25-4
その日の夕食後の事だった。
風呂上がりに涼みがてら庭を歩いていると、木栖があの男と共にどこかへ行くのが見えた。
(何する気だ?)
遠くからそっと二人を追いかけていくと、木栖とあの男は大使館から第一都市の川べりにたどり着いた。
「で、どうしたんだよ善泰」
「どうしたもこうしたも……マーさんが真柴に喧嘩売った理由を聞きたかったんだ」
「そりゃあお前を手放して欲しかったからに決まってるだろ?」
「なら直接俺に言えばいいだろうに」
あの男はやれやれという表情をすると「お前に言ったってきっと素直に離れないだろ」と言う。
その言葉に木栖がどのような表情をしてるのかを伺い知ることは出来ないが、あの男の反応からするにあまり良い顔はしてないのだろう。
「善泰はロマンチストだからね、ノンケでもいつかはって夢見てるうちは離れてくれないだろ?お前ほどのいい男とヤれないのは世界の損害だよ」
「……要はヤりたいだけなんじゃないか」
悪女めいた笑みを漏らしながらあの男は木栖に「体は大事だよ」と返してくる。
「お前も恋に恋するのはやめて快楽に生きていけばもっと気楽だって分かってるだろ?」
「そういう生き方は性に合わないんだ」
「唇も許さないノンケの横にいるより、俺たちと楽しく生きてこうよ。な?」
あの男が木栖の手首をつかむと身体を自分の側へと引き寄せるのが見えた。
俺は咄嗟に飛び出して木栖の服の背中をひっつかみあの男から離すと、あの男は面白そうに俺を見て微笑んだ。
「聞いてましたか」
「ええ。木栖が俺を選んだのならあなたに文句を言う資格はないのでは?」
「飯をくれない飼い主より無限に餌をくれるご近所さんのところにいる方が幸せでしょう?」
言うに事欠いてよく言う輩だ。
木栖が男前なのは分かるが、そんなに木栖とセックスしたいのか?したいんだろうな。結婚してもセフレとして手元に置いておこうとしたぐらいだもんな。
「そんなにヤりたいんなら嫁さんとヤればいいでしょうに」
「女はバイアグラ無しじゃ無理でね。社長暮らしもきついから、善泰ほどの極上の男と淫蕩生活でもしなきゃやってられないんですよ」
その言い分を聞いていた木栖がポツリと「でも社長の座は捨てられないんだろ」と言う。
本人曰く極上の男だとしても地位や権力を捨てられないんなら信用できない。そう言う事だろう。
「善泰、人間が愛だけで生きられるわけがないだろ」
この目の前にいる男の言い分を理解しないわけではない。
生きてる限り人は眠り、飯を食い、衣服や道具を欲する。それらを得るにはお金がいる。
だからこの男は社長の座を捨てない。お金が無ければ日々を充足させられないと知っているから。
「人はパンのみに生きるにあらず」
木栖がそう答える、聖書に出てくる有名な言葉だ。
要はパンがあっても愛が無ければ楽しくない、と言いたいのだろう。
「俺は極上のセックスよりも惚れた男の傍が良い」
真柴がきっぱりとそう言い放つと、俺の中にある確信が生まれる。
(やっぱり、木栖善泰の事は渡せない)
木栖の精神的愛情も肉体的貞操もすべて俺に向けられているのだ、その一欠けらだってこんな奴に渡してなどやるものか。
「だそうですよ?」
俺がそう言い返すと、目前の男は深い深いため息を吐いて「腹立つドヤ顔」と呟く。
「俺はハナから善泰に肉体だけくれって言ってるのに、あんたは善泰に何も渡さない癖に心も体も全部もらったつもりでいるんだ」
「木栖が俺に捧げてるものを俺のものにして何が悪い」
俺の言葉を聞いて、目前の男は視線を俺から木栖の方へと移す。
「……善泰、お前はそれで良いの?
ただ一方的に自分の所有物扱いされてるだけで何も与えてくれない人間のそばより、お互いになんの束縛もなく純粋に肉体的快楽を追求し合う方がよっぽど幸せじゃない?」
木栖はその問いかけにビクリと体を揺らす。
「別に俺はお前の心が欲しいなんて言ってないんだ、ただ時々一緒にホテルに行こうってだけなんだ。簡単なことだろ?」
木栖の表情がぐらりと揺らぐのがわかる。
生物的男性としての欲求はおそらくこの4年間一度たりとも満たされていなかったからこそ、いまここで揺らぐのだろう。
愛想のある表情で「な?」と問いかけてくるのを見て、シンプルに腹が立った。
俺は分かっていた、この男が俺を欲しいと思っても手を伸ばさないだけだった事を。それを今逆手に取られていることを。
「……何も与えないとは言ってないだろう!」




