23-9
いそいそとペンを仕舞い込む木栖を見てぼんやりと思ったことがある。
「お前にとって、自分のセクシュアリティって何なんだ?」
高校以来の再会だったあの時あっさりとカムアウトした割には周囲にはほとんど明かしていなかったようだし、過去に恋人がいたのに今回のような恋人っぽいことにはいつも素直に喜ぶ。
それがちょっと奇妙に見えてきて、ついそんな質問が口をついた。
「多くの場面で自分を不利にする事実だな」
木栖はフラットにそう答える。
「ゲイであることで選べない人生や不利益は多いが、ゲイだから出会えた友人やゲイ特有の人生経験もある。だから枷だ罪だとは思わないし、逆に祝福だ恩恵だとも思えない。だから事実ってところだな」
「そういうもんなのか」
「人によるだろうけどな、今の俺にとってはただの事実だよ」
ゲイであることで苦しんできても今はフラットに受け入れて、その事実と共存している。それはたぶん木栖だけでなく俺も含めたこの大使館メンバー全員がそうなのだろう。
「お前が俺に向けた好意を許容してくれてるだけで十分だしな」
「好意の許容だけで良いのか?」
「ノンケを落とすのは苦手なんだ」
木栖がやれやれとでも言うように小さく肩をすくめて笑う。
というかノンケを落とすのが上手いゲイもいるってことだな?世間は広い。
「俺のこと落とせるなら落としたいのか」
「そりゃそうだろ、俺は片思いだけで充分なんて思えるほど人間が出来てないしお互い特定の相手もいない」
「要するに好意の許容されてるこの状態でも悪くないから妥協はするが、それはそれとして俺と付き合えるもんなら付き合いたいと?」
「だな」
木栖がそう答えるので、ちょっとだけ考えてみる。
もし俺がこの男と付き合うとなればどんな未来が待ち受けてるのだろうか?
「お前と一緒に出かけたり、互いの体に触れ合ったり、一緒の部屋で寝起きしたり、って事なら既にやってるな?」
「だいたい全部仕事ありきだけどな」
「でも冬にお前が両親と会うとき付き添ってやったろ」
まあ少なくともアレは木栖から頼まれたから付き合ってやったと言う側面はあるが、頼まれた面倒を断らない程度の好意はあるのだ。
恋と呼ぶには甘酸っぱさは無く、友情と呼ぶには関係性が特殊過ぎる。現状名前も正体も分からない俺たちの距離感にまだ答えはない。
木栖は「だな」と応じてからしばらく考えて口を開く。
「でも俺たちの任期が終わって偽装夫婦である必要が失われた後までは一緒にいてくれないだろ」
その言葉にはある種の諦めが滲んでいてどこか寂しげに見える。
俺はその言葉にどう応じれば良いのか分からずにちょっと考えてから「未確定の未来のことだからな」と答える。
「9割9分辿り付かない未来に期待してもしょうがないだろ」
「任期の終わりまでには答えを出すよ。俺がお前とどうなるかを」
俺が言えることはもうそれぐらいしかない。
木栖はその答えに一応の妥協点を見出したようで「じゃあ、待ってる」と答えた。
「ぼちぼち行くな」
「分かった。それと、一つ思い出した」
「うん?」
「言うの忘れてたが11月ごろに富山協働製薬の人間がこっちに来るから手伝い頼んで良いか?」
木栖はその言葉に一瞬固まったあと「……分かった、予定調整しておく」と軽く応じて出て行った。




