する。
というかあいつ、『板垣死すとも自由は死せず』のところ省略したがそれで一瞬悩んだのか?
予定とは全く違ったがあの件を切り出そう。
「ハルトル宰相閣下を即時返還いただければ、部下の損害賠償請求を取り下げて支援をしましょう」
「支援とは?」
「ここに来る前に黒油が田畑を黒く染めているのを見ました。あの油は地球において貴重な資源でして、日本政府にとっては喉から手が出るほど欲しい」
「なんだと!」
驚愕の声をあげたのはシェーベイル宰相だ。
「大きい酒樽1つで1人分の食事1食分と安価ではありますが、10年単位での購入契約と食糧支援は可能でしょう」
そのあたりの事もすでに手紙で報告してあり、今頃飯島が色んなつてを頼って国内の石油メジャーに声をかけているはずだ。
おりしも産油国の情勢不安で供給も不安定になっており、質は保障されてることも踏まえれば使われていない製油所を使えるから多少のデメリットはあっても買う奴はいるはずだ。
「しかし移動手段はどうする」
「日本側でこちらの人を雇うよう企業に勧告し金羊国まで運んでもらえれば日本まではすぐです、管轄外なので命令は出来ませんがある程度は従ってくれるでしょう」
ここまでメリットを上乗せしてきたのだ、ふたりとも大いに揺らぐはずだ。
「……そこまでして私からハルトルを奪いたいか」
グスタフ4世の声が凍てつき、目線が俺のほうへと飛んできた。
その瞬間のど元にレイピアに似た細い剣の切っ先当てられ、目の前の男は宣言した。
「あれは私のものだ」
「ハルトル宰相閣下は誰のものでもありません」
「それは貴国の考えだ、この国おいてハルトルは私のものだ」
「本当に彼自身もあなたのものであることを受け入れてるのですか?」
微かに切っ先が揺れ、動揺がかすかに眼に浮かんでいた。
(やはりそこをつくしかない)
「誘拐のような沙汰はハルトル宰相の心を傷つける行いではないという確証はおありですか、自らハルトル宰相があなたのもとに戻ると一言でも言ったことはおありですか、一度でもハルトル宰相のご意思を聞いたことは!」
「黙れ余所者!ハルトルは私が買い長らく育てた私有奴隷だ!」
「長らく育てたのならば彼にも意思と心があることはご存知でしょう」
その瞬間ヘルカ魔術官が剣を掴んで魔術で鉄を熱してへし曲げ、俺を刀の切っ先から解放してくれる。
ヘルカ魔術官にありがとうと目で合図をするとウィンクを返してきた。
すると「待たんか!」という怒声とともに城の最上階から何かが落ちてきた、違う、あれは
「ハルトル宰相!」
両腕でハルトル宰相を抱えたグウズルン情報管理官が飛び降りてきて、砂埃を立てて中庭に着地する。
その光景に近衛兵までもが呆然とする中、グウズルン情報管理官の腕から放たれたハルトル宰相は身体についた埃を軽く払うと膝をついてある言葉を口にする。
「我が主人・グスタフ4世に申し上げます。私との奴隷契約を解除し、金羊国宰相として復帰することお許しいただけませんでしょうか」




