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大使館に戻ってすぐ木栖のいる執務室に飛び込むと「どうした?」と不思議そうに俺を見た。
俺は乱雑に木栖の体を壁に押し付けてホールドすると、襟首を掴んで木栖の視線を俺のところへと向けさせる。身長的に俺が見上げる形になるのは癪だがこれはどうしようもない。
「お前、富山協働製薬の五十里桂馬と何があった?」
俺が出した名前を聞いた途端、木栖の顔がわずかに強張るのがわかった。
「……五十里桂馬は、俺が初めて付き合った男だ」
木栖が弱々しくそう答える。
童貞を貰い受けたということは多かれ少なかれそういう関係を持っていたという事なのは察していたが、木栖の口ぶりからするとあまり良い彼氏ではなかったのかもしれない。
「元カレってことか」
「そうなる、でもまさか本当に来るとは思ってなかった」
「詳しく説明しろ、あいつ俺に喧嘩売って来やがった」
「わかったから服の襟首掴むのはやめてくれ」
逃げはしないだろうと察した俺が木栖の服の襟首を離すと、小さくため息を吐いてから静かに語り始める。
「マーさんと出会った時、俺は23歳だった」
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マーさんと出会った時、俺は23歳だった。
富山の駐屯地に配属されたばかりの防大出たての新人だった俺は知り合いなんて誰もいない街で思う存分ゲイとしての自由な生活を楽しめるようになって、仕事終わりの週末は適当な言い訳で駐屯地を出ては近隣のゲイバーによく繰り出してたんだ。
マーさんとはそこで出会った。
あの人は魔性というかノンケも狂わす魔性の色気として評判の男好きで、少し下半身がだらしないから俺の好みからは少し外れてたんだが、言い寄られてしまうとあっさりハマって付き合う流れになったんだ。
桂さんには恋愛の仕方を教えてもらった。デートプランの作り方やキスの仕方、ホテルへの誘い方までな。
マーさんが富山協働製薬の社長の子どもってことはみんな知ってたけど、俺は余所者だったしゲイバーは源氏名文化だから本名を知らないことはよくあることだったしあんまり気にしてなかった。付き合ってるんだしそのうち教えてくれるだろって思ってたのもあるな。
それで2年半くらい経った時、突然『俺今度結婚するんだわ』って言い出したんだ。
マーさんが富山協働の社長の息子ってこともその時になって知ったし、他の兄弟たちに跡取りの座を奪われない為には女と結婚して子どもを持たないとダメだから男関係を少し整理するとも言ってた。
こっちは青天の霹靂だったよ。他に好きな人できたとかならまだ諦めつくけど社長になる為に俺のこと捨てるって言うんだぞ?そんなに未来の権力が大事か?って感じだった。その挙句こう言ったんだ。
『セフレなら不倫にならないから落ち着いたらまた会おう』
そう言われた時は本当に腹が立ったよ。
骨が折れるまでぶん殴ってやろうかと思った。
セフレでもヤッてたら不倫だし俺は既婚者と付き合わない主義だって前に言ってるはずなんだ!なのにセフレは不倫じゃない?俺の話聞いてないのか?!
それでしばらく揉めたんだがちょうど良いタイミングで転勤が決まって、それで富山を出る時に番号消した上、着信拒否にしてそれっきり。
だからもう20年くらいは会ってないんだが、まさか本当に来るとは思ってなかったし、お前に喧嘩売るようなこと言うとも思ってなかったよ。
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木栖の長い語りを聴き終えると多少の納得はあった。
元カレとして恋愛のいろはを全部教えたのは俺だと言う自信と確証が、あの童貞を貰った発言に籠っていた訳だ。
「木栖、お前あの元カレと復縁したりするなよ」
「復縁なんかしない。あいつが独身だとしても都合が悪くなればセフレになるだろうから、俺はちゃんと俺を愛してくれる人と付き合いたい」




