23-1
時は少し遡って、7月が始まってすぐのある日のこと。
「大使、ちょっといいですか?」
嘉神が申し訳なさそうにやって来たので「どうした?」と問えば、室内へゆっくり入ってきた。
「いえ、実は先ほど本省経由で母方の伯父が亡くなったと連絡がありまして。忌引き休暇を申請したいんですが」
「ああ……それは、しょうがないな」
金羊国は7月・初夏から盛夏へ差し掛かろうとしているが、日本はもう8月の暑い盛りだ。そりゃあ体調を崩して亡くなる人が出るだろう。
「幸い大きいトラブルは無いし、気にせず休みの申請して良いんだぞ?」
忌引き休暇の申請書を手渡すも嘉神は曇り顔のままだ。
「深大寺君の件とか大丈夫なんですか?」
どうやら嘉神の懸念はそこらしい。
確かに自分が忌引きで不在の間に後輩が退職となれば、人手不足が悪化しかねない。
「本人は辞めないとさ」
「ならいいんですけど」
ササッと忌引き休暇の申請書を書き上げると俺はさっそく認印を押し、明後日から3日間の嘉神の不在を受け入れた。
そんな訳で3日間嘉神が不在となった訳だが、嘉神がいないというのは意外と不便だった。
「こうしていなくなってみると縁の下の力持ちだったんですねえ、嘉神さん」
昼飯のカオマンガイ風炊き込みご飯を食いながら納村がそんなことを呟く。
「そんなに違うんですかー?」
飯山さんが不思議そうに首を傾げるので「違うね」と納村が言い切る。
「嘉神さんがなんだかんだ大使館全体の仕事の振り分けをしてくれてたんだなって思い知らされますね」
「私らの仕事まで把握してますもんねあの人」
石薙さんと夏沢が全部言ってくれたが俺も同意見だ。
不在がちな俺の代わりに全体を一通り把握して適切に配分し、大使館を動かしていたのだと心底思い知るのである。
(あと俺がトンネル工事関係の進捗を全然把握してなかったことも気付いたが……)
つくづく縁の下の力持ちと言うのものの大切さを思い知らされる。
「そんなに大切なら労わってあげないとですねえ」
飯山さんのひと言に全員がうんうんと頷いた。
「じゃあ、嘉神さんが帰って来た日には嘉神さんの好きなもの作ってあげたいですねえ」
「嘉神の好物……」
全員がお互いの顔を見あうが、思いつくものがないことに気づく。
しいて言うなら名古屋・東海圏の食い物にこだわりを見せることは知っているが、これ大好き!という分かりやすいリアクションを見せてきた覚えがない。
「ジョン?」
俺が嘉神のペットである巨大アルマジロの名前を挙げるが他に思いつくものはない。
他のメンバーも同じようで、なんとなく沈黙が広がる。
特に俺と同じ初期メンバーである木栖・納村・柊木先生などは、あまりにも思いつかなさ過ぎて「4年一緒にいたのにな」と自分で自分に驚く始末だ。
「……嘉神の事もう少し大事にしよう」
「だな」
*****
そんな話をした4日後、嘉神が戻ってきた。
台風で乗るはずの新幹線が止まって帰れなくなったことを詫びる嘉神を、全員が気にしなくていいと暖かく迎え入れた。
仕事についても可能な限り片づけておくことで、嘉神の分は最低限まで減っていた。
「今日のお昼は鉄板ナポリタンですよー!」
鋳物製の小さなフライパンみたいな奴(スキレットですよ、と深大寺に突っ込まれた)に大盛りのナポリタンが乗せられている。
たまごの黄色の上にナポリタンの赤と彩りのパセリが良く映えており、ナポリタンの香りが胃袋を刺激してくる。
「鉄板ナポリタンですか、久しぶりですね!」
「嘉神さんはチーズどうぞー」
飯山さんがチーズの塊をガリガリと目の前で削ってかけてくると、嘉神はふと不安な顔になる。
「……あの、もしかして何かありました?」
「なんでだ?」
「いや、なんかいつもと違う気がしたので」
そう尋ねてくる嘉神を見て、もうちょいこいつの事労わらなければ……と心底思い知るのであった。




