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翌日の夕方、再びカウサル女公爵が深大寺の元へ訪ねてきた。
それを聞いてもしかしてという直感から深大寺と共に俺も玄関に向かうと、カウサル女公爵が従者と共に待っていた。
小奇麗な白いシャツを着て大量の赤いバラの花束を抱えたその姿は日本のトレンディドラマめいており、深大寺もそのシチュエーションに戸惑いを見せていた。
マジックアワーと呼ばれる空と大使館の庭を背景に、深大寺の前に跪くとその目を見てこう言い放つ。
「深大寺若菜さん、どうか私の伴侶になってくれませんか?」
(昨日俺が説明したプロポーズテンプレートそのまま再現してきたよこいつ!)
プロポーズなどしたことがない俺の貧困なイメージをそのまま鵜呑みにしたのかどうなのかは不明だが、これをガチでやる奴初めて見た。
「どういうことですか?」
「そのままの意味だよ、私は深大寺若菜を婿に迎え入れたい」
「質の悪い冗談なら許しませんよ」
「本心で言ってる」
カウサル女公爵の言葉に深大寺が呻くように聞いた。
「……他に男がいるのに、僕を夫にする理由は何ですか?」
その瞬間にその場にいた全員の空気が変わった。
俺達は深大寺の肉親でもなんでもないが、目の前で知り合いがろくでもない婚姻を持ちかけられたとなればさすがに場の空気も変わる。
初夏の肌寒い宵のなか、びゅうっと冷たい風が吹いてくる。
カウサル女公爵に向けて視線を向けた俺は「別室で詳しくお聞きしても良いですか?」と問う。
たぶん、今の俺の目は笑っていないだろう。
けれど俺を巻き添えにしたのだ、詳しく聞かせてもらう権利はある。
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客間のソファに腰を下ろして一服すると彼女はゆっくりと語り出す。
「そもそも、私は嫁に行くはずの人間だった」
カウサル女公爵がポツリと切り出したのはヤマンラール家の物語であった。
「私には両親と3つ下の弟がいて、弟が公爵となり私は有力商家へ嫁ぐ予定だった。
もう10年ほど前になるかな、西の国にいる私の従兄弟の結婚式に両親と弟が赴くことになり、私は婚約者と共に半年後の挙式に向けた準備をしていた。1か月ほどで帰ってくるという約束でね。
しかし天気が悪いわけでもないのに予定日を10日も過ぎても帰ってこないものだから家の者に捜索を依頼すると、両親の乗っていた船が火事を起こして沈没していたんだ。
悲しくはあったが海の上だ、そういう事もある。そう思って亡骸を連れて帰ってもらい、葬儀を行ったんだがその後が問題だった。
西の国へ婿入りした叔父上がヤマンラール家の相続を求め始めたんだ。
叔父上は幼少期から西の国への婿入りが決まっていて、貴族教育こそ受けたが商人としての教育は受けてない。そんな人にヤマンラールの家を継がせることは出来ない」
淡々とした語り口で告げられるヤマンラール家の物語にはどこか悲壮さが滲む。
そしてひとつ、気になったポイントがある。
「貴族と商人の教育両方受けてないとヤマンラール家を継げない、と言うのは?」
「公爵位は当主個人ではなくヤマンラール商会会長に与えられているからね、双海公国はヤマンラール商会両方を操縦できなければ共倒れする」
それは随分と厄介な事態だ。
企業と行政は得てして対立するものであり、その矛盾するふたつをひとりで乗りこなすことが求められているわけだ。
「国内は多いに揉めたよ。生粋の貴族である叔父上は商会を守れない、番頭はまだ若く叔父上を制御しながらの商会運営は荷が重すぎる。
それで、私は自ら婚約破棄をして公爵位を継ぐことにした。幸い南の国では女性当主が認められているし、爵位相続の優先順位では私の方が上だったからね。
で、爵位を継いだ訳だがさすがに6年も経てば婿入りの話が出てくる。
叔父上は自分と懇意にしてる若い貴族を婿として紹介してきたんだけれど、どうにも野心でギラギラした男が多くてね。片っ端から断ってきた。
私個人として好ましい男はいたんだが、平民だったり既婚者だったりと恋人には良いけれど婿入りには適さない人物ばかりだった。
そんな時に、きみと出会った。
私の知らない世界に生まれ、この世界のしがらみを一切持たず、高等教育を受けていながらも野心がない。そんな人物を私はきみしか知らない」
その語りに偽りは無さそうに思える。
まあそういう事なら……と言う気もしないでもないが、深大寺の方はその語りを聞いた後少し考えてから「一つだけ聞かせてください、」と切り出す。
「あなたは僕を唯一無二の男にしてくれますか?」




