22-5
その日の夜、俺はなんとなく木栖を誘って散歩に出た。
「人は結婚で何かを失うことってあると思うか?」
「俺より石薙さんとか柊木先生向きの質問じゃないか、それ」
独身貴族の俺が結婚できない木栖に問いかける内容としてはまあまあズレているだろうが、その2人は深大寺の相談に乗ることになるだろうから声はかけなかった。
「お前の意見が聞きたいんだ」
「ならいいが。俺としては、少なくとも男性は失うどころか得るものが多いと思う」
「具体的には?」
「まず一人前のシスヘテロ男性としての社会的承認、次に自分を支えてくれる存在のいる家庭、それに法的・社会的に認められた家族と子どもを持つ自由、あと結婚出産の助成金」
最後のは冗談として言っているようだったが、最初の2つはちょっとわかる気がする。
上の世代だと未だに結婚して一人前と言う空気が残っており、家庭の事情で結婚どころではない俺はともかくしたくても出来ない木栖にとってはつらいものがあっただろう。
「そう考えると男が結婚で失う物って1人の自由さと金ぐらいなんだろうな」
「女性もそのふたつは失うし、工夫で取り返せる部分はあるだろ」
「まあな?」
日本人男女の結婚でも失う物はある程度取り返せると考えると、この結婚で自分は親の死に目に会えなくなる事になるやもと考える深大寺は意外とよく考えてたのだなと思う。
結婚は人生の墓場と言うけれど、その墓に連れ込まれるにもそれ相応の覚悟はいるということか。
「で、お前は急になんでそんなこと考え始めたんだ?」
「最近知り合いが婚約したって聞いたから、ついな」
深大寺の件は本人の希望で業務上の手続きを必要とするまで伏せられることになった。
なのであの場に同席していなかった木栖には詳しく明かさない事にした。
「したいのか?結婚」
「どうだろうな」
母がこの世を去って1年ちょっと、もう何の気負いもないのだから誰かと結婚してもいいのだろうが今更誰か探すのもめんどくさい。
「まあ、今日明日する気はないよ。現時点ではお前もいるから寂しくないし」
「じゃあ未来では誰かと結婚したいのか?」
「知るかよ、未来の事は不確定だ」
無論考えはするけれど考えた通りに動かないのが人生だ。
自分から積極的に木栖を突き放す予定はないが、人間関係は案外儚く流動的だ。そうした流れに俺は身を任せている。
「その未来で、俺がそばにいる可能性はあるか?」
木栖がそんな風に俺に問いかける。
「愛の告白めいてるな」
「結構本気で聞いてるんだが」
「その時になったらわかるさ、未来は不確定だからな」
ごまかしでもなんでもなく俺が本気でそう思っている事を察すると、木栖は大きくため息を吐いた。
「じゃあ、俺が望んでお前の側にいる未来を望めば得られる可能性は高いわけだ」
「そうかもな」
望んだものが全て得られるわけではないし、俺自身がこいつと共に生きる未来を望むつもりもない。けれど木栖がそう望んだのならばそういう流れにもなるかもしれない。
「じゃあ、俺はお前がそばにいることを望み続けるよ」
木栖がそう告げるのを「そうか」と俺は聞き流した。




