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その日の休み時間、納村とファンナル隊長が申請書を片手に俺の執務室にやってきた。
「観光ビザ申請?」
「実家から連絡が来まして、一度お前の結婚相手の顔を見せろと。でもうちの実家だとビザなしで歩けませんからね」
金羊国人は基本ビザなしで出入国が可能であるが、出入りできるエリアに制限がある。納村の実家はそのエリア外のため観光ビザの申請が必要なのだ。
『そう言うことなので書類を書いたのですが、直接大使のところに行ったほうが早いと言われまして』
大陸標準語で言い訳めいたことを言われて、納村なら言うだろうなという気がして苦笑いが漏れる。
観光ビザの申請書類には問題ないので机の脇にあるビザの雛形にビザにサインを入れて、ファンナル隊長に手渡す。
『観光ビザは一回の入国につき30日の滞在を許可しています、有効期限は5年です』
『ありがとうございます』
この2人に法務省からの通知の話をするのは憂鬱ではあったが、今のうちにしておかないと後で納村に何を言われるかわからない。
「納村、ちょっとこいつを読んでくれるか」
今朝届いた法務省からの省令通知書を手渡して黙読させると、ドスの効いた「はぁ?」という声が漏れた。
「ちょっと法務省まで突撃してきます」
「待て待て待て今飯島経由で担当者にアポ取ってるから!」
「これが黙ってられますか!」
暴れ馬の如く荒ぶる納村を必死で引き止める俺に『何か問題があったんですか?』と不安そうにファンナル隊長が問いかける。
『日本の司法行政から私とファンナルの結婚に待ったがかかってきたんだよ!だから担当者とっ捕まえて撤回させてくる!』
『ほう?』
納村の話にファンナル隊長も何かのスイッチが入ったようで若干の怒りが表情に滲む。
『そう言うことなら詳しく聞かせてもらう必要があるな?』
『アポなしで突撃して話を聞いてくれる訳あるか!アポが取れたら納村とファンナル隊長も連れてくから!だから落ち着いてくれ!!!』
夫婦(まだ結婚してないが)揃って暴走寸前のところを必死で引き止めていると、「大丈夫ですか?」と言って夏沢がやって来た。
「……何してるんですか?」
「ちょっと法務省まで突撃貴様が晩御飯してくる」
納村の若干物騒なコメントを「荒ぶってるなぁ」と呑気な一言で済ませる夏沢に対して、俺が言えることはただ一つ。
「どうにかしてこの夫婦を止めてくれ!」
結局荒ぶる納村とファンナル隊長を納村と俺の2人がかりで説得し、後日法務省の担当者と話し合わせることを約束した。
ファンナル隊長も突然の横槍に静かな怒りを抑えきれず、納村も「なんで私が結婚しようとするとこんなことばっかり……」と荒れ狂う心を声と瞳に滲ませていた。
とりあえず今日のところは早退して良いから少し落ち着けと言い含めると、「じゃあ帰ります」と言って出て行った。
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「納村さんがあんなに荒れてるの初めて見ました」
割と感情と直感で動くタイプの納村だが怒りの沸点は高めで、感情的に暴れ回る事はほぼない。
「あいつの過去を思うと納得はするけどな……」
過去の記憶が今の納村を大いに荒ぶらせてるのだろう。
「納村さんの過去って、婚約破棄のことですか?」
「詳しく聞いてないのか?」
「病気で婚約破棄したってくらいは聞いてますけど……何で大使は知ってるんですか?」
「日本で納村から大陸標準語を勉強してた時に持病の話から発展してな、愚痴っぽく聞かせてくれたよ」
納村の昔話を勝手にして良いのかは分からないが、しておかないと納村の「なんで私が結婚しようとするとこんなことばっかり」と言う言葉の意味も伝わらないだろう。
納村明野の婚約と病気については、大学院まで遡る。




