25-7
アラブ諸国と富山協同製薬の一行が帰国した後、大使館はすぐに休日となった。
理由は単純、全員死ぬほど疲れていたからだ。
それは当然俺も同じだが1人だけ様子の違う男がいた。
「真柴、ちょっと話がしたいんだが……いいか?」
二度寝から目覚めてブランチに出ようとする俺を木栖が呼び止める。
どこかそわそわとした木栖の雰囲気は初めての彼氏に浮かれる女子中学生のようで、ちょっと呆れてしまう。
「話すのはいいけど、外に出るんなら着替えの時間はくれ」
「あー……大使館の中だと聞かれそうだしな。30分後に大使館の門前で」
「わかった」
―30分後―
ジーンズとロンTの上に厚手のパーカーを羽織って門前に出ると、木栖はカットソーとスキニーパンツで俺を待っていた。
「お前この時期に上着無しって寒くないのか?」
金羊国も11月となれば薄手の上着がないと肌寒い季節だ。
「俺は平気だから気にしなくていい」
「ならいいけど。ところで俺まだ飯食ってないから先に市場で飯食ってからでいいか?」
「それなら丁度いいものがあるから綺麗なとこでそれを食べつつ、というのは?」
「ほー?じゃ、そうさせてもらうかな」
*****
大森林の片隅にある川辺の小さな休憩スポットに折りたたみの椅子を持って出掛ける。
「防大時代の知り合いに子供が生まれたって聞いてお祝い寄越したら、お礼でコーヒーとパンを貰ったんだ」
「へー、コーヒーはともかくパンは缶詰タイプのやつか。珍しいな」
「パンの缶詰は買ったは良いけど口に合わなかったんだとさ」
木栖が用意していたのはお湯の入った魔法瓶とコーヒーのドリップパック、そしてパンの缶詰セットだった。
コーヒーは酸味と苦味のバランスが取れた、コク深い一杯で心を落ち着かせてくれ、缶詰入りのパンはふかふかでちょっとバターやミルクの甘さを感じる。
そうしてパンをひとつ食べたところで、はたと本題を思い出した。
「そういえばお前の話ってなんだ?」
「あー……その、この間の件で」
木栖の言うこの間の件と言うのはたぶんアレだろう。
「お前が昔の男と揉めた時に俺が言った、『俺の46年全部やる』発言の話か」
「なあ、アレ本気なのか?」
「本気に決まってるだろ、アレで撤回したら俺があいつよりロクデナシになる」
無論この場であんなのは口約束だとほざいて撤回できない訳じゃない、しかしそんなことしてクソ野郎に成り下がるなど俺が一番やりたくない。
「本当にいいのか?」
「いいよ。お前が他の誰かのものになってうだうだし続けるぐらいなら、お前を俺の恋人と言う座に押し込めてしまう方が手っ取り早いだろ」
「ホントのホントにいいんだな?!」
「俺がいいって言ったんだからいいに決まってるだろうが!」
ちょっと半ギレ気味の俺に対して場が一瞬沈黙する。
互いに深呼吸して冷静さを取り戻したところで俺が口火を切る。
「それともお前、やっぱり一生片思いでいいとか……「そう言う事じゃなくてだな?」
木栖がちょっと顔を覆い、動揺と興奮と幸福感がごちゃ混ぜになりながら木栖が「その、だな」と口を開く。
「お前が俺に残りの人生全部くれるとか、俺の男になれとか、ノンケのはずのお前の口から俺に向けて出てくるのが想定外で―……その、嬉しいけど信じがたいというか、今までの人生かなぐり捨てて俺をお前のものにしてくれるのかとか、そういうことがちょっと処理しきれてなくてだな?」
木栖が必死に俺のこれまでの言動を処理してるのが分かると、途端にこいつが愛おしく思える。
喜びと一抹の疑念で混乱した木栖を見て「しょうがねぇな」とつぶやく。
「とりあえず処理しきれるまでは待ってやるよ」
「……悪い」
やれやれという気持ちで2個目のパンに手を伸ばし、とりあえずこれを食い切るまでには処理を終えてほしいと思うのだった。




