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納村明野の婚約と病気の話は、納村が大学院に入って間もない頃にまで遡る。
大阪外大から東京外大の大学院へ進学した納村は黒崎ゼミに入った。ちなみにこのゼミの主である黒崎教授は以前北の国の王家御一行が日本へ訪れて来た時に首相の通訳を務め、大陸標準語研究の先駆者となった人物である。
その黒崎ゼミで1学年上の男性と仲良くなってやがて恋人となり、納村が大学院博士課程へと進む頃には博士号取得後に結婚する約束まで行うに至った。
しかし博士課程2年目の夏。納村は健康診断のついでに受けた婦人科検診で再検査の判定を受け、病院へ行くと間もなくして子宮頸がんの診断を受けた。
治療のため大学院を休学して都内の大学病院へ入院すると、待ち受けていたのは過酷な治療だった。
腕がボロボロになるまで抗がん剤の点滴を打ち、吐き気と脱毛に苦しみながらの入院生活。心の支えは学業への気持ちと婚約者や友人知人のお見舞いだった。
しかし20代のがんは進行が早く抗がん剤だけでは病巣を叩ききれず、医者の勧めで最先端の放射線治療を受けられる九州の病院への転院を提案された。
放射線治療の副作用で妊娠できない身体になる事と婚約者との幸せな未来の結婚生活を天秤にかけた末、納村は婚約者との生活のため縁もゆかりもない九州への転院を受け入れた。
2年間にわたる放射線と抗がん剤治療の間も体調の良い日には電話やメールのやり取りを繰り返し、健康になって東京に残した婚約者の元に帰ることを待ち望んでいた。
そうしてがん治療を終えて退院した納村は婚約者と久しぶりに食事に行った。
場所は大学近くにある学生御用達のインドカレー店。
入院中は食べられなかったスパイシーなインドカレーを思う存分食べようと楽しみにしていたところ、婚約者の隣にはゼミの後輩にあたる中国人女子留学生が座って自分を待っていた。
「婚約を破棄したいんだ」
婚約者は納村不在の寂しさで以前から自分に好意を持っていた後輩女子についつい手を出してしまい、妊娠させてしまったのだ。
そうなれば責任を取って後輩女子を妻としてもらう必要が出てきた為、納村との婚約を無かったことにしたいと言い出したのだ。
本人曰く、その瞬間が生まれて初めて人を本気で殺そうと思った瞬間だったという。
たまたま店にあったガネーシャ像で婚約者と後輩を殴り殺そうとする自分を店員が2人がかりで止めてくれなければ本当に殺してたと思う、と言っていた。
その後婚約者は博士号取得後に黒崎教授の紹介で中国の大学へ渡って留学生と結婚するも、程なくして離婚して今はどこで何をしてるかは全く不明だそうだ。
納村本人はゼミに残って病状観察のため定期的な通院をしながら博士号を取得、ゼミの助手として就職もした。
婚約者の一件に精神的な折り合いがついた頃、異世界人が現れ彼らの言語研究が東京外大黒崎ゼミへと割り振られた。
異世界の言語は納村の人生に一筋の灯りとなった。
納村に結婚せず子供も居なくても人生はやることがあれば十分楽しいと教えてくれたのがこの研究であり、その研究の為なら異世界へ渡ることに何の躊躇もなかった。
だから納村は異世界へと渡ることを選んだ。
俺たちは仕事のためだったが、納村は自らの人生を賭けるに値する研究のために異世界へ渡っていったのだ。
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納村の過去の話を語り終えると「なるほど」と夏沢は言う。
「そら自分の結婚に何か恨みでもあるのかってなりますよね」
夏沢が納得したような気持ちでそう呟いた。
「ほんとに詳しく聞いてなかったんだな」
「流石に下調べの範囲外だったんですよ」
夏沢がそんなふうに答えるので、俺たちとて納村とそういう話にならなければ聞くことはなかっただろう。
「今回こそは上手くいって欲しくなりますね」




